ようこそ!
広く整備された道路の脇には、均等に植えられた銀杏並木が続いている。
王都郊外ともなれば、流石にのどかな風景が広がり、ここまで来る間に見たのは一面に広がるオリーブ畑やブドウ畑だった。
けれど数ある公爵家の所有地の内の一つ、カノートンへ近付くにつれて、王都顔負けの広い道路や美しい街並みへと様変わりしていったのだ。
そして今走っているのは、今回の目的地カノートンハウスへ真っ直ぐに伸びた道である。
馬車の窓に噛り付いて、目を大きく見開いたアシュリーは、思わず驚きの声を上げた。
「ほえ〜っ!」
段々と近付いてくるカノートンハウスは、まるで城の様な外観である。
このカノートンハウスは、今から約100年前に公爵家が教育施設として改装した邸だ。
ここで学んで巣立った人々は、現在のオスタニアの発展に貢献し、名を残した偉人ばかり。
もちろん、公爵家を確固たる地位に伸し上げたのも、そういった人々の力である。
時代の流れで教育施設が国営に移行し、現在は公爵家の別邸として利用されてはいるが、かなりの蔵書が残っている事から、利用を希望する者は後を絶たない。
とはいえ希望者全員が利用出来る訳ではなく、公爵家が特別に許可した者のみというルールがあった。
そういった条件の上で考えると、メリーベルの言う通り、ここに招待されるという事は、かなり名誉な事である。
しかし、誰にも知られていない田舎の、パッとしない自分が招待された理由が、アシュリーにはどうしても腑に落ちないのだった。
とはいえ小公爵からの招待を、断るという事は出来ない。
それに、専門分野を学べるというこんな機会を、みすみす棒に振るのも勿体なく思えた。
期待と不安が半々ではある。
けれど、どんな時でも自分を失わない、ポジティブな思考の持ち主であるアシュリーは、この状況を楽しむしかない!と腹を決めたのだった。
「はぁ〜それにしても、公爵家の馬車って乗り心地最高!」
リアムが寄越した馬車の中で、手足を伸ばすアシュリーは、スプリングの利いた座席に体を預ける。
何しろ今迄乗ったどの馬車よりも揺れず、片道2時間座りっぱなしの姿勢でも、全く疲れないのだから大したものだ。
そんな状況に感心しつつも、再び窓から景色を覗き、近付いて来るカノートンハウスを食い入る様に見つめると、徐々に不安より期待の方が高まって来た。
カノートンハウスは天然の川にぐるりと囲まれ、それがお堀の役割を果たしている。
周囲は城壁で中に入る道は一本しかなく、川にかけられた橋の先にある、石造りのアーチ型ゲートをくぐって中に入る仕組みだ。
馬車は橋の上も滑らかに進み、城壁内へと入って行く。
すると外からは伺う事の出来ない美しい庭園が広がり、その真ん中を真っ直ぐ伸びる通路に出た。
通路の先には古代神殿風の柱が四本あり、三角の屋根を支えている。
どうやらそこが入口らしく、通路はそこで終わっていた。
入口に目をやると、銀色に輝く天使が柱に寄りかかる姿が見える。
驚いたアシュリーは思わず目を擦って、もう一度天使を凝視した。
よく見ると銀色に輝いて見えたのは、日の光に反射した見事な銀髪で、一度見たら忘れる筈の無いその完璧な造形美の持ち主は、今回招待してくれたその人であった。
「えっ!?まさか私の出迎え!?ええっ!そんな訳無いよね!?‥としたら、ええっ!なんで??」
アシュリーが動揺している間に、馬車は入口の前でゆっくり停車する。
ガチャリと空いた扉の外には、白いシャツにベスト、トラウザーズというラフな格好のリアムが立っていた。
ハッ!小公爵様を待たせる訳にはいかないわ!
慌てて立ち上がり、馬車を降りようとしたアシュリーは、焦りのあまり足を踏み外した。
「危ない!」
バランスを崩したアシュリーに、リアムは駆け寄り咄嗟に両腕を差し出す。
「ふんぬっ!!」
支えるつもりで出した腕は、おかしな掛け声と同時にガシッと捕まれ、まるで格闘技の組み手の様な格好になる。
差し出された腕のお陰で、何とか踏み止まったアシュリーは、ホッとしたのも束の間、その腕の持ち主にギョッとした。
目の前には呆気に取られたリアムが、驚きの表情を浮かべている。
この状態で取り繕うのは、どう考えても無理だろう。
観念したアシュリーは、もうどうにでもなれとニッコリ笑って口を開いた。
「‥ホホホ‥溺れる者は藁を掴む‥ですわ」
その言葉を聞いたリアムは急に下を向き、小刻みに体を震わせ始めた。
あ、ヤバイ!あまりの不作法に、怒りのあまり震えていらっしゃるのだわ!
冷や汗をかきながら、取り敢えずアシュリーが出来る事は、不安定な体制を整える事しかない。
そろそろと体を起こし、しっかりと足を踏みしめると、掴んでいたリアムの腕を離した。
「ククッ‥クックック」
離すと同時に聞こえて来たのは、僅かに漏れた笑い声。
聞き間違いかと思ったアシュリーは、恐る恐るリアムを見た。
「クククッ‥ハハハハハ!」
目が合った瞬間声を上げて笑い出すリアムに、アシュリーはキョトンとした顔を向ける。
余程可笑しかったのか、リアムは暫く腹を押さえて笑い続けた。
その間に馬車から降り、アシュリーはリアムの前に佇む。
やっと落ち着いたリアムは、目尻に滲んだ涙を指で拭い、アシュリーに手を差し出した。
「いや、失礼、貴女の行動が余りにも突飛で、笑ってしまい申し訳無かった。改めて歓迎の挨拶をさせて貰うよ。カノートンハウスにようこそ、レイウッド伯爵令嬢」
とびきりの笑顔でアシュリーの手を取り、洗練された仕草で腰を折るリアムに、アシュリーはホッとして中腰の姿勢で挨拶を返した。
良かった!怒っていた訳じゃないのね!
けど、この事はメリーベルに話さないでおこう。
話したら大目玉喰らっちゃうもの。
胸を撫で下ろしたアシュリーがそんな事を考えている一方で、リアムは「アシュリー嬢、やはり面白すぎる」と思っていた。
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