第四十一話 試練の終わり(切り札がないとは言っていない)
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20XX/12/31 23:52
[システムメッセージ]:『45/225109』
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目をつむっているはずだが、蘇生待ち状態の1分を示す赤いゲージが頭上に浮いているのはよく見えた。前回死んだ時と同じ、光が瞼を透過しているからだろう。
今となっては残酷な仕様だと思う。
蘇生待ち状態とはいうが、所持上限を超える<罪貨>を蘇生時に要求される俺は蘇られる可能性はない。頭上の赤いゲージはただの死へのカウントダウンだ。それならいっそ見えない方がマシだった。
「ごめんなさい! ……ごめんなさい! ごめんなさい!」
すぐそばでは地面に座り込んだミューが号泣しながら俺の手を両手で握っている。さっきヴィブティの奴がロストしたときもここまでは泣いてなかったと思う。この差はその死に責任を感じているか否かだろうか。たぶん、まぁ、そうだろう。
ミューは目をきつく瞑り、掠れた声を絞り出す。
「あたしが死にそうでも助けないって言ってたのに……どうして」
お前こそ、あんだけ念押ししたのにピンチのやつを助けようとしただろーが。とは思ったがチャットにするのはやめた。そういう状況が訪れればコイツはそうするだろうと最初から分かっていたからだ。いくら口をすっぱくして教えようが人の本質は変わらない。
コイツの本質は善。死にそうな奴を助けずにいられるような人間ではない。
……それを言うなら俺だってそうか。
昔、ギルドを結成する時にコイツは俺に言った。
『ヨシヤさんは困ってる人を見過ごせないから、そのうちそれが災いして身を滅ぼしそう』と。
くそ、当っちまった。
〔始原竜〕の猛攻は続いている。ゾンやレンカを中心に耐えているが、いつミューに攻撃が向いてもおかしくはない。
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[ヨシヤ]:はよ行け。
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脳内で念じてチャットを打った。
しかしミューは頑なに首を振り、俺の手を離さない。
蘇生待ちゲージはもう半分。あと三十秒の命。
不思議と悲しくはなかった。後悔もないし、怖くもない。
そういや血の謝肉祭で死に瀕した時もなぜか簡単に諦められた。
ミューと一緒にキリングゴーレム狩りをした時もたいして怖くなかった。コイツにも散々言われたが、本当に危険な狩り方だったのに。
その辺の理由が、ようやく分かった。
俺はそもそも昔から自分の命にたいした執着がなかったのだ。
一年前にアランダシルの街から逃げる際『他の全員を踏み台にしてでも生き残る』と決意をした。だが本心では自分の命にそこまでする価値があるとは思ってなかった。
だからこうして簡単に、決意は破られた。
ろくでもない人生を送ってきたのだ。これで自己肯定感を上げろと言われも無理がある。俺なんかが生き残るより、この女子高生が生き残る方が絶対に世界のためになる。
だから、早く行け。
ゾンとレンカを助けてやれ。
そう、チャットを打とうとしたが、その前にふと思いついてしまった。
最後にどうしても聞きたい言葉があった。
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[ヨシヤ]:俺はお前の役に立てたか?
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「……はい!」
涙声で答え、ミューは何度も何度も頷いた。
涙が飛び散り、俺の顔にかかる。
コイツがこんなに泣いて悲しんでくれるのなら、俺の命も捨てたもんじゃなかったのかもしれない。
人生の最後に思いがけぬご褒美をもらえたような気分になった。
蘇生待ちゲージはあと10秒。
――ん?
