第二十六話 少女は狂う(俺のせいでないとは言っていない)
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システムメッセージ:『血の謝肉祭 09/05 22:00 ~ 09/06 04:00』
現時刻 09/05 22:45
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「ごきげんよう、お姉様。おひさしゅうございますね」
ハルハは曇り一つない微笑みを浮かべ、腰鎧を覆うスカートをつまんでお辞儀をした。伝統的な挨拶だ。
俺の隣に立ったレンカは直剣を構えたまま、かつての副官を憂いを帯びた瞳で見据えた。
「お願い、ハルハ。もう罪を重ねるのはやめて」
「はい。もちろんです、お姉様」
拍子抜けするほどあっさりとハルハは頷いた。
「わたくしは罪なんて、ええ、未来永劫犯しません。お姉様を幸福へと導くために、諸悪の根源であるそこの害虫を駆除するだけですわ」
「なーにがお姉様を幸福へ、だよ。単にテメーが俺を殺したいだけだろ。言っとくけど俺を殺したところでもうオメーがレンカに寵愛されることはねえぞ。愛想つかされたんだ。よりにもよってコイツが一番嫌うことをしてるんだからな、オメーはよ」
「……お前は何も分かっていませんわね、害虫」
ハルハはぎらついた瞳を俺に向けた。
背筋がゾクリとする。
ハルハの瞳は確かな勝算を抱いている。
「田神大悟は約束しましたわ。“大賢者への請願”を。どんな願いでも叶えてくれると。わたくしはお前を殺してこの世界を最初にクリアし、お姉様の心を取り戻す。そして現実世界に戻って、また元通りの生活を送るのですわ。お姉さまと共にね」
「……はーん」
なーるほど。それがコイツなりの起死回生の一手か。たしかにそれなら失ったすべてを取り戻せる。
しかしだ。
「もしそんな願いを叶えてもらえたとして、だ。……それでいいのかテメェ。愛しのレンカ様の気持ちを田神の魔術とやらでイジってもらって、それで満足なのか?」
「当然ですわ。お姉様が幸せになってくれる。お姉様がわたくしの一番そばにいてくれる。わたくしにとってはそれがすべて。それさえ叶えば十分ですわ」
「ああ、そうかよ」
こりゃダメだ。完全にイカれてる。コイツの中では“こうするべきだ”という道筋がもうできていて、それ以外のすべては無視するつもりなのだ。
レンカがハルハに手を向ける。白き刃の大剣に目をやりながら。
「それを渡して」
「もちろんです、お姉さま。すべてが終わったらお渡しいたします」
愛しのお姉さまの言葉ももはや届かない。ここまで狂ってしまったのは俺のせいでもあるので罪悪感は覚える。が、容赦をするつもりはない。
レンカはハルハのネームプレートの横についた銀色のコインマークを一瞥した。ハルハは携帯可能な最大量の<罪貨>を持っているだろう。つまり二人では強奪しきれない。殺してもロストさせるのは不可能だ。
「ヨシヤ。私があの子を倒すから、あの剣を強奪して」
「……おうよ」
無理すんなよ、とは言えなかった。レンカの横顔は相変わらず表情に乏しいが、悲壮なまでの覚悟は読み取れた。高レアリティのアイテムを強奪するのは時間がかかる。【強奪】スキルを上げている俺が適任ではあった。
レンカが屋根を蹴って走る。ハルハは全身に暗黒のオーラを纏わせ、微笑を浮かべてそれを待つ。
俺は投石器に石をセットしながら側面に移動した。
両手持ちの直剣が振り下ろされる。
大剣の白き刃がそれを受ける。
二つの武器に付与された魔力が干渉を起こして火花となり、辺りにはじけた。
レンカは間違いなく全力だった。だがハルハはそれを真っ向から受け止めていた。
「ああ、お姉さまがわたくしだけを見てくれている。なんて幸せなことなのでしょう」
「抵抗しないで、ハルハ!」
レンカが再び剣を振り上げる。
悪手だ。
ハルハが悪魔の背骨を短剣に変えて突きを放つ。
レンカは上半身をよじってそれは回避した。が、続けてハルハが繰り出した前蹴りはかわせず、俺の横を吹っ飛んでいった。
強い。困ったことに石を当てられそうな隙もない。
人が変わったようなハルハであるが、戦闘面でも一皮剥けていた。たぶんレベルも相当上げている。愛しのお姉様に攻撃を加えたこともこいつの中では何かしらの正当化ができているらしく、罪悪感など微塵も覚えていない様子だった。
一方レンカはかつての副官の変わりようにショックを受けたのか、片膝を突いたまま立ち上がれずにいる。
ハルハはそんなお姉さまから視線を離し、俺の方を向いた。
「害虫。先ほどわたくしにお前を殺すのは無理だとほざきましたわね」
「言った。つーか今でもそう思ってるわ」
「……本当に救いがたいほど愚かな男ですわね。ええ、いいですわ、教えて差し上げます。その気になればお前など、指先一つでロストさせられるのだということを」
ハルハはぞっとするような笑みを浮かべてメニュー画面を出し、そこに指を滑らせた。
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システムメッセージ:『プレイヤー:【ヨシヤ】に5,000,000Gの賞金がかけられました』
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それは全プレイヤーの目の前に表示された。二か月前に{青の同盟の地下迷宮}でコイツが俺の告発に対する報復として行ったのと同じことだ。
だが今回のメッセージは一つでは終わらなかった。
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システムメッセージ:『プレイヤー:【ヨシヤ】に100,000Gの賞金がかけられました』
