第二十五話 付き合う理由(俺にもないとは言っていない)
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システムメッセージ:『血の謝肉祭 09/05 22:00 ~ 09/06 04:00』
現時刻 09/05 22:30
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禍々しい意匠の鎖帷子に身を包んだ十代半ばの少女――[ハルハ]は宿の個室の窓枠に片足だけ乗せた格好で、殺意と憎悪をむき出しにした瞳を俺に向けていた。
その頭上の黒いネームプレートにはギルド名がついてない。俺のように非表示にしてるのではないだろう。
「レンカに捨てられちまったから今はフリーなんだな。お、そうだ、俺んとこ入るか?」
「ハッ! 見え透いた挑発には乗りませんわ。お前のやり口は分かってますもの」
「なんだ、つまんねー」
ハルハは存外冷静だった。直情型のこの少女らしからぬ反応である。理由は{青の同盟の地下迷宮}で襲ってきたヤギヌマと同じだろう。“自分が圧倒的に有利である”と確信しているのだ。
であるならば事態は俺の想像以上にマズいことになっている。このタイミングでこいつがここに現れたのは偶然じゃない。
「よう、聞いたぜ。なんか黒相手に変な宗教始めたらしいな」
「迷える害虫たちを救済するためですわ」
「適当なこと言って更に罪重ねさせるのが救済か? 宗教らしいっちゃらしいがな」
黒の中には『この世界は命がけである』と田神が断定したのを知り、深い罪悪感を抱いた者も大勢いた。『この世界は命がけなどではない』と信じてPKをしていた連中である。ハルハはそいつらの心の弱さに付け込んだ。
『田神の言葉はこの世界を盛り上げるためのウソである。本当はここはただのゲームにすぎない。だからあなたがたには何も罪はない。これからも存分にこのゲームを楽しむべき』。ハルハはそんな風に説いているらしい。罪悪感に耐えきれぬ黒どもはそんな甘言にあっさり飛びつき、妄信し、さらに白への襲撃にいそしむようになった。いわゆる確証バイアスだろう。
「今じゃお前の手足のように動く黒は百人以上いるんだってな。そういう連中に俺を見かけたらすぐにメッセージを送ってこいと、イベント前に通達してあったわけだ。だから俺がこの宿に入ったことも知ってた」
「ええ、そう。もうお前に逃げ場はありませんわ」
「別に逃げる気はねえけどな」
話しながら手元でメッセージ欄を操作して、メニュー画面を消す。
俺とお喋りなんて死んでもしたくないであろうコイツが、わざわざ付き合ってくれている。考えられる理由は一つだけ。
――増援が着くまでの時間稼ぎだ。
【聞き耳】スキルを使いながら、ちらりと後方を振り返る。それからまだ黒煙の残る部屋の床に<(R)発煙筒>を転がし、さらに煙を増やす。
視界はあっという間に完全なゼロに戻った。
「馬鹿の一つ覚えですわね!」
愉快そうなハルハの声がして、個室の入り口に向けて強烈な衝撃波が飛ぶ。神聖魔法の《光弾》だ。
「ハズレだ」
俺は逃げたわけではない。むしろ逆。姿勢を低くして攻撃を避けつつ、ハルハに接近していた。
黒煙の中から現れた俺に驚愕するハルハを窓の向こうへ蹴落とす。ついでに俺も飛び降りる。
着地したのは閑散とした暗黒街の裏通り。
ハルハは背中から落下したのにすぐさま起き上がり、隠し持っていた短剣で刺突を放ってきた。
少し下がればかわせる距離。だが俺は身をひねってかわした。
白くぶっとい刀身が寸前までいた場所を切り裂いていく。ハルハが手にした大剣の刃だ。
<(LEGEND)悪魔の背骨>。
俺たちが百人規模の極地法でクリアした{青の同盟の地下迷宮}。あそこのボスがドロップしたアイテムである。あのボスにトドメを刺したのはレンカだが、抽選の結果、その時パーティを組んでいたコイツの所持品になったわけだ。
「死ね、害虫!」
ハルハが“背骨”で連続攻撃を放ってくる。短剣での刺突から大剣での切り払い、大剣での振り下ろしから再び短剣での刺突。形状を変化させながらの攻撃は変則的であり、読み切るのは至難の業。
だが俺は完全に見極め、かわし続けた。
「俺にそれを使うのは悪手じゃねーか? それの使い方は誰よりも知っているからな」
1周目では俺が使ってた武器だからだ。
そのうちハルハは息を切らして距離を取り、俺を凝視したまま<(R)精霊花火>を真上に打ち上げた。乾いた破裂音と共に空に色鮮やかな光の花が咲いて消える。
にらみ合いながら、しばし待つ。すると周囲の路地からぞろぞろと黒が現れた。十人ほどの若い男だ。
