腑に落ちないのですが‥
「アシュリー、アシュリー!大変なの!」
外出から戻ったアシュリーを出迎えたのは、従姉妹のメリーベルだ。
彼女はここ最近塞ぎ込み、殆どの時間を邸の中で過ごしていたのだが、今日は珍しく取り乱している。
一緒に王都へ来る事が決まった時も、着いてから暫くの間も、彼女はとても楽しそうに過ごしていた。
しかしここ最近はめっきり外出も減り、引き篭もる事が増えて、あれ程楽しみにしていた園遊会すら暗い顔で、アシュリーとしては心配しつつも、もどかしく思っていた所である。
「大変って何が?頼まれた本ならちゃんと買って来たわよ。ほら!」
肩から下げた大きな鞄を開け、中に入った包みを見せる。
鞄の中には他にも幾つか紙袋が入っており、中にはスパイスらしき強い香りの物もあった。
四角い包みを渡されたメリーベルは、受け取りつつも顔をしかめる。
「ありがとう、感謝しているわ。でも、スパイスと一緒はやめてね。本に香りが移っちゃうから」
アシュリーは、次々と鞄の中の物を机の上に並べながら、メリーベルに反論する。
「あら、それなら自分で行くべきね。私はあくまでも"ついで"で買って来たに過ぎないもの。引き篭もってばかりいないで、たまには外へ出た方がいいわよ。ねえメリーベル、貴女が外に出たがらない訳を、まだ私に話す気にはならない?」
問い掛けるアシュリーに対して、メリーベルはバツの悪そうな顔を向ける。
「はぁ、まあいいわ。いつかは話してくれるわよね?」
「‥ええ。必ず話すと約束するわ」
「ならいいわ。話が逸れたけど、大変って?」
「あ、そうよ!貴女一体何をしたの!?」
「何をって、何が?」
「ウォルシャー小公爵様によ!さっき小公爵様から貴女に、手紙とプレゼントが届いたわ!」
「へ?」
メリーベルの言う"大変"が予想外な内容だった為、思わず間の抜けた声を出す。
「とにかく、応接室に置いてあるから確認して!アシュリーったら酷いわ!園遊会で出会っただなんて、ちっとも教えてくれなかったじゃない!公爵家の使いから聞いて、知らずに恥をかいたわ!」
「えー説明したつもりなんだけどなぁ」
「ええ、訳の分からない説明は聞いたわ。その髪型はどうしたの?って聞いたら、天使がアレンジしてくれたっていう説明はね。まさかその天使が小公爵様だったなんて、誰が分かるの?」
責めるメリーベルに、今度はアシュリーがバツの悪そうな顔をする。
「ア、アハハ‥そういえば確かに言ってなかったわね。でも、あんな大貴族の方とはもう、関わる事は無いと思っていたんだもの」
「でも実際、こうして関わってるじゃない!何があったのか、洗いざらい話して貰うわよ!」
グイグイとアシュリーの腕を引っ張り、応接室へと向かうメリーベルは、いくらか興奮している様に見える。
こういう時は素直に従うべきと悟ったアシュリーは、歩きながら園遊会での出来事を話して聞かせた。
「まあ!なんて事!貴女ったら、どこまでもマイペースなんだから!」
ガチャリと扉を開けながら、メリーベルは額に手を当てる。
「アハ‥私だってまさかあんな所を小公爵様に見つかるなんて、思ってもみなかったんだからさ、しょうがないよね?」
とりあえず笑って誤魔化すアシュリーに、メリーベルは呆れたとばかりに肩を竦めた。
「それにしてもそのやり取りの何処かに、小公爵様がお気に召す所があったっていうのは、本当に驚きだわ」
「お気に召された訳じゃないと思うんだけど」
「召したんでしょう!?そうじゃなきゃプレゼントなんて贈らないわよ!とにかく、先ずは手紙を読んでみて!」
勢いに押されたアシュリーは、仕方なく手紙を手に取った。
封蝋は間違いなく公爵家の物だ。
待ちきれないメリーベルは、既に用意していたらしく、ペーパーナイフを素早く渡すと、アシュリーの後ろに回り込む。
どうやら手紙を覗き込もうとしているらしい。
ワクワクとするメリーベルとは対照的に、アシュリーは至って冷静に分析する。
メリーベルは何か期待してるみたいだけど、考えられるのはあの時の行動について、注意という名のお小言を綴った内容の手紙かもしれないのになぁ。
