本当のエピローグ、あるいは新たな冒険のプロローグ
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20XX/03/25 12:00
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令和の日本を大いに騒がせた『イクリプス事件』。あれから三か月後、俺は東京都渋谷の道玄坂上にある、とある商業ビルの三階に来ていた。自宅から徒歩2分のところである。
ここに入っているテナントはかなりお高めな焼き肉屋。入口で女性店員に予約してある旨を告げると奥の個室に通された。
俺を呼び出した男はきっちり先に来ており、中央に網の据えられた丸い焼肉用テーブルの奥側でさわやかな笑顔で手を上げた。
この男と対面で会うのはあちらの世界以来である。近いうちに遊びに行くとか言ってたが、なんやかんや忙しくて来れなかったらしい。
「やぁヨッちゃん、時間通りだね」
「ようゾン。……ここ、まぁまぁ高そうだが、アンタから誘ったってこたぁ支払い持ってくれるんだよな?」
「もちろん。好きなの頼んでいいよ。レンカちゃんに電話番号勝手に教えた件の詫びも兼ねてね」
「そうだった。忘れてた。一番高いの頼んでやる」
と意気込んでゾンの正面の席に座ってメニュー表をパラパラしたが、結局安めなカルビやハラミを頼んでしまうのが庶民の俺の限界である。とはいえそれでも一皿二千円超え、普段は絶対に口にすることのないレベルの肉だ。楽しみである。
ランチ営業をしてるわけでもないので平日の昼間からこんなところで焼肉を食う奴は少ない。店は貸し切りに近く、頼んだものはすぐに運ばれてきた。
「あいつらは?」
「ミューちゃんは補習が長引いてて遅れる、レンカちゃんはよくわかんないけど遅れるってさ。先に始めてていいらしいから、焼こうか」
「そうだな。遅れる奴らが悪い」
ゾンと二人、トングで肉を掴んで網に乗せ、ジョッキを合わせて乾杯をする。今日は二人ともビールだ。一息でジョッキの半分ほどを喉に流し込んでから、しみじみ思う。
「やっぱ人の金で飲む酒が一番美味いなー。……で、今日はわざわざ呼び出して何の用だ? DiscordやTwitterじゃダメだったのか?」
「渡したい物があるからね。ところでヨッちゃん、こっちの世界に戻ってきた日に、ミューちゃんが家まで来てカレー作ってくれたらしいね。美味しかった?」
「……美味かったけど。なんでアンタがそんなこと知ってんだ」
「普通に本人が教えてくれたよ。『ヨシヤさん大喜びだったー』って」
「JK特有の誇張表現だぞ。騙されるなよ」
「分かってる分かってる。ヨッちゃんがそんな素直に感情表現するわけないしね。で、それからなにしたの? カレー食べさせてもらっただけじゃないでしょ」
「なにって別に……。二人で飯食った後は昼頃までゲームしただけだ。Switchのマリカーしたんだけど、なんか知らねえんだけど死ぬほど上手いんだよ、あいつ」
「それだけ?」
「そんだけ」
「それだけかぁ。まぁヨッちゃんだしなぁ」
「……何が言いたいんだよ」
「あの世界で過ごした分を含めてもミューちゃんはまだ十七歳だからね。友達を通報するのは忍びないからよかったよ」
「そういう心配かよ。アンタなぁ……」
嘆息しながら肉をひっくり返す。
「レンカちゃんとはどうなの? 執拗に聞かれたから電話番号教えちゃったけど、今も連絡くらい取ってるの?」
「いや、なんか着信拒否されてる」
「えっ!? ヨッちゃんなにしたのさ!?」
「俺は別に。アイツから変なことは言われたけど」
「ははぁ」
ゾンは訳知り顔で頷くと、自分で焼いた特選タン塩(5500円)を一枚口にしてからジョッキをあおった。
「仮想世界から解放されたあの日からでしょ? ヨッちゃんと一緒でテンションがハイになって変なこと口走っちゃったんだろうね。それをそっこーで後悔してパニクって着拒しちゃったと」
「……なるほど? めっちゃありえそうだな、それ」
さすがゾン。こういうときは本当に頼りになる。
「タン塩美味しいよ。1枚要る?」
「モチのロンだぜ」
ゾンが箸で渡してきたのを小皿で受けて、すぐに食う。感動するほど美味い。朝飯抜いてよかった。
