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インターミッション ~続・あるオフ会の記録~

 時を一年半さかのぼり――20XX年3月25日。

 田神大悟が共同幻想魔術(ファンタズム)で仮想世界を稼働させる八か月前――かつて“リアル”だと信じていた世界{一つの月の大地(アン・レリュアド)}でのこと。



 東京都、秋葉原。その片隅にある古びた大衆酒場で開かれた大規模オフ会。MMORPG『イクリプス・オンライン』の打ち上げを兼ねたそれは開始から二時間が経ち、開発陣が行っていたトークショーも幕を閉じて、宴の終わりが見えてきていた。俺がトイレに立ったのはそんな時である。

 先ほど田神が俺にだけ見せた手品(・・)。あれはいったいなんだったのかと酩酊気味の頭で考えながら用を足し、手を洗って男子トイレを出る。

 そこで腕組みをして待ち構えていた女がいた。


「ヨシヤ」


「あ? ……お前、まさかレンカか? お、お前、女だったのか!」


「その流れ、いつまでやるの?」


「俺が飽きるまでだな」


 感情表現の希薄なレンカだが、この時はこれ見よがしに嘆息をしてみせた。呆れたという意思表示だ。

 こいつとオフ会で顔を合わせた回数はもう片手では足りない。女だと知って驚いたのは五年近く前、リアルでの初対面の時のこと。それ以来顔を合わせるたびに今みたいに初回と同じ流れをするのが俺の恒例行事になっていた。もちろん嫌がらせとしてやっている。

 コイツは背中まで伸ばした白銀(プラチナブロンド)の髪で極めて目立つ。ゆえに今日も奥の方の席にいるなと気づいていたが、めんどくさいので絡む気はなかった。


「なんか用かよ」


「別に」


「じゃあどけよ」


 レンカはどかなかった。行く手を阻むように仁王立ちしている。

 酒場の通路は狭いので真ん中に立たれるとすれ違うのも困難だ。


「ヨシヤ、最近何してる?」


「あ? 別になにも」


「ゲームとかは?」


「特にしてねーよ。……つーか、オメーに関係なくね?」


「ある」


「ないだろ」


「ある」


 やっぱよーわからんなこいつ、と嘆息しながらどうにか横をすり抜けようとする。

 レンカはどかない。意地でもどかない。体を接触させてまで無理に通り抜ける度胸は俺にはない。レンカもこれで――というかゲーム内でのことを除けば普通に――モデル並みの美人だ。セクハラまがいのことはしたくない。

 そんなわけで、にらみ合いを続けること数十秒。突如としてレンカの背後から楽し気な女の声がした。


「相変わらず仲良しさんですね、ヨシヤさんとレンカさんは」


「うおおおい、びっくりした!」


 知らぬ間にレンカの背後に黒スーツの女性が立っていた。腰まで伸びた波打つ金髪と群青色(ウルトラマリン)の瞳の持ち主で目鼻立ちも日本人離れしている。二十歳(はたち)前後にしか見えないが、実年齢はもっと上のはず。田神大悟の右腕にしてイクリプス・オンラインのコンセプトアーティスト兼総合アートディレクター――“灰谷都羽(とわ)”である。

 このオフ会の準主役とも言うべき存在。田神大悟に先刻聞いた話ではこのオフ会の本当の企画者でもあるらしい。それが俺たち二人を見てニコニコ笑顔で立っていた。


「えっ、と……アンタ……なんで俺たちの名前知ってんだ?」


「今さっき、互いに呼びあっていたではありませんか」


「呼んだけども。立ち聞きはやめてくれよ」


「ふふ、ごめんなさい」


 口元を手で隠して上品に目を細める灰谷都羽(とわ)。レンカの向こうにこの女が現れたことでますます脱出困難になった。


「アンタもやっぱ俺たちのこと知ってんのか?」


「もちろん。開発チームであなた方を知らない人はいませんよ。ワールドファーストになる前からずっと有名プレイヤーでしたからね」


「そりゃ光栄だ。さっきのゲーム内統計データの解説パート、面白かったぜ」


「光栄です」


 灰谷都羽(とわ)は白い歯を見せて笑った。

 それで気づく。自前にしては少々、というか割と明確に立派すぎる犬歯が左右に生えていた。


「それ、もしかして吸血鬼(ヴァンパイア)のコスプレか?」


「友人からの借り物ですがね。なかなか様になっているでしょう?」


「なってるけども。ちょっと地味すぎて気づかなかったぜ。地味ハロウィンかよ」


「もう少し分かりやすいところをチョイスすべきでしたかね? 人狼(ウェアウルフ)悪魔(ディアブロ)あたりがよかったかな」


 小首をかしげる灰谷都羽(とわ)

