第三十四話 決戦前夜(眠れるとは言っていない)
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20XX/12/30
[システムメッセージ]:『537/225109』
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世界閉鎖の前夜。日付が変わる寸前になっても俺は寝付けず、宿屋の個室のベッドで毛布に包まり、天井の木目を漫然と眺めていた。
二十二万人から始まったこの世界も、残るプレイヤーは五百人強のみ。その人数は奇しくもMMORPG『イクリプス・オンライン』を最後までプレイした人数に近かった。白と黒の割合はおよそ半々。これが明朝、すべてラストダンジョンにぶち込まれて殺し合いをする。
二十四時間後、この世界はどうなっているのか。俺は、ミューは、他のみんなはどうなっているのか。考えてしまうと眠れない。かといって考えずにもいられない。さすがの俺も終末の日の前夜には平常心ではいられなかった。
寝返りを打つ。今度は壁の木目を見つめる。この壁の向こうの部屋にいるミューは眠れているだろうか。さっき一緒に夕飯を食った時には割と普通そうだったが――と考えていると常在発動スキルである【気配感知】に反応があった。
枕元に護身用として置いてある石を握る。個室のドアが僅かに開いて廊下から光が射し込んでいた。ドアの向こうの小柄な人影目がけて【投擲】スキルで石を投げる。
「曲者だぁ!!」
「曲者じゃないですよ!?」
ドアから覗いていた人物の頭を狙ったのだが、しゃがまれたので外れた。アイツも隣に泊っているのだから、当たったところで宿屋無敵でダメージはないし痛くもないが。
「いきなり攻撃してくるとかひどくありません!?」
「ノックもなしに覗かれたら敵だと思うだろ、普通」
「いや、あたしだって完全に気づいてましたよね!? ノックしなかったのはヨシヤさんが寝てたら起こしちゃうかなって配慮ですよ!?」
「だろうな。よく避けたぞ、えらいえらい。で、何の用だ?」
聞いてはみたが、聞くまでもなかった。コイツも眠れないらしい。ミューは部屋の中におずおずと入ってくる。
上半身を起こし、枕元の光石を起動して灯りをつける。
「お茶でも淹れるか?」
「や、ますます眠れなくなりそうだからいいです。それよりちょっとそっち行ってくださいよ」
「そっち?」
「ベッドの端。壁際。すみっこ」
訝しみながらも言われるままベッドの隅へズレる。
ミューはドアを閉めると小走りにやってきて、ベッドの逆側の端から毛布の下に入ってきた。端と端とは言っても安宿の一人用ベッドなので距離は近い。せいぜい50センチだ。手を伸ばせば届く距離。ご丁寧にもミューは自分の部屋から枕を持ってきていた。
「前にレンカさんがヨシヤさんのベッドで熟睡してたじゃないですか。ゾンさんもヨシヤさんの前だと安心して寝てたし。だからなんかヨシヤさんは人を眠らせるフェロモンみたいなの出してるのかもって思って」
照れ笑いを浮かべながらそんな馬鹿なことをぬかしたミューはいつだかのレンカのように初期装備の麻のシャツとハーフパンツ姿だった。ぶっちゃけ[死天使]の専用衣装の方が露出は多いのだが、これはこれでいかにも部屋着って感じでドキドキする。
「明日、どうなりますかね」
「さぁな」
「1周目の時は挑戦10回目くらいだったんですよね? ラストダンジョンを攻略できたの」
「ああ。週に一度しか開場しないから、挑戦し始めてから2ヶ月半後くらいだな。そん時試行錯誤した分の経験値が俺たちにはあるが……今回一発勝負でどうにかなるかは田神が施した調整と運次第だろうな」
ラストダンジョン攻略のためにずっと準備はしてきた。ヴィブティを育ててきたのもその一環で、おかげで一周目と同じ切り札も用意できた。それで思い出したが。
「明日渡すつもりだったんだが、ちょうどいいや。渡しとく」
「なんです?」
「【ペーパークラフト】をレベル『15』にするときに作ったやつ」
これまた枕元に置いてある冒険用鞄を漁って、小さなピンバッジのようなものを取り出す。赤とオレンジの中間色で、五つの花弁が開いた花の形をしている。
ミューは目を丸くして両手でそれを受け取った。
「これ、なんの花です?」
「カランコエ。割と人気な園芸植物だからリアルでも見たことあるんじゃねーかな」
「あるかも。はえー、さっすがヨシヤさん。お花屋さんでバイトしてるだけある」
ミューはそれを眺めながらメニュー画面を出した。
<(LEGEND)聖母のお守り>
「LEGENDじゃないですか! え、ってかなんですかこの装備効果! 無茶苦茶色々上がるじゃないですか!」
