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インターミッション ~あるオフ会の記録~

 時を丸一年さかのぼり――20XX年3月25日。

 俺たちが閉じ込められたゲームのような世界ではなく、かつて”リアル“だと信じていた世界でのこと。



 東京都、秋葉原。その片隅にある古びた大衆酒場で、ある会合が開かれた。三か月前に惜しまれながらもサービス終了したMMORPG『イクリプス・オンライン』。その打ち上げを兼ねた大規模オフ会である。

 主催者はプロデューサー兼GM(ゲームマスター)であった田神大悟(だいご)


 最初期は十万のアクティブプレイヤー数を誇ったイクオンであるが、サービス終了までプレイし続けたのは僅か数百人。必然オフ会の参加者もそれほど多くはなく、酒場の一角が埋まる程度であった。


 俺こと[ヨシヤ]のプレイヤーもこのオフ会に参加していた。ゲームクリエイター田神大悟の古参ファンであったというのもあるにはあるが、何より暇だったからである。結局俺はイクオンが終了した後も就職活動をするでも他のゲームを始めるでもなく、ただ漫然とバイトやらなにやらで日銭を稼いで目的もなく生きていた。


 定刻にアキバの酒場に着き、すでに何度もオフ会で顔を合わせて馴染みとなっていた連中と駄弁(だべ)りながら酒を呑むこと数十分。田神大悟はようやく姿を現した。

 くたびれたワイシャツを着込んだ痩せぎすの男。背中を丸め、親指の爪を噛みながらギョロギョロとした目を元プレイヤーたちへ向ける姿はゲーム系Webサイトのインタビュー記事で見たままだ。すでに四十(ふわく)は過ぎているはずだが、外見も所作もどこか子供じみててどう見積もっても大学生くらいにしか見えない。


「や……やぁ諸君」


 田神大悟は遅刻してきたくせにまったく悪びれず、ぎこちない笑顔で片手を挙げると手近な席に座ろうとした。が、それは続けて現れた黒スーツの女性に腕を掴んで止められた。


「ダメですよ社長。まずは遅れた謝罪です」


「お、おお、そうだなトワくん。いや、遅れてすまない。じゅ、渋滞に捕まってしまって」


 口ではそう言いながらも田神は頭を下げず、代わりにツレの女性が俺たちにぺこりと会釈をした。それから二人は席につく。

 田神も十分キャラの立った男だが、彼のツレのインパクトはそれ以上だった。正直言えば俺も他の参加者たちも田神ではなくそちらの女性を見て驚いていた。


「おいゾン。あれ、ひょっとして“灰谷都羽(とわ)”か?」


「だろうね。初めて見た」


 隣で酒を飲んでいた [ゾン]のプレイヤーも珍しく驚いた顔をしていた。


 黒スーツの女性は腰まで伸びた波打つ金髪と群青色(ウルトラマリン)の瞳の持ち主だった。目鼻立ちも日本人離れしているので、たぶん髪も瞳も自前のものだ。田神と釣り合うほどに若々しいが、外国人の歳の推定などしたこともないので実際いくつなのかは分からない。

 イクリプス・オンラインの開発はサービス開始の五年前から始まったが、当初は非常に難航したらしい。田神の示す独特な世界観にグラフィック面がついてこれなかったのが主原因だ。それがこの来歴不明のクリエイター“灰谷都羽(とわ)”をコンセプトアーティストと総合アートディレクターに抜擢してから、一気に進むようになったという。その辺の話はやはりゲーム系Webサイトのインタビュー記事で読んだことがあったのだが、まさかその大功労者がこんな若い女性で、そのうえ外国人だとは思ってもいなかった。

 ……“灰谷都羽(とわ)”というのはクリエイターネームであって本名ではないのだろうか?


 そんな俺の驚きと困惑とは無関係にオフ会は進む。まず田神がカンペを手にたどたどしく挨拶をしたのち、灰谷都羽(とわ)の仕切りで簡単なトークショーが始まった。

 イクリプス・オンラインの売りは何もかもを許容するカオスな運営と常軌を逸した難易度だったが、練り込まれた背景世界設定も非常に評価が高かった。そのすべてをGM(ゲームマスター)である田神大悟が一人で構築したというのはプレイヤー間では常識だったが、この痩せぎすの男は実際にあのゲーム内世界”十二の月が巡る大地オー・ダン・イリュアド”のすべてを見てきたかの(ごと)く語った。

 多少のどもりは相変わらず。しかし爛々(らんらん)と目を輝かせて語るその様はゲーム内での傲岸不遜(ごうがんふそん)饒舌(じょうぜつ)GM(ゲームマスター)のイメージそのものだった。


 参加者たちはすぐにその語りに魅了されて、ただただ聞き入った。もちろん俺もゾンもだ。

 田神が一通り語り終えると、今度はゲーム内統計データが投影機(プロジェクター)で壁に映されて、そこに灰谷都羽(とわ)が解説を入れるパートに入った。

 それが終わると次は田神とプレイヤーの質疑応答。



 ――丸四年というサービス期間だったが、心残りはあるか。


「あ、あと一年は続けたかった。最後は駆け足になってしまい申し訳ない。し、しかし予定していたコンテンツはすべて実装できたので、その点は満足している」


 ――サービス期間中で印象に残った出来事はあるか。


「や、やはり各ダンジョンが初踏破された時が思い出深い。そういう時はスタッフ一同でリアルタイムで見学していた」


 ――過疎(かそ)の原因は自分にあると思うか。


「まったく? そもそもボクは自分の作るゲームが万人受けするとは思っていない。過疎は想定内だ。コアなゲーマーに最高のゲームと言ってもらえれば、それでいいとボクは思っている」


 ――サービス終了日に匂わせてた次回作はいつ出るのか?


