002.契約の箱
ここは11階。
多額の税金が投入され、余裕をもって設計された広い空間に2基のエレベーターがある。左のエレベーターは閉じていて、扉の前に後ろ手を組んだ刑務官が1人行く手を塞いでいる。その壁沿いの左の方には別棟に至る廊下があるのだが、今はバリケードのようなもので塞がれている。右のエレベーターは開いている。虚ろな顔をした刑務官の1人が開ボタンを押したままじっとしている。
数十人の刑務官が左右に列を成し、人間でできた壁の道を構成する。その道はエレベーターの中まで続いている。
刑務官は全員、連行される男をじっと見ている。それは凱旋パレードの沿道から歓声を送る市民のように見えないこともなかった(なぜか皆お揃いの格好をしていて、歓声を上げることをためらう大人しい市民なのだ)。
男はそこにいる人間を全員殺したかった。しかしそれに必要な凶器を持っていなかった。その事実は男を心底悲しい気持ちにさせた。
エレベーターに入れられる。ドアが閉まり下降する。
男は微かな浮遊感を味わいながら、エレベータに乗るのはいつ以来だろう、何億年も前だった気がする、と錯覚する。
8人の刑務官が男を取り囲んでいる。
それぞれ男の左斜め前、前、右斜め前、左、右、左斜め後ろ、後ろ、右斜め後ろだ。
「王将の効きだな」と男は小さな声で囁く。しかしその声はあまりに小さく、すぐそばに居た刑務官からしても、理解不能な呻き声にしか聞こえなかった。
「いや。チェックメイトされてるのは俺の方か……だが三歩、二歩、三歩。どう見てもお前らの反則負けだ」
刑務官は陰鬱そうな顔をし沈黙を続けた。
男はエレベーターが故障しワイヤーが千切れ、9人全員死ぬことを願ったが、その願いが叶うことはなかった。
地下1階で扉が開いた。
解説
将棋で二歩は反則負けです。
主人公は自分を王に例え、周りを取り囲む刑務官を歩兵に例えています。
1列に歩が2枚も3枚もあってはいけないのですが、そのようなありえないことが起こっている、と主人公は考えているようです。
というか、こんなわかりづらい表現しない方がいいかもですね()