「こういうあの世界じゃ食えなかったもん食ってるとまだ違和感あるんだよなー」
「分かる分かる。戻ってきて3カ月経つけどまだ慣れないよね。いまだに食事する時『これステータス上がらないんだ?』って思うもん」
「思う思う。つーかいまだに朝起きるとメニュー出そうと念じちまうわ」
「やるやる!」
二人揃ってゲラゲラ笑う。
そんな感じで肉と酒を堪能すること三十分ほど。ふとゾンがリモコンで個室に備え付けのテレビをつけた。
流れたのはお昼のワイドショー。やはりというべきか、今日もやってるのは『イクリプス事件』関連のニュースだった。
「今朝もテレビでやってたな。あの世界で黒やってた奴が、また白に刺されたって」
「そういうことが起こるだろうなとは思ってたけど予想より多いね。わざわざ探し出して刺すあたり相当恨んでたんだろうけど」
「命がけだと思ってた奴が多かったからなぁ。そりゃやり返したくもなるよな」
ゾンがチャンネルを回すが、ワイドショー系はどこも例の事件関連の話題ばかりだ。あれに関する報道をテレビで見ない日はいまだにない。二十二万五千人が口を揃えてオカルトな話をしだしたというのは無視するにはあまりにデカい騒ぎであり、そこにプレイヤー数十名の同時失踪が関連付けられればなおさらである。
日本政府は事件から一月ほど後に『ゲーム画面に仕組まれていた潜在洗脳映像による集団幻覚』という発表をして騒動の幕引きを図ったが、そもそも被害者の中にはミューのようにゲームを起動すらしていない者も大勢含まれており、その発表を鵜呑みにしている国民は少ない。
イクリプス・オンラインの開発と運営を担ったゲームメルト社はすでに倒産しており、容疑者とされたCEOの田神大悟とその片腕の灰谷都羽は共に行方知れず。噂では公安警察によって田神の住居に家宅捜索も行われたらしいが当然空振りだったらしい。事情を知ってる俺からしたらそりゃそうだろうとしか言えない。
「ハルハやヤギヌマがこっちの世界に残ってたら、絶対にタダじゃ済まなかったよな。極悪黒ネの一部があっちに連れて行かれたのはある意味運がよかったのかもな」
「それはどうだろう。連れて行かれた連中が今ごろどうなってるか……あまりいい想像はできないよ」
そこは俺も同意である。大賢者はあっちの世界の魔族が拉致した黒ネをどう使うか推測できてそうだったが、レンカを気遣ってか言葉を濁していた。極悪黒ネの連中だってあんな世界に取り込まれなかったら罪を犯しなどしなかっただろうから同情しないでもない。
「仕返しってことならヨッちゃんも気をつけなきゃね。あの世界でもけっこうな数の白や黒をぶちのめしただろ?」
「全部不可抗力だけどな。つーかアンタだってけっこうな数の黒ぶちのめしたんだから気をつけねえとだろ。……ま、アンタがやられるところなんてリアルでも想像できねえけど」
ゾンが今度は特選厚切りロース(4500円)を俺の皿に乗せてくる。
「実際どうなんだいヨッちゃん。最近何か変わったことはない?」
「特に変わりねえよ。1周目のサービス終了時と同じで燃え尽き症候群なってたから、花屋のバイト以外ほぼ家に引きこもってたし。……いや、待て。変わったことがねえこともねえな」
「なに?」
「笑うなよ。……いや、絶対笑うか。むしろ笑ってくれ」
意を決してシャツをまくり、左腕をゾンに見せる。そこにあるのは梟の形状の入れ墨。
ゾンは厚切りロースを口に運んでいた手を止めて、珍しく目を丸くした。
「“叡智の聖印”か!」
「そう。世界蝕を断ち切って魔力の海から帰還する時になんか変なTipsみてえなのが見えたんだよな。たぶんあそこで流し込まれたんだ。こっちの許可も取らずに勝手によぉ。銭湯行けなくなるじゃねえか」
「あっはっは!」
予想通りゾンが手を叩いて大笑いする。他人事だと思いやがって。
「たぶんこれ、出涸らしみたいなもんなんだけどな。本家のものより小さいし、力のほとんどは世界断ちの剣を現出させる時に注ぎこんだはずだしな。何ができるか正直分からん……が、わざわざ渡してきた以上、何か意味はあるんだろう。たぶん」
「そうだね。少しだけ魔力を感じるし」
「はぁ?」
今度は俺が肉を口に運ぶ手を止める番だった。
