第三十七話 最後のPVP(絶体絶命でないとは言っていない)
ラストダンジョン{天空神殿}。そのボス部屋前の大部屋で距離を空けて向かいあうのは五十人ほどの白と、ほぼ同数の黒。
ここのボス部屋に突入人数制限はない。ラスボスに挑めるのはどうせ一度きり。だから人数が集まるまで、できるだけここで待とう――というのが両陣営共通の思惑だろう。
しかし白と黒で仲良くボスを攻略、とは絶対にならない。このダンジョンをクリアできなければ一時間後にこの世界の閉鎖に巻き込まれてロストすると分かっていてもだ。
それをするには、これまであまりにも殺し合いすぎた。白も黒も険悪な雰囲気でにらみ合っているが、その中には実際に自分を殺したことがある相手を睨んでいるのもいれば、自分が殺したことがある相手を睨んでいるのもいるはずだ。
手を取り合うにはもう遅い。
白側の最前列までミューをつれて歩いて行く。
するとそこにいたゾンが横目を向けてきて手短に経緯を説明してくれた。
「けっこう前からこうしてにらみ合ってたんだけどね。そこにヤギヌマがヴィブティちゃんを連れて現れて『白は退け』って要求してきたわけ」
「なるほどな」
ヤギヌマに盾にさせられるように立たされているヴィブティを見やる。その体は魔力で練られた光り輝く縄できつく縛り上げられていた。血の謝肉祭で俺も喰らった《光束縛》だ。さらに言えば縄はどこにもつながっていないので、発動中に術者が死ぬと効果が永続するあのバグを利用している。
ヴィブティには携帯可能な最大量の<罪貨>を持たせたのに、それが0になっているのは【窃盗】したのか、あるいはヤギヌマが持つあのどす黒い剣で斬りつけたのか。
あれは<(LEGEND)頂点捕食者の剣>という魔剣で『血の謝肉祭』での非犯罪者討伐ランキング一位報酬だ。斬りつけた相手の<罪貨>を奪って成長する効果があり、謝肉祭以来アイツがあの剣で多数の白をロストに追いやったという噂は聞いていた。
「なんの意味もねえ交渉じゃねえか。俺たちが退いたら、アイツがヴィブティを解放する保証がどこにあんだよ」
「そ、そうですヨシヤさん! 私のことは気にしないで――」
「黙れ」
ヤギヌマが黒い剣の刃を数センチ引いた。ヴィブティの首元から血が流れる。ただでさえ瀕死だったHPがさらに削れた。
ヤギヌマは俺ではなく、最前列に立つゾンやレンカでもなく、他の白の連中に向けて声を張った。
「おいテメェら、そいつを信用できるのかよ。あのヨシヤだぞ。この世界でも大勢ぶっ殺してる。白も黒もだ。……どうして黒の中でそいつだけ、そっちにいていいんだ? そいつとオレたちの何がちげえってんだ?」
的確に嫌なところを突いてきやがる。
これで俺を排斥するような声が上がったらどうしたものかと思い振り返ったが、驚いたことにそうした声は一つもなかった。動じている奴すらいない。
ここにいるのは生存しているプレイヤーの中でも上澄みばかり。これまでの極地法で一緒になった奴も多く、ほとんどは顔見知りだった。
俺は結局この世界にいた人間の99.9%くらいには1周目と同じく最悪犯罪者だと思われていた。
が、ここにいるような白のトップランカーの連中には多少は理解してもらえたようだ。
何人かと視線が合う。
信頼を表すように頷く、白十字騎士団の団員。
ウィンクしてくるディスクアウトの女。
親指を立ててくる酒場の仲間。
……ありがたい。
「ちっ、つまらねえ」
ヤギヌマは鼻を鳴らして吐き捨てる
それから意地の悪い笑みを浮かべた。
「気が変わった。人質交換だ。ヨシヤを差し出せばコイツは解放してやる」
「ヨシヤさん! ダメです!」
「うるせえよ」
ヤギヌマがヴィブティの口を強引に手でふさいだ。
不謹慎だが笑ってしまう。ヤギヌマにではなく、ヴィブティの方に。
「余裕なくしすぎじゃねーか。ロールプレイを徹底しろよ。……ったく、しゃーねえな」
杖も投石器も冒険用鞄にしまう。
振り返り、両手でSの字を作って見せた。レンカとミューに向けてだ。
ついでにゾンとはアイコンタクト。こいつはこれで充分だろう。
降参するように両手を上げて一歩進み出る。
「よし……そのままゆっくり近寄って来い」
ヤギヌマは油断なくヴィブティの首元に剣を突き付けたまま、顎で側近の魔術師を呼んだ。そいつは杖を構え、詠唱の準備をする。
俺が射程内に入ったら《光束縛》をする気だろう。あれの射程は5メートルだ。まだ遠い。
一歩ずつ、ゆっくり進む。
あと3メートル。
当たり前だが俺が大人しく交換されるなんて思ってるやつは白にも黒にもほとんどいない。自然と緊張感は高まる。それぞれが武器を構え、呪文の詠唱の準備をする。
あと1メートル。
ヤギヌマも俺が何かしてくるのは分かっているだろう。だがそれでいいとアイツは思っている。俺が動きを見せた瞬間にヴィブティを殺す――それが目的だからだ。つまり俺が仲間を見捨てるところが見たい――あるいはその場面を俺を信頼してくれている白たちに見せたいのだ、アイツは。
