初恋!?
オレンジ色の夕陽が差す広い道路を、王都へ向けて馬車が進む。
その中には上機嫌で鼻歌を口ずさむリアムと、物思いに耽るダニーが乗っていた。
リアムが何故上機嫌なのか、ダニーには何となく察しがついている。
ただ、それを本人が自覚しているのかどうかは分からない。
いずれにしろ探りを入れてみるべきと思ったダニーは、リアムの歌を遮り、口を開いた。
「リアム、今日令嬢と過ごしてみて、やはり君の言う通り別人ではないかと感じる点がいくつかあったのだが‥」
「やっぱり君もそう思っただろう!?アシュリー嬢は別人で、我々が名前を聞き間違えた線が濃厚だって!」
食い気味に話すリアムは、別人である事を望んでいる様に見える。
「聞き間違いの線は無いな。二人揃って同じ名前を聞き間違える筈が無い。それに、アシュリーという名前の令嬢を探してみたんだが、そう多くは無いし、レイウッドに似た響きの姓では無かった」
「‥しかし、どう考えても彼女は、フレッドのタイプとは違うじゃないか!?それに、きっかけが本屋で、同じ作家のファンだったという話は、彼女の答えと違っている」
それには全く同じ意見なので、ダニーも同意した。
「確かにな。けど、まだそれだけで別人とは言い切れない。もっと決定的な何がが無いと。君だってせっかくの努力が水の泡になってしまうんだからな」
「‥努力‥という程では無いのだが‥。寧ろ役得というか‥」
「ん?何だって?」
「い、いや、何でもない」
「まあ、アレだ。結論を出すには時期尚早という事だ。もう少しデータが無いと何とも言えない。そこで考えたのだが、フレッドが令嬢と行った場所へ、連れて行くというのはどうだ?観光案内とでも言って、さりげなく他の場所も織り交ぜれば不自然には取られないだろうし。人は一度でも行った事がある場所では、一度目と同じ新鮮な反応は見せないものだ。君はそこを見極める必要がある」
「フム、それは一理あるな。君の言う通り、令嬢を観光に誘ってみるか」
途端にウキウキとするリアムに、ダニーは"やはり"と思った。
そして、聞いておかなければいけない事を、思い切って問いかける。
「もし、アシュリー嬢がダニーの相手でなかった場合、君はどうする?」
この問いかけに、リアムは驚いた顔をして黙り込んだ。
その様子を観察しながら、ダニーは続ける。
「分かっているだろうが、君のすべき事はフレッドの相手を誘惑するという事だ。彼女がフレッドの相手でないのなら、これ以上無駄な時間を費やす必要は無い」
「それは‥分かっている!だが‥」
少しイライラしながら答えたリアムは、再び口を噤む。
フゥと一つ溜息を吐くと、ダニーはもう一度質問をした。
「アシュリー嬢がダニーの相手でなかったら、君はどうしたい?」
再び驚いた顔をしたリアムは暫く考え込む。そしてしっかりダニーを見つめ、口を開いた。
「私は‥このまま彼女と関わっていきたい!きっかけはどうあれ、初めて自分から触れたいと思ったし、一生懸命な所も気に入っているんだ」
はっきりとそう宣言するリアムを見て、ダニーは小さく口笛を吹いた。
「フム、君の気持ちは分かったが、質問を変えよう。彼女が本物の場合も、やはり君は関わっていきたいか?」
この質問にリアムはコクンと頷く。
再びダニーは口笛を吹き笑顔を見せた。
「よし!それなら私も一肌脱ごう。なんてったって君にとっては初恋だ。応援しない訳にはいかない」
「は、は、初恋!?」
「なんだ?無自覚だったのか?まあ仕方ない、初めての経験だからな」
「い、いや、初恋ってそれは違うぞ!何というか‥何と言ったらいいんだ?」
「ははぁん、成る程成る程。初めての感情に戸惑っている、と。正直最初はあまり深入りしない方が良いと思っていたんだが、君にばかり負担を負わせるのは公平ではないと、考え方を改めた。確かにフレッドは傷付いたかもしれないが、それは彼自身の問題で、君が被害に遭うのは間違っているよな」
「いや、思いっきりフレッドに同意していたよな?」
「酔った上での言動だ。正常な判断ではない。大目に見てくれ」
開き直りとも取れるダニーの言動に、リアムは一つ溜息を吐く。
けれど、その顔は真っ赤で、狼狽えている様に見えた。
「まあ、本人か人違いかの判断を下すのは、次に令嬢と会った時だな。その間に私はあらゆる手段を使って、フレッドを探し出しておく。きちんと話し合いをしなければ、後々面倒だからな」
まだ顔の赤いリアムは、コクンと頷く。
「ああ、そうそう、今後の為に一つだけ注意しておく事がある」
「注意?」
「ああ。いいか、絶対に君が令嬢に近付いた理由を知られるなよ。こんな事が知られたら、君を含め私達は、最低な人間だと思われてしまうだろうからな」
「確かに‥」
「まあ、自分からカミングアウトでもしない限り、知られる筈は無いと思うが念の為」
「分かった。くれぐれも注意するとしよう」
そんなヘマは絶対にしない。
そんな自信があったリアムは、ダニーの忠告を頭の隅に追いやり、出掛ける場所をウキウキと選び始めた。
そして、あれ程嫌がっていた女性との接触と、ウキウキとする気持ちを比べ、ダニーの言った"初恋"という言葉に再び顔を赤くした。
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