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第三十三話 たった一つの彼女の望み(叶えないとは言っていない)

 暇になった。

 急に暇になった。

 ミューが考え出した新しいレベリング法――“握手会”とアイツは命名してた――をしているからであるが、これは完全放置系レベリングと言えた。おかげで俺とゾンとレンカは大量の経験値を得ながら生産スキルのトレーニングに集中できた。楽でいい。ここ一月死ぬほど頑張った分のご褒美かもしれない。


「いやヨシヤさん、完全放置系じゃないですよ。楽じゃないですよ。あたしさっきからずっと、新しい〔動く死体(ゾンビ)〕出して殴って血をあげてってサイクル繰り返して大忙しなんですけど」


 訂正する。〔魔王信仰者〕の自爆で〔動く死体(ゾンビ)〕の列が短くなったらそれを補充する必要があるので半放置系である。

 最下級のアンデッドである〔動く死体(ゾンビ)〕はモンスターレベル『1』。そして今のミューのレベルは『63』。プレイヤーレベルの合計値まで使役できるというミューの推論は当たっており、最大63体まで同時に列に並ばせることができた。〔動く死体(ゾンビ)〕の分速消費量は7。なのでミューも最大9分は放置できる計算になる。

 なんだよ、〔動く死体(ゾンビ)〕の分速消費量て。


「いや、こっちが聞きたいですよ。っていうかなんでモノローグ風なんですか」


 実にいいレベリング法である。通路の向こうで定期的に爆発が起こって若干うるさいのが玉に(きず)だが、それ以外に文句はない。


「いえ、あの、あたしは普通に文句ありますけど。〔動く死体(ゾンビ)〕に血ぃあげすぎて貧血なりそうなんですけど。ねぇ聞いてます?」


 背中を蹴られた。手元で折ってた折り紙から視線を上げると、うんざりした顔のミューがそばに立っており、通路に並ぶ〔動く死体(ゾンビ)〕の列が最大値まで回復していた。俺たちがいるのはその通路の手前の二十畳くらいの小部屋である。


「おう、お疲れさん。この世界って貧血なるのか?」


「この間『すまん貧血だ』とか言いながらあたしに抱き着きましたよね!

 セクハラしましたよね!?」


「記憶にねえなあ。誰かと勘違いしてない?」


「してませんよ!? っていうかなんですその余裕! 出会った頃の初心(うぶ)で童貞臭かったヨシヤさんはどこいったんです!?」


 通路の先でまた爆発が起こる。ミューは<(R)原罪の果実>を一つ放り投げて〔動く死体(ゾンビ)〕を一体その場に出し、即座に棘付きメイスで殴り倒した。そして親指の腹をナイフで切って、そこからにじむ血を〔動く死体(ゾンビ)〕の傷口に押し付ける。

 〔動く死体(ゾンビ)〕はすぐさま立ち上がり、死の握手会の列に並ぶ。どうやって操作してるのかは知らんがやはり便利だ。


「ミューだけ働かせて悪いとは思ってるよ。えらいえらい、頑張れ頑張れ、ありがとありがと」


「て、適当すぎる」


 ミューは嘆息してから俺の横に座り込み、冒険用鞄から文庫本を出して(しおり)を外して開いた。レンカが自称(・・)完全記憶能力でコピーした田神大悟著のラノベ『アルファ・ドラゴン・オンライン』――その二巻である。

 表紙にはメインヒロインである『レンカ』とこの巻から登場する新ヒロイン『メイム』が背中合わせで立っているところが描かれている。軽鎧をまとった女剣士と司祭服の元気そうな少女の二人だ。レンカの手書きなのでだいぶ味のある感じの絵だが、どちらも美少女なのは伝わってくる。

 ふとそれを眺めながら、ミューが俺に耳打ちしてきた。


「レンカさんって本当に、このキャラのコスプレしてるんですね」


「そうだよ。あの白銀(プラチナブロンド)の髪もそのために染めてるらしいからな。よかったよな、この世界、髪が伸びたりしなくて」


「確かに。あたしもプリンにならなくてよかった」


 ミューは自身の染めたてっぽい金髪に触れてから正面を向いた。そちらではレンカが何か書き物を、ゾンが木材の加工をしている。


「そうだ、レンカさん。あたしこの二巻読んで、思い出したことがあるんですよ。ほら、ずっと前にレンカさんが言ってた“ゲンチヅマ”ヒロインって言葉。アレの意味がようやく分かりましたよ」


「それはよかった」


「全然よくないですよ! あたし現地妻ヒロインじゃないですから! ヨシヤさんとそういう関係じゃないですから!」


「現地妻ヒロインっていうのは特別そういう(・・・・)関係にならなくてもいい。登場して、可愛くて、主人公とそれっぽい雰囲気にさえなればいい。そういう存在。『メイム』と『ヨシュア』だってそういう関係じゃないでしょ? ……あ、ミューちゃんの声聞いたら私も一個思い出した」