ゾンは楽し気に目を細めて、俺の入れ墨を指でさす。
「僕もね。大賢者様から記憶共有を受けた影響なんだろうけど、魔力の感知くらいはできるようになったんだ」
「……マジか。レベル1[魔術師]ってところだな」
「魔術が使えるわけじゃないけどね。ほんの一瞬とはいえ世界蝕でこっちの世界にも魔力が流入したから、頑張ればひょっとしたらビールジョッキくらいは浮かせられるかもしれないけど。実は今日の要件はそれと無関係ってわけでもないんだ」
ゾンは肉を焼く手は止めずに本題に入った。
「僕の仕事については前に話したことあったよね」
「内閣うんたらかんたらってとこだろ。軽く聞いた覚えはあるけど、別世界の話すぎてよく覚えてねえよ」
「“内閣総合情報管理部”。陸上自衛隊の非公然情報部隊に“別班”ってのがあるだろう? あれの内閣版さ。僕はそこの委託職員だった。平たく言えば極秘の実働部隊。いざという時はトカゲのしっぽ切りもできるあと腐れのない関係ってやつ」
「……全然分からんが、総理大臣直属の情報機関ってことか?」
「それは公式に存在する情報機関の“内閣情報調査室”だね。“内閣総合情報管理部”は国の実務上のトップの人らが隠し持ってる駒で、正式に存在する部署じゃない。機能的には内閣から独立してるから政権交代が起こっても影響はないよ」
漫画の設定みてえな話が右の耳から左の耳にすり抜けていく。前に話してくれた時もそうだが、そんな極秘の案件を俺なんかに話していいのかとも思ったが、とりあえず一つ分かったことがある。
「委託職員だった?」
「イクリプス事件の後に解任されてね。代わりに別のとこの委託職員になった」
「どこに?」
「“内閣総合情報管理部”内の機密特殊課――“特殊渡航者対応課”」
「よーするに部内の異動じゃねえか。もったいつけた言い方しやがって」
と思ったが。
――特殊渡航者?
「訪問者絡みか!?」
「そう。あの仮想世界で話したよね。意図せぬ世界移動をする人間がいる以上、政府やお偉いさんが異世界の存在に気づいてないはずはないって。やっぱりあったんだよ、この国には異世界案件に対処する部署がさ。で、“内閣総合情報管理部”内にイクリプス事件で当事者になった奴――つまりは僕がたまたまいたから、事情聴取した上でそっちに配置転換したってわけ」
「マジ……?」
「マジ」
気持ちよさそうにビールを飲みほしたゾンは店員を呼んで新しいのを持ってこさせた。
話してる内容と話してる場所があまりにそぐわない。不安になってきた。
「それがマジだとして俺にそんなこと話していいのか? こんなところで?」
「密談するには案外こういうところが向いてるもんだよ。それにこの先の話するには今の話聞いてもらうしかないし」
言いながらゾンは足元から紙袋を持ち上げてテーブルの上に置いた。ごく普通の伊勢丹の紙袋だ。
中から取り出したのは黒いゴーグル。最近流行ってるVR用のものに見える。
「二月くらい前から最新ゲーム機器って体で都内を中心に出回ってるブツでね。『アルファ・ドラゴン・オンライン』に出てくるような全感覚投入式MMORPGがプレイできるらしい」
「んなアホな。今の科学技術でそんなもん実現できるわけねーだろ」
ツッコミながらゴーグルを手に取る。メーカーのロゴなどは入っていない。ケーブル等をつなぐような穴もどこにもない。
「出回ってるって……どこで買うんだ、これ」
「興味がありそうなゲーマーに売人がSNSとかで直接声を掛けて売りさばいてるらしい。まるで麻薬みたいにね。ちなみに一台二万円で、通称が『イクリプス・デバイス』」
顔をしかめ、ゴーグルをテーブルに置く。
「嫌な予感しかしねえんだが?」
「当たってると思うよ、その予感」
ゾンはゴーグルをコツコツと手の甲で叩いた。
「これね。うちの課で分解してみたんだけど、機械じゃなかった」
「は?」
「ABS樹脂やシリコンで形成された、ただのゴーグルってこと。電子部品は一つも中に入ってなかった。もちろんネット回線との接続手段もね」
「……それじゃどうやって動いてるんだよ」
ゾンがニヤリと笑う。予想通りの反応が返ってきて嬉しいのだろう。
「分解した時に一つだけ中から出てきたものがあった。なんだと思う?」
「電子部品じゃねーんだろ? だとすると……」