「嬉しいか?」
「めーーーっっっちゃ嬉しいですよ! やったー! ありがとうございます、ヨシヤさん!」
ミューは今にも抱き着いてきそうな様子で小躍りした後それを髪につけた。謎の吸着力があるので服でもどこでもつけられるのだが、そこにつけるとは思ってなかった。髪留めみたいで可愛いが。
「ふふ、どうです? 可愛いですか? ヨシヤさん?」
「似合ってる似合ってる」
「可愛いって言ってくださいよ!」
「……可愛いよ。ってか寝る前に渡すもんでもなかったな。謎の吸引力でハズレねえからいいけど」
照れ隠しで蛇足を入れてしまったがミューはまるで気にしていなかった。自分の冒険用鞄から手鏡を出してうきうきしながら自分の顔を確認している。
「これ、元が紙とは思えませんね。金属みたい」
「1万枚以上の魔紙を合成して作ったからな。ほら、あの銀色の折り紙みたいなやつ」
「あー、あれ。最近ヨシヤさんがずっと同じもん使ってるなと思ってたら」
「作るのに丸一月以上かけたんだから大事にしてくれよ」
「もちろんですよ。ふふ、ヨシヤさんも女の子にプレゼントするなんて気の利いたことできるようになったんですねえ。ちょっと遅いけどクリスマスの分ってことでありがたく受け取っておきますよ」
「や……まあプレゼントというか……そうだな」
そういう意図はなく、ただ単に明日必要になるから渡しただけだったのだが、それを言うのは野暮な感じなので口をつぐんだ。さすがの俺もその辺はもう分かる。
ミューはニコニコしたまま、ふいに手招きをしてきた。
「もうちょっとこっち来てください。ほら、あと二ズレくらい」
「さっき端までいけって言ったのお前だろうが」
「いいから! さっきはさっき、今は今ですよ。っていうか、ものには順序ってのがあるじゃないですか。ほらほら」
女子高生にだいぶ免疫ができてきた俺ではあるが、これにはちょっと二の足を踏んだ。エアうどん捏ね(省スペースバージョン)を行ってから、二回ズレる。二人の距離はあと三十センチくらい。互いに横向きだと手が当たるくらいの距離だ。
「ヨシヤさんのその謎のうどん捏ね、いつからやってるんですか?」
「いつからだろ。小学校くらいだど思うけど」
「香川の人はみんなやるってゾンさんが言ってましたけど、冗談ですよね?」
「あったり前だろ。こりゃ俺だけの儀式的所作だよ。ああ、思い出した」
顔をしかめる。
「ずっと昔な。小学校上がったくらいだったか。両親と出かけた先のうどん屋で体験教室みたいなのをやっててな。そこで俺がうどん生地捏ねるのやってみせたら、両親がやたらと喜んでくれてな」
「すごくいい思い出じゃないですか!」
「家族に関する唯一のいい思い出だよ。……だから知らんうちに手癖になってたわけか。なるほどな」
一人で納得する。
今度はミューが思いっきり顔をしかめた。
「唯一ってまさか、そのあと不慮の事故でもあったとか……?」
「いや、普通に両親が不仲になっただけだ。そんで俺が小五の時にそれぞれ不倫したあげくに同時に蒸発した。信じられないことにマジで同じ日にな。それからは親戚のところたらいまわしにされて最終的に施設行きだよ」
「な、なんか悲惨な幼少期を過ごしてきたんじゃないかなーとは思ってましたけど、思ったよりヤバいですね。田神さんにも負けてなさそう」
ミューは同情する風ではあったが、ドン引きはしていなかった。
ちょっと迷うように視線をそらしたのち口を開く。
「実はあたしもちっちゃなころに両親が行方不明になってるんですよ。だからお姉ちゃんと叔母さんと暮らしてたんですけど、何年か前にそのお姉ちゃんと叔母さんも行方不明になっちゃって。あ、紙とペンあります?」
なんかすげえ衝撃的なことをさらりと言われて動揺したが、要求されたものは枕元に置いてあったのですぐに渡した。
ミューはご丁寧にもフリガナ付きで書いてくれた。
『成瀬未海』
吹き出す。思ったより可愛い名前だった。
「未海だからミューかよ。まんまじゃねーか」
「まんまっていうか友達から呼ばれてるニックネームですけど。で、ヨシヤさんの名前は?」
「あーん? ……俺、あんま自分の名前好きじゃねえんだけどなぁ」
先に教えられてしまった以上、答えないわけにもいかない。
メモ帳に漢字を書く。フリガナつきで。
「吉野だ。吉野歩」
「ヨシヤって苗字の方から取った名前だったんだ!」
「そうだよ。俺のもあだ名みたいなもんだ。つーかたまに初対面の人に間違って呼ばれる」
「確かにフリガナなかったら普通に間違えそう」
ミューは目を細めてくすくす笑う。それから俺の手を両手で握った。
「ねぇ、もっとヨシヤさんのこと教えてくださいよ!」
「って言われてもなぁ。……『吉野歩と消えた給食費の謎』とかどうだ?」
