第三十九話 生き残る者、ロストする者(大丈夫じゃないとは言っていない)
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20XX/12/31 23:15
[システムメッセージ]:『75/225109』
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白と黒。犯罪者と非犯罪者。数が拮抗してるならPVPで有利なのはそれ向けのビルドにしている黒の方、というのがイクオンの常識だ。
しかしこのラストダンジョンの奥地まで来るような白が相手では話は別。数多のPVPを経験し、ビルドも対人を意識して組んでいる白のトップランカーの強さは黒に勝るとも劣らない。
それを証明するように、ボス部屋前の大部屋で五十対五十で行われたこの世界最後のPVPの形勢は次第に白に傾いていった。ヤギヌマとハルハという二人の指導者を失ったのも大きかったであろう。それでも黒は十分に善戦したが、それはほとんど意地のようなものだった。
そして戦闘開始から十五分後。
視界を妨げていた膨大な量の黒煙も薄れてきて、部屋の各所から届く戦闘音も減ってきた。
だからどこかから届いたミューの悲鳴にも気づくことができた。
最悪すら想像してそこへ駆けつける。
大部屋の隅。
ミューは生きていた。座り込んで背中を向けている。
そのそばにはうつ伏せに倒れて動かない少女がいた。
獣の耳をつけた黒い魔術師用ローブの少女。
ヴィブティ。
その頭上に浮かぶ蘇生待ち状態を示すゲージはもう半分もない。
そして少女のネームプレートにはコインマークがない。
「そ、蘇生させなきゃ」
ミューが震える声で蘇生魔法の詠唱を始める。
俺はそれを後ろから肩を掴んで止めた。
「よせ。<罪貨>がない」
「で……でも……このままじゃヴィーちゃんが……ヴィーちゃんが……」
うわごとのように繰り返すミュー。
コイツがこんなに動揺するのは初めて見た。特別仲が良かった友人の死に目に立ち会っているのだ。それも無理はない。
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[ヴィブティ]:ミューちゃん、ヨシヤさん。負けないで。
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そのチャットを最後にヴィブティは白い灰となって崩れて消えた。
座り込んだままミューがボロボロ泣いている。
俺にできたのはただ、この少女がもう戦闘に巻き込まれないように、そばで立って護ることだけだった。
☆
結局、五十人の黒はただの一人も降伏せず、最後のPVPは終結した。
勝ちはしたが白陣営も被害は甚大で、生き残ったのはわずか二十名ほど。やられた白の中にはロストしてない者も多いが、蘇生地点は初期位置付近。攻略としては実質的に脱落となる。
ボス部屋に挑めるのは一つ前の第十一の試練をクリア済みの者だけ。そういう話だったが、生き残りは全員がその条件をクリアしていた。
二十人。それは1周目にクリアした時にボス部屋へ突っ込んだのとほぼ同じ人数。その中で最後まで立ってたのは俺とゾンとレンカの三人だけだった。今回は果たしてどうなるだろうか。
「ヴィブティちゃんのことは聞いた。本当にすまない」
俺たちのところへやってきたゾンは開口一番にそう言って頭を下げた。
「保護した後、HPを回復して<罪貨>も渡したんだけど、大勢の黒に襲撃されて、乱戦の中で見失ってしまったんだ。面目ない」
「アンタのせいじゃねえさ」
アンタらしくもない、とはもちろん言わない。
ミューも涙をぬぐって立ち上がると、俺と同じことを言った。
「ゾンさんのせいじゃないですよ」
「……うん」
ゾンはもう一度頭を下げた。先ほどよりも深く。
時間的に大休憩をする余裕はない。新たにここまでたどり着く者もいない。
俺たちは簡易的な食事やアイテムでの最低限の回復をして最後の支度を整える。
その間に俺はゾンに話しかけた。
これだけは確かめなくてはならない。
1周目は誰がロストしようが白い灰となって崩れ落ちる仕様だったのだ。
「さっきハルハとヤギヌマがロストするとき、黒い灰になって消えたんだ。この世界で、特に多くの罪を重ねた大罪人がロストする時だけそういう現象が起こるって噂は聞いてた。……田神が演出面の調整を入れたってことか?」
「どうかな。連れて行かれたのかもしれない」
その返答を聞きハッと息を飲む。
事も無げなゾンの表情を見て確信する。
「アンタ、全部分かったのか?」
「だいたいはね」
「……マジか」
感嘆とも絶望ともつかぬ感情でうめく。