思いつきそうな気もするのだが上手くワードが出てこない。アルコールで脳が鈍ってるからかもしれない。
黙り込んだ俺を見て、ゾンは紙袋からまた何かを取り出してテーブルに置いた。チャック付きの小さなポリ袋だ。
持ち上げて目に近づける。中には小さな赤色の石が一つ、部屋の照明を受けてキラキラと輝いている。
「……ルビーか?」
「そう、ごく普通の宝石のルビーさ。ただし、魔力が込められている」
ポリ袋を置いて椅子に深々と背を預け、天井を見上げる。
あの仮想世界と同じだ。つまりは既存の科学技術によるものではなく、完全なるオカルト。
「呪術か」
「恐らくね。流通させてるのは大賢者が言ってた田神大悟の周辺にいた魔族の工作員か、あるいは世界蝕の時に上手いことこちらに渡ってきた奴か。田神大悟みたいにあっちから送られてきた蟲付きの人間って線もある。いずれにしてもどういう目的でやってるかはさっぱり不明。金儲けのためじゃないことだけは確かだね。あの事件から流通までの早さから考えて、事前に準備してたとしか思えないんだけど。
その辺の調査を上から依頼されたんだけど、僕一人じゃアレなんで協力者を雇ってもいいって話になった」
「つまり下請けの下請けってことかよ」
ようやくこいつが今日ここに呼び出した理由が分かった。正直あまり気乗りはしない。
「そういう顔するだろうと思ったからリアルで会うことにしたんだ。ヨッちゃんみたいなのは頬っぺたひっぱたくのが一番早い」
「はぁ?」
ゾンが続けて紙袋から取り出したのは茶封筒。
手渡してきたので開けて、中を覗き込む。
渋沢栄一の顔が見えた。厚みは約一センチ。たしか百万円の束がそんくらいだった気がする。
「それ、前金ね。現金のやりとりだと税金かからなくてヨッちゃんも嬉しいだろう? 間違っても銀行に入れたりしないようにね」
「……事件解決したらいくらくれるんだ?」
「事件の規模次第だね。最低限、普通にヨッちゃんが働くのの数倍くらいは出すつもりだけど。口座にもう三万円しか入ってない君からしたら悪くない話だろ?」
「なんで俺の預金残高知ってんだよ!」
「国家の情報機関の力ってやつさ」
ニヤニヤ笑うゾンを睨む。
茶封筒を懐に入れたい誘惑に必死に抗いつつ、考える。
「これ、レンカやミューにも頼む気か?」
「貴重な戦力だからね。それにあの二人はどちらにせよ監視対象に入ってるし」
「は?」
「ヨッちゃんも聞いてるんじゃないの。ミューちゃんの両親や姉、あと叔母さんなんかがみんな揃って行方不明になってるって」
「……そういうことかよ」
さすがに察する。
ゾンは肉を焼く手を止めた。
「“特殊渡航者対応課”の中に特殊渡航疑惑リストってのがあるんだ。事件性がなく、こちらの世界の他国の関与の可能性も低い失踪者をまとめたリストだ。日本の行方不明者は毎年十万人近いけど、そのリストに載るのはかなり希少。なのにミューちゃんの血族には大勢いる。おかしいと思わないかい?」
「意図せぬ異世界転移を誘発させる何かしらの因子があるってことだな」
「そう考えてる人がうちの課にはいる。サンプル数が少なすぎるから推測の域は出ないけどね」
「まさかレンカ、も……」
同じなのか? と聞きかけて、違う想像が頭に浮かんできた。
日本人離れした翡翠色の瞳の持ち主。人形のような丹精な顔立ちと透き通るような白い肌。背中まで伸ばした白銀の髪は『アルファ・ドラゴン・オンライン』のヒロインに寄せて染めているだけで地毛は黒のはずだが――。
「アイツ、実は孤児だったりする?」
「この前、本人に聞いたら捨て子だったって言ってた。田神大悟と違って見つかった場所は富豪の家の前で、その家の人らに育てられたらしいけど」
「……マジかよ」
頭を抱える。
ゾンは今度は一枚のペラペラの紙を紙袋から出してくる。
「これ、レンカちゃんの毛髪を遺伝子検査した結果。こちらの世界では説明できない起源不明の遺伝子変異がいくつか見つかってる。ちなみに田神大悟や灰谷都羽の住居から採取された毛髪でも同様の結果だった。
つまりレンカちゃんもあちらの世界からやってきた人間なんだ。田神大悟みたいに蟲付きではなさそうだけどね。
