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第四話 ノーリスクなレベリング(安全とは言っていない)

 {宝石鉱山}はイクリプス・オンラインのサービス開始時から開放されているダンジョンの一つである。推奨レベルは『??』だ。

 その名の通り様々な宝石が産出される鉱山なのだが、数年前に坑内奥地で第二文明期の遺跡が見つかり、そこからモンスターが(あふ)れだしたため現在は国によって厳重に封鎖されている。しかし今も内部に残された宝石を目当てに忍び込む盗人や冒険者が後を絶たない。

 ――というのがイクオンでの設定だった。


 山の中腹に穿(うが)たれた坑道への入り口。その手前にダンジョンの出入り口である転移門(ゲート)がある。

 俺はその近くの岩場に姿を隠して息をひそめていた。


 しばらくして転移門(ゲート)から迷彩(カモフラ)柄の司祭服を着た[司祭(プリースト)]の少女が姿を現す。何の因果か一時的に協力体制を結ぶことになった女子高生プレイヤーのミューである。


 ミューは不安げに辺りをきょろきょろと見渡していたが、俺が岩場から姿を現すと途端に笑顔になった。右手をぶんぶん振りながら、染めたてっぽい金髪のボブカットを揺らして走ってくる。


「よ、よかったぁ! ヨシヤさん、ちゃんと来てくれたんですね!」


「アンタの方こそよく来たな」


「え? だって他に頼れる人がいないし。今日中に少しでもお金を稼がないと宿にも泊まれないですし」


「それはそうなんだけどさー」


 きょとんとした顔のミュー。

 気づいていないのならそれでもいい。先ほど渡した金属製の錫杖(しゃくじょう)――<(R)マジックワンド>は店売りでも500Gになるレアアイテムなのだ。


 俺はメニュー画面を出してミューとパーティを組むと彼女を背後に引き連れて坑道に入った。

 中は二車線道路のトンネルくらいの広さがあり、トロッコを運ぶための金属製のレールが延々と奥へと続いている。魔術の明かりを宿したカンテラが天井に点々と配置されているが、視界は最低限といったところだ。


 ここは{人狼(ウェアウルフ)の密林}と同様に正規の攻略ルートから外れたいわゆる寄り道ダンジョンであり、転送を頼むとダンジョン探索受付所のNPCから『危険だぞ』と嫌と言うほど念押しされる場所である。あの密林と異なるのは序盤に来る意味はまったくない点。なので他のプレイヤーと出くわす危険性はほぼないが、通路にはランダムパターンで徘徊するモンスターが少数いるため警戒はしていた。


 途中、後ろからミューが心細そうに声をかけてくる。


「な、なんかお化け屋敷みたいですね、ここ。暗いし、先がよく見えないし、遠くから変な音するし」


「恐怖心をかきたてられるダンジョンってのもイクオンの売りだったからな。実際に生身で歩いてみると確かに怖いわ、これは」


 しかし特に何かに出くわすわけでもない。

 いくつかの道の分岐を過ぎると広い地下空間にたどり着いた。中央に深い縦穴があり、その穴の側面に下へ向かう足場が螺旋(らせん)状に続いている。


「あの、それでヨシヤさん。今のあたしたち二人でも倒せるモンスターって……?」


「アイツだよ、アイツ」


 ちょうど見えたところだったので、親指で指す。

 ミューはその指の先――縦穴の底を確認するため、恐る恐るといった様子で穴のふちから顔を出した。


 深さ十数メートルの穴の先には平らな地面があり、中央には一軒家ほどの大きな岩がある。その岩の周りをドシンドシンと地響きを立てながらゆっくりと周回しているモンスターが今回の獲物だ。

 ごつごつとした岩をつなぎ合わせたその巨体は高さが四メートルはあり、肩幅も同じくらいある。両腕にあたる部分はチェーンソーになっており、時折、ギュルンギュルンと音を立てていた。


 ミューが青ざめた顔を穴から引っ込めて、俺の両腕を掴んで揺さぶってくる。


「な、なななななななんなんですかアイツ!?」


「何って……〔キリングゴーレム〕だけど。アイツの頭の上にモンスター名ちゃんと書いてあるだろ」


 『そういうことを聞きたいんじゃない』とでも言いたげにミューが涙目で顔をぶんぶん横に振る。まぁ気持ちは分からんでもない。さっきの〔人狼(ウェアウルフ)〕もそうだったが、どのモンスターもゲームであった頃より遥かに迫力がある。イクオンファンとしては感涙ものの出来だ。