「待て、しかして希望せよ」



 喋っている内に田神も興が乗ってきたようだ。どもりもなくなり、ゲーム内で見せていたような芝居がかった語りも熱を帯びてくる。


 そして(えん)もたけなわ、誰もが酩酊(めいてい)しかけてきた頃、田神はマイクを灰谷都羽(とわ)に渡して席を立った。灰谷都羽(とわ)は設定資料を壁に投影して見せながら、ビジュアル面での話を始めた。

 オフ会の参加者たちは少しでもよく資料を見ようと、彼女の近くへ移動して輪を作った。ゾンもそちらへ向かったが、俺はただ一人、酒場の反対側に残った。


 そんな俺の向かいの席に腰掛ける男がいた。

 田神大悟、その人である。


「き、君は行かないのかい?」


「……ああいうとこは苦手だ」


 困惑する俺の回答を聞き、田神はニヒルに片方だけ口角を上げた。


「分かるよ、ボ、ボクもにぎやかなところは大の苦手だ」


「じゃあなんでこんなん主催したんだ?」


「は、灰谷くんに頼まれて仕方なくね。……た、ただヨシヤくんとは一度こうして話してみたいと思ってた」


 田神はそう言いながら、俺の持つグラスに自身の手のビールジョッキをコツンと当ててきた。


 鳥肌が立つ。


 ゲーム内において俺は最悪の犯罪者であり、数えきれない人間から恨みを買っていた。リアルで会ったら殺すとゲーム内で脅されたのも一度や二度ではない。だからこういう場では迂闊(うかつ)に名乗ったりはしない――今日も一度も名乗っていないはずだ。

 顔なじみの誰かが、口を滑らせたのだろうか。


「……前にどっかで会ったか?」


「い、いや? だがあのゲームの関係者で君を知らない人はいないだろう? か、開発陣の間でも注目のプレイヤーだったんだよ、ヨシヤくんはね」


 疑わしい。というより俺をゲーム内で注目していたことと、リアルの俺の姿を知っていることには関係がない。

 田神はビールジョッキに口をつけながら、盛り上がる他の参加者たちの方へ目を向けた。


「ヨ、ヨシヤくんは感じたことはないかな。自分が本来いるべき世界はここではない(・・・・・・)と」


「……はぁ?」


「ま、間違った世界に生まれてしまったと。そう感じたことはないかと聞いている」


 田神は俺の方に視線を戻した。凝視とも呼べる強い視線だ。

 その瞳には何か好意的な感情が込められていた。……期待……というのが一番近いだろう。

 どこか白昼夢でも見ているかのような奇妙な瞳でもあった。


 ――そこで俺は強烈な違和感を覚えた。

 しかしその正体にたどりつく前に頭が真っ白になった。


 俺が手にしていたグラスが突然手を離れ、ひとりでに宙に浮き始めたからだ。


 何かで吊られているわけではない。

 何かに支えられているわけでもない。

 ふわふわとそれ自身が意志を持つかのように浮いている。


 田神がそのグラスに人差し指を向けていた。

 いや、違う。

 田神がそのグラスに人差し指を向けてから、グラスが浮き始めたのだ。

 恐らくそれを目撃したのは俺だけだっただろう。奥にいる他の連中は灰谷都羽(とわ)の語りに夢中でこちらになど目もくれない。


 グラスはすぐにテーブルに着地した。

 動揺を隠しきれない俺を見て、田神は目を細めて席を立った。


「い、今はまだこれくらいのことしかできないがね。もう少しすればもっと面白いことができるようになる。……ヨシヤくんはボクの同類だ。どうか次の冒険も存分に恐怖をバラまいてほしい。楽しみにしているよ」


 それだけ言い残し、テーブルを去る田神。

 俺はただ茫然とその背中を見送る他なかった。


 奥ではまだ灰谷都羽(とわ)のトークショーが続いている。ひどく騒がしい酒場の中で、自分のいるこのテーブルだけが異世界であるかのように静かだった。


 田神が最後に発した『次の冒険』という言葉。あれはイクリプス・オンラインの続編を指しているのだろうか。過疎でサービス終了したばかりのMMORPGが続編を出せるとは思えないが、先ほどの田神の口ぶりはその『次の冒険』がすでに用意できているかのようでもあった。

 あるいは狂人の戯言(たわごと)だったのかもしれないが――。





 結局、現実世界にいた頃に俺が誰かにこの出来事の話をすることはなかった。それからおよそ九か月後――その年の大みそかの夜にあの異質な世界に取り込まれ、ゾンに再会してようやく話すことができた。


 しかし今でもあの出来事が現実に起きたことなのか、それとも酩酊した俺の脳が捏造したおかしな記憶なのかは判断できずにいる。


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【田神大悟の来歴】

18歳:国内大手ゲーム制作企業アッカー社にプランナーとして入社。

22歳:アクションRPG『イモータルリング』の企画書提出。同作のプロデューサー兼ディレクターに就任。

24歳:『イモータルリング』発売。国内外で高い評価を受ける。

27歳:『イモータルリングⅡ』発売。前作を超える売り上げと評価を受ける。

29歳:アッカー社を退社。

30歳:ライトノベル『アルファ・ドラゴン・オンライン』を執筆。

32歳:ゲーム制作企業ゲームメルト社を設立。同CEOに就任し、MMORPG『イクリプス・オンライン』の開発を開始。

37歳:『イクリプス・オンライン』サービス開始。

41歳:『イクリプス・オンライン』サービス終了。

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