 あらためてマジマジとこの女性のヴィジュアルを眺める。どこの国の血なんだか知らないが、西洋風美人なので実にリアリティのあるコスプレになっている。


「私、あなたのファン。握手して」


「構いませんよ」


 灰谷都羽(とわ)はレンカが差し出した手を慣れた様子で握り、やはり慣れた様子で笑顔を作った。政治家みたいに。

 レンカはそのまま矢継(やつ)(ばや)に質問を始めた。厄介オタクみたいに。


「会社潰れたらしいけど、最近はどうしてたの?」


「のんびり日本観光してましたよ。箱根の温泉とか鎌倉の神社仏閣を巡ってね。せっかくこちらに来たのにずっと仕事詰めでしたから、自分へのご褒美ということで」


「田神大悟とはどこで会ったの?」


「私が会社に飛び込み営業をかけたんですよ。元々彼の作品のファンだったので、ぜひ一緒に仕事がしたいなと思って」


「なんか田神大悟が続編匂わしてたけど、出る?」


「お答えできません。田神社長がお答えしたのがすべてです」


「ん? 会社倒産したから、もう社長じゃないでしょ?」


「ああ、そうでしたそうでした。まだ慣れないもので」


 ぺろりと赤い舌を出す灰谷都羽(とわ)。レンカとの握手はようやく終わった。

 俺が横から、というか後ろから口を挟む。


「アンタがのんびり日本観光してるってこたぁ、続編作ってないってことだよな」


「ノーコメント」


 灰谷都羽(とわ)は唇の前で人差し指を立てて片目を閉じた。なんか含みのあるところが妙にムカツク。社長が社長なら、その片腕も片腕だ。


「ええと……センシティブなことなんで、聞いていいんだか分からないんだが。アンタ、日本語ペラペラだけど、えーと」


何人(なにじん)?」


「あ、レンカてめぇ!」 


 単刀直入すぎるレンカの頭を軽く叩く――ふりくらいはする。

 灰谷都羽(とわ)はクスクス笑いながら答えた。


「スウェーデンです」


「あ、そうなんだ。あの辺ってそういう外見なんだな。知らんかったけど」


「何歳?」


「おい! 直球すぎるぞ!」


「見かけよりはだいぶいってますよ。恥ずかしいから聞かないでください」


 灰谷都羽(とわ)は酒場の方を振り返る。


「日本には昔から興味があって言語や文化を勉強してたんですよ。独学ですけど。今回こうして訪れることができたのは本当に僥倖(ぎょうこう)でした」


「気に入ったか?」


「ずっと住んでいたくなるくらいには」


 酒場で笑い声が起こる。田神大悟が周囲を囲むプレイヤーたちに身振り手振りを交えて何かを話している。その容姿も仕草も本当に子供じみていて、アラフォーのおっさんとはとても思えない。


「なんか、こう、大変だったんじゃないか、あのおっさんの手綱(たづな)握るの。デザイナーの仕事しながらあの気難しい完璧主義者の秘書的な仕事までやってたんだろ?」


「そうですね。でも楽しかったですよ。手のかかる子ほどかわいいとも言いますしね」


 田神の様子を眺めて、目を細める灰谷都羽(とわ)。嘘をついているようには見えない。


「ずっと日本でゲーム作ったらいい。田神大悟とペアで」


 レンカがそう言った。俺も同意見だ。

 灰谷都羽(とわ)は苦笑しながら(かぶり)を振った。


「そうできたらいいですね。本当にこの地に残れたらと思っているんですよ。私は」


「無理なのか?」


「仕事次第ですね」


 この女性ほどの腕のデザイナーなら引く手あまたではないかと思うのだが、そうでもないのだろうか。あの田神大悟と関わったから大手企業に敬遠されてる、なんてことはないと思うが。


 そこで話は終わりだと告げるように灰谷都羽(とわ)が通路の脇に避けた。レンカもそれに釣られて一歩横にズレる。

 ようやく出られる。

 と、俺が動き出す前にレンカが深々とお辞儀をした。


「楽しいゲームをありがとう」


 俺はそこまではしなかったが、会釈(えしゃく)はした。


「確かに。ありがとう。ま、ゲームバランスやらなにやら思うところは多々あるけど、最高のゲームだったよ。人生で一番だ」


「ありがとうございます。田神にも伝えておきます。――ですが実のところ、私たちもお二人には感謝しているのですよ。ゲームというものはクリアしてくれるプレイヤーが現れなければ価値はない。だからあなた方“ワールドファースト”は私たち開発陣の救世主だったんです」


 灰谷都羽(とわ)はその宝石のような群青色(ウルトラマリン)の瞳で俺たち二人の顔をじっと見て頭を下げた。

 照れ臭くなり、レンカと視線を交わす。レンカは感無量と言った様子で頬を紅潮させていた。こいつがここまで感情を(あら)わにするとはよほどのことだ。


 二人の横をすり抜け、酒場の方へ戻る。その途中でふと足を止めた。灰谷都羽(とわ)の方を振り返る。


「変なこと聞くけど。俺たちって初対面だよな?」


「はて、リアルで顔を合わせたという意味ではそうだと思いますが」


「だよな。いや、すまん。忘れてくれ。……()ってえ!」


 悲鳴を上げたのは脇腹をレンカにつねられたからだ。


「ナンパしようとしてる?」


「してねーよ! 恋愛脳やめろや!」


「こんな特徴的なヴィジュアルの人に会って忘れるはずがない」


「そりゃそうだけど!」


 なんで今みたいな質問をしてしまったのかは自分でも分からない。

 灰谷都羽(とわ)は再び俺たちのやり取りを面白がるように目を弓なりに細めた。その仕草もまたどこか引っかかるところのあるものだったのだが――。




 この時に感じた違和感はすぐに忘れ去る程度の(かす)かなもので、実際{十二の月が巡る大地オー・ダン・イリュアド}を模した仮想世界に取り込まれてからも長い間思い出すことはなかった。

 それがふと頭の中に浮かんだのは世界が終盤に入った頃――血の謝肉祭も終わった後。


 直感という言葉があるが、得てしてこういう違和感にこそ真実は紛れているものだ。顔を合わせた相手を悪人か善人か直感で見抜けると俺が信じているのも同じ理由だ。

 しかしこれ(・・)が何の真実につながる材料だったのか理解できたのは、土壇場(どたんば)になってからのことだった。


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【灰谷都羽(とわ)の来歴】

それ以前:不明。

XX歳:ゲーム制作企業ゲームメルト社に入社。MMORPG『イクリプス・オンライン』のコンセプトアーティスト兼総合アートディレクターに就任。

XX歳:『イクリプス・オンライン』サービス開始。

XX歳:『イクリプス・オンライン』サービス終了。

それ以降:不明。

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