「ここのやつらはモンスターレベルの割にもらえる経験値は少ないんだ。序盤から出会える高レベルモンスターだから、バグ利用で倒された場合の保険なんだろうな。それでも正規の攻略順で進んでる連中が今頃倒している敵よりかは遥かにもらえる。要するに倒せさえすれば、かなり美味い」


「そ、そ、それでどうやって倒すんです?」


「さっき渡したマジックワンドって杖があるだろ? 適正職が呪文を唱えながらあれを振ると、《魔導撃(エナジーボルト)》っていう低級魔術が発動すんだよ。アンタにはそれをここから延々と当ててもらう。アイツにはこの段階の他の攻撃だとダメージがまったく通らないんだが、《魔導撃(エナジーボルト)》みてえな無属性魔術は最低ダメージが保証されてるから、当て続ければいつかは倒せるってわけ」


「はえー、なるほど。……え、アイツって、攻撃されてもこっちまでは登ってこないんですか?」


「来るよ。普通にやってたら来る。ただアイツは下に人がいればそっちの追跡を優先する思考ルーチンだから、他の誰かが岩の周囲をぐるぐる回って逃げ続けてりゃ、安全に狩れるってわけだよん」


 茶目っ気を出して語尾を変えてみたが、スルーされた。


「下の人が逃げ続けられなかったらどうするんですか!? あんなのに攻撃されたら一撃で死んじゃいますよね!?」


「うん、当たったら即死するわな。でもヘーキヘーキ。コツがあんだよ。アイツの足はプレイヤーより速いけど、方向転換は苦手でな。中央の岩を上手く使えば、ずっと追いかけっこを続けられるんだ。……ま、もし嫌なら役割逆にしてもいいぞ。俺、[魔術師(メイジ)]だからその杖使えるし」


 ミューは先ほど以上にぶんぶんと首を左右に振って拒絶の意志を示した。

 ということで必要な呪文を教え、最初の計画通りに俺が縦穴の底に降りる。


 〔キリングゴーレム〕は俺の姿に気づくと両手のチェーンソーを起動させ追いかけてきた。その動きはゲームであったときとまったく同じ。足は速いがカーブを曲がるのは上手くない。俺がこけさえしなければ絶対に追いつかれることはない。


「ま、魔弾よ!」


 頭上から震えるミューの声と共に黒い(つぶて)が飛んできて、〔キリングゴーレム〕の頭部にヒットした。その上に『3Damage!』と表示される。はっきり言ってカスみたいなダメージだ。しかしこいつは自動回復しないから削っていけばいつかは倒せる。

 数分後、泣きそうなミューの声が上から降ってきた。


「こ、これ、あとどれくらい続ければいいんですかー!?」


「一時間くらいだー!」


「えええええええええ!!!」


 ミューは涙声で呪文を唱え続け、延々と杖を振り続けた。






    ☆






 ズシン! と音を立てて〔キリングゴーレム〕の巨体が倒れこみ、その姿が(かすみ)のように消えたのは予想通り一時間ほど後だった。

 事前にテストはしていたが、やはりこの世界ではプレイヤーの体力が尽きることはないらしい。俺は息が上がるには上がっていたが、まだまだ走っていられそうだった。

 一方、頭上から届いたミューの声は疲労困憊の色が隠しきれていなかった。体力というより精神的な疲労のせいだろうが。


「お、お、終わったー!」


「お疲れさん」


 上を向いて返事をする。

 それと同時に頭の中で軽快なファンファーレが響いた。


 デュイン!

 デデレデデレデッデーデ~♪

 ファーファーファー♪

 シュイィィィーーーーン!!!!


「お?」


 繰り返されること6回。イクオンのレベルアップ音だ。

 興奮顔のミューが螺旋状の足場を駆け降りてくる。


「す、す、すごいですよ、ヨシヤさん! 一気にレベル7まで上がりました!」


「そうだね。すごいね」


 特に感慨もなく答えると、キリングゴーレムが死んだあたりから戦利品を拾った。こいつは倒されるのを想定したモンスターではないので経験値同様にドロップも渋い。それでもこの段階では悪くない稼ぎだ。