ふいにミューが毅然とした表情を作り、涙をぬぐった。
少女の顔が急に近づく。
心臓が跳ねた気がした。死んでるから止まってるのに。
瞼を閉じたミューの顔が視界の大部分に広がった。
無駄にいい顔してやがる、という感想がわく。
俺の唇に――唇が触れた。
あと、ほんの少しの舌先の侵入。
ミューが顔を上げて叫ぶ。
「お願い! 立って、ヨシヤさん!」
突然視界が真っ暗になった。
閉じていた瞼がきちんと機能するようになったからだとすぐに気づいたのは、この体験をするのが二度目だからである。
目を見開き、ガバリと上半身を起こす。
ミューはぽかんと大口を開けたのち、感極まった様子で抱き着いてきた。
「ヨシヤさんっ!」
今度は嬉し泣きを始める。その頭を撫でながら考える。
何が起きたかは理解できていた。
が、できたことには驚いていた。
ミューの職、[死天使]の説明欄にはこうある。『生物に死を与え、奪うもの。その使用には自身の体液の付与が必要』。
なのでモンスターに限らず、プレイヤーもその能力の対象にできるのは納得ではあるし、血液以外の体液でも使用できるのも分かる。
しかし別の理由でできないのではないかと第一印象では思ったのだが。
「あー……そうか、蘇生じゃなくてアンデッド化だから<罪貨>を要求されねえのか。仕様の穴……いや、どうだろな」
両手を閉じたり開いたりして体の調子を確かめる。今の俺は〔動く死体〕と同じ。HP表示の横には【UNDEAD】としっかりデバフみたいに書いてある。だが、これがどういう意味なのかは分からない。そんなもんにはなったことがないからだ。
とりあえずは普通に生きてるのと変わらない。
「本当によかった、ヨシヤさん……あたし一か八かで……」
「おう、ありがとな、ミュー。……ただな。涙が先に口に入ってたから唾液は別に要らんかったぞ。あの時点で蘇生待ちゲージ止まってたからな」
唖然として口を開くミュー。
「そ……そういうことは気づいても言わないでくださいよ! それじゃあたし、キスし損ってことじゃないですか!」
顔を真っ赤にしたミューにグーパンチを腹にされる。が、同パーティなのでダメージは喰らわない。
俺の方はなぜだか照れはしなかった。心臓はバクバク言ってたが。
先ほど少女のそれと触れあった自分の唇を親指で撫でる。
「唾液以外の方法なかったのか?」
「人間に与えるのに血液だとなんか不衛生じゃないですか! 時間もないし、涙なんて思いつかないし! ……あ、まさかあたしとキスするの嫌だったんですか!?」
「嫌じゃないけど。ぜんぜん違うけど」
「なんですか、その微妙な感じは! こっちは初めてだったのに! 舌入れるなんて、もうお嫁にいけませんよ!」
ミューはぷんすかしながら俺の胸を何度も叩いた後、恥じ入るように顔を両手で覆って隠した。
案外、古風な考え方をするやつである。
口と口では、という意味ではだが。
「俺も初めてだったんだから許してくれよ」
「そりゃヨシヤさんに経験があったらびっくりですけど。……ってこんなこと話してる場合じゃないですね」
二人揃って立ち上がる。
世界閉鎖まであと六分。
ラスボス戦はまだ続いている。
☆
さいわいなことにミューと俺の1分強の離脱が響いてロストした者はいなかった。
が、俺たちが復帰してすぐ〔始原竜〕のHPゲージが20%を切り、最後のモードに入った。
『最終モード』。
別名ヤケクソモードである。
竜は三対六枚の翼で飛翔してほとんど降りて来なくなった。その上、ブレス攻撃は絶え間なくしてくる。1周目ではここでも吐くのは火のブレスだったが、この世界ではやはり【虚空流】の方を使う。
おかげでここまで生き残った数少ないプレイヤーも次々とロストしていく。
エルフの脳筋斧戦士が、槍ツンクソ狸が、暗黒街の女傑が力尽きる。
冒険者Tier表総合SSである竜殺しの大剣のポニーテール少女も、孤高の最強魔術師もついに倒れた。
だがその犠牲は無駄ではない。全員の死力を尽くした攻撃によりHPをどうにか15%まで削れた。仕様が変わっていないのならば、切り札での一撃圏内だ。
このモードは1周目にもあった。これのせいで終盤にダメージを稼げずじり貧になり、敗北したのは一度や二度ではない。挑むこと何度目かでこれの対策を俺が偶然閃いたのが、1周目で俺たちがワールドファーストになれた理由なのだ。
残るは俺とミュー、ゾンとレンカの四人。
レンカが<(LEGEND)天剣ローレンティア>を高く掲げる。その剣身が眩い輝きを放つ。使うのは格上のボスにのみ使用を許された勇者系の最強スキル。
「【剣閃】!」
叫ぶと共にレンカが剣を振り下ろすと、その刃から膨大な純エネルギーの光が放たれて空を飛ぶ〔始原竜〕の喉元を襲った。
青白い光を放つ鱗が数枚剥がれ、その下に存在するたった一枚の赤い鱗が露出する。
逆鱗――最終モードに入ってからのみ解禁される、この竜の真の弱点部位だ。ここに切り札を当てるのが俺たちの詰めのプラン。
〔始原竜〕が怒りの目で【虚空流】を放つ。スキル後の硬直状態のレンカは躱せず、<罪貨>を焼き尽くされ、瀕死にされた。しかし、まだどうにか生きている。
問題は切り札をどうぶち込むか。
1周目では運よく竜が降下してくれたので、《時の凝縮》を使って近づいてあの逆鱗に直接ぶち当てた。
今はMPがないので《時の凝縮》は使えない。いや、アンデッド化してるのでどちらにせよ魔術は使えない。
降下してくれるのを待つ時間もない。