ハルハが顎で指示をすると黒の連中は俺を取り囲むように布陣した。実際にこの目で見るまで半信半疑だったが本当にこの少女の言いなりらしい。コイツがこいつらを駒にするためにしたのがお説教だけとは思えないが、他にどんなことをしたかは想像したくもない。
「ガキに顎で使われて恥ずかしくねえのかテメェら」
煽りながら地面にバネを落とす。屈んでもう一つを重ねて置いて、踏んで跳ぶ。着地したのは先ほどまでいた宿屋の屋根。
「逃がすか!」
置きっぱなしのバネを踏んで男の一人が追いかけてくる。そいつに《大気炸裂》をお見舞いして叩き落とし、ついでに<(R)傲慢のルビー>を落として、バネに殺到していた大勢の黒の中心で爆発させた。
黒煙に覆われる暗黒街の裏通り。バネの持続時間は短いので、もうすぐ消える。
しかし屋上に上がる方法は一つではない。
黒煙の中から跳びあがってくる影が一つ。ハルハだ。その足はドス黒いオーラで覆われている。こいつが信仰する滅びの女神の固有神性魔法によるもので、HPの消費と引き換えに体の一部の筋力を一時的に大幅強化する効果がある。先ほど宿屋の二階まで跳んできたのもこれの力だ。
ハルハは跳んできた勢いのまま、両腕で大剣を振るってきた。その少女の細腕もドス黒いオーラが包み込んでいる。
もろに喰らえば一撃死さえありえる。恐怖心を抑えつつ、小盾を横から叩きつけて【受け流し】を決める。
ハルハが体勢を崩す。
が、同時に俺も後方に3メートルほど吹っ飛ばされた。威力が大きすぎて、受け流しきれなかったのだ。これだけの威力になるということは――。
「噂にゃ聞いてたが、ずいぶん殺したみてえだな」
バックステップでさらに距離を取りながら、白い刀身の剣を指さす。
<(LEGEND)悪魔の背骨>は最高レアリティ武器の一つなだけあって強力な特性がいくつもある。その内の一つが『これでPKした白の数に応じて攻撃力が上がる』というもの。それだけなら似た装備がいくつかあるが、これの特殊なところはその上限値がないことだ。白を殺し続ければ際限なく攻撃力が上がっていく。それゆえ第四の試練という早期に入手可能な装備品でありながら、サービス終了まで使うことができた。
あのボスからしかドロップしない上に、その確率も極めて低い。ただしワールド全体の一本目だけは確定で落ちる。そういう仕様だった。レアリティ(LEGEND)のアイテムはだいたいどれもそんな感じで特殊な方法でしか入手できない。
手に入れてから二か月ほどでだいぶお気に入りになったらしい。自身の手にする白き刃にハルハはうっとりとした顔で頬ずりをした。
「貴様を殺すために数え切れないほどの命をいただきました。光栄に思うことですわね、害虫」
「おーおー、そりゃありがてえこって」
そんなお喋りをしているうちに、俺の背後にハルハの信者の黒が四人ほど現れた。どこか登りやすい別の建物から上がってきたのだろう。屋根に上がる方法はいくつかあるのだ。こうなることは分かっていた。
ハルハがせせら笑う。
「万事休すですわね」
「そうか? ……やっぱてめえにゃ俺を殺すのは無理だぜ。逃げずにわざわざ相手してやった理由が分からなかったか?」
挑発して振り返る。
黒の男たちが身構える。
そこに何者かが地上から跳んできた。勇者系固有の跳躍力強化スキルを使ったのだろう。そいつは勢いそのままに強い魔力を帯びた直剣で黒の一人を斬って捨てた。
合わせて俺も動く。動揺する他の面々の一人に石を投げて倒し、ついでにもう一人に《大気炸裂》をかまして地上へ落とした。
最後の一人は跳んできた奴が斬り伏せてくれた。
これで宿屋の屋根の上は三人になる。
「サンキュー。早かったな」
ほくそ笑みを浮かべて闖入者の隣に並ぶ。
運がよかった。たまたま近くにいたのだろう。さっきメニューを閉じる前にこっそり救援要請を送っておいたのだ。
「……ハルハ」
あの決別の日以来の再会なのだろう。
かつての副官を、レンカは表情の乏しいいつもの顔に僅かな憂いを覗かせて見つめていた。
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【レンカ】
LV:52
クラス:[天意勇者]
HP:723
MP:380
筋力:82
知力:34
器用:45
敏捷:39
意志:40
幸運:45
【書物作成LV7】【釣りLV11】【絵画LV5】【食料採集LV10】
武器:<(SSR)ローレンティア・レプリカ+6>
足:<(SR)勇者のブーツ+7>
腰:<(SR)ホーリーキュイス+7>
胴:<(SSR)リクサの聖衣+5>
頭:<(SSR)リクサの髪留め+5>
装飾:<(SR)始祖勇者の象徴+7>
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