ちなみにこの三人を合わせても日本で見つかったあちらの世界からの訪問者は十二例だけだ。ずいぶん少ないと思うだろう? 見つかってない例もたくさんあるんだろうけどね」
特に見る気もしないので手を振ると、ゾンは紙切れを紙袋にしまった。
「恐らくこっちの世界とあっちの世界は先史時代から意図せぬ世界移動や世界蝕で生物や物品を行き来させてきたんだ。だから遺伝子レベルではそこまで変わらない人類がどちらにも住んでいる。
たぶん、あちらの人類がこちらの人類由来なんだろうね。どのタイミングであちらに人類が根付いたかは想像するほかないけど」
「……レンカが訪問者でミューが訪問者候補か。そりゃ監視下に置くしかねえわな」
「って言っても何かするわけでも、できるわけでもないけどね。接触してくる妙な奴がいないか逐一確認するくらいかな。魔族からしても利用価値があるわけでもないだろうし。
この辺の事情、僕の裁量で本人たちに伝えてもいいって上からは言われてるんだ。どう思う、ヨッちゃん」
「俺に振るなよ! ……つーか、ひょっとして俺も監視リストに入ってる?」
「もちろん一番上に入ってるよ。あの世界でのことはおおむねそのまま上司に伝えてあるから、課の人らは君にとても興味を持っている」
嫌な予感がした。個室の中を見渡す。
ゾンがペンを取り出したかと思うと紙ナプキンにさらさらと何かを書いて見せてくる。
『この会話は盗撮や盗聴はされてないよ』
「なら普通に言えよ!」
けらけら笑ってナプキンをしまうゾン。相変わらず茶番が好きな男である。
「はぁ……今度は命がけじゃないんだよな?」
「今のところこのデバイスを使ったプレイヤーが何か害を受けたっていう報告はされてない。ゲームの世界には好きな時に入れるし、好きな時に出れる」
「前回は命がけとか言われてたのにそうじゃなかったんだよ。今回は逆パターンってこともあんだろよ」
「なくはないだろうね。その点を保証はしない」
「やっぱ気が進まねえなー。また魔族の悪だくみだとしても、それに対処すんのは別に俺じゃなくてもいいだろ」
「『世界を救うなんて柄じゃない』……だったっけ? ま、気持ちは分かるよ。でもこれを聞いたらヨッちゃんはきっと首を縦に振ってくれると思うけどね」
ゾンはくつくつと喉を鳴らして、ゴーグルを指でトントンと叩いた。
「この『イクリプス・デバイス』で遊べるゲームってのがね。田神大悟が開発するはずだった真の『イモータルリングⅢ』らしい」
「……あ?」
国内大手ゲーム企業アッカー社から十八年ほど前に発売されたコンシューマ向けアクションRPG『イモータルリング』。田神大悟の出世作であり、俺やゾンが奴のファンとなるきっかけとなった神ゲー。
その三作目の開発が半ばにも満たない時点で例の盗作疑惑が起こり、田神はアッカー社を追放された。そして別人がプロデューサーになって『イモータルリングⅢ』は完成し販売されたが、そのデキは悪く、俺やゾンを含めたシリーズのファンからは黒歴史の烙印を押された――わけだが。
「実は田神はアッカー社を追放された後もイモリンⅢの開発を諦めてなかったらしく、一人で仕様書を詰めてたみたいなんだ。ところが公安警察が家宅捜査してもそれは見つからなかった。……というより、その前に誰かが持ち去った形跡があった。
『イクリプス・デバイス』を使った何人かのプレイヤーの証言をまとめると、どうやらこれで遊べるゲームは、田神の手元にあった『イモータルリングⅢ』の仕様書を元にデザインしたMMORPG……ということになった。どれくらい彼の味を生かしたものになってるかは不明だけど」
「……マジ?」
「マジ。これもいつから計画されてたことなのか分からないけどね。田神大悟のファンとしてこの機会は逃せないんじゃないの?」
「そりゃそうだけどよぉ。普通にゲームさせてくれよ。なんでまたキナ臭い感じなんだ」
再び頭を抱える。
ゾンはテーブルの上から茶封筒以外のすべての物品を回収して紙袋にしまった。
「ま、僕はあくまで誘ってみただけ。ヨッちゃんたちに断られても僕は一人でも行くよ。仕事だし」
「嘘つけ。アンタの方が田神の強火のファンなんだ。ただ個人的に行きたいだけだろ」
ニヤリと白い歯を見せて笑うゾン。
つーか、こいつが行くのなら俺だって行く。こいつもそのことは分かってるだろう。相変わらずズルいイケメンだ。ゆるせねえ。
