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第二十九話 宴の終わり(無事に迎えられるとは言っていない)

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 システムメッセージ:『血の謝肉祭 09/05 22:00 ~ 09/06 4:00』

 現時刻 09/05 00:10

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 日付が変わってもウルトの街の狂騒はおさまるところを知らなかった。巨大蜘蛛や巨大狼に続き、一時間ごとに機械式の超巨大モンスター(レイドボス)が追加され、そのたびに街のどこかで悲鳴が沸き上がった。

 もっとも超巨大モンスター(レイドボス)は有志の手によって一体ずつ討伐されもした。そのたびにワールド全体にシステムメッセージが流れ、討伐に貢献したプレイヤーの名が(たた)えられた。


 俺はそっち――超巨大モンスター(レイドボス)討伐イベントには関わらず、街の別の場所で暴れ続けた。

 建物の屋根に上がり、声を張り上げ注目を集め、賞金に釣られて襲ってきた白や黒を大立ち回りで撃退する。とにかくそれを繰り返す。冒険用鞄に詰め込んどいた物資はとうの昔に枯渇していたので【窃盗(スティール)】や強奪(ルート)適宜(てきぎ)調達した。


 一周目の世界でも記憶にないレベルの超長期PVP。もはや何回PKしたかも分からない。死後、終わりのない戦いを()いられる地獄――もしくは天国に行く(たぐい)の神話や宗教は世界各地に存在するが、俺はまさにそんなところにいる気分だった。この世界には肉体の疲労はないが脳の疲労はある。万全の状態でイベントの開始を迎えたにも関わらず、余計なことを考える余裕さえなくなった。本当に、永遠とさえ思えた。


 無論、永遠なんてものはこの世にはない。一分粘れば一分、一時間粘れば一時間、確実に終わりへと近づいた。


 超巨大モンスター(レイドボス)があらかた討伐され、モンスターの湧きも(にぶ)くなり、遭遇するプレイヤーの数も心なしか減った。襲い来る連中を一頻(ひとしき)り撃退しきり、一息つけるタイミングが奇跡的に訪れたのはその頃である。


 どこかの建物の三角屋根の上で一人立ち尽くし、街を見渡して違和感に気づく。

 東の空がほのかに(しら)んできていた。

 イベントの終わり――朝4時に近づいているのだ。


 そう気づいたことが、ほんのわずかな気の緩みになった。


 ハッとした時にはもう俺の体は魔力(マナ)で練られた光り輝く縄できつく縛り上げられていた。

 《光束縛(ルーン・ロープ)》。拘束系の上位魔術だ。

 棒立ちを強いられた俺はバランスを崩し、三角屋根から滑り落ちて、どこかの裏通りに落ちた。落下ダメージがいくらか入る。それはたいした数字ではなかったが。


「や、やった! やったぞ!」


 魔術師系(メイジ・クラスタ)の黒ネの男が一人そばに立っており、俺に向けて右手を伸ばしていた。光の縄の出元はその手である。

 そんなところに人がいたとは気づかなかった。たぶん擬態系の魔術で隠れていたのだろう。――不覚だった。


「おい誰かトドメさせよ! ヨシヤを拘束した! しょ、賞金は山分けだからな!? 白でも黒でもいいから、誰か早く!」


 そんなことを唾を飛ばしながら周囲に向けて叫んだ。見える範囲には他に誰もいない。だがそのうち聞きつけた誰かがやってくるのは明白であった。

 《光束縛(ルーン・ロープ)》は一度決まるとトッププレイヤーでもまず抜け出せないほど拘束力が強い。代わりにその間は術者も動けないという制約がある。もちろん他の攻撃手段なんかも取れない。完全なパーティプレイ用魔術なのだ。