 ぷんすかと口を尖らせたミューに対し、レンカは人差し指を立てて見せた。


「ミューちゃん、私とヨシヤが最初にアランダシルの街で会った時にあの場にいたね。PKが出たって嘘の叫び声上げて私のこと騙した」


「あ! そ、それはー……ハハ、そんなことありましたっけ? 記憶にないですねぇ。別の誰かと勘違いしてません?」


 白々しく愛想笑いを浮かべるミュー。言い訳が俺と同じである。

 そのやりとりを聞いてゾンが大笑いしているが、今度はそちらにレンカの矛先が向かう。


「ゾンくんもあの時あの場にいたよね。似たような叫び声上げてうちの団員たち騙したよね」


「えっ、そ、そうだったかな? レンカちゃんの記憶違いじゃないのー?」


「私は完全記憶能力があるから、思い出し(・・・・)さえすれば間違えない。あの時の叫び声は確かに二人のものだった」


「……ごめんなさい」


 ミューとゾンは揃って頭を下げた。

 別に根に持ってるわけではないのか、レンカは軽く手を上げて許す素振りを見せた。


「えっ……と。レンカさんの中ではヨシヤさんは『この世界に秩序をもたらす選ばれた存在』……なんですよね?」


「違う。そうなれる可能性を持つ存在だった。過去形。今はカス」


「カスて」


 ミューが(あわれ)みの視線を向けてくるが、別に俺は気にしてない。ゲーム時代にはレンカに限らずありとあらゆる奴から似たような暴言を言われまくったし、それ以上に俺も言い返してたから。


「その、レンカさんはヨシヤさんとどうなりたいんです? もうヨシヤさんをその秩序がどうのに戻すのは無理だと思いますけど」


「……実際私が今ヨシヤに望んでいることは言語化しにくい。でもここらでしっかり考えるべきなのかもしれない」


「そうですよ。ちょっと一からおさらいしてみましょう。ヨシヤさんとの関係を」


 なんかうさんくせえカウンセリングみてえなのが始まった。

 それから二人はごちゃごちゃと話していたが、興味なかったので俺は聴いていなかった。――が、ふとレンカがたずねてきたのにはさすがに反応した。


「ヨシヤは私のことどう思ってる?」


「クッソめんどくせえ女だなと思ってるけど」


「ちょ、ヨシヤさん!」


 ミューが俺の頭をメイスではたく。同パーティだからダメージはないが、ツッコミ用のハリセンみたいにメイスを使わないで欲しい。

 レンカは不満そうに頬を膨らませていた。こいつ、だんだん感情表現が露骨になってきた気がする。


「昔、私とあんなにたくさんした癖に」


「攻略とか狩りをな!?」


「二人で過ごした熱い夜を忘れたの?」


「真夏にやったオフ会でお前が酔いつぶれて駅前で一晩明かした時のことか? 忘れるわけねえだろ! クッソ迷惑だったぞ!」


「なんかお二人、思ったより仲いいですよね……」


 ミューがジト目で俺を見る。

 レンカはレンカで俺を睨んでいた。


「そういえばさっきミューちゃんが言ってた。ヨシヤに抱き着かれたって」


「冤罪だからな、それ」


「ふむ」


 レンカは再び腕組みをすると俺とミューを順に指さしてきた。 


「ハグして」


「は? なんで?」


「いいから」


 俺はこの固定パーティを組んだときの借りがある。ミューはミューでさっきの件の負い目がある。僅かに視線を交錯したのち、俺とミューは抱き合った。といっても欧米人がやるような軽いハグだが。

