第三十話 最後の街への血路(誰もが通れるとは言っていない)
9月5日に行われた『血の謝肉祭』では、この世界の25%にあたる4万強ものプレイヤーが一挙にロストした。中には俺やミューの知人、友人もいたし、ゾンやレンカのギルドメンバーもいた。
その月末の9月30日にはあの惨劇の舞台となった第二の街ウルトが閉鎖され、2万2千のプレイヤーがロストした。ウルトからイースへ至るための最後の難関{青の同盟の地下迷宮}を越えられなかった者が多数いたのだ。アランダシル閉鎖の際と同様にゾンやレンカは一人でも多くのプレイヤーを救おうと尽力したが、田神がボスに施した極地法対策のせいでキャリーするのも難しく、自力の足りないプレイヤーはここで脱落となった。
こうしてプレイヤーがいるのは第三の街イースのみとなった。
それから数日後、俺とミューは第八の試練{白き眼の姫の墳墓}をクリアした。ワールドファーストではないが、だいぶ早い方だったとは思う。
これの次――第九の試練{果てなき水底の都}をクリアすればイクリプス・オンライン最後の街である『フリートラント』が解放される。しかしあそこは間違いなく過去最高難度。俺が前に作成したダンジョン難易度表でもここまで出てないランク『S』をつけた。
田神の公開したロードマップによればイースの街の閉鎖は11月15日であり猶予は一月半しかないが、すぐに挑んでも勝算はない。焦らずじっくり攻略の準備をおこなう。寄り道ダンジョンの攻略や物資集め、生産スキルのレベリングなんかだ。ミューに続いて俺の植木鉢にも実がなったので、[根源呪術師]という1周目と同じ上級職に転職したりもした。
そして一月が経ち、準備の終わりが見えてきた頃、第九の試練の踏破者が出たことを知らせるメッセージがワールド全体に流れた。クリアしたのはハルハやヤギヌマを筆頭とする黒のトップランカーたちのパーティ。連中はゾンやレンカのように他のプレイヤーをキャリーなどしない。その辺の差が出たのだろう。
この時点で残るプレイヤーは七万を切っていた。謝肉祭からのわずか二か月強で十万人以上がロストした計算になる。同時にこの世界の開始時の1/3までプレイヤーが減ったことにもなる。
白と黒の抗争はますます激化している。バカみたいな額の賞金がかかったせいで俺とミューが襲われる頻度も増えた。
またアランダシルやウルトの閉鎖間際もそうだったが、イースの閉鎖が近づくにつれてプレイヤーロスト率もさらに増した。無茶な攻略をせざるを得ない下位層が次々にダンジョンでロストしているからだ。
今では毎日600人以上のプレイヤーがこの世界から姿を消している。
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20XX/10/30
[システムメッセージ]:『69485/225109』
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第三の街イースの閉鎖が二週間後に迫る頃、白のトップランカーたちは再び百人規模での極地法を行うために街の中央広場に集まった。目標はもちろん第九の試練{果てなき水底の都}の攻略だ。
俺とミューはまたこれに参加することになった。今回の発案者は表向きにも実際にもゾンである。俺たちは割と早めに誘われたので、この日に向けて入念な準備をしてきたわけだ。
{果てなき水底の都}の適正レベルは76。一方この時点での俺とミューのレベルは58だった。
「ま、イクオンじゃ適正レベルなんて気にするもんでもねえけどな。終盤はプレイヤーレベルと乖離しまくるから特に。前のダンジョンからどれくらい難易度が上がるか推測するのにゃ役立つけど」
「第七が62で第八が67……第九は一気に飛んで76ですもんね。ヤバさはなんか伝わりますよね。一周目に挑んだときは、ヨシヤさんはレベルいくつだったんです?」
「今より高かったのは間違いねえが、せいぜい六十台半ばってとこだったはずだぜ」
そんな会話をミューとした。中央広場にこしらえた簡易お立ち台でゾンが参加者たちに向けて演説してる時のことである。
黒での参加は俺一人だったが、前回のハルハのように明確な敵意を向けてくる奴はいなかった。ゾンが事前に話を通しておいてくれたからだろう。