「クソ、本当に誰もいないのか? おーい!」


 必死に声を張り上げる男。

 その背後を見て目を見開き、俺は叫んだ。


「おい馬鹿、後ろ見ろ! ヤバいぞ!」


「は? そんなベタな手に引っかかるかよ」


「嘘じゃねえって! ってかはよコレ解いて逃げろ!」


「何言ってんだ、お前……うわああああああああ!!!」


 最後のは俺の迫真の言葉に負けて振り向いた男が、音もなく接近していた〔動く死体(ゾンビ)〕の群れに襲われて上げた悲鳴である。

 〔動く死体(ゾンビ)〕は最下級のアンデッド。とはいえ数十体もの群れに接近を許してしまうと魔術師にはなすすべがない。案の定、男はあっさりと食い殺され、通りに倒れ伏した。




 最悪だ。




 俺の拘束は解かれていない。《光束縛(ルーン・ロープ)》には効果中に術者が死ぬとその効果が永続するバグがあるのだ。

 〔動く死体(ゾンビ)〕の群れは当然のように今度は俺の方にのろのろと寄ってくる。その間に男の蘇生待ち時間が終わり、どこかへ転送されていく。

 頭を巡らすが打開策は見つからない。この状態では魔術もアイテムも使えない。叫んだところで無駄だろう。

 ――詰んだ。


 まさか白でも黒でもなく、こんな雑魚モンスターにやられて死ぬことになるとは 夢にも思っていなかった。

 だが……ま、賞金を誰かに渡さなくて済んだか。


 観念して(まぶた)を閉じる。

 自分でも驚くくらいすんなりとこの状況を受け入れられていた。ここでの死が、すなわちロストであり、それがリアルでの“死”と同一である――かもしれない――ということは十分に認識はしていた。


 ろくでもない人生であったが、イクリプス・オンラインという最高の娯楽に出会えた。この世界もなんやかんやありはしたが最高に楽しかった。満足だ。

 心残りがあるとすればレンカやミュー、ヴィブティのことだが――まぁゾンがいるのだ。あいつがなんとかしてくれるだろう。


 そんな無責任なことを考えること数秒。いや十数秒。

 数十秒経ったかもしれない。



 …………なんか攻撃がこねえな。



 恐る恐る目を開ける。

 〔動く死体(ゾンビ)〕の群れは吐息が当たるくらいまで接近していたが、俺を囲んだままピタリと静止していた。


「――さん!」


 声がした。〔動く死体(ゾンビ)〕の群れの向こう側。遠くから。


「――ヤさん!」


 今度はもう少し近かった。

 〔動く死体(ゾンビ)〕たちの僅かな隙間から向こうを覗く。通りを走ってくる小さな人影が確かに見えた。大きく腕を振っている。


「ヨシヤさん! よかった、間に合った!」


 〔動く死体(ゾンビ)〕の群れが割れ、そこからミューが飛び込んできた。

 最後に見た時と格好が違う。イースの街の宿屋にいた時は迷彩(カモフラ)柄の修道服だったのに、今は白と黒を基調とした死神風の衣装を着ていた。肩や足やへそ周りの布地が少ないため刺激が強い。

 ミューは光の縄で縛られたままの俺を見て、メイスを取り出した。


「これ、あのバグですよね。ちょっと動かないでください。あ、動けないと思うけど」


「ちょちょ待て待て。縄だけ叩けよ? 軽くだぞ?」


「そぉい!」


「うおおおい!?」


 全力で振り下ろされたメイスが光の縄を破壊し、《光束縛(ルーン・ロープ)》が解除された。

 体の自由を取り戻した俺はとりあえず上半身だけ起こした。

 色々と聞きたいことはあった。が、まず口をついて出たのはこれだった。


「お前、その服どうした?」


「クラスチェンジしたんですよ。ほら、上級職になると専用の装備が自動配布されるじゃないですか」


「ああ……」


 そういやこの少女はあの植木鉢を持ち歩いてた。このイベント期間中に実がなったからさっそくクラスチェンジしたわけか。

 しかしだ。


「見たことねえぞ、そんな衣装。なんの職だ?」


「それがその、[死天使(アズリエル)]ってやつで。ちょっと他の人にも聞いてみたんですけど、誰も知らないやつで」


 ミューは周りを囲う〔動く死体(ゾンビ)〕たちを見回した。


「倒したモンスターをアンデッド化して使役できる職なんですよ。まぁこの子たちは元々その辺にいた〔動く死体(ゾンビ)〕なんですけど、たくさん使役できて都合がよかったんでヨシヤさんを探してもらったんです。もしヨシヤさんが襲われてるようなら助けてあげてって命令して」