けどまあ、あの時お咎め無しにしてくれた訳だし、親切に髪型やドレスの皺までアレンジしてくれた位だから、悪い様にはしないと思うんだけど。
印象としては"いい人"だったし。
急かすメリーベルに促され、封筒から取り出した手紙を開く。
開いた瞬間、フワリとラベンダーの良い香りが鼻腔をくすぐった。
そして綴られた文字の美しさとその内容に、アシュリーは驚き、思わず声を上げる。
「えっ!?」
後ろで覗き込むメリーベルもまた、驚いている様子だ。
彼女は確認しようと手紙を取り上げ、声に出して読み始めた。
親愛なるレイウッド伯爵令嬢へ
先日はあの様な場所で、思いがけず貴女と遭遇し、かなり驚かせたのではないかと思う。
偶然出会ったとはいえ、貴女の話は中々に興味深く、退屈な社交場から逃れて来た私にとっては、非常に有意義な時間を過ごさせて貰った。
きっとそれは領地運営について話す、貴女の熱意が伝わって来たからだろう。
そこでなのだが、自立心の強い貴女の考え方は、私も共感出来る所が多く、出来れば貴女の手助けをしたいと思い始めた。
もし貴女さえ良ければ、我が家の別邸『カノートンハウス』で、学ぶ機会を設けたいと思うがどうだろう?
専門的な書物にかけては、王立図書館に引けを取らないと思うが。
より良い返事を期待している。
リアム・コーヴィル・ウォルシャー
追伸
貰ったキノコは中々に美味だった。
お礼になるかは分からないが、貴女の髪に似合いそうなリボンを贈るので、使って欲しい。
読み終わったメリーベルは、ワクワクしながら置いてあったプレゼントの箱を渡す。
「リボンですって。早く開けて見せて」
光沢のある水色の塗料が塗られた小さな箱は、流行り物に疎いアシュリーでも知っている程、貴族女性に人気の高級店の物だ。
結ばれた細く白いリボンを解いて蓋を開けると、茶色に近い落ち着いた赤の、ベルベットのリボンが入っていた。
「わぁ素敵な色!流石小公爵様、センスがいいわ!貴女の髪にピッタリよ!」
「いや、貴女の髪って、メリーベルも同じ黒髪だからね。私にピッタリなら、貴女にもピッタリって事だからね」
「あら、黒髪なら皆が似合うという訳じゃ無いわよ。何というか‥イメージね。貴女の顔立ちや雰囲気に、この色味はピッタリなのよ」
イメージと言われてもあまりピンと来ないアシュリーは、改めてリボンをじっくり眺めた。
色合いは派手すぎず地味すぎずで、あまり華美な物を好まないアシュリーの趣味に合っている。
内面‥までは分からないが、あの短い時間でよくもまあ、好みを見抜けたものだと感心はさせられた。
ただ、キノコの礼にしては高すぎるのではないかと思い、どうするべきかを悩み始める。
すると、そんなアシュリーの気持ちを察してか、メリーベルが口を開いた。
「プレゼントはともかく、折角のお誘いなんだから、早くお返事を書かなきゃね。カノートンハウスに誘われるって、とても名誉な事よ。前から良く言ってたじゃない、もっと詳しく書かれた専門書を読みたいって」
確かにメリーベルの言う通りではある。
これまでほぼ独学で色々な事を研究して来たアシュリーにとって、リアムの誘いは非常に魅力的であった。
そういえば園遊会で会った時も、少しそういった話をした覚えがある。
それを覚えていての誘いであれば、本当にアシュリーの話に興味を持ったと判断出来るのだが、そこまでの興味を引いたという覚えは無かった。
どうにも腑に落ちない点はある。
けれどもこの誘いは、断るには余りにも惜しい。
「‥分かった、お返事を書くわ。チャンスは生かさないとが私の主義だもの」
この言葉にパアッと顔を輝かせたメリーベルは、早速便箋や封筒を選び始めた。
どうやらチャンスという言葉を別の意味に受け取ったらしく、可愛らしい色を中心に選んでいる。
結局この後メリーベルの押しの強さに負け、アシュリーらしくないラベンダー色の便箋を使う事になってしまった。
読んで頂いてありがとうございます。