あと一歩。
ヤギヌマの横の魔術師が口を開く。
俺が動けばヤギヌマは本気でヴィブティを殺すだろう。
その前にやれることは限られる。動きならば一動作。言葉ならばほんの一言。
しかし今はそれで十分だった。
首から紐でぶら下げている卵のような形状のアイテムを掴み、叫ぶ。
「『時よ、奔れ』!」
<(LEGEND)賢者の石>。
これはヴィブティが【錬金術】をレベル15にする際に二か月を費やして完成させた最終生産品だ。強力な魔術の媒介となる。これでしか発動できない魔術もある。
その一つ――《時の凝縮》。
最高度呪術の一つであるこれは術者の時を引き延ばし、超高速行動を可能とする。
効果時間はたったの一秒。しかし周囲のすべてが止まったように感じるほどに思考も動きも早くなるので、体感時間はもっと長い。
両手を冒険用鞄に入れ、右手で<(R)怠惰のエメラルド>を、左手で<(SR)ライフポーション極大>を投げる。前者はヤギヌマに、後者はヴィブティに当たった。
即座に走り、黒の最前線まで迫る。エメラルドの効果で1秒間の睡眠――ほとんど眩暈のようなもの――を喰らっているヤギヌマのアホ面が見えた。ヴィブティの腕を掴み、ヤギヌマの手の内から救い出す。
1秒が過ぎた。
すべての時が正常に動き出す。
《大気炸裂》を唱える。
ヤギヌマが側近の魔術師と一緒に後方へ吹っ飛んでいく。
今度はヴィブティに向けて《大気炸裂》を唱える。
白陣営の方に吹っ飛んで行ったヴィブティの体は期待通りゾンが受け止めてくれた。
その瞬間、白黒両陣営からすさまじい数の最上級魔術が飛んだ。
《大火球》。
《神の雷》。
《絶対凍結》。
一瞬で大部屋は地獄のような惨状となった。
黒煙で包まれ、視界が狭まる。しかし煙の切れ間に確かに見た。プランS――奇襲の指示にしたがって黒陣営に向かって突っ込んでいくレンカとミューの姿を。
それに僅かに遅れて、他の白や黒の近接職も互いの陣営へ切り込んでいく。
大乱戦が始まった。
恐らくこの世界で最後となるであろうPVPが。
俺は一度部屋の端までひいた。こういう乱戦では死角を減らすのが定石だからだ。
すさまじい黒煙と戦闘音。もはや【聞き耳】も【気配感知】も頼りにはならない。
しかし煙の揺らぎで気づいた。
右手の煙の中から体勢を低くしたヤギヌマが現れ、黒い剣を突き出してくる。
反射的に動かした腕の小盾で【受け流し】がどうにか間に合った。
体勢を崩したヤギヌマ。その腹にすかさず短剣を刺そうとして、すんでのところで止めた。
ヤギヌマが笑っていた。
総毛立つほどの危機感を覚え、身を床に投げ出す。
その瞬間、死角から振り下ろされた白い大剣の刃――<(LEGEND)悪魔の背骨>が俺の体を掠めていった。
床を十回ほど転がり、立ち上がる。
ヤギヌマの横にハルハが立っていた。黒陣営の奥の方に隠れていたのだろう。
二人は共に、楽しくて仕方がないという風な笑みを浮かべていた。
「ヨシヤ、テメェの弱点はバレてんだよ」
「【受け流し】は複数相手では無力。今日はもう、逃がしませんわよ」
狂気に憑りつかれた二人の黒が床を蹴り、駆けてくる。
確固たる二つの殺意が俺に迫る。
このレベルの敵を複数同時に相手にして勝った記憶はない。
絶体絶命――そんな言葉が俺の脳裏をよぎった。
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【ハルハ】
LV:80
クラス:[十三使徒]
HP:850
MP:405
筋力:160
知力:47
器用:52
敏捷:60
意志:118
幸運:32
【薬草採取LV7】【酒造LV12】【裁縫LV5】【供物作成LV12】
武器:<(LEGEND)悪魔の背骨>
足:<(LEGEND)人魚姫の鱗足>
腰:<(SSR)狂帝の聖骸布+10>
胴:<(LEGEND)魔神王の鎖帷子>
頭:<(SSR)罪の茨冠+10>
装飾:<(LEGEND)破壊神の逆十字>
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【ヤギヌマ】
LV:74
クラス:[抹殺者]
HP:470
MP:320
筋力:45
知力:31
器用:170
敏捷:122
意志:40
幸運:63
【暗器作成LV15☆】【罠作成LV9】【毒物調合LV13】
武器:<(LEGEND)頂点捕食者の剣>
足:<(SSR)ハイマスターの足袋+10>
腰:<(SSR)死神の腰布+10>
胴:<(SSR)死神のローブ+9>
頭:<(SSR)死神の眼帯+10>
装飾:<(LEGEND)白き眼のペンダント>
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