「いやいや、ヨシヤさんがこの世界でコツコツ信用稼いできた結果でしょ」
「そうかぁ?」
「絶対そうですよ。特に前の極地法にも参加した人はヨシヤさんが問題行動起こさなかったって知ってますからね」
そんな会話をやはり、ミューとした。
ミューは攻略の最前線に立つことにも大規模な極地法に参加することにもそれなりに慣れた様子であり、特に気負った様子はなかった。
逆にその辺に慣れておらず、どこか所在なさげにしていたのはもう一人のJK――ヴィブティの方だった。いつもの陽気な様子を引っ込めて、俺の袖を引いて聞いてくる。
「ねぇねぇヨシぽん。本当にこの極地法、うちもいていいコン? なんだか場違いな気がするコン」
「構やしねえよ。つーかいてもらわないと困る。フリートラントまで連れて行かねーと二週間後にゃアンタ、ロストしちまうだろ。今回はこれまでみてえに確実にキャリーできるようになるまで待ってもらうわけにもいかねえんだし」
「それはそうですコンけど……」
「それにアンタにゃさっさと錬金術極めてもらいてえしな」
第九の試練をクリアすると達成の対価として大賢者から<(SSR)創造者の証>というアイテムがもらえる。これが生産スキルを最高レベル『15』に上げるのに必要なのだ。
「そうだヴィーちゃん、アレしてよアレ」
「えー、アレコン?」
「やって、やって! 前もバッチリ当たったし。……ヨシヤさんにはいい思い出じゃないかもだけど。お願い!」
なんだかテンションの上がらない感じの友人を気遣ってか、ミューが彼女の腕に抱き着いてせがんだ。
が、これにもヴィブティはあまり乗り気ではなかった。演説を終えたゾンが歩いてくるのを見ながら渋面を作っている。
「なんだいミューちゃん。なんの話?」
「見立て占いですよ! あ、ゾンさんは見るの初めてですね。面白いんですよ、ホント」
どこで覚えたのか、ミューは手を叩いて微妙に古いコールをする。
「ヴィーちゃんの! ちょっといいとこ見・て・み・た・い!」
「しょうがないコンねぇ」
ヴィブティはようやく重い腰を上げた。
それから用意したのは前回と同じ、地面に描いた二重の円。それと大量の銅貨と俺たちの名前を書いた四枚の金貨。
「そぉい!」
例のボウリングみたいな投法でヴィブティが硬貨を宙に放り投げる。キラキラと舞った無数の硬貨は二重の円の外に落ちたり、中に落ちたり。ただ一枚妙な動きで跳ねまわってから内側の円の真ん中で直立した硬貨があったが、案の定俺の名前が書かれた金貨だった。他の金貨はどれも普通に内側の円の中で倒れている。
「……どうやらここにいる四人は無事にクリアできるっぽいコンね」
「ちょい待て! また俺変なことなってるじゃねえか!」
「……また変わった出来事に見舞われるって暗示されてるコンねぇ」
「こうなると思ってたから俺も乗り気じゃなかったんだよ! あああああああああ!!!」
絶叫する。ダンジョンへの突入準備をしていた他の参加者たちが何事かと俺を見る。
一頻り叫んで落ち着くと、ゾンの奴が目を細めて占い結果を眺めているのに気づいた。
「アンタ、占いなんて信じるタチだったのか?」
「いや、あんまり? でもコレは面白い。とりあえず道中でもボス部屋でもヨッちゃんのそばにはいない方がよさそうだね」
「そういうのイジメって言うんだぞ! やめろや!」
けらけらと笑うゾン。ミューも同じように笑い、ヴィブティも苦笑いめいたものを浮かべている。
まぁクリアできると占われているなら最悪ではないか。朝のテレビの星座占いで11位だったくらいの気分だ。
☆
{果てなき水底の都}はその名のとおり海深くに存在するダンジョンであり、魔族の一種である歌人――人魚のような美しい種族が護る大都市だ。海中とは言っても都市全体を覆うようにドーム状に空気の層が魔術で形成されており、見た目としてはSF作品で描かれる月面都市に近い。
当然だが、ここを先行クリアしている黒の連中から情報をもらえてたりはしない。ゆえに田神が施した調整を手探りしながら攻略するハメにり、四苦八苦させられたが、それでも参加者の三分の一ほどはクリアできた。ゾンとレンカ、俺とミュー、それにヴィブティもだ。
