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第四十二話 共同幻想世界の終焉(終わるとは言っていない)

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 20XX/12/31 23:57

 [システムメッセージ]:『42/225109』

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 第十二の試練{天空神殿}のクリア。それは『イクリプス・オンライン』というゲームそのもののクリアを示していた。

 丸四年という歳月の集大成であった一周目では、一人で部屋で二時間くらい小躍りしたりもしたのだが、この命がけの世界においてはホッとする気持ちが強く、ただただ脱力していた。

 達成感はもちろんすごい。この世界での激動の日々の記憶が頭の中に浮かんでは消える。俺の右腕にしがみついて泣きじゃくって大喜びしているミューと、俺の左腕にしがみついて小さくガッツポーズしているレンカを見てると、じわじわと喜びも湧いてきた。


 そうだ。やった。俺はやった。


 が、真上に広がったままの巨大な蝕の穴を見て我に返る。1周目ではこのタイミングでNPCの大賢者が現れるイベントが起きたが、この世界では起きない(・・・・)

 この状況は両手に花って感じで嬉しくはあるが、さっさと二人を引きはがして立ち上がる。


「ヨシヤさっき死んでなかった? 死んだら賞金のせいで蘇生できないんじゃなかった?」


「今は忘れてくれ。あとで説明すっから」


 続けて立ち上がったレンカがジト目で聞いてきたので手を振ってあしらう。

 周囲に目を向けるが、探し物が見つかる前にまた声を掛けられた。


「あの、これゾンさんどうやって起こすんですか? アイテムでちょっとMP回復させてみたけどダメなんですけど」


 ミューは横向きに倒れてるゾンのそばで屈みこんで困惑していた。

 その辺の仕様を教えた記憶はあったが、九か月近く前なので覚えてなくても無理はない。


「MPを0にはするなって教えたのは覚えてるよな」


「ええ、はい。この昏睡(エンプティダウン)とかいうので気絶するからって。で、治し方は?」


「ねえよ。だからどんな状況でもほんの少しはMPが残るように行動するのがイクオンの鉄則なんだ」


「え! ……じゃあどうするんですか、このゾンさん」


「どうしようもねえよ。三十分経てば自然にMP回復して治るけどな。その前に世界が終わるよな」


 先ほどのPVPでも、このボス戦でも、俺はどんな魔術も使えなくなるほどMPを消耗した。しかし実際には1か2は残してあったのだ。それはこのゾンのようにならないようにするため。


 倒れたゾンのところへ俺も行く。

 ゾンは(まぶた)を閉じて満足そうに寝ていた。イクオンを知り尽くしたこの男がこうなっているのは後先を考えなくてもよい最後の最後という特殊状況も関係してるだろうが、残された俺たち三人をそれだけ信頼していたということでもある。実際コイツの最後の献身がなければ俺たちは負けていただろう。だからコイツからしたら最適解の行動を取ったに過ぎないのだろうが。


「最後まで立ってられないかもしれない、とか自分でフラグ立てるからじゃねえか。やれやれ」


 ゾンの頬をつついてから立ち上がる。

 なるほど。主人公体質じゃない、一番おいしいところはだいたい逃すというこいつの自己分析は案外当たっていたのかもしれない。

 これから起こること(・・・・・・・・・)についてはあとで起きたら話してやろう。いや、コイツのことだから自分が気絶した後の流れなんて全部予想済みかもしれないが。


「……あれ?」


 ミューがようやく違和感に気づいたらしい。それから僅かに遅れてレンカも。

 二人は前方に倒れ伏している〔始原竜(アルファ・ドラゴン)〕へ目を向けていた。倒してからだいぶ経つのにまだ消えてない(・・・・・)亡き骸へ。


 その竜の(あぎと)に背を預けて座り込んでいる男がいた。


 くたびれたワイシャツを着た痩せぎすの男。元から不健康な外見ではあったが、その顔は病人のようにやつれて青ざめている。口元からは一筋の血が垂れていた。


 GM(ゲームマスター)田神大悟。

 俺たちをこの世界に閉じ込めた張本人。


 片手を挙げて近づいていく。


「よう、元気そうだな」


「……ふっ、君にはそう見えるかい、ヨシヤくん」


「ああ、余命数分くらいにはな。この時を楽しみにしてたぜ。ラスボス戦が終わったら会えるって話だったからな」

 

 はっきり分かる。この男はもう、ただ死を待つだけの身。プレイヤーでいえば蘇生待ち状態のようなもの。しかしその頭上には先ほどの俺のような赤いゲージは表示されていない。前にコイツ自身が言っていたとおり『今の自分はNPCと同じ』だからだろう。