 レンカはそれをしばし値踏みするような目で眺めていたが、その表情は渋い。


「58点。いまいち」


「ひ、低いですね」


「テメェ……自分でやらせといて……」


「なんか違う」


 レンカは(まぶた)を伏せて長考に入った。

 そして〔動く死体(ゾンビ)〕が100体ほど消化された頃、剣を手におもむろに立ち上がった。


「ヨシヤ、私と戦って」


「は? いつ?」


「今ここで」


「なんで?」


「そうしないと前に進めない気がしたから」


 レンカが剣を抜く。強力な魔力を帯びた長剣(ロングソード)を。

 俺も立って『模擬PVPモード』をONにした。第五の試練をクリアした時に解放されたこれはパーティ内で疑似戦闘を行う機能である。これで死んでもペナルティはない。


 数メートル先で構えるレンカ。この世界でこういう風に対峙するのはもう三度目か。

 純度の高い殺気が肌を刺す。かつてイクオンがゲームだった頃、画面越しに感じていたもの。この世界でコイツと再会して仲直りするまで感じていたもの。


「殺す」


「久しぶりだな、それ言われんのも」


 懐かしさを感じて思わず吹き出してしまった。

 それを挑発と受け取ったのか、レンカがまっすぐに突っ込んでくる。


 速い。

 一瞬でこちらの間合いに入り、大上段から渾身の振り下ろしを見舞ってくる。


 左腕につけた小盾(スモールシールド)目押し(・・・)の要領で横から剣に叩きつけ、【受け流し(パリィ)】を決める。

 レンカが体勢を崩す。その腹にすかさず短剣(ダガー)を刺してその場を離れる。クリティカルなのでHPの1/3ほどが削れた。


「昔何度も教えたよな。初太刀が毎回同じだからたまにゃ工夫しろって」


「でも、これが一番強い」


「一番強い択がいつでも一番有効なわけじゃねー。……って話ももう何度もしたな。なんで他の連中はお前に勝てねえんだろうな? 弱点ばっかの雑魚なのによ」


 今度はあからさまな挑発だ。しかしレンカはそんなものもスルーできず、カチンと来た顔で再び突っ込んでくる。

 他のやつに挑発されるところも見たことあるが、ここまで怒りを露わにすることはなかった。なぜかコイツは俺の挑発にだけめっぽう弱い。昔からの因縁があるからだろうかと、次の【受け流し(パリィ)】を決める姿勢を作りながら考えた。




 結局それから三度戦い、三度俺が勝った。

 技術やステータス、装備品、いずれも最強クラスで俺よりも上。しかしそれでも負ける気がしないのは徹底的に相性がいいからだろう。ビルドも性格も戦略も。


「どうして勝てない……?」


 歯噛みしながらレンカが三度目の仮想死亡状態から起き上がった。

 初太刀の振り下ろしは二回目から変えてきたが、どう変えるか俺には読めていたので結局同じだった。思考を読まれている時点で詰んでいるのだ、コイツは。


「オメーは頭が硬すぎんだよ。どんだけ強かろうが何やってくるか分かってるやつは怖くねえ。使えるものは何でも使って相手の意表を突け。バグでもグリッチでも悪口でも、なんでも使ってな」


「……ヨシヤみたいに?」


「そうだ、こんな時に俺なら(・・・)どうするか考えてみろ」


 レンカは二十畳ほどの小部屋の中を見渡した。むき出しの岩で構成されたごく普通の場所であり、使えそうなものは特にない。続いてレンカは足元に目を落とす。この辺には投げるのに手頃な石がたくさん転がっているが、投擲スキルを伸ばしているわけでもないコイツが使ってもそれほど有効な手段ではない。


