第三十六話 嵐の前兆(予感してないとは言っていない)
「さっき、すぐに合流できて運がよかったですよねーって言っといてなんですけど。ぶっちゃけヨシヤさんってダンジョン運ないですよね」
「なんだ藪から棒にディスりやがって」
「いえ、ダンジョンだといっつもろくな目合ってないよなーって思って」
「……まぁたしかに」
「極地法やるといつも最後にボス部屋前に着きますしね」
ミューのやつにそう言われたのはラストダンジョン{天空神殿}に放り込まれて5時間ほどが経過した頃である。
神殿内部の広い通路で、ゴツゴツした岩をつなぎ合わせた四メートルはある怪物――〔キリングゴーレム〕と殴りあいをしながらミューが話を続ける。
「考えてみたら冤罪体質の人が運がいいわけないんですよね。いまだに幸運12しかないし」
「ゲーム内のステータスは関係ねえだろ! 呪術師系は幸運伸びにくいんだぞ!?」
「そうですけども。で、今進捗どれくらいだと思います?」
「まぁ……2割……いや15%ってところだろ」
ミューの背後から〔キリングゴーレム〕の顔面に石を投げつつ、ここまでマッピングしてきた内容を思い出す。
この{天空神殿}は複雑極まる立体的な迷路だが、全体を見ればおおむね下から上へ登っていく構造である。ボス部屋は最上部だ。だから上がり階段を使用した回数から下り階段を使用した回数を引けばおおむねの進捗が分かるのだが――これはもう純粋にルートを選んでいる俺の運が悪いだけだが――正直かなり進みは遅い。
あるいは田神大悟がその辺にも調整を施したのかもしれないとも思ったが、ギル以降他のプレイヤーに出会ってないので、単純に俺たちが出遅れているだけだ。他の連中はたぶんもうもっと上へ行ったか、あるいは死んでもっと下で蘇生したかだろう。
そんなことを考えていると〔キリングゴーレム〕がミューを無視して俺に両腕のチェーンソーを振り下ろしてきたので小盾で【受け流し】を決めた。
体勢を崩した〔キリングゴーレム〕の頭部にミューがメイスをフルスイングする。するとそれがトドメになった。
かつて俺たちが丸一時間かけて倒したこのモンスターも{天空神殿}においては比較的弱い方だ。今となっては雑談しながらでも一分かそこらで倒せる。
ミューは倒れた〔キリングゴーレム〕が消える前に親指を切って、メイスの一撃でできた亀裂に血を一滴落とした。〔キリングゴーレム〕は即座に立ち上がり、ミューのそばに控える。一応まぁこの手の魔術生物を使役できるのは前にテストしてたので知ってはいたが。
「やっぱ魔術生物もアンデッド化できるのっておかしくねえか? ロボットみてえなもんだぞ、これ」
「それを言うならアンデッドをアンデッド化させるのも変だったでしょ。まー、田神さんに言いましょうよ、そういう文句は。この後会えるんだし」
ミューは言いながら手首のハンドバンドを確認した。
が、発光はしていない。
「ヴィーちゃん大丈夫ですかね」
「……よっぽどのことがなきゃ平気だろ。残りのプレイヤーの中堅くらいの実力はあるし、できる限りのブツは持たせてやったしな」
ミューに渡した<(LEGEND)聖母のお守り>以外は――とは言わなかった。俺が選べる立場だったことをこの少女には知られたくなかったのだ。
それからなんやかんや誰とも会わぬまま、俺たちは再び神殿外郭の回廊へ出た。攻略開始から十時間ほど後、午後5時頃のことである。上りと下りの階段を使用した回数的にここで進捗は五割と言ったところだ。
内部に入る前は青かった空の色は茜色に変わっており、眼下に広がる雲海も沈みゆく太陽によって真っ赤に染め上げられていた。
ミューは回廊から顔を出し、天頂に広がる巨大な蝕の穴を見上げた。
「そういえばこのダンジョン入るときムービー見たんですけど。あれ、今までの伏線への答えみたいなもんでしたね、ほとんど」
「予想は当たってたか?」
「まー、だいたいは」
ミューは話すことを整理するように数呼吸置いた。