「え。な、なんで田神さん死にそうなんですか!?」


 慌てふためくミュー。

 どうせコイツのことだから《治癒魔法(ヒーリング)》でもかけにいこうか迷っているのだろうが、無駄なことだ。


「命がけだったからだろ。この世界を構築するのに使った《共同幻想魔術(ファンタズム)》とかいう魔術がよ」


「……そのとおりだ。この世界がクリアされればボクは死ぬ。そういう誓約で成立させた魔術だ。……君は分かっていたんだね、ヨシヤくん」


「まぁな」


 第三の街イースにたどり着いた後に見るようになったこの男の過去に関する夢。あそこでこの男は本気で思っていた。『己のすべてを賭けたこの世界の行く末を見届けることができれば死んだって構わない』と。


 田神大悟は喉を鳴らして笑う。こうなったのも本望だとでもいうように。

 ……狂っている。


「誰を踏み台にしても……だったかな? くくく」


 田神が苦し気にうめいたのを聞いて、ミューとレンカがきょとんとした。

 俺も一瞬困惑したがすぐにその言葉の意味するところを理解した。


「ヨシヤくん。守れなかったようだね、あの宣言」


「ちっ、何の話かと思ったら。……見てたのかよ、あんとき。趣味悪ぃなアンタ」


 レンカとミューはきょとんとした顔のまま俺を見たが、説明してやる気は起きない。

 この世界に取り込まれたすぐのことだ。アランダシルの街から逃げる時、ロード時間の暗闇で叫んだ俺の独り言を、コイツはGM権限で聞いてやがったのだ。


「なぁアンタ。どうしてこの世界を命がけにしちまったんだ? 俺たちは自分の命と同じくらいキャラを大事にしてた。別に本当に命がけにしなくても同じように楽しめたさ」


「……それは1周目のイクリプス・オンラインを最後までプレイしてくれたごくわずかな人間たちだけだろう? 世界の人間がみんな君たちみたいであれば、ボクもこんなことはしなかった」


 田神大悟がせき込み、吐血した。

 飛び散る血を気にも留めず話を続ける。


「《共同幻想魔術(ファンタズム)》はね。中に取り込んだ人間の(アニマ)に接続することができるんだ。それで君の過去を見させてもらった。

 君はボクと同じだ。不当に(しいた)げられてきた人間だ。だから理解してもらえると思ってたんだがね」


 愉快そうに田神が肩を揺らす。


「ボクがしたこと、恨んでいるかい?」


「……そりゃそうだ」


 この世界で生まれたいくつもの悲劇、憎悪、恐怖。落とされた命。それらを無視して返事はできなかった。

 落とされた命。それで思い出す。


「そういやこの世界でもワールドファーストを取ったプレイヤーには“大賢者への請願”でなんでも叶えてみせるって話だったが……そもそもあの約束自体、嘘だな? そんな状態のアンタにたいしたことができるとは思えねえ」


「ああ、すまないね」


 田神は謝罪を口にしたが、口元に浮かべた笑みはむしろ意地悪そうなものだった。最初から反故(ほご)にするつもりだったのだろう。


「え! な、ないんですか、“大賢者への請願”……」


 失望した顔のミュー。レンカも似たような顔はしていた。

 それらは無視して話を続ける。


「クリアしたらここから帰れるって話は?」


「それは本当だ。ま、{一つの月の大地(アン・レリュアド)}が君たちが帰って無事で済む状況かどうかは保証しかねるがね」


「そうかい」


 前に現れた時のコイツの口ぶりからも察していたが、やはりコイツはこの世界の外を見ることはできないのだ。


「あと一つ……いや二つ聞くが」


 単刀直入にいく。


「イースの街でアンタの過去についての夢を見せたのはアンタ自身か?」


「……いや、違う。そういうバグは把握してたが、原因不明で治せなかった」


「1周目に俺たちがワールドファーストを取った時に現れたNPCの大賢者を操作してたのはアンタか?」


「……それも違う」


 怪訝そうな顔をする田神大悟。質問の意図を(はか)りかねているのだろう。


 屈みこみ、田神の両目を覗き込む。

 確信した。

 右手で田神の肩を掴む。


「ちょ、ヨシヤさん! 何するんですか!?」


「もし蘇生待ち状態みたいなもんなら強奪(ルート)できねえかなって」


「バカ! 苦しそうな人になんてことしようとしてるんですか!」


 ケツを蹴られる。

 が、別に俺もふざけているわけではない。

 しっしっと手を振ってミューを追い払う。


「上手くいくかは分からねえ。が、やってみる価値はある」


 もう一度田神の肩に触れ、スキルを使う。



 【窃盗(スティール)】。



 成功した。

 田神の肩から離した手にはミミズとムカデのあいのこ(・・・・)のような気色の悪い虫が握られていた。

 目を丸くしてミューがそれを指さす。


「ヨ、ヨシヤさん、それ……ま、《魔蝕蟲(ましょくちゅう)》じゃないですか!」


「懐かしいな。前にミューを嘔吐(ゲボ)らせたやつ」


 第三の試練{(あか)い月の夢幻(むげん)城}で〔魔道錬金術師ジェイミル〕が死に際に使ってきたアレだ。正確に言えば持ち主に混乱のバッドステータスを付与するこのアイテムを押し付ける危険な魔術。それが《魔蝕蟲(ましょくちゅう)》。


