第三話 女子高生との情報整理(整理できるとは言っていない)
「よし、まずまずのデキだな」
{人狼の密林}の第一階層で空想上のうどん生地を満足いくまで捏ねた俺は無事に心の平静を取り戻し、待たせていた相手の方へ向き直った。
「ミューよ。怒鳴って悪かった。ただ俺はアラサーなのでおじさんとかおっさんって単語に敏感なんだ。まだ二十代だけどな。アラサーだから。なので、できれば二度とそう呼んでほしくない」
「は、はい。分かりました、ヨシヤさん」
ミューという名の女子高生[司祭]は割と発育よさげな胸に手を当てて素直に頷いた。それだけで案外いいやつなのかもしれないと思ってしまうから、俺もだいぶチョロい。
親指で密林の奥を指す。
「移動しながら話そう。さっきの奴らが仲間を連れて戻ってこないとも限らない」
「へ、下手に動いたらモンスターに会っちゃいません?」
「大丈夫。ここの奴らの巡回パターンは把握してる」
歩き始めるとミューは俺のすぐ隣に並んだ。少しでも誰かのそばにいたいのだろうが、うら若き乙女――それもかなり可愛い女の子にパーソナルスペースを侵害されると、その手の経験値の少ないアラサーとしては困ってしまう。挙動不審になっていなければいいが。
「まずは、そうだな。なんでここに来たのか聞かせてもらうか。さっきの奴らとはどこで会った?」
「えっと、あたし、この世界に来てからずっとアランダシルとかいう街の宿屋に籠ってたんですけど、食料買うときだけは外に出てたんです。で今朝も出かけたんだけど食料品店の店先で財布にお金がもうないことに気づいて。それでどうしようかって途方に暮れてたら、美味い話があるってあの二人に声かけられたんです」
「はーん? なーるほどね」
その美味い話とやらが、このダンジョンの固定宝箱を一緒に開けることだったわけだ。
一般人がこれだけ聞いたら、なんて親切な二人なんだと思うだろう。だがその実態はPK以下の下種野郎だ。
「アンタ、[司祭]だろ? この辺のモンスターはプリへの敵対心が異常に高いんだ。たぶんあいつら、いざという時の囮役としてアンタを連れてきたんだと思うぜ」
「ええ!?」
「あいつらもそこそこゲームをやってたっぽかったが、ここの巡回パターンは知らなかったんだろうな。知ってりゃノーリスクで箱開けできるんだが」
ミューは歩きながら、あたふたと手を動かす。驚いていると示しているだけで特に意味はなさそうだ。
「で、でも、あの二人『もしモンスターに会っても俺たちが倒してやる、二人ともレベル10だから大丈夫だ』ってステータス画面開いて見せてくれましたよ!?」
「ここの推奨レベルは『24』だぞ。レベル10じゃフルパーティでも雑魚モンスターさえ倒せねえ。囮がいりゃ逃げるくらいはできるだろうけどな」
唖然とした顔で黙り込むミュー。純心な女子高生には刺激が強すぎたか。こんな話、イクリプス・オンラインにおいては日常のようなものだったが。
「あ、あの、レベル10の二人をあっと言う間に倒したってことは、ヨシヤさんってもしかしてそれ以上にレベルが高い……?」
「いや、俺はまだ一匹もモンスターを倒してないからレベル1だよ。この世界に取り込まれてすぐにこのダンジョンへきて、それからずっと引きこもってたからな。アンタとは引きこもり仲間ってわけだ、ガッハッハ」
なにがガハハだ。我ながら。
親近感を出すために言ってみたのだが、ミューはうつむいて黙り込んでしまった。
やっべえ、キモイと思われたかな。
しばしの間なんとも気まずい空気が漂ったが、そのうちミューが辺りの密林を見渡して慎重に聞いてきた。
「ここってモンスターが巡回してるんですよね?」
「うん」
「引きこもるって……どうやって? 安全地帯でもあるんですか?」
なるほど、意外と賢い。何気ない会話の中から役に立ちそうな情報を拾おうとしている。