「ほれ。分け前」


「ひゃ、100G!? こんなにくれるんですか!? 三日は宿に泊まれますよ!」


 俺の渡した大金貨を胸に抱いて、嬉しそうにぴょんぴょんと跳びはねるミュー。

 嬉しそうで何より。だが、しかし。


「いや、メインはそれじゃねーから」


 縦穴の底の一角にある淡い光を放っている岩へと近づき、そこに思い切り蹴りを入れる。

 すると強い緑色の光を帯びた宝石がそこからポロリと出現して地面に落ち、岩の発光はおさまった。

 拾い上げて確認する。


「お、エメラルドか。割と当たりだな」


「高いんですか!?」


「この大きさなら600Gくらいかなー。一人頭だと300だ」


「じゃ、じゃあまた一週間は生き延びられる! やったぁ!」


 歓喜を爆発させ、再び跳びはねるミュー。

 水を差すようで悪いのだけど。


「いや、まだまだこれからだろ」


 え? という表情でミューは固まる。


「ここの〔キリングゴーレム〕と採掘ポイントは丸一日経たないと復活しねーけど、他のチャンネルがあるからな。全部回って同じことすんぞ」


「えええええ!?」


 ミューは当初こそ嫌がったが、一時間で一週間分の生活費を稼げるという誘惑にはしょせん勝てるはずがなかった。






    ☆






「お、終わった……」


 そう(つぶや)いて、ミューがへたりこんだのはおよそ四時間後である。

 同じことをしてる奴らはいなかったので、すべてのチャンネルを独占できた。といっても『宝石鉱山』は来る人が少ないためか用意されてるチャンネル数も少なく、五か所を回っただけだ。


 もう外は夜になっているだろう。

 イクオンのゲーム内では一日はリアルタイムでの二時間であり、一時間置きに昼夜が入れ替わっていた。しかしこの世界では普通に一日は二十四時間であり昼夜の入れ替えも現実とまったく同じだった。


「レ、レベルが13になってる……」


「よかったな。あの二人越えたぞ」


 ドロップしたゴールドや宝石をすべて合わせると一人頭2000Gくらいの稼ぎだ。宝石の使い道が増えるゲーム中盤以降ならもう少し売値が上がるのだが、もったいぶらずにさっさと売って小金持ちになっておくのが(きち)だろう。


「丸一日経てばまた同じことできるけど、もうやらんでいいだろ。こんだけレベルがありゃ最序盤の敵には無双できるし、この辺から経験値効率悪くなるしな」


「効率よくても、もう二度とやりたくないですけど」


「そっちは杖振ってるだけなんだから、そんな嫌がるようなもんじゃねえだろ?」


「ハラハラするんですよ! ヨシヤさんが転んだらどうしようかって気が気じゃなかったですよ!」


「なんだ俺の心配してたのかよ。優しいとこあるじゃねえか」


 ガチ目に感心したので褒めたのだがミューは喜ばなかった。呆れた様子でこれ見よがしにため息をついてみせるだけである。


「逆にヨシヤさんは怖くなかったんですか? 命がけかもしれないんですよ? 一回分は保険があるとはいえ……」


「ん? 保険?」


 俺が首をかしげると、釣られたようにミューも首をかしげた。

 しばし考え込む様子を見せたのち、ミューの眉間にしわが寄っていく。


「あれ? 街の教会でもらえるあの<罪貨(カルマ)>とかってアイテム、ヨシヤさん持ってなくないです……? すぐにダンジョンに来てそのままひきこもってたってことは……」


「持ってねえよ。何をいまさら」


「じゃ、じゃあ、もし転んでたらホントにキャラロストしてたじゃないですか!? なんであんな平常心で延々とマラソンできたんですか!?」


「別に平常心ってこたぁねえけど。そうだなー。やってみると意外とたいしたことなかったな。なんでだろうな」


 丸四年も遊びつくしたゲームの世界にそっくりなのだ。この世界もただのゲーム(・・・・・・)なのだろうと、心のどこかで高をくくってしまっているのかもしれない。

 ミューは俺を異常者でも見るような例のジト目で見ていたが、やがて諦めたように話を変えてきた。


「このレベリング? ……も、なんで他の人はやらないんですかね」


「まずDEX特化ビルドの件と一緒でこれが有効だと知ってる奴がほとんどいない。〔キリングゴーレム〕から逃げ続けるコツを知ってる奴はもっといない。それと無属性遠距離魔術が無限に使えるアイテムはこの段階だとその杖しかないんだが、それはあの密林の宝箱からしか出ないし出現率も低いから、誰もやらないし、できないのさ」


 肩をすくめ追加する。


「それにな、本当の意味でイクオンに精通した奴なら、こんなやり方よりも正規のルートで攻略した方が効率がいいんだ。俺だって悪名が知れ渡ってさえいなければ、そっちを選んだよ。他にも邪道なレベリング方法はいろいろあるけど、アンタはやらない方がいいぞ」