「なな、なんでそんなものが田神さんから盗めるんですか!?」


「ずっと()りついてたからだろ、この男に」


「ずっとって……いったい、いつから?」


「コイツが赤子の時(・・・・)からだよ。お前も夢で見ただろ。東京のどこだかの児童養護施設の前で赤ん坊のコイツが発見された時。あん時にはもうついてたんだ。……そんでそれからずっとつきっぱなしだった。四十年以上ずっとな」


 ミューとレンカは絶句していた。

 当の本人の田神大悟は目を見開いているが、今の話でどこまで気づいたか。


「リアルのオフ会で会った時に違和感があったんだ。第四の試練の後にコイツと話した時もな。あんときゾンが『見てごらん』っつって遠眼鏡を渡してきたから、きっとゾンはあの時点で確信してたんだろうな。

 『瞳孔に現れる特有の症状』って《魔蝕蟲(ましょくちゅう)》のTipsにも書いてあるだろ。コイツの瞳孔(どうこう)は収縮したり震えたりで普通じゃなかった。ミューが喰らって混乱してた時も、両目の瞳孔(どうこう)がぐるぐると回ってたしな」


 当時のことを思い出したのか、ミューの顔が青ざめる。

 代わりにレンカが(むし)を指さした。


「そんなの、一体誰がつけたっていうの?」


「決まってんだろ。魔族(・・)だよ。《魔蝕蟲(ましょくちゅう)》は奴らが敵国を内部から侵略するときの常套(じょうとう)手段だからな」


「魔族って……もしかして本物の(・・・)十二の月が巡る大地オー・ダン・イリュアド}の魔族?」


「そうだよ」


 沈黙するレンカとミュー。


「つーか明らかにおかしいことが起きてるって気づいてるか、お前ら」


 二人は揃って首を傾げた。

 田神大悟は何かに気づいたようにハッとした顔をして口を開いたが、言葉にはしなかった。

 ゾンのやつが起きてれば間違いなく気付いただろう。たぶん俺より先に。


「さっきからどんくらいお喋りしてる? ボス倒したのは世界閉鎖3分前だぞ。もうとっくに時間切れのはずだろ」


 喋りながら空を見上げる。

 空にあいた巨大な蝕の穴。その向こうに広がる世界と世界の狭間(はざま)魔力(マナ)の海。そこでは黒、青、緑といった暗色の帯が無数にうねり、氾濫した河の濁流のように無秩序に荒れ狂って流れていた。


 先ほどまでは。


 今はその流れが止まっている。

 いや、正確には極めて遅いスローモーションになっている。

 このラスボス部屋から見えるものには他に動いてる物がないから気づきにくかったのだ。


 メニュー画面を出す。

 目をやるのはその右下にある現在時刻。


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 20XX/12/31 23:59:59:08

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 通常の『時』、『分』の表示に加えて『秒』とその下まで表示されている。そしてその『秒』の桁は1秒ごとに進まない(・・・・)

 代わりにその下の部分のカウントが10秒に一度程度の速さで進んでいる。


 やっぱな、という想い。


 何が起こるか分かっていたわけではない。しかしアイツが何かをしてくるならこのタイミングだろうという確信はあった。

 話しかける。


「出てこいよ。見てる(・・・)んだろ?」


 前にもこんなことがあった。第四の試練のボス戦の後だ。

 あの時は田神大悟に話しかけて呼び出したが、今度は相手が違う。


 ミューが唖然とした顔で指をさした。

 竜の亡き骸のそばで青白い光を発する石が空中5メートルほどの高さに浮いていた。さっき俺が切り札として投げた<(LEGEND)賢者の石>だ。




「ええ、もちろん」




 返事はその石のそばから届いた。

 若い女の声だった。




 この世界には似つかわしくない折り目正しい黒スーツ。腰まで伸びた波打つ金髪と群青色(ウルトラマリン)の瞳の持ち主。

 田神大悟の右腕にしてイクリプス・オンラインのコンセプトアーティスト兼総合アートディレクター――“灰谷都羽(とわ)”。


 その女はまるで最初からそこにいたかのように、賢者の石を右手に持った格好で、空中5メートルの高さに現れた。


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・Tips

【《時の凝縮(クイックタイム)》】

最上級呪術の一つ。

自身やその周辺を巻き込んだ領域の時間経過速度を希釈する。

外からは時を凝縮して超速度行動をしているように観測される。


呪術の根幹は人間の持つ(アニマ)から流れ出る感情である。

この呪術は濃度の濃いそれを得るために、

他の呪術を使う前の下準備としても使われる。

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