もっとも今回は見当違いだ。常軌を逸した難易度が売りのイクリプス・オンラインのダンジョンに完全な安全地帯など存在しない。
「俺が引きこもってたのはこの先の樹の洞なんだけどよ。そこにモンスターが来るのは一時間に一回だけなんだ。だから一時間ごとに移動してモンスターをやり過ごして、また戻って一時間待って……てのを繰り返してた。で、その合間にさっきの宝箱を開けてたんだ。四時間ごとに復活するからな、あれ」
「はえー、なるほど」
口を開け、合点がいったという風に両手の手の平を合わせるミュー。
「話が逸れたな。レベル1の俺があいつらを倒せた理由だけどな。イクオンはレベルが上がっても、それだけじゃ大して強くならねーんだ。装備とスキル、それと能力値の育成が大事だ。能力値ってのはメニュー画面に表示される体力とか知力とかってのな。ちょっと自分の見てみ?」
ミューは言われるままメニュー画面を出して、自分の能力値を確認した。
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【ミュー】
LV:1
クラス:[司祭]
HP:25
MP:25
筋力:8
知力:8
器用:8
敏捷:8
意志:8
幸運:8
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「……ぜんぶ8ですね」
「そう。で、これがレベルアップのたびに就いてる職に応じた確率で上がるわけなんだが、もう一つ上げる方法がある」
俺は冒険用鞄から色とりどりの折り紙を取り出した。このダンジョンの中ほどにいるNPCから100枚1ゴールドで購入したものだ。
それを使って彼女の目の前でテキパキと折り鶴を作って見せる。
「ゲーム内アイテムを作成するスキル全般を“生産スキル”って言うんだが、これのスキルレベルを上げると対応する能力値もボーナスで向上する。結果的に戦闘でも有利になるんだ。俺が上げてるのは【ペーパークラフト】っつースキルで、器用さが向上する。だから遠距離武器の命中率やダメージが上がるってわけ」
「ペーパークラフト……はぁ……しかし、なぜ鶴を?」
「スキルレベルを上げるにはスキルポイントの消費に加えて、スキルごとに決められた訓練をこなさにゃいかんのだ。ペーパークラフトの序盤は折り鶴製作が課せられる。普通のMMORPGだった時はめんどくせえミニゲームをさせられたんだが、この世界だと普通にこうやって折る必要がある。所要時間は大差ねえけどな」
話しながら、先ほど使った投石器を取り出して見せる。
「この世界で俺たちが動かしてる体は一見現実での体そのものっぽいけど、実際はだいぶ別物っぽくてな。例えば能力値を上げると現実でできないことも簡単にできるようになる。こんな紐で石投げて遠くの人間の顔面にぶち当てる、とかな」
「はえー。たしかに、普通ならできないですよね、そんなこと」
ミューがなにやら物珍しげに見てきたので折り鶴を渡してやる。ミューはそれをしげしげ眺めたのち、無断で自分の冒険用鞄にしまい込んだ。
くれてやるつもりで渡したのではなかったが、まぁいいか。
「兜とかの頭装備はもっと先のダンジョンまで行かないと出ないからな。器用特化のビルドにして投石器で顔面狙うのがこの段階だと対人戦最強に近いんだよ」
「なるほどぉ。……でも、その、ビルド? って、どうして、みんなやらないんですかね?」
「このビルドが有効だと知ってる奴が少ないのが理由一つ目。対人戦特化のビルドだから通常の狩りや攻略には向いてないのが理由二つ目。んで、生産スキルのレベル上げは死ぬほどマゾいからしたくないってのが理由三つ目」
最後のが上手く飲み込めなかったのか『ん?』と小首を傾げるミュー。
彼女にメニュー画面を再度開くように言って、生産スキルのページに移動させる。そこにはそれぞれのスキルの上げ方が書いてある。