 ミューは神妙そうな顔で頷いたのち、ふと顎に手を当ててたずねてくる。


「あの、ヨシヤさん。なんであたしのことアンタって呼ぶんです? だいぶ年下ですよ?」


「いや、だってお前とかって呼ぶのは偉そうだし。年下相手だからって偉そうにするのはダメだと思うし……」


 こちらの話の途中でミューが盛大に噴き出した。腹を抱えてゲラゲラと笑いだす。


「呼び方だけ気にしても意味ないですって! 十分偉そうですよ! これからはふつーに名前で呼んでください!」


「……みゅ、ミュー?」


 極度の恥ずかしさからか疑問形になってしまった。それが彼女にはウケたらしく、さらに笑い声を大きくした。

 うーん、分からん。女子高生とのコミュニケーション分からん……。




 そんなこんなでいくらか打ち解けた感じで雑談しながら坑道を歩いて外に出ると、やはりもう夜だった。空には星といくつもの月が輝いている。

 そこで俺はきっちり釘を刺した。


「誰かに食い物にされたくないなら強くなるこった。この世界のキャラとしてもプレイヤーとしてもな。ゾンってやつが大規模ギルドを作るだろうからそこへ入るのもいい。この世界で一番信頼できる奴だ。覚えとけ」


 殊勝な顔で深く(うなづ)くミュー。

 それに満足して俺はシュタっと手を上げる。


「そんじゃ達者でな。もう(だま)されるんじゃねーぞ」


 どうせもう会うこともないだろうけど――と、さっきと同じことを思う。

 ただ先ほどとは違い、名残(なごり)惜しい気持ちがほんの少しだけなくもなかった。


「あ、あの、ヨシヤさん! 本当にありがとうございました! ヨシヤさんはあたしの命の恩人です!」


 感激したように、ミューが両手で俺の手を握ってきた。

 その無垢なまなざしを受け止めきれず、俺はよそを向き、後頭部を掻く。


「礼を言われる筋合いはねーよ。ギブアンドテイクだからな。俺もミューがいてくれて助かったし。……いや、助かったっていうのは別に礼ではなくてだな」


 言い訳がましい俺の様子が面白いのか、ミューはくすくすと笑い始める。


「そうだ! ヨシヤさんって独り暮らし?」


「……そうだけど?」


「じゃあもしリアルに帰れたら、料理作りに行ってあげますね! ろくなもの食べてなさそうだし!」


 余計なお世話だと言いたいところだったが、確かに健康的な食生活は送っていない。しかし俺がどこに住んでるかもわからないのによく言うものだ。海外とかだったらどうする気だ。


「ミュー、料理できるのか?」


「えーと、か、カレーくらいなら」


 今度は俺が爆笑する番だった。カレーくらいなら俺だって作れる。女子高生が作ったカレーはレアリティが高そうだし、食ってみたくはあるけれど。


 そして今度こそ別れの時。


 ミューは俺に向かって何度も何度も頭を下げた。

 いいからさっさと行けと手でジェスチャーすると、ようやくミューは転移門(ゲート)へ向かって歩き出した。

 彼女の姿が転移門(ゲート)に重なる寸前、俺は教えてやった。


「万が一どうしようもなくなったら、その杖を売れ! そこそこの値になるぞ!」


 『あっ』と口をあんぐり開けるミュー。借り物であることなど、すっかり忘れていたのだろう。

 そのままの表情で彼女の姿が消えていく。


 ま、くれてやっても惜しくはない。

 再び独りぼっちになった俺は疲労と満足感が半々くらいの溜息をついた。


 女子高生も案外怖い生き物ではないのかもしれない。

 激動していくであろうこの世界で彼女がこの先どう生きていくかは知らないが――とにかく死ななきゃいいがと柄にもなく考えて、俺は満天の星を見上げた。


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[ヨシヤ]

LV:13

クラス:[魔術師(メイジ)]

HP:51

MP:125


筋力:10

知力:15

器用:21

敏捷:11

意志:13

幸運:9


【ペーパークラフトLV5】


武器:<(N)スリング>

足:なし

腰:<(N)ハーフパンツ>

胴:<(N)リネンシャツ>

盾:<(N)小盾(バックラー)

頭:なし

装飾:<(N)レザーグローブ>


所持金:500G

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[ミュー]

LV:13

クラス:[司祭(プリースト)]

HP:82

MP:80


筋力:17

知力:10

器用:9

敏捷:11

意志:18

幸運:15


武器:<(R)マジックワンド>

足:なし

腰:<(N)ハーフパンツ>

胴:<(N)アールディアンアルバ>

頭:なし

装飾:なし


所持金:500G

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