ゾンを睨みつけながら渋沢栄一百人入りの茶封筒を懐にしまう。
「ま、後のことは四人で話そうか」
ゾンが個室のドアを指さすと、そちらからドタドタ音がして、ドアが開いて制服姿のミューが現れた。誰かの腕を両手で引っ張っている。
「もー、ここまで来たんだからもう諦めて入りましょうよ。散歩から帰るのが嫌な犬みたいに粘るのやめてくださいよ」
引きずられるようにしてレンカが入ってくる。
逃がさないためだろうがミューは個室のドアを閉めてから俺たちに向き直った。
「なんかビルの前でうじうじしてたから強引に連れてきましたよ。大変でしたよホント」
「おう、お疲れさん」
レンカを手招きする。
レンカは視線を床に向けたままトコトコとやってきた。
たぶんコイツ、俺がビル入る時も遠くから見てたんだろうな。
「ヨシヤ。その。……ひさしぶり」
「おう久しぶりだな、レンカ。ちょっとスマホ貸せや」
レンカが素直にスマホを差し出してきたので、登録先リストから俺への着信拒否を解除して返す。
「DiscordとかTwitterとか他の連絡先も教えろよ。もういい加減いいだろ」
こくこくとこれまた素直に頷くレンカ。たぶんこいつもここ三か月であの時のことを相当考えていたのだろう。
「電話番号無理に聞き出したのも、変なこと言うだけ言って着信拒否したのも悪かったと思ってる。反省してる。……ぜんぶ忘れて」
「アホか。他のことはともかく、変なことについちゃ忘れられるわけねえだろ、あんなもん」
うつむいたままのレンカの額にチョップをかます。
両手で頭を押さえるレンカ。痛くはないだろう。軽くやっただけだから。
「とりあえずこれでチャラな。俺は謝るやつには優しいんだ」
「うん」
答えてから間を置き、頬をみるみるうちに紅潮させていくレンカ。
「え。アレは忘れてくれないの?」
「俺は鈍感系主人公じゃねーぞ。ま、テンション上がって口走ったことだろうし、一旦保留ってことにしておく。それでいいな?」
「うん。……うん!」
頭を押さえたままレンカはまた何度もこくこくと頷いた。いつもこんくらい素直だと嬉しいんだけどな。
もう一人の少女の方に向き直る。たぶんコイツはレンカからその辺の相談を受けていたのか俺たちのやりとりをあきれ顔で見守っていた。
「ようミュー、久しぶりだな。どうだ、留年しねえで済みそうか?」
「うーん、恐らく。メイビー。成功率は悪くない……」
ミューはまったく自信なさそうに答えて、お高めな焼き肉屋の内装を珍しげに眺めた。制服をバッチリ着こなしているのを見てると『コイツ、ホントにJKだったんだなぁ』という感慨が湧いてくる。
時期的に春休みだろうにミューが学校へ行って補習を受けているのは、あの仮想世界に丸一年間いたからだ。この世界の経過時間は1分なので、学校の授業が勝手に進んでいたとかではないのだが。
「どう考えてもあの世界の副作用で一番被害被ってるのあたしですよ! 丸一年も勉強から離れたらなんもかんも忘れますって! 二次関数とか因数分解とかもうさっぱりですって!」
「一応俺たちの肉体……というか脳はあの世界へ連れて行かれる前の状態のはずなのに、なんで忘れたりするんだろうな。その辺の原理は謎だよな」
ぷんぷんと愚痴を吐くミューを適当になだめる。あの世界ではメキメキと成長したこの少女だが、あれはこの世界の学力とトレードオフだったのだろうか。
「ま、二人とも座りなよ。もう始めちゃってるけど」
ゾンが奥の席からビール入りのジョッキを上機嫌な様子で掲げて二人を誘う。
レンカが俺の左隣に、ミューが右隣に座った。ちょうど四人で満席になる丸テーブル。あの世界の酒場で打ち合わせや打ちあげをしてた頃を思い出す。
「とりあえず乾杯すっか。あ、もちろんミューはソフトドリンクな」
「うわー!!! やっぱり一番被害被ってるのあたしじゃないですか!? こんないい焼肉屋さんで飲めないなんて!!」
歯ぎしりしながらミューがメニューを開く。
だから暗黒街の酒場で心配してたのだ。リアルに戻ったときに酒飲みたくなったらどうするんだ、と。
……いや、ひょっとすると例のゴーグルで入る世界なら、またこの少女も合法的に飲酒体験ができるか?