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【ペーパークラフト】
LV1:折り鶴を1000個作る。必要SP1、器用さ+1
LV2:折り鶴を2000個作る。必要SP2、器用さ+1
LV3:折り鶴を4000個作る。必要SP3、器用さ+2
LV4:折り鶴を6000個作る。必要SP4、器用さ+2
LV5:折り鶴を12000個作る。必要SP5、器用さ+3
LV6:手裏剣を30000個作る。必要SP8、器用さ+3
・
・
・
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「ちなみに俺は初期スキルポイント全部使ってLV5まで上げた。だから器用さは17まで上がってる」
「え!? えーと……それだと、25000個くらい折り鶴作った計算になりません!?」
「作ったよ。この一週間はそれしかしてなかったしな。器用さ17ってのは10レベルの平均値よりだいぶ上だから、投石に限れば俺はあの二人よりだいぶ攻撃力が高かったわけだ」
ちょうど目的地にたどり着く。
俺が一週間引きこもっていた大きなオークの洞。その中にうずたかく積まれた折り鶴の山を見て、ミューは口をあんぐりと開けて固まった。
「俺は1個あたり20秒で作れるから、一時間で180個、一日3600個、一週間で25200個ってわけ」
「その計算だと毎日二十時間鶴折ってたことになるんですけど!?」
「うん、だから四時間睡眠だな。いや、一時間くらいは飯やらさっきの宝箱開けやらに使ってたから三時間睡眠か。一時間ごとにモンスター避けなきゃいけねえから連続して眠れるわけじゃねえけど」
ミューは目つきを険しくして俺を睨んだ。ジト目というやつだ。言葉の真偽を探ってるのではなく、単純にドン引きしてるだけらしい。
「さっきヨシヤさん、この世界の体は現実のとはだいぶ別物って言ってたけど、普通に眠くはなりますよね」
「なるな。ステータスの知力を上げても頭よくなるわけじゃねえだろうし、たぶん脳に関わる部分は元の体準拠なんだろうな」
「……あたしが同じような生活したら絶対途中でぶっ倒れますよ」
「いやまー、俺もちょっぴり無理したかなーとは思うけど。でもイクオンで大型アップデートがあった時は他のみんなも一週間くらいはそんな感じの生活してたし。それにほらコレ、折り鶴がいい感じに毛布みたいになってけっこう寝心地いいんだゾ」
茶目っ気を出すために片目をつむって言ってみたが、ミューは得体のしれない生物を見るような目のままだ。
しかしやがて気を取り直して慎重にたずねてきた。
「ここって……この世界ってなんなんですかね」
ミューが次に目を向けたのは生い茂る樹々の枝葉の向こうに見える空。真昼間だが、そこに浮かぶ月は容易に視認できる。それは現実世界のそれとは違う、等間隔に並ぶ複数個の大きな月だ。
「{十二の月が巡る大地}。一年前にサービス終了したMMORPG『イクリプス・オンライン』の作中世界――に、よく似た別のどこかだ。{十二の月が巡る大地}がどういうところなのかはTIPSを読め」
「てぃっぷす?」
「このダンジョンに転移してきた時になんか目の前に表示されただろ? あれだよ。ロード時間を利用してゲーム内の設定や役に立つテクニックなんかを教えてくれんだ。1000パターンくらいあんだけど、たまに重要なことも書いてあっから毎回ちゃんと読め」
「はぁ」
「ま、あくまでゲームの情報であって、この世界の情報ではないかもしれんけどな」
後半は独り言になった。
ミューはその意味を理解できなかったようだが、またすぐに切り替えた。
「あたしたちはどうしてこんなところにいるんですかね?」
「さぁな。俺が知りたいよ。だがこの世界に取り込まれた人間の共通点なら推測できる」
「……ゲームのアカウントを持っていたこと?」