とするとアイツの動きをどうにか止めるしかないのだが――。
「あたしに任せてください!」
俺の隣でミューが祈るように両手を組んだ。使ったのは二度目の《神霊降臨》。
再びミューの背後に降臨した女神アールディアは、今度は虚空を握るように右手を伸ばした。その手の動きに呼応するようにフィールドの中央に幹の直径が数十メートルにもなる非現実的なサイズの巨木が生え、凄まじい勢いで成長していく。そしてその無数の枝が〔始原竜〕に絡みつき、その巨体を空中で捕らえた。
竜は捕らわれたまま顎を開く。それから俺とミューに向けて放たれたのは、これまでのものより更に太く強烈な青白い光の奔流。
最後にして最強の攻撃。
【絶・虚空流】。
襲い来るその致命的な光の流れから俺とミューを護るように立ちふさがる人影があった。
ゾンだ。
その手に持つ<(LEGEND)大神官の大盾>の固有効果で半透明の白い結界を前方に展開する。それで光の奔流が切り裂かれてできた僅かな安全地帯で俺とミューは助けられた。
しかしブレスは吹かれ続ける。
すぐそばを通り抜けていく膨大な光。それが持つ熱エネルギーがチリチリと俺たちの肌を焦がす。
結界でダメージは完全遮断できているようだが、奔流の圧力までは防げないらしい。それに押されて吹っ飛ばされそうになったゾンは腰を落として重心を低くし、剣を捨てて両手で大盾を支えた。全身の体重をかけて踏ん張り、背中を向けたまま叫んでくる。
「構わずに、準備を!」
そうだ。時間がない。俺は足元に【ペーパークラフト】で作ったバネを慎重に何枚も重ねた。
ゾンの結界は張り続ける限り、継続的にMPを消費する。生産スキルのボーナスで盛ってはいるが、そもそも騎士系はそれほどMPが多い系統ではない。あんな無茶な使い方をすればすぐに枯渇する。
それでも最後の最後までゾンは耐え抜いた。
ゾンがMPが空になったことによる昏睡で倒れるのと、竜のブレス攻撃が終わるのは完全に同時だった。
親友が稼いでくれた時間で、俺の準備は整った。
地面に置いたバネを踏む。重複したバネの効果により、とんでもない加速度で体が跳び上がる。
狙うは竜の喉元。
しかし跳躍先は大きくズレていた。この長距離を精密に跳べるわけがないので仕方がない。重力と上昇加速度が釣り合い、空中で完全静止したのは竜の顔の真正面、十メートルほどの位置。
竜の双眸が俺を捉える。
気づけば俺は吼えていた。
狙いをつけて右手で投げる。
首から紐で吊るしていた<(LEGEND)賢者の石>を。
この石はあらゆる情報を魔力として集積する大容量記憶装置。巨大な魔力が形を取った存在であるこの竜にはあるいは有効なのではないか。
そんな藁をも掴む気持ちで一周目に試したのが、正解だったのだ。
<(LEGEND)賢者の石>が、竜の赤い逆鱗にヒットする。
その瞬間、フィールド全体を照らすほどの凄まじい青白い光を石が発した。同時に竜はその全身の鱗から青白い輝きを失っていく。
膨大な量の魔力を石が吸収しているのだ。
竜のHPゲージがあっという間に0になる。
魔力で構成されたものだからか、女神アールディアの出した大木も巻き込まれて消失していた。
〔始原竜〕が断末魔を上げて、真っ逆さまに落下していく。
いわずもがな、この俺も。
「やっべえ!」
みるみる近づいてくる地面を見ながら悲鳴を上げた。明らかに落下ダメージで即死する距離だ。
「ヨシヤ!」
凄い速さで駆けてきたのはレンカだ。真下あたりまでたどり着くと勇者特有の跳躍力で跳んできて、空中で俺を両腕でキャッチした。落下ダメージが発生しなかったのは助かったが、お姫様抱っこの格好なので恥ずかしい。
レンカは俺を抱っこしたまま華麗に地面に着地した。
「や、やった! ヨシヤさん、レンカさん、やりましたよ! あたしたち、やりましたよ!」
ミューが俺たちの下に駆けてきて、両手を広げて飛びつくように抱き着いてくる。その勢いで三人揃って後ろに転倒した。
そばには気絶状態のまま倒れているゾン。
少し先にはピクリとも動かなくなった竜の亡き骸。
結局この二周目のラスボス戦では最後まで立ったままでいられた者は一人もいなかった。
しかし、それでも。
世界閉鎖の三分前。
俺たち四人がラストダンジョン{天空神殿}をクリアしたことを示すシステムメッセージはしっかりと世界中に流れた。
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・Tips
【世界接触点】
世界蝕で世界同士が最初に接触する地点。
両世界の魔力が特に濃い箇所が有力な候補地となる。
{十二の月が巡る大地}の第一文明はこれをコントロールするために
魔力の海から〔始原竜〕を召喚し、その亡き骸を呼び水にする計画を立てた。
{空中神殿}はそのための施設である。
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【あとがき】
読者の皆様こんにちは。作者のティエルです。
『イクリプス・オンライン』をお読みいただき、まことにありがとうございます。
更新が不定期気味になってしまい申し訳ありません。
マジでリアルタイムで書いてて、1話できたら即投稿って感じなのでこうなっています。
ホントあとちょっとなので、どうか最後までお付き合いください。
2026/02/06 作者ティエル
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