「かもね」
俺が考えてることを読み取ったらしいゾンがくすくす笑いながらアイコンタクトしてきた。
ミューはそんな俺たちの様子を怪訝そうな顔で見てくる。
「二人でなに話してたんですか」
「またお前らと冒険行くことになるかもなって話。それもめっちゃハードな冒険にな」
レンカとミューはキラキラと目を輝かせて顔を見合わせた。
二人が想像しているようなのとは全然違うだろうが……その辺の話をするのは飲み食いしてからでもいいだろう。
全員分のドリンクが届く。
ジョッキを手にした三人が期待の眼差しを向けてくる。
なぜか知らんが俺が音頭を取らなきゃならないらしい。別にいいけど。
「そんじゃ――イクリプス・オンラインの全クリを祝して!」
「乾杯っ!」
腕を伸ばし、四人でジョッキを打ち付けあう。
最初にゾンと乾杯した時と同じく半分ほどのビールを一気に飲み干した。
アルコールがいい感じに回ってきた感じがする。体がぽかぽかしてるし、心は高揚しつつも穏やかである。
「なんだろな……。なんか今、イクオンやってた時にしか感じなかった気分になってる。生を実感しているというかなんというか」
独り言である。
ミューとゾンとレンカが楽しそうに肉を焼いている。いつまでもこういう時間が続けばいいのにと感じている自分がいる。
満たされている、ということなのだろうか。
「ヨシヤさん。それ、幸せって言うんですよ」
ミューがずいっと身を乗り出して、悪戯っぽく俺の耳元で囁いた。
独り言を聞いてやがったらしい。
幸せ……幸せか。
再びジョッキに口をつけ、慣れない感情の味を噛みしめる。
あの仮想世界での冒険は辛いことも嫌なこともたくさんあったが、その対価がこれなら悪くない。
談笑する三人の仲間の様子をぼんやりと眺める。
こちらの世界を選んでよかったと[ヨシヤ]のプレイヤーは心から思った。
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・Tips
【イクリプス事件の英雄】
20XX年末に日本全土で起きた集団幻覚騒動『イクリプス事件』。
その被害者間で築かれた各コミュニティでは事件の真相について日夜議論が繰り返され、そのごく一部では真実に近い結論に至った。
すなわち、あの事件の裏には実在する異世界が絡んだ巨大な陰謀が隠されており、我々の住むリアル世界は存亡の危機に瀕していたと。
そしてそれを救った英雄がいたと、ごく一部の人間は知った。
その英雄と仲間たちは『イクリプス事件』から始まる『連続仮想世界事件』の中でも活躍していくことになる。
英雄の名を知る者は少ないが、ゼロではない。
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【あとがき】
読者の皆様こんにちは、作者のティエルです!!!!
これにてイクリプス・オンライン完結です!!!!
ここまでお読みいただき、まことにありがとうございました。
終盤は更新が遅れまくってまことに申し訳ありません。思った以上に書くのが大変でした。ガチで大変でした。
しかし皆様の応援のおかげでどうにか書き上げることができました。
本当に感謝です。
もし『ポイントを入れて作者を応援』がまだの方がいらっしゃいましたら、してくれると嬉しいです。
あといい方向の『感想』とかもらえると嬉しいです。
『作者をお気に入り登録』して過去作や次回作も読んでくれるとなお嬉しいです。過去作の中にはこのイクリプス・オンラインと関連深いものもございます。本作を気に入っていただけたのならオススメッス。マジッス。
本作はここで終了ですが、ぜひとも『ブックマーク』はそのままに、もう一回読み返してくれたりすると超嬉しいです。なんか……伏線的なの……多い話なので……何か新しい発見あるかも、なんで、ハイ。
あと明日あたりにクソ長文のあとがき書きますんで、それも読んでくれると嬉しいです。
とにかく皆さまに感謝です!!!!!!!!!!!!!!!!!
まだまだ書きたいものがあるので、プリーズ更なるモチベーションです!!!!
今後とも応援よろしくお願いします!!!!!!!!!!!!!!!!!!
2026/03/09 作者ティエル
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【追加の長文あとがき】
お疲れさマッコオオオオオオオオオオオイ!!!!(挨拶)
イクリプス・オンラインを最後まで読んでくださった読者の皆様こんにちは。
作者のティエルです。
というわけでクソ長いあとがきです。
徒然なるままに書きなぐった駄文ですので気楽に読んでいただけるとさいわいです。
【0.感謝】
まず本当に読んでくれてありがとうございます。
『ポイントを入れて作者を応援』をしてくださった方、感想くれた方、レビューくれた方、宣伝してくれた方、応援リアクションスタンプを押してくれた方、『作品のブックマーク』をしてくれた方、その他もろもろ全員に感謝です。
正直趣味に走りすぎた内容だったので『これ読んでくれる人いるんか……?』とずっと疑心暗鬼で投稿してたので皆さんからのリアクションは本当に励みになりました。
『作者のフォロー』『作品のブックマーク』『ポイントを入れて作者を応援』がまだの方はぜひともお願いいたします。
(何度でもお願いしていくスタイル)