「へぇー、マジか! 1周目には誰も見つけられなかったレア職っぽいな。凄い偶然――」


 というわけでもないかもしれない。


「植木鉢にカレーぶっかけるやつなんて他に見たことねえからな。そら見つからねえわな」


「やっぱアレのせいなんですかね」


「他に理由なくね?」


「そうですかねぇ」


 ミューが苦笑する。

 俺も釣られて苦笑いを浮かべた。


「なんだかずいぶん久しぶりみてえな感じするな」


「たった六時間ですよ。ずっとヨシヤさんを探しに行こうってヴィーちゃんに言ってたんですけど、絶対にダメだって(かたく)なで」


「俺がそう頼んでおいたからな。よくやってくれたよ、あの狐は」


 噂をすればだが、ミューの後ろから必死そうな顔でヴィブティが駆けてきた。


「ヨ、ヨシぽん無事でよかったコン。イベント終わりも近いし、そろそろいいかもって思って合流しにきたコン」


「いい判断だ。助けられたよ、結果的に」


 二人に向けて俺は頭を下げた。


「ありがとな」


 ミューが手を差し伸べてきたのでそれを掴んで立ち上がる。

 が、足がふらついて転びかけ、勢いでミューを抱きしめる格好になってしまった。

 故意ではない。


「ちょちょちょ、ヨシヤさん!?」


「すまん、貧血だ」


「貧血とか起きるんですか、この世界。……まぁいいや」


 ミューが俺の背中に両手を回し、耳元で(ささや)いてくる。


「無事でよかった」


 実は俺もおんなじことを言いかけていたのだが、それは胸の内にしまっておくことにする。

 ミューの後ろではヴィブティが顔を真っ赤にして両手で目を覆っていたが、その指は大きく開かれており、俺たちが抱き合うところをガン見してるのは明白だった。


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 20XX/09/05 04:00

 [システムメッセージ]:『五周年記念イベント『血の謝肉祭』を終了する』

 [システムメッセージ]:『128099/225109』

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 その表示と同時に、ミューが使役していた〔動く死体(ゾンビ)〕たちが掻き消えた。たぶん街のあちこちに出現していた他のモンスターも同様だろう。まだあちこちからPVPらしき喧噪の声は届いていたが、それもたぶんすぐ終わる。この街からの脱出制限ももう解かれただろうから。


 メニューを開くと新着が二件。


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 [ゾン]:『生きてるみたいだね。こっちもどうにかこうにか』

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 [レンカ]:『無事。ヨシヤも生きてるみたいでなにより』

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 今夜ロストした人数は実に4万強にも及んだ。この数はアランダシル閉鎖の時よりはるかに多い。ゾンやレンカのギルドにも多数の犠牲者が出たことだろう。だが、少なくともあの二人が無事でよかった。


 ミューとヴィブティも無事である旨を返信して、ふっ、と息をこぼす。


「……イース帰るか」


「ですね」


 ミューが満面の笑みで答え、ヴィブティがその後ろでこくこくと頷いた。





    ☆





 その夜ロストした者の中には俺やミューの知人、友人も大勢いた。白にも黒にも底辺にもトップランカーにも多数の犠牲者が出た。

 しかし俺が――最低でもこれだけは守り抜くと誓った者たちはロストさせずに済んだ。

 乗り切った(・・・・・)と言ってもいいだろう。

 勝ちか負けかで言えば、まぁ勝ちだ。


 こうしてイクリプス・オンライン最大のイベント『血の謝肉祭』は終わりを告げ、世界はいよいよ終盤に入る――。


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 『血の謝肉祭』各イベント入賞者

・犯罪者討伐ランキング一位:[ゾン]

・非犯罪者討伐ランキング一位:[ヤギヌマ]

・決戦級天聖機械(オートマタ)討伐最高貢献者:[レンカ]

・GM特別賞:[ヨシヤ]

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