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システムメッセージ:『プレイヤー:【ヨシヤ】に2,000,000Gの賞金がかけられました』
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システムメッセージ:『プレイヤー:【ヨシヤ】に400,000Gの賞金がかけられました』
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システムメッセージ:『プレイヤー:【ヨシヤ】に424,242Gの賞金がかけられました』
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システムメッセージ:『プレイヤー:【ヨシヤ】に3,000,000Gの賞金がかけられました』
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ハルハの操作はとっくに終わっている。それでも同じようなメッセージが流れ続ける。何十件も、何百件も。延々と延々と止まることがない。
からくりは分かる。これも信者どもにあらかじめ指示していたのだ。ハルハが俺に賞金を懸けたら、それに合わせて賞金を懸けるようにと。
「その小さな脳みそでも仕様は覚えてるでしょう? キャラクター蘇生時に要求される<罪貨>の量は賞金額に応じて増加する。所持している<罪貨>が足りなければ一度死んだ時点でロストが確定する」
「……丁寧な解説どーも。しっかしずいぶんたくさんお布施してくれるじゃねーか。全員揃って大富豪か?」
「ふふふ、声が震えてますわよ。読めてなかったのでしょう、この展開。ああ、痛快ですわ、害虫のそんな顔が見られるなんて」
虚勢の笑顔を浮かべて口をつぐむ。図星だからだ。
一周目とこの二周目では金の重みはまったく違う。命がけとも言われる状況で、他人に賞金を懸ける余裕がある人間はそうはいない。だがらプレイに支障が出るほどの賞金総額になるとは思ってなかった。
だが一周目とこの二周目では人口も違った。一周目では賞金機能を利用できるようになった頃にはもうプレイヤーは数千人しか残っていなかった。それがこの世界ではまだ十七万近く残っている。一人ひとりの額が少なくとも、何百人もが賞金を懸ければそれは膨大な量になる。
流れ続けたシステムメッセージがようやく止まった。
メニュー画面を出して賞金額のランキングを見る。
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1位:【ヨシヤ】215,968,682G
2位:【ヤギヌマ】12,350,000G
3位:【ハルハ】9,400,000G
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先ほどまで十位圏内にすらいなかった俺が一位になっていた。それもぶっちぎりで。
冒険用鞄に入れて持ち運べる<罪貨>の上限は『10』。
MMORPGであった頃『計算上これくらいの賞金がかかれば蘇生時に要求される罪貨量は10を超えるだろう。ただし現実的な額じゃないが』と、仲間内で笑いながら話した記憶がある。俺の賞金はその時に計算された値を遥かに超えていた。まさに致死量。
鳥肌が立つ。この世界に取り込まれ、命がけではないかと推測を立てたあの時以来の危機感を覚える。長らく忘れていた本当の死の恐怖が腹の底から湧き上がる。
そんな俺を見てハルハはもうすっかり満足した顔をして、全身を覆っていた暗黒のオーラを引っ込ませた。
「気が変わりましたわ。害虫、今しばらくは生かしておいてさしあげます。その死の恐怖をせいぜい楽しむといいですわ」
「……そうかい。ありがとよ」
俺ももうここでこいつと不毛な争いをする気はない。レンカをぶつけてどうにかできれば最善だったが、そうできないなら意味はない。
ハルハは暗黒街の裏通りへと飛び降りた。気づけばそこには数十にも及ぶ黒が群れていた。
ようやく立ち上がったレンカが屋根のへりから下を覗き込む。
そちらを見上げて、ハルハは再び腰鎧を覆うスカートをつまんでお辞儀をした。
「ごきげんよう、お姉様。またお姉さまのおそばにいられるようになる日をハルハは心待ちにしておりますわ」
黒の集団を引き連れてハルハは去っていく。
それを追おうとレンカが屋根を飛び降りようとしたので、慌ててその腕を掴んだ。
「やめとけ」
「でも」
レンカが非難の目を向けてきた。が、すぐに諦めたらしい。あの数を相手にするのは自殺行為だとさすがに分かってるだろう。
連中の背中が路地の向こうに消える。それを見送ってからレンカはハッとした顔でこちらを向いた。
「ミューちゃんとヴィブティちゃんは?」
「会えてねえ」
「探すの手伝う」
「助かる。……ああ、そういや」
メニュー画面を出す。着信音が小さすぎるせいで気づかなかったが、新着のメッセージが来ていた。
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[ミュー]:『s』
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短すぎるその文言に眉根を寄せると、レンカが隣から首を伸ばして覗き込んできた。
「入力ミス?」
「まさか。まともに打つ余裕がなかったんだろ」
「ピンチってこと?」
「たぶんな。今もそうかは分からんが」
さっきの俺と同じだ。俺も先ほどレンカを呼ぶためにメッセージを送ったが、『おれのやど』としか打ってない。
打ち返す余裕がないということは、こちらからメッセージを送っても読んでもらえるか分からない。こちらがポイントを指定したところで、そこへ来られる余裕があるかも。
とすると、やはりこちらが迎えにいくのが一番確実だ。
じゃあ今ミューはどこにいる? sってのはなんだ?
