第三十一話 最強の固定パーティ(なんでもクリアできるとは言っていない)
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20XX/11/15
[システムメッセージ]:『45849/225109』
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イクリプス・オンライン最後の街『フリートラント』は魔法王国最南端の伯爵領。対魔族の最前線でもあるこの街は商業都市アランダシルのような美景はないし、古都ウルトのような荘厳さもない。要塞都市イースのような堅牢さはあるにはあるが規模は小さい。そんな街である。南に荒れた暗い海が見えるのが特徴といえば特徴ではあった。
俺たちがそこにたどりついてから二週間後の11月15日、ロードマップの記述のとおりに第三の街イースの閉鎖が行われ、世界に残っていた45000のプレイヤーのうち、2/3がここで脱落した。結局イースから脱出できたのは14000。これは当初の人数のたった6%でしかない。血の謝肉祭から始まったプレイヤーの急激な減少は1周目のイクリプス・オンラインがサービス開始数か月で急激に過疎っていった様を思い起こさせた。
イース閉鎖の同日に俺たちは第十の試練{獣の牙城}に挑んだ。田神大悟の施した調整により少なからず苦戦は強いられたが、1周目同様ここは――前後のダンジョンと比較しての話にはなるが――楽であり、ある程度予定通り、あるいは予想通りにクリアできた。
問題は続く第十一の試練{邪竜の山嶺}。推奨レベルは90であり、その難易度はこれまでのダンジョンとは一線を画す。例の難易度表でも過去最高の『SS』をつけた。
予定だの予想だのを言い出すのであれば、ここに関してはそもそもクリアできるやつがいるのか? というところからの話であった。
「MMORPG時代に{邪竜の山嶺}のワールドファーストが出たのはサービス終了三か月前でな。その頃にはもう残りプレイヤーは五百人くらいだった。選りすぐりの奇人、変人、イカれたゲーマー、ドM――まぁなんでもいいが、そういう連中向けに調整してるわけだから、はっきり言って容赦がねえ。世界閉鎖まであと一月半だが、ここをクリアする奴が一人も出ないで終わっても何もおかしくねえ。そんくらいの難易度だ。ちなみに一周目からここは極地法対策がされてた」
当時のことを知らないミューにそう説明したのは、フリートラントの街の酒場でのことである。暗黒街にあるものではなく、表街の小ぎれいなところだ。テーブルの上にはいつものように酒のボトルやグラスやら。三人目の同席者であるゾンは香草ウインナーを丸めて焼いたやつをつまみに、木製ジョッキでビールをやっていた。
{邪竜の山嶺}のパーティ上限人数は四人。テーブルを囲んでいるのもちょうど四人だ。
「つーわけで固定組んでくれ」
固定というのは『固定パーティ』、つまりあるダンジョンをクリアするまで固定メンバーで組んでやっていきましょうよ、という意味だ。
その場にいた最後の一人――レンカはめちゃめちゃ渋い顔をしていた。
「嫌」
「なんでだよ! 仲直りしただろうが!」
「ヨシヤ黒いから嫌」
「極地法では仲良くやってるだろうが! いや、仲良くはねえけど、普通にパーティ組んだりもしただろうが!」
「あれは不可抗力だから。そうじゃない場合は嫌」
「この潔癖症がよ! 最近は『ヨシヤ殺す』とか言わなくなったし、もう過去のことは水に流して仲良くしてくれると思ったのによ!」
「殺したいとは今でも思ってるけど?」
「思ってんのかよ! じゃあもう百歩譲ってそれはいいよ! 殺意抱いたままでいいから固定組んでくれよ!」
「お願いしてる立場なのに偉そうなのが嫌」
「お前だって強いメンバーで組まなきゃ先進めねえだろうが! 冷静に考えろ! 他探したってこれ以上のメンバーなんて見込めねえだろ!」
テーブルに着く他の二人を指さし、声を荒げる。レンカは骨付き肉をワイルドに齧りながら顔をしかめるだけだった。
コイツのギルド『白十字騎士団』にしてもゾンの『ディスクアウト』にしても、俺やミューほどの実力者はいない。他の白に十数人は同格以上がいるが、そういうガチのトップランカーは得てして協調性がなく、頼んだところで固定を組んでくれるものではない。それはこいつも分かっているだろう。
協調性がないという意味ではこのレンカ様もそうだがな、と内心で蔑む。
