頬が熱い
琥珀色のお茶で満たされたカップを傾けながら、フゥと一息吐くアシュリーを、向かいに座るメリーベルがチラチラと覗き見る。
その瞳には好奇心が浮かび、しっかりと顔に「聞きたくて仕方がない」と書いてある。
何が聞きたいのかは想像がつくが、期待通りの答えなど持ち合わせていないアシュリーは、特に自分から話そうとはしなかった。
すると痺れを切らしたメリーベルが、食い気味に口を開く。
「で、どうだったのアシュリー?小公子様の様子は?」
「様子と言われても‥特に変化は‥‥あ!少し髪を切ったらしく、前髪が短くなっていたわ」
「そういう事を聞いているんじゃないわ!もっとこう、熱い瞳で見つめられたとか、そういう変化はなかったかって事を聞いてるのよ!」
やはりかと思いアシュリーは一つ溜息を吐く。
何でもメリーベルの愛読書に、家格差を乗り越えた恋愛ストーリーがあるそうで、それにアシュリーを重ねて、すっかり盛り上がっているのだ。
「貴方の期待する様な事がある筈無いわ。元々善意で勉強する場を設けて下さっている訳だし、今日はご友人も連れていらして、国の政策について質問していたんだから。とても有意義な時間を頂いて、小公爵様には感謝してるの」
アシュリーが答えると残念そうに、今度はメリーベルが溜息を吐く。
少しだけメリーベルが期待する様な事を感じていたアシュリーは、ちょっびり罪悪感を抱いた。
「そうよねぇ‥私達みたいな社交デビューさえしていない田舎貴族を、上流の人達が本気で相手にする訳ないわよね‥」
まるで自分に言い聞かせる様に呟くメリーベルは、更に深く溜息を吐く。
アシュリーはこの呟きで、一気に現実に引き戻された気がした。
メリーベルの言った事は、この国の一般的な常識として正しい。
例え地方貴族であっても、余程力や家柄が釣り合わない限り、中央貴族は相手にしないのだ。
尤も社交に力を入れ、着実に人脈を作り上げている地方貴族も多くいるが、アシュリーはこの中に含まれない。
冷静に考えてみると、どうして私に良くしてくれるのか分からないわ。
単なる親切にしても、行き過ぎている様な気がするし。
フッと脳裏に浮かんだのは、まるで大切な物の様にアシュリーの髪に触れるリアムの姿。
そして時折見せる優しい笑顔や、抱き上げられた時に感じた、逞しい体躯と温もり。
思い出しただけで、自分の頬が熱くなっていくのが分かり、何故だか胸も苦しくなって来た。
「あら?アシュリー貴女やけに顔が赤いわ。熱でもあるんじゃ‥」
「へっ!?あ、赤い?えーえっとぉ、ちょっとこの部屋暑いかなぁ〜って感じたせいかも」
「そう?私にはちょうどいいけど。寒気がして赤いなら大変だけど、暑いなら大丈夫そうね」
「だ、大丈夫、大丈夫よ!特にどうって事ないから。さ〜ってと、お風呂にでも入って寝ようかな〜」
自然な感じとはとても言えなかったが、逃げる様に立ち上がるアシュリーに、訝しげな目はむけても深く追求する事なく、メリーベルはティーカップを口元へ運んだ。
追求されなかった事にはホッとしたけれど、どことなく彼女が落ち込んでいる様に見える。
まあ、それについては恐らく理由を聞いても教えてくれないだろうと思い、扉を閉めて自室へ向かった。
その後カノートンハウスで読んだ貴重な書物を、忘れないうちに書き留めようと机に向かったアシュリーだったが、本の内容よりも遥かに多い回数で浮かぶリアムの姿に、顔を赤くしては深呼吸を繰り返すのだった。
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