「正解。さっきアンタと話すまではゲームへのログイン経験があることだと思ってたんだけどな」
長い話になる。俺はオークの樹が横に伸ばしている大きな根の盛り上がったところに腰かけた。
ミューはすぐに隣に座ってきた。相変わらず気軽にパーソナルスペースを侵害してくる少女である。
「毎日送られてくるシステムメッセージは見てるか? 225109分の……ってやつ。あの分母の数字はたぶんイクリプス・オンラインの累計ユーザー数だ」
「え! そんなにやってる人いたんですか、このゲーム!」
「MMORPGとしちゃそんなに多い方でもねえよ。それに実際にプレイした人数じゃなくて、アンタみたいに事前登録しただけの人間も含んでの数字だし」
サービス開始二か月くらいの頃に公式がユーザー二十万人突破キャンペーンをやったのを覚えている。そこからは過疎っていく一方であり、新規プレイヤーなんて大して増えなかっただろうからたぶん合ってる。
「俺もこの世界に取り込まれた当初はアランダシルの街にいたんだ。そのとき広場にいた人の数を数えたら、ざっくりだが1000か2000ってとこだった。ダンジョンの入り口にある転移門を調べると帰還するアランダシルの街のチャンネルが選べるんだが、総数は150個だった。つまり1500×150で225000人ほどがこの世界に取り込まれた計算になる。な? ぴったり数が合うだろ?」
「チャンネルっていうのは?」
「そこからかよ。……まぁいいや。まったく同じ構造のアランダシルの街が150個、同時に存在してるってこった。このダンジョンもそうだ。ここに入ってくるとき、なんか数字を選んだだろ?」
「あー、選んだ、選んだ。10番選べってあの人たちが」
「それがチャンネルだ。そこで10番を選ばなければ俺とも出くわさなかった。ここは{人狼の密林}の10chだからな。他のチャンネルと構造はまったく同じだが、別の場所だ。プレイヤーの数が膨大すぎて一か所にまとめられないからそういう風になってんだ」
「……ってことはひょっとして、NPCもチャンネルの数だけ同じ人がいて、宿屋とかもチャンネルの数だけ同じ建物がある……?」
「そうだよ。じゃないと重要NPCとか大忙しになるだろ」
「はえー。確かに」
と頷くミュー。NPCとか宿屋って概念を理解してるあたり、普通のRPGはやったことがあるらしい。
「その、ゲームの中の世界と言っても、ここで死んだら本当に死んじゃうんですよね?」
「どうしてそう思う?」
「さ、最初に広場でみんながそんな風なこと話してたし。それに……」
ミューは心底恐ろしそうに自身の体を掻き抱いた。
「宿屋で他の宿泊客が噂してるのを聞いたんです。路地裏で他のプレイヤーに殺された人の体が灰みたいになって崩れて、そのままどこにもいなくなっちゃったって」
「……なるほど、ね」
最も欲しかった情報が得られたので俺は満足した。
ついでだ。今度はこちらから質問をする。
「アンタ、宿屋にひきこもってたって言ってたけど、その服着てるってことは街の教会に一度は足を運んだんだろう?」
「あ、はい。NPCの人に言われて行きましたけど」
ミューは迷彩柄の司祭服の袖をつまんで両手を広げて見せる。
「そこで装備品一式のほかに、もう一つアイテムをもらっただろ」
ミューは頷き、冒険用鞄からきらきらと輝く銀色のコインを一枚取り出した。<罪貨>という特別なアイテムだ。
イクリプス・オンラインではプレイヤーのHPが0になると一分間の蘇生待ち状態に入る。その間に魔法やアイテムを仲間に使ってもらえればその場で復活できるのだが、その際この<罪貨>が一枚消費される。またその場での復活が叶わぬ場合、<罪貨>をレベルに応じた枚数失って最後にいた街の教会へと戻されて蘇生される。
だが蘇生待ち状態が終わった時に十分な量の<罪貨>を所持していないと、キャラクターそのものが消失してしまう。つまり二度とそのキャラで遊べなくなるのである。