「あ、いま私のこと蔑んだでしょ」
「し、してねえ! 言いがかりはやめろ!」
「そういうところが嫌」
ぐぅの音も出ない。そりゃ俺だって協調性がある方ではないし、性格もよくはない。だからと言ってここまで拒絶することもねえだろうにと思う。いくら黒いからと言って――。
「あの、あたしからもお願いしますレンカさん。ヨシヤさんの偉そうなところは後であたしからよく言っておきますので」
「保護者みてえなこと言うのやめてくれるか!?」
ミューに腕を掴まれ懇願されたレンカは目をつむり、熟考に入った。それから焼きたてのピザ2枚とワインのボトル3本を消費した後、ようやく俺の方を向いた。
「じゃあ貸し一つ。そのうち、なにかやらせる」
「……まー、そんくらいならいいけど。漂白しろとか無茶なお願いはやめろよ」
「考えてみるとヨシヤと固定組むのは初めて、だね」
「そういやそだな。前につるんでた頃は別に固定とかって感じじゃなかったしな」
こうして俺とゾンとレンカ、それに新参JKの四人で第十一試練攻略用の固定パーティを組むことになった。
レンカにも言ったが、白においてこれ以上のパーティを望むのは不可能だ。もしこれで第十一試練を突破できなかったら、それはもう本当にゲームクリア者なしで世界閉鎖を迎えてもおかしくはない。
それは田神大悟の望むところではないだろうが――実際保証など何もないのだ。それでこそゲーム、ともいえるだろうが。
☆
魔法王国東部には標高6000メートルを超える雄大な山脈がそびえており、{邪竜の山嶺}はその最高峰の山頂を目指す長大なダンジョンである。といっても雪山装備で登山するわけではない。山中に穿たれた洞窟を上に上にと進んでいく構造である。一部雪原を歩くところはあるが、軽装でも支障はない。この世界では低気温は――クソ寒いという不快感を除けば――不利益を受けないからだ。1周目でもそうだったからだろう。
問題は道中の随所に出現するモンスター〔魔王信仰者〕。フードを目深にかぶった妖艶な修道女のような格好をしたこいつは、プレイヤーの姿を見るなり全速力で突っ込んできて抱き着き《自決爆》という魔術で自爆する。爆発の威力は幅が広いが後衛が狙われると一撃死もありえる。
「怖えな! マジで!」
最初の〔魔王信仰者〕との戦闘後、思わず俺は身震いした。クソ高額賞金のせいで1デスもできない身だ。突っ込んで来られると本気で背筋が凍る。怖すぎる。
「あのぉヨシヤさん。こいつらヤバいんじゃ?」
自爆の最初の犠牲者となったミューが起き上がり発した第一声がこれだった。司祭系は前衛も貼れるほどタフだが、運悪く二体に同時に抱き着かれてあえなく即死となり、虎の子の蘇生アイテムで起こしてやるハメになった。
ミューは自分をまきこんで自爆した二人の〔魔王信仰者〕の死体を見おろして戦慄している。……自爆しても経験値をくれるのは救いではある。このダンジョンの敵なだけあってけっこうな量をくれる。
「ごめんねミューちゃん。こいつらの敵対心全部取るのは難しくて」
頭を下げたのは殴られ役であるゾンだ。さっき遭遇した〔魔王信仰者〕は全五体で、こいつも二体に自爆されていた。残り一体はなぜか俺に突っ込んできたのだが、自爆寸前にレンカが切り伏せてくれた。
「いえいえ、お気になさらず。……え、ゾンさん、無傷ってすごいですね」
「これのおかげさ」
ゾンは白い歯を見せて装備中の大盾を掲げた。青地に細やかな金の装飾が施されたもので<(LEGEND)大神官の大盾>という世界に一つしかないレアアイテムである。血の謝肉祭でコイツが犯罪者討伐ランキング一位となって得たものだ。
「これはMPを消費するとあらゆる攻撃を遮断する結界を張れるんだ。真後ろにいる人くらいは守れるんだけど、〔魔王信仰者〕とは相性が悪いね」
「1周目でもゾンさんが使ってたんでしたっけ。いいなぁ、あたしも欲しいなぁレアリティLEGEND」
ミューは羨望の眼差しでゾンの持つ大盾とレンカの持つ白く発光する直剣を交互に見やった。
レンカの剣もまた世界に一本しかない品で、やはりこれもコイツが1周目に使っていたものである。謝肉祭の超大型モンスター討伐貢献の功で入手したのだが、当然火力はバカ高く、この時期の他の剣の倍近い火力を誇る。この剣のおかげで俺はさっきは命拾いしたわけだが、正直感謝より不平の方が口を突いて出そうになる。
ズルい。俺もGM特別賞とかいうので表彰されたのに、特になんももらえなかったのに。