「そんな暗いハリー・ポッターのタイトルみたいなのではなく……もうちょっとこう、明るい話はないんですか?」
「ねえよ。田神にも負けない冤罪体質だからな。ガキの頃からマジでろくな目にあってねえ」
「えー、じゃあもう香川の美味しい料理の話とかでもいいですから」
「……うどん屋の清潔感と美味さは反比例する。なんか知らんが汚い店ほど美味いんだよな」
「アハハ! なんですかそれ!」
そんな感じの他愛もない雑談をしばしした。
「ねえ、ヨシヤさん。なんであたしが【料理】スキルで作ったもの食べてくれないんですか? 明日でこの世界終わっちゃうんですよ。そろそろ教えてくれてもいいじゃないですか」
「いや……それは……マジでたいした理由じゃねえんだが……」
言葉に詰まる。ミューのつぶらな瞳は言うまで絶対許さないぞと如実に告げている。
観念する。実際、明日世界が終わるかもしれないのだ。聞かずにロストしたら心残りになるだろう。
「だってミュー、初めて会った時、あっちの世界に帰れたらカレー作ってくれるって約束しただろ。だからそれ楽しみにしてたのに、なんかほかの縁もゆかりも無い連中に無償で配ってるからさ……なんか気に入らなくて」
「アハハハ! え、つまり拗ねてただけってことですか!?」
「そうだよ。俺だけの特別な権利だと思ってたから拗ねてたんだよ」
我ながら子供っぽいなとは思うが、認めてしまうと案外スッキリした。
ミューは目端に涙を浮かべるほど笑っていた。
「はー、もう、それじゃレンカさんが言ってたとおりじゃないですか。童貞を拗らせてるからだって。そんなこと気にしてるなんて思わなかったなあ」
「そんなことじゃねえよ。俺にとっちゃ大事なことだよ」
「いや、そうですよね。ごめんなさい。笑っちゃったりなんかして。……でもリアルのカレーとここでのカレーじゃ全然価値が違うじゃないですか。ここだとゲームのアイテム組み合わせて作るだけですし」
「そうかぁ?」
「そうですよ。うん。やっぱりここを出たらヨシヤさんち行って本物のカレー作ってあげますから。だから許してくださいよ」
「別に怒ってたわけじゃねえから許すもクソもねえけど」
謝るやつには俺は甘い。もうこの話は終わりだと手振りで告げる。
ミューも謎が一つ解けてすっきりしたのかニコニコしてたが、ふいに真顔になって口をつぐんだ。自分で口にしたことに引きずられたのだろう。ここを出たらという言葉に。
「私たち、ちゃんと生き残れますよね?」
「……たぶんな」
「たぶんじゃなくて絶対って言ってくださいよ!」
「根拠もねえのに断言できねえよ」
「ヨシヤさんの言うことなら根拠がなくても信じますから」
息を飲む。一瞬心臓が止まったような気さえした。
ミューはその大きな瞳で俺を見ていた。
信じる、というその言葉を俺が信じられるほど、純真な瞳だった。
華奢な腰と背中に手を回し、ミューを30センチ抱き寄せる。
二人の距離がゼロになる。
「大丈夫だ。俺たちは死なねえ。信じてくれ」
「……はい!」
ミューはにっこり微笑んで頷くと、安心したように俺の腕の中で大きくあくびをした。
「はー、なんだか眠れそうな気がしてきました。……『じゃ、自分の部屋帰れよ』とか言わないでくださいよ?」
「言わねーよ!」
「レンカさんには似たようなこと言ったくせに」
「反省したんだよ! 俺は!」
「あははは!」
笑いながらミューが毛布の下で俺の腹をつついてくる。俺はその手を掴んで防ごうとする。
そんな攻防を二人揃って笑い疲れるまで続けた。
やることやって満足したのかミューが手を伸ばして枕元の光石を消した。
暗闇に閉ざされる視界。
弛緩しきった少女の声が、すぐそばから聞こえる。
「おやすみなさい、ヨシヤさん」
「おやすみ、ミュー」
瞼を閉じる。
明日のことなんかもうすっかり頭の中から消えていた。
少女の静かな呼吸音とわずかに触れた指先から伝わる体温に誘われて、なんだか俺も眠れそうな気がしてきていた。
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・Tips
【最終生産品】
各生産スキルを最高レベル『15』にする際に製作するアイテム。
これを完成させることでスキルのマスター称号を得られる。
他の手段では入手不可能な品々であり、いずれも強力な効果を持つが、
製作には希少な素材と多大な時間を要する。
なお生産スキルを『15』に上げるには
第九の試練である{果てなき水底の都}をクリアして
大賢者から<(SSR)創造者の証>を授かる必要がある。
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