「そのアイテムがある以上、その辺のシステムはゲームの頃と同じなんだろ。ちなみにレベルが低いうちは<罪貨>が一枚あれば街の教会に戻してもらえる」
「そ、それじゃあ、あたしは一回はやられちゃっても平気なんですか!?」
「いや、蘇生待ち状態は他のプレイヤーからアイテムを強奪される危険があるからな。一分で強奪しきれない量の<罪貨>を持ってなきゃ安心はできない」
一瞬だけ明るくなったミューの顔色が可哀相なくらい青ざめる。
「さっき話にも出たけど、毎日送られてくるシステムメッセージ、ほんの少しずつ分子が減ってきてるよな。あれが残ってるプレイヤーの数なんだろう」
「じゃ、じゃあ、もう三百人もロストして、この世界からいなくなっちゃったと?」
「たぶんな。“この世界からいなくなる”ってのがどういう意味なのかは想像するほかないけどな」
ミューの顔がさらに青ざめる。気の毒ではあるが、無責任なことを言って慰める気はない。
「アランダシルの街の雰囲気はどうだ? 落ち着いてるとか、恐慌状態になってるとか、ざっくりでいいんだ」
「別に……普通だったと思いますけど。騒いでる人とか喧嘩してる人とか見かけなかったし」
「ま、そうだろうな」
アランダシルの街は150chあるが、どこも彼女がいたチャンネルと大差ないだろう。街には完璧かつ簡単な自衛手段があるからだ。
「アンタがずっと宿屋に引きこもってたのは、そこが安全だって知ってたからだろ?」
「はい。街にいたNPCに『宿泊中はプレイヤーから攻撃されない』って説明されたから」
「ゲームの時も同じ仕様だった。ここが現実の死につながるデスゲームかもって噂が広まってる以上、アンタみたいに宿に引きこもって成り行きを見守ってるプレイヤーは多いはずだ。
ゲームの時に罪人をやってた連中も今のところは大人しくしてるだろう。ここが命がけの世界かもしれないと考えたら、人を攻撃したり、アイテムを奪ったりするのは心理的な抵抗があるだろうからな」
「あ、そっかぁ! そうですよね! なーんだ。じゃあけっこう安全なんですね、この世界」
「いや、そうでもない。そろそろ動きがあるはずだ」
「え?」
ニッコリ笑顔になったミューが一時停止したように固まる。
「宿の最低等級の部屋は一泊30Gだろ? 初期所持金は全員一律で300G。食費も考えるとそろそろアンタみたいに枯渇してくるわけだ」
「あ……あー!」
「気づいたか。実際の命がかかっているかもしれない以上、街中で無防備に寝るなんて考えられない。そんな極限状態で二十万のプレイヤーがどう動くか……」
多数はダンジョンに潜って金を稼ごうとするだろう。生産スキルや転売で金策する者もいるはずだ。だが自分がPKする側に回って金や<罪貨>を奪おうとする者も現れるのではあるまいか。そうなれば治安は加速度的に悪化していく。
ようやく本格的に危機感が湧いてきたのか、ミューは泣きそうな顔で震えだした。このまま街に戻れば無一文の彼女は路上で夜を過ごすことになる。
彼方から獣の遠吠えが聞こえたのはちょうどその時だった。
「ヒィ!」
と悲鳴を上げて俺にしがみついてくるミュー。
俺も悲鳴を上げそうになった。アラサーがいきなり女子高生にしがみつかれると悲鳴が出そうになるという知見を得た。
「な、なんですか、今の!」
「人狼系モンスターの遠吠えだよ。もうすぐここに今の声の主が来る。遠吠えが退避のための合図になってるってわけだな」
「ホントよくこんな物騒な場所で寝れてましたね!」
「物騒だからこそ他のプレイヤーには見つかりにくいわけだな。……じゃ、俺はもう行くわ。けっこう有意義な情報交換だったな」
立ち上がり、ミューに背中を向けてシュタッと手を上げる。
「もう会うこともないだろうけど、達者でな」
「ま、待ってー! 見捨てないでー!」
今度は腰のあたりにタックルするようにしがみついてくるミュー。