スラムか? 酒場か?
どちらもすでに行った。入れ違いになったのか?
エアうどん捏ねをしながら考え込む。
レンカがそんな俺の腕を引っ張り、街の中心部、すり鉢状の中央広場を指さした。
目を転じる。中央広場には大規模な空間の歪みが生じており、そこから“城のように巨大な何者か”が這い出そうとしている最中だった。
それは数え切れないほどの足を備えた金属製の蜘蛛型モンスターだった。
その姿には見覚えがあった。
続けて俺たちの前に表示されたシステムメッセージにも。
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システムメッセージ:『血の謝肉祭 『サブイベント:魔族の侵攻』の開始』
システムメッセージ:『多数のモンスターが街に侵入』
システムメッセージ:『決戦級天聖機械の討伐貢献者には豪華報酬を用意。こぞって参加すべし』
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「この人口密度で魔族の侵攻もやんのかよ!」
思わず叫んで、街全体へ視線を巡らす。あらゆる通りに大量のモンスターが湧いていた。亜人、魔族、アンデッド、これまでのダンジョンで戦ってきたボスの姿まである。街中だけでなく、郊外の方も同様だ。
これもイクリプス・オンラインがMMORPGだった頃に周年イベントでやってたことである。あの超大型の巨大蜘蛛はその目玉の一つであり、作中設定としては魔族が放った侵略兵器ということになっている。
巨大蜘蛛が口に当たる部位に魔力の光を収束させ、極太の熱光線を放つ。中央広場から伸びる大通りの一つがそこにいたプレイヤーやモンスターごと焼き払われ、後には地面に倒れた大量の蘇生待ちプレイヤーだけが残された。
黒も白も無差別。
巨大蜘蛛は無数の足を動かして歩き、更なる破壊を始めた。
地獄絵図と化した街の中心部。
毅然とした瞳でそちらを見据えて、レンカが剣を抜いた。コイツがあのモンスターを見過ごせるような女でないことは分かってた。
「行けよ。お前がいるのといないのとじゃ、アレの討伐速度も段違いだろ」
「……ごめん、ヨシヤ」
「いいさ、お前がアイツを倒してくれりゃ結果的にミューやヴィブティの安全にもつながるしな」
「ミューちゃんたちの無事を祈ってる」
レンカが突然その額を俺の胸に押し付けてきた。
意味の分からん所作だ。どうすりゃいいか分からずフリーズしたが、とりあえずレンカの頭をぽんぽんと撫でる。白銀の髪に包まれたきれいな後頭部を。
そういや前にミューにもこんなことしたなと思い出し、ついでにお礼を忘れていたことも思い出した。
「助けにきてくれてサンキューな」
「うん」
レンカは顔を上げると珍しく分かりやすい微笑みを浮かべ、建物の屋根を飛び移りながら巨大蜘蛛の方に駆けていった。
俺も俺のやるべきことをしなければならない。
血の謝肉祭はまだ始まって1時間しか経っていない。イベントの終わり――夜明けは遠い。
今夜は更に幾度かの死線を超えねばならないだろう。そんな覚悟をしながら俺もまた屋根の上を走り始めた。
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・Tips
【魔族の侵攻】
冒険の舞台となる魔法王国は多くの魔族の領域と国境を接しており、
たびたび大規模な侵攻を受けている。
魔族の目的は魔法王国領土内のある場所の確保であるとされている。
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