俺は結局見立て占いの結果通り、道中でもボス部屋でもひどい目にあったが、そこは割愛する。きっとすべては偶然に過ぎないからだ。俺はオカルトめいたことは信じないたちである。
それにしても今回も本当にギリギリだった。この絶妙なバランス調整は田神らしいといえばらしかった。技術面での問題がなく、十分な時間さえあればあの男はこういう調整ができる。それはファンである俺にはよく分かっていた。
田神大悟は狂っているが、悪意はない。性格は悪いが、ゲームクリエイターとしては誠実だ。
プレイヤーをとことん苦しませる調整を施しつつも、最後には誰かにクリアしてもらいたいと願っている。苦しんで苦しんで苦しんだ先にクリアしてほしい。そう願っている。
悪意というのはただ苦しめることを目的とするものだ。
田神の目的は苦しみの先にある。
☆
ダンジョンボス撃破後、いつものようにムービーのような映像が目の前で展開された。
魔法王国の大賢者ユリアーネ・アシェク。修道服を思わせる光沢のない黒のワンピースドレスを着用した若い――少なくとも若くは見える女が俺たちの前に現れて、相変わらず一方的に話をする。
『魔族の攻勢はいよいよ最終段階に入りつつあります』
『彼らは過去二回の世界間侵略の失敗を反省し、入念な下準備をしています』
『その一つが“世界接触点”の確保。彼らが我が魔法王国に侵略しているのもすべてはそのためです』
『彼らを止めてください。その果てなき欲望と陰謀を』
『試練と対価はコインの表裏。願いと過程もまた然り。天秤の両皿が釣り合えば、因果の反転は容易いもの』
『成就の時は近い。されど道のりとは最後の一歩こそが最も困難であるものです』
『魔族とあなた方――どちらが最後の一歩を歩むのか。そこに二つの世界の命運がかかっています』
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ムービー後、ボス部屋の中で一息つきながらふとミューが感想を漏らした。
「なんていうか……だんだん核心に近づいてきた感ありますね、メインストーリーも」
「そりゃもう第九の試練なわけだしな」
「あたし、大賢者様がどうして訪問者に試練を課すのか分かってきた気がするんですよね」
「ほお?」
「つまりですね、逆転の発想なんじゃないかと」
「というと?」
「うーん、上手く言えないんですけど大賢者様の言ってることって匂わせじゃなくて――割とストレートなんじゃないかなって。なんだろう。何か……似たようなことは割と身近にもある気がするんですけど」
ミューは腕組みをして熟考を始めた。一周目を経験している俺はもちろん答えを知っている。知っているが、ネタバレなのでもちろん言わない。
ムービー後に大賢者が試練の対価としてくれた勲章――<(SSR)創造者の証>を手で弄びながら、ふと思う。トップランカーのほとんどはもう上級職に転職したし、レアリティ(LEGEND)の装備持ちも珍しくなくなった。こうして第九の試練を突破して、最後の街『フリートラント』への血路を開く者も現れた。
大賢者の言ではないが、いよいよこの世界も最終段階に入りつつある――ということだ。
「最後の一歩、か」
奇妙なほどのリンク。それを感じる。随所にだ。
それが偶然なのか、それとも誰かの作為によるものなのか。
分からない。こういう時は自分より頭がいい奴に聞くに限る。
他の参加者たちが転移門で街へと帰る中、ただ一人、ゾンは俺の視線をキャッチして残ってくれていた。
たずねる。今この場を見ているかもしれない、田神大悟の視線を意識しながら。
「なぁゾン。前にミューやヴィブティとも話したんだが、アンタは今頃俺たちの世界が侵略されてると思うか?」
「さて、どうかな。一つ言えるのはその辺を推理するには僕らが持ってる情報じゃ不十分すぎるってことだ」
「というと?」
「ちょうどさっき大賢者も言ってたよね、魔族は過去二回の反省を生かして下準備をしてるって。魔法王国への侵攻はその一つだってさ。
そして準備をするのは迎え撃つ側も同じこと。だから僕らの観測範囲外で動いてたやつらが必ずいたはずなんだ。向こうにもこちらにもね」
ゾンは地面と天頂を順番に指さす。この世界――のモデルとなった異世界{十二の月が巡る大地}と、俺たちが元いた世界{一つの月の大地}を示しているのだろう。