「ヨシヤなら、か」


 レンカは復唱してから翡翠(ひすい)色の瞳をきらりと輝かせた。脇に避けて見学していた二人の方を向き、人差し指でくいくい(・・・・)とする。

 きょとんと固まる二人。それから相談するようにしばし視線を交わしたが、同時に得物を抜いた。棘付きメイスと幅広の剣(ブロードソード)だ。


「レンカさんにはラノベもらった借りがありますからね」


「僕も一度ヨッちゃんの頼みで騙しちゃった分があるからね。今回はレンカちゃんにつくよ」


「はぁ!? 待て待て待て! 三対一で勝てるわけねーだろ! そんなんなしに決まってんだろ!」


「ヨッちゃんが言ったんだろ、何でもアリだって」


「そうですよ。吐いた唾飲まないでくださいよ」


 ミューとゾンが『模擬PVPモード』をONにしてレンカと疑似パーティを組む。嘘だろ、おい。


「おいレンカ! テメーこんな勝ち方でいいのか!?」


「うん、いい。ヨシヤを殺せるならもうなんでもいい」


「こだわれよ、勝ち方に! ……くっそ、いいぜ、やってやる! 三人掛かりだからって勝てると思うなよ!」




 もちろん負けた。

 あっさり負けた。

 トッププレイヤー三人に勝てるかよ。





    ☆





 勝負を終えたレンカは()き物が落ちたようなすっきりした顔をしていた。


「なんだか分かった(・・・・)気がする。ありがとうゾンくん、ミューちゃん」


 そんなことを言って剣を納め、気持ちよさそうに大きく伸びをする。

 俺はそれを床に這いつくばった状態で見上げていた。仮想死亡状態が終わり、起き上がる。


 感無量と言った感じでレンカが呟く。


「やっと一回殺せた」


「殺してみろとは言ったけどな。こんなやり方で殺されるとなんだかなぁって感じだ」


 イクオンのサービス開始当初に喧嘩別れした時のことである。『言うこと聞かせたいなら俺を殺してみろよ。そしたら考えてやる』と俺はコイツに言った。

 願い事を聞いてやらないでもない。聞いて、考えるだけだが。


「で? 何が分かった(・・・・)って?」


「んー……」


 レンカは下顎に人差し指をつけ、視線を中空に(ただよ)わせる。


「ヨシヤはあっちの世界に帰ったらどうする? 仮に、あっちの世界がそんな大変なことになってなかったとして、ね」


「あーん? さぁな。どうと言われてもな」


「何か新しいMMORPG始める?」


「わかんね。イクオンが終わっても丸一年何もしなかったしな。……でも、そうだな」


 殺し合いをするような仲の時期もあったが、コイツとも長い付き合いだ。言いたいことは分かった。


「帰ってからまた何かゲームする時は誘うわ」


「約束ね」


 レンカは分かりやすい笑みで右手を差し出してきた。小指だけ立てている。

 同じようにして指切りをする。やっぱコイツ、俺といる時は妙にガキっぽい。


「ヨシヤはね。最後に私の隣にいればいい。それが分かった」


「世紀末覇王かよ」


 苦笑する。ま、嫌な気はしねーけど。


「せいきまつ……?」


 レンカとミューが首を傾げた。元ネタ知らないらしい。悲しい。

 ただ一人、ゾンだけはそんな俺たちの様子を見て腹を抱えて笑っていた。





    ☆




 

 七日後、<(R)原罪の果実>の在庫を使い果たした俺たちのレベルは当初想定していた必要ラインを越え、70台半ばに達していた。それでもこのダンジョンのボス〔竜将スマウグ〕には苦戦を強いられたが、三度目の挑戦でどうにか撃破することができた。

 世界閉鎖のわずか五日前、12月26日のことである。俺たちがワールドファーストであるというシステムメッセージはしっかりと流れた。




 ボス部屋の向こう、氷雪吹きすさぶ山頂で邪竜グラニヤアックが俺たちに告げる。


『魔族は我から鍵を奪い、神殿へ向かった』


『我が背に乗れ、人間よ。奴らに目にもの見せてくれようぞ』


 邪竜の背に乗り、空を飛ぶ。

 螺旋を描くように上へ、上へ。雲を突き抜け、更に上へ。

 目指すは魔法王国(マナオラ)の遥か上空に存在する巨大な浮島。

 第十二の試練――ラストダンジョン{天空神殿}。

 その向こう、空の頂点にはもはや広がり切りつつある巨大な()の穴がある。




 そんな感じのムービーが流れたわけだが、それはゲーム上の演出であり、直後に俺たちは普通に街へと戻された。ラストダンジョンに向かうには結局いつものように、街のダンジョン探索受付所のNPCに頼むことになる。

 ラストダンジョンは仕様が特殊で週に一度しか開場しない。周期的に次に入れるのはこの世界の閉鎖の日、12月31日だった。つまり攻略のチャンスは一度きり。

 俺たちはその運命の日までにそれぞれ準備を整えることを約束して解散した。




 翌日、俺たちとタッチの差で、黒にも第十一の試練を突破したパーティが現れたという噂を聞いた。俺たちがあんなイレギュラーかつ運にも恵まれた手段を使ってなおギリギリのクリアだったわけだから、黒の連中も似たレベルのわけわからん手段を使ったのだろう。

 それからもぽつぽつと第十一の試練のクリアの噂が届き、最終日の前日には累計で50名ほどが突破した計算になった。その中の白と黒の割合はおよそ半々。この50名の戦いで世界の命運は決するものかと思われた。


 ――しかし。


 最終日前日の夕方、臨時のシステムメッセージが流れた。

『翌朝早朝に生存している(・・・・・・)すべてのプレイヤー(・・・・・・・・・)がラストダンジョンに転送される』

『ただしボス部屋に入れるのは第十一の試練をクリア済みの者のみ』

 という内容のものが。


「田神大悟は最後の最後まで僕たちに殺し合いをさせたいわけだ。シナリオの整合性なんか無視してね。やれやれ」


 暗黒街(スラム)に顔を出したゾンが肩をすくめてそう言ったのが妙に印象的だった。

 重なる二つの世界、そしてこの小さな仮想世界の命運が決まるその日はもう間近に迫っていた。


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・Tips

【{天空神殿}】

魔法王国(マナオラ)領土の遥か上空に浮遊する巨大遺跡。

大賢者が訪問者(プレイヤー)に課した十二の試練。その最後。


正体は超科学を誇った第一文明期の祭祀場であり、

現代の魔術や科学では突破不能な防護システムを備えている。

ゆえに、たどり着くには邪竜グラニヤアックの協力が必要となる。


遺跡の最奥には世界の命運を握る“世界接触予想点”が存在するという。

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