第四の試練の時と同じだ。こいつは俺にとって答え合わせのような存在なのだ。
しかしこうなると少しは気が楽になった。
何を、とは言わないが。
「もしもの時は頼むわ」
「よせよ、ヨッちゃん。死亡フラグじゃないか」
ゾンが顔をしかめる。
俺は否定するように手を振った。
「死ぬ気はねーよ。どんな手を使ってでも生き残ってやる。だがアンタが最悪の場合の保険になってくれるんなら気が楽だっつー話」
「そういうのが気の緩みになるもんだよ。思ってても言うもんじゃない」
意外にもゾンは頑なだった。
「それに悪いけど、僕の方こそ最後まで立ってられないかもしれないし」
「アンタがやられるような状況になったら、俺も生き残ってねえだろ、絶対に」
「そんなことない。1周目の時もラスボスにトドメ刺したのはヨッちゃんだったろ。なんだかんだ君は生き残るさ」
たぶんこの辺はコイツが日頃から考えていることなのだろう。達観したような顔でボス部屋への扉を見つめ、ぽつりと漏らす。
「僕は案外、主人公体質じゃないのさ。一番おいしいところはだいたい逃す」
「……そんなもんか?」
「そんなもんさ。じゃなきゃ『殴られ役』なんてやってない」
ゾンのセリフ。それはそれこそ死亡フラグのようであったが、俺にはどうしてもコイツがロストする場面なんて想像もできなかった。
大部屋の壁の一面にある巨大な両開きの金属扉。
創世神話をモチーフとした浮き彫りで彩られたそれは重厚な低音を立てながらゆっくりと開いた。
そこを通る前、俺はもう一度ミューに釘を刺した。
「ラスボス戦ではまず自分の身の安全を第一に考えろよ。他の奴がピンチでも絶対に無理して助けるな。共倒れになるぞ」
「『他の誰かを助けるために、自分の身を危険にさらすな』……ですね。分かってますよ。ヨシヤさんがピンチでも助けません」
「そうしろ。俺もお前が死にそうでも助けない」
真剣な面持ちでミューが頷く。
「ねえヨシヤさん。田神大悟は“大賢者の請願”でなんでも叶えてみせるって言ってましたよね。……死んだ人を蘇らせてもくれるんですかね」
「分かんねえ。けど今はそんなこと考えんな。雑念抱いてると命取りになるぞ」
「はい」
ミューは祈るように両手を組んだ。その手は気の毒なくらいに震えている。
それはこの先に待ち受ける最後の戦いに恐怖しているのではなく、先ほどの友人の死の動揺から脱せていないからであるように見えた。
組まれたミューの両手の上に、俺の右手を乗せる。
次第にミューの震えはおさまった。
「大丈夫です、ヨシヤさん。あたし、大丈夫ですから」
「ああ。頼りにしてるぞ」
ミューは決然とした顔でコクンと頷き、歩を進めた。
俺はそれについていく。この少女が死ぬことがないようにと祈りながら。
☆
巨大な扉を抜けた先には荘厳な十二段の階段があり、それを上ると{天空神殿}の屋上に出る。
そこは最奥フロア“世界接触予想点”。
だだっ広い円形のフィールドで頭上は空。
今は深夜だが星や月の姿は見えない。代わりに地平線近くまで広がった巨大な世界蝕の穴がそこには鎮座していた。
その穴から覗く魔力の海。そこに浮かぶ俺たちの世界――{一つの月の大地}の姿は、太陽のような大きな光点としてもうはっきりと視認できた。その光は見ている内に分かるほどの速さで大きさを増していく。
近づいているのだ。
重なる時はもう間近。
二十人がフィールドを進む。
魔力の海から蝕の穴を通り、三対六枚の翼を持つ巨大な存在が飛来して、地響きを立てながらフロアの中心に降り立った。
それは神秘的な蒼い鱗を持つドラゴン。
〔始原竜〕
可能性の具現。
願望という名の幻獣。
最後の試練。
田神大悟と二十二万の人間の空想が作り出したこの仮想世界――“真なるイクリプス・オンライン”の最初で最後のラスボス戦が始まる。
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【ゾン】
LV:78
クラス:[聖騎士]
HP:1140
MP:450
筋力:127
知力:52
器用:100
敏捷:47
意志:55
幸運:53
【鍛冶LV12】【精錬LV11】【採掘LV7】
【金属加工LV6】【木材加工LV9】【刺繍LV8】
武器:<(LEGEND)イースの聖剣>
足:<(SSR)コッズ・グリーブ+10>
腰:<(SSR)コッズ・フォールド+9>
胴:<(SSR)君主の鎧+10>
盾:<(LEGEND)大神官の大盾>
頭:<(SSR)聖王の兜+9>
装飾:<(LEGEND)高潔の証>
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