「動いてたっつーけど世界蝕が起こる前に何かできたわけじゃねえだろ? イクオンの設定が全部真実だと仮定すんなら世界間移動はおいそれとできるもんじゃねえ。ゲーム内の俺たちみたいに意図せず転移してしまったケースは例外らしいけど」
その辺はゲーム内で割と詳細に語られているところだ。
世界蝕期間外での能動的な世界間移動が可能な術士は{十二の月が巡る大地}全体でも五人もいないとされている。莫大な魔力と極めて高度な術式、それと貴重な媒介が必要になるとも言われている。
転移させる対象が成人ではなく例えば幼児であれば少しはコストを抑えられるし、動物だとか無機物であればより低コストで送れるらしい。が、それにしても相当な魔術師でなければできない芸当だという。
「じゃあヨッちゃん、例えば前回の蝕の時に僕らの世界に残って、それ以来ずっとこちらに留まって破壊工作を行っている魔族がいるとしたら?」
「前回って……二百年周期だろ? 魔族の集団の居残り組がガキ作って何世代にも渡って工作活動してるってのか? ……いや、そうか」
これもイクリプス・オンラインの設定になるが、強い魔力を持つ者は長命であるとされている。特に上位の魔族の中には数百年以上老いもせずに生き続けている者もいるという。
そんな化け物が江戸時代から俺たちの世界に潜伏し、今回の蝕での侵攻のために暗躍してきた――なんてのは俺にはとてもありそうには思えなかったが、それは俺の想像力がゾンに劣っているからか。
「僕らの世界の方にもね。世界蝕だとか{十二の月が巡る大地}だとかを知ってる人間がいるはずだよ。だって二百年前にも四百年前にも魔族は侵略しているのだから、それを退けた人間や組織――それらの後継者がいるはずだろ?
それに意図せぬ世界間移動はそれなりの頻度で起こるはずなんだ。だったら説明のつかない行方不明者だとか、出自が不明な異邦人だとかが必ず一定数存在する。為政者がそのことに気づかないはずはない」
「……国だとか政府だとかは世界蝕で魔族が攻め込んでくるのを知ってて今頃対処しているはずだと? ……ちょっと、マジで俺の想像力の及ばない範囲になってきたな」
「全部想像だよ。でもその想像を否定できない以上、僕らの世界が今現在どうなってるかは予想できないってこと」
「推理するには情報が不十分すぎる……か。確かにな」
それにしてもこの男、妙にすらすらと答えやがる。こういう問答を俺とするのを想定していた風でさえある。
「……本当はアンタ、もうなんもかんも分かってるんじゃないか?」
「全部ではないよ、全部では」
うさんくさい。というか嘘くさい。
怪訝そうな顔をしているだろう俺にゾンはおどけるように肩をすくめた。
「ヨッちゃん、この世界入る直前って何してた?」
「は? 直前? ……去年の大みそかか? 普通に寝てたぞ。自分の家のベッドで」
「紅白も見ずにかい? 初詣に行こうともせず?」
「俺がそういうキャラじゃねーのは知ってるだろ。てかアンタはどうなんだよ」
「僕も寝てたよ。家のベッドでね」
「あん? 珍しいな。つーか家にベッドあるんだな」
睡眠を一切取らないことで有名なこの男である。年末くらいまともに休もうと考えたのだろうか。
いやしかし。
エアうどん捏ねを始めて考える。なんの意味があるんだ、この問答。
「何の意味があるんだって顔してるね」
「してるわ! 答えを教えてくれよ」
「教えない。自力で考えることに意味があるのさ」
ゾンはひとさし指を唇の前に立て、片目を閉じる。クソむかつく仕草だが、このイケメンがやると様になる。
「その匂わせみてえな物言い、大賢者みたいだな」
皮肉を込めて言ってはみたが、ゾンはただ目を細めて笑うだけだった。
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・Tips
【[根源呪術師]】
魔術師系の上級職。呪術系の最高峰。
人の情動より魂を抽出し、それを束ねて操る者。
感情は常に魔術を行使する触媒となりうる。
特に収束された多人数の激しい感情は大規模儀式を成立させるに足るため、
呪術師はみなその工程をいかに行うかに苦心する。
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