いや、ホントそういうので……めっちゃ喜んでるんで、私……オナシャッス。
【1.そもそも】
なんでこの話書き始めたかって話なんですが。
9年くらい前に私がやってた某MMORPGがサービス終了したんです。
まぁ実際には私はそのだいぶ前に引退してたんですけど、最終日だけログインしてかつての仲間とサービス終了の瞬間を迎えたんですよね。
で、その数年後に小説家になろうに投稿してた1作目『ダメ卓』を書き終わり、『そういやMMORPGモノって書いたことねえな~……せや!』と某MMORPGやってた頃の気持ちを思い出してあまり深く考えずに書き始めたのがこのイクリプス・オンラインです。
で、数話分書いた時点で『思ったより大変だなこれ!』と思って長いこと放置してたんですが、去年の頭あたり、前作『第七王女と往く覇道』を完結させた後に、またあらためて書き始めて完成させた感じです。
大変でした。マジで思ってたより大変でした。
9年前に死んだ某MMORPGへの追悼のつもりで書いたんですが……いや、9年て。ずいぶんかかったな。
ちなみに作中の『イクリプス・オンライン』というゲームは9年前にサービス終了したその某MMORPGを中心に、今まで私が遊んできた他のいくつかのMMORPGやテレビゲームやらの要素を混ぜつつ、8割くらいオリジナル要素をぶちこんで煮込んだ感じで構成されております。
実際にリアルにあったら……そっこーで過疎りそうですね、『イクリプス・オンライン』。
【2.予想外】
プロット書いてた時は『これ、20万字いかないくらいかな~』と思ってたんですが最終的に34万字になりました。キャラとか展開とか死ぬほど削ったのにどうなってんだ。
しかし書く予定だった核心部分は全部書けた……はずなので満足です。
なんか回収し忘れた伏線とかなかったかな~とずっと不安なんですが、どうなんすかね。もしなんか読み終わって気になったことがあったらコメントで教えてください。(伏線とかではなく、本作では回収する気ゼロで書いた謎要素かもしれませんが)
【3.他作品】
過去作に同一世界観(誤用)の話がいくつかございますので、そちらもお読みいただけると嬉しいです。
いずれも十二個の月が巡る惑星を舞台としたハイファンタジーラノベです。
全部きっちり完結しております。
(気が向いたら続き書くかもです。それは本作もそうですが)。
軽い紹介文を載せておきますので「お!」と思った方は私の作者ページの作品一覧から読んでみてください。
・『ダメ卓 ~聖剣抜いて王になったら、レンタルチートを使うため、ダメ人間ばかりの円卓の騎士の好感度を上げるハメになりました~』
代表作です。長いです。全217話で120万字くらいあります。
聖剣を抜いて王に即位した一般市民の少年が、クソ強いけどダメ人間な円卓の騎士12名(男女比は半々くらい)の力を借りるために好感度上げに四苦八苦する話です。仲間はめちゃ強いのですが、敵はもっと強い国家滅亡級モンスターたちです。仲間の好感度上げられないとすぐに国が滅びます。
ハーレム要素もありますが、同じくらい男性キャラとの交流もあります。
仲間との交流+熱いバトル+世界の謎って感じです。
なかなか好評で出版の打診もいただいたんですが、本になる前にレーベルが潰れてしまった結果販売されませんでした。人生そんなこともあります。
ミューの姉貴が出てきます(直球ネタバレ)。
そのほかイクリプス・オンラインでも使ったネタがたくさんちりばめられてますので、ぜひ。
・『リトル・ローグ ~ちょい悪メイド(20)と少年勇者(10)の小さな恋と小さな冒険~』
全五話、25000字でタイトルそのまんまの内容です。
スレた感じのメイドが奉公先の貴族の少年と短い冒険をして仲良くなる感じのやつです。
気軽に読めます。ぜひ。
・『第七王女と往く覇道』
去年投稿したやつです。全30話で17万字くらいです。
苦労人の少年がおもしれ~感じの『ですわ』口調の王女様に振り回されつつ、死ぬほど強い追手と戦いながら目的を遂げようと頑張る話です。
ラブコメ+熱いバトル+逃避行です。
このイクリプス・オンラインと対になる、というか表裏一体になる感じの話です。
といっても直接関連があるわけではないんで、どっちから読んでも問題ないです。
イクリプス・オンラインにも出てきたあの王国が舞台で、あの人とかも出てきます。
本作を楽しんでいただけた方にはニヤリとできるシーンも多いので、ぜひ。
【4.これから】
web小説投稿が私のライフワークですので、また近いうちに新作を投稿すると思います。
もし本作を気に入っていただけましたなら、ぜひとも『作者のフォロー』をして本作や過去作を読みつつ次回作をお待ちいただけたらなさいわいです。
今のところ何書くか、な~んも決めてないんですが、書く候補は死ぬほどあります。
こういうの読みてぇ~みたいな希望がありましたら参考にしたいのでコメントで教えていただけると嬉しいです。
最後になりますが(こんな駄文を含めて)全部読んでくださってまことにありがとうございます。
私の創作モチベは皆さまの応援に支えられております。
今後も頑張っていきますので、応援よろしくお願いします!!!!
2026/3/11 作者ティエル
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