「魔族の目的はあたしが前に話した疑問への回答でしたね。『世界蝕を永続化すること』。それがあたしたちの世界では蝕の前後の短い期間にしか魔術が使えないことに対する、魔族が出した対策だったわけですね。
逆に大賢者様はそれに対策をしていた。『訪問者が最後の試練を乗り越えれば、それが二つの世界を分かつ、ただ一つの刃となる』――つまり大賢者様の何かしらの魔術なんですよ。試練を設定し、それをクリアしたら、それに相応する対価を得られるっていう類の。
思えばそれの匂わせは今までたくさんありました。『試練と対価はコインの表裏。願いと過程もまた然り』って前に大賢者様言ってましたし、これまでも試練のダンジョンをクリアするたびに対価として貴重なアイテムくれましたし。
最初に示唆してた『あたしたちが元の世界へ帰る術』っていうのも、その魔術なんじゃないかな。つまり、十二の試練の踏破、それ自体が帰る術になるっていうオチです」
ミューの口ぶりはもうほとんど確信に近いものだった。そこまでいってるならもうネタバレどうのを配慮する必要もない。俺はただ頷いた。
「あとはじゃあ、とにかくここをクリアできるかどうかですね。正直進捗的にギリギリですけど」
「まぁどうにかなんだろ。俺のダンジョン運がないっつっても、いつもちゃんとクリアはできてんだから」
「だといいんですけど」
「これでボス部屋にもたどり着けませんでしたなんてオチだったら笑えるよな」
「笑えませんよ! っていうか縁起でもないこと言わないでくださいよ!」
ミューがケツに向けてキックを放ってきたので躱し、けらけら笑いながら逃げる。
実際には道中はもうどうにかなる気がしていた。というかこの道中はタメの期間のような気がしていたのだ。
俺に降りかかる最悪の不運――この先に待つ、とびきりの嵐の。
☆
結局、俺たちは二十三時、世界閉鎖のわずか一時間前にボス部屋の前にたどり着いた。
他のダンジョンと同様にここにも比較的安全な大部屋がある。ここまでたどり着けば一息つける――普通はそう考えるものだが、そこにはとても休憩なんて望めそうもない光景が広がっていた。
部屋の手前側には五十名ほどの白、奥側にはほぼ同数の黒がおり、両者は大きく間を空けて対峙していた。白の側の最前列に立つレンカやゾンは通路から現れた俺たちを振り返りはしたが声はかけてこず、すぐに黒の方に視線を戻した。
それだけ両者の対峙は緊迫していた。
この一触即発の空気を作り出しているのは黒の一団から一歩進み出たところにいる、無精ひげの中年男。
ヤギヌマだ。
「遅かったじゃねえか、ヨシヤ」
ヤギヌマは俺の姿を認めると最後に会った『血の謝肉祭』の時と同じようなセリフを口にした。だがあの時とはまるで様子が違う。気持ち悪いくらいに血走った眼をしており、左右両方の口角を異常なほどに大きく上げてニタリと笑っている。
正気ではない。一目でそう確信できるほどの変貌を遂げていた。
ヤギヌマは一人の白の少女を横に置いていた。その腰に右腕を回し、首元にはどす黒い剣の刃を突き付けている。
人質だ。
その少女が俺たちを見て、震える声を発した。
「ごめんなさいヨシヤさん、ミューちゃん……」
ヴィブティだ。
そのHPは瀕死の状態まで減らされており、頭上のネームプレートには<罪貨>の所持を示すコインマークがついてなかった。
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【ミュー】
LV:75
クラス:[死天使]
HP:860
MP:479
筋力:103
知力:46
器用:39
敏捷:35
意志:127
幸運:65
【料理LV13】【たき火LV6】【食料採集LV10】【薪割りLV12】
武器:<(SSR)シエナのメイス+9>
足:<(SSR)死天使のブーツ+7>
腰:<(SSR)死天使の腰布+6>
胴:<(SSR)死天使の祝衣+7>
頭:<(SR)アールディアの聖冠+10>
盾:<(SSR)黄金樹の円盾+8>
装飾:<(LEGEND)聖母のお護り>
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