「ミューもいいよなぁ、その[死天使]とかいうレア職」
誰に聞かせるでもなくボヤき、ミューに羨望の眼差しを向ける。ミューは倒れた〔魔王信仰者〕のそばに屈みこんで何やら行っており、その横ではゾンが作業を興味深げに見学していた。
「モンスターをアンデッド化して使役できるって聞いたけど、そいつもできるのかい?」
「どうですかね。手順としては倒れたモンスターが消える前に体液を与えるだけなんですけど……あ、できた」
〔魔王信仰者〕の一体が音もなく起き上がり、ミューのそばに控えた。どうやらミューはナイフで切った指から自分の血を与えていたらしい。
「謝肉祭のときに使った〔動く死体〕みたいに弱いモンスターなら何十体も同時に使役できるんですけど、こういう強いモンスターだと一体が限界みたいです。たぶんその辺は使役するプレイヤーのレベル依存なんじゃないかと」
「モンスターのレベル合計がプレイヤーレベルを超えると使役できなくなるわけか。ありえそうだ」
ミューは真顔で頷き、立ち上がる。
「それとどうも死霊化すると魔術や魔法は使えなくなるみたいなんですよね」
「じゃあ、その〔魔王信仰者〕は自爆しないんだね」
「さすがにその辺まで使えちゃったらバランスブレイカーですからね。このモンスターは自爆以外しないから、実質ただの肉壁です。それでもこのダンジョンなら役には立ちそうですけど」
実際このミューの言葉は正しく、突っ込んでくる〔魔王信仰者〕の自爆を使役した〔魔王信仰者〕を盾にして受ける、という流れがこの後けっこうあった。ゾンのMPに余裕がある時は<(LEGEND)大神官の大盾>の結界でも受けた。この二つのレア要素がなければ攻略はもっと時間がかかったであろう。――というか、この二つがない他のパーティは本当に苦労していることだろう。
その後、数々の難所――1人通るのがやっとの細い通路に〔魔王信仰者〕が絶え間なく突っ込んでくるデススポットなんかを乗り越えて、どうにかボス部屋までたどり着いたのは固定パーティを組んでからちょうど一月後の12月15日のことである。ワールドファーストが出たというシステムメッセージはまだ流れていない。黒のトップ層もここに挑戦しているはずだが、きっと連中も手を焼いているのだろう。自爆を喰らって泡を吹いているハルハやヤギヌマを想像すると、ちょっとだけ溜飲が下がった。
☆
{邪竜の山嶺}というわりにここのボスは竜ではない。魔族の最後の一門〔竜人〕――その親玉〔竜将スマウグ〕である。こいつはその名のとおり竜の鱗や翼を持つ人型モンスターだが、個体の強さという点では魔族の中でも頭一つ抜けている。硬い鱗で物理も魔力も大幅カットする上に、大剣で尋常ではない威力の物理攻撃をしてきて、言わずもがなブレスも吐く。そして耐久値も異常に高い。
ボスに挑んで探りを入れては撤退し、ボス部屋前で大休憩。それを繰り返すこと三日。
田神がコイツに施した調整はおおむね理解した。新しいギミックも搭載されていたが、その攻略法も編み出した。
――が。
「勝てなくねえか!?」
ボスに挑み始めてから三日目の終わり、俺はボス部屋前の大部屋で叫んでいた。他の三人はみな一様に暗い顔でそれぞれ思案している。
三日挑んで分かったのは明らかにステータスが足りていないということだった。装備品の更新はこれ以上は無理だ。となるとレベルや生産スキルを上げるしかないが、タイムリミットに間に合うとは到底思えない。
このパーティの現在レベルはおおむね62くらい。〔竜将スマウグ〕に勝つにはレベル70は欲しいところだ。生産スキルをマスターレベル『15』まで上げられれば少しは楽になろうが、八虫みたいな放置系でもなければレベリングと並行もできない。
「こりゃ参ったね」
ゾンが自嘲気味に笑って、お手上げだというジェスチャーをした。
こいつにそういうことをされると本気で絶望的になる。やめてほしい。
世界閉鎖まで残り二週間。
いよいよ切羽詰まってきた。
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・Tips
【[死天使]】
司祭系の上級職。
生物に死を与え、奪うもの。
神の権能を代行する存在であり、【死霊化】という固有スキルを持つ。
その使用には自身の体液の付与が必要。
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