「助けてー! 常識的な範囲内でならなんでもするからー!」
「うるせぇ! 他のやつに頼れ!」
「でもヨシヤさん、いい人みたいだから! 助けてくれそうだから!」
「いい人なんかじゃねえ! 悪名高いPKだったって言っただろーが!」
「でもさっきの二人も殺さなかったじゃないですか! ホントに悪い人だったら、あの二人もあたしのことも殺してたでしょ!」
「……ちっ」
確かに俺は真の意味での悪人ではない。リアルの命がかかっているかもしれない状況で、躊躇いなくPKできるような人間ではけっしてない。もちろん本当に危機的状況――ヤらなければヤられる状況になったら、どうなるか分からないが。
またエアうどん捏ねを始めて、心を落ち着ける。
これから俺がやろうとしていたことには協力者が一人必要だ。ゲームであった頃につるんでた連中を探して協力してもらうつもりだったが、それが容易でないことは理解していた。この世界では全体チャット機能は削除されているし、フレンドやギルドメンバー以外への個別チャット機能はそもそもイクオンにない。
さいわいなことにこいつは[司祭]。条件にも合致する。……それに俺が見捨てたせいでコイツがロストしたら、間違いなく寝覚めが悪くなる。
「分かった。分かったよ。ただしこれもギブアンドテイクだ。俺がアンタを助けるんじゃない。互いに利用しあう関係だ。いいな?」
ミューは目端に涙を浮かべて歓喜の表情を見せ、こくこくと何度も頷く。
そんな彼女を腰から引きはがし、金属製の小ぶりな錫杖を手渡す。さっきの宝箱から入手した<(R)マジックワンド>だ。
「これから今の俺とアンタでもノーダメージで倒せるモンスターがいるところへ行く。で、そこで出たアイテムや金を山分けする。アンタがしっかり仕事すればだけどな」
「は、はい。頑張ります!」
錫杖を両手で強く握りしめ、ミューが緊張した面持ちで頷く。かと思えば大口を開けて、固まった。
少女が見ているのは俺の背後。
猛烈に嫌な予感を覚えながら振り向く。
道の先から身の丈3メートルはある化け物が走ってきていた。魔族の一種――半獣半人のモンスター〔人狼〕である。
女子高生らしからぬミューの悲鳴が密林に響いた。
「ぎゃああああああああああ!!!!」
「やべえ! 逃げろ!」
ミューの華奢な手を握り、密林の中を駆けだす。
一度敵対心を取ってしまった以上、敵はどこまでも追いかけてくる。二手に分かれれば、俺は助かるだろうが、さすがにそれはできない。
追いかけられながら走ること数分、ダンジョンの出入り口である転移門が見えてきた。普通の門と違って扉はなく、代わりに真っ暗な何もない空間がその内側に広がっている。
あれの前でメニューを開けば帰る街のチャンネルを選べるが、今はそんな余裕はない。このまま突入するとここに入ってくる前にいたチャンネルの街に戻ってしまい、ミューとは離れ離れになる。
息を切らしながら、彼女に叫ぶ。
「宝石鉱山! 宝石鉱山ってダンジョンの4チャンネルで落ち合うぞ! いいな!?」
ミューは律儀にこちらを向いて何度も頷いた。
二人揃って転移門に飛び込む。
途端、視界が暗転した。
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・Tips
【冒険用鞄】
腰につける小さなポーチ。
全プレイヤーの初期装備品。強奪不可、譲渡不可。
60マスに区切られており、いかなるアイテムでも収納できる。
同一アイテムは1マスに重ねられるが、その最大数はアイテムにより異なる。
一部消費アイテムは鞄に入れて持ち歩ける数が制限されており、
超過分は街の銀行に預けておく必要がある。
※例えば<罪貨>の携帯上限は10である。
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