第二十四話 謝肉祭でも逃げる極悪プレイヤー(極悪人とは言ってない)
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20XX/09/05
[システムメッセージ]:『168229/225109』
[システムメッセージ]:『五周年記念イベント『血の謝肉祭』を開始する』
[システムメッセージ]:『期間は6時間。09/05 22:00 ~ 09/06 04:00』
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そのメッセージが表示された時、俺とミューとヴィブティは第三の街イースの宿屋にいた。俺が連泊しているあの個室の中である。
俺はベッドに腰掛け、ミューとヴィブティはテーブルを挟んで椅子に座っていた。何が起きてもいいように全員フル武装だ。
固唾を飲んで待つ。
が、何も起きない。
「なんだ……?」
ベッドを立って窓際へ行く。見えるのは暗黒街の夜の街並みだけで、今は人影一つない。
猛烈に嫌な予感がした。
「ミュー! ヴィブティ!」
振り返り、戦慄した。
つい先ほどまでそこにいた二人の姿がない。最初からいなかったかのように忽然と消えている。
何が起きたか理解できる前に、ふいに視界が完全な闇に閉ざされた。この世界で幾度も体験してきたローディング時間だ。
目の前に再びメッセージが表示される。
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[システムメッセージ]:『イベント会場へ転送中――」
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気づいた時、俺は街を見下ろす丘にいた。そばにはレンガ造りの風車小屋がいくつも立ち並び、夜空に浮かぶ月たちを背景に大きな羽根をゆっくりと回している。
見覚えがある。ここは第二の街ウルトの郊外だ。
周囲には俺と同じように困惑顔で突っ立っているプレイヤーが多数。ざっと数えるが千か二千はいる。自然と思い出したのはこの世界に取り込まれたあの日のこと。
そして三度目のメッセージが俺たちの前に表示された。
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【PVPランキングイベント】
・会場はウルトの街の1ch
・メッセージCT30分
・宿泊中無敵の一時停止
・犯罪者討伐ランキング一位報酬:<(LEGEND)大神官の大盾>
・非犯罪者討伐ランキング一位報酬:<(LEGEND)頂点捕食者の剣>
そのほか、ランキング報酬アリ。ここでしか手に入らないレアアイテム多数。
こぞって参加すべし。
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遅まきながら何が起きたか理解する。
この世界に残る十七万のプレイヤー。そのすべてがウルトの1chに集められたのだ。ミューとヴィブティが消えたのは俺より僅かに早く転移させられたからだろう。
こう来たか。
田神大悟の性格の悪さと自分の想定の甘さに舌打ちして、走り始める。
この世界の初日と同じように群衆から声が上がった。
「黒がいるわ!」
「お前、その名前!」
「ヨシヤがいるぞ! あのヨシヤだ!」
ざわつく群衆。
あの時と違うのは俺のネームプレートが黒い上に賞金首の証である血のように赤いオーラを纏っていること、他のプレイヤーがこの世界に慣れていること、そして俺以外にも黒がいること。
「うわ、なんだ! やめろ!」
「くそっ! この野郎!」
俺とは無関係のところでも騒ぎが起こり始めた。背後で爆発が起こり、怒号が飛び交う。それを契機にあちこちで激しいPVPが始まった。
それらを一切無視して、群衆の隙間を縫うように走る。向かうは丘の下、ウルトの街の明かりが見える方角。
無論、見過ごしてくれない者もいる。
「くたばれ、ヨシヤ!」
真横から黒の男が斬りかかってきたので回避して、小盾をつけた腕で殴りつけて昏倒させる。
「ヒューマの仇よ!」
今度は後ろから矢が飛んできたので勘だけでかわし、投石器で石を投げて射手である白の女を気絶させる。つーか誰だヒューマって。知らんぞ。たぶん濡れ衣だぞ。
「賞金首だ!」
「殺せ!」
次は武器を構えた数人の男が前方に立ち塞がった。全員が黒だ。
【ペーパークラフト】で作ったバネを地面に投げて踏み、走り幅跳びの要領で大きく跳躍する。男たちの頭上を跳び越えて着地。唖然としているそいつらを置き去りにして、またひたすらに走る。
ウルトの街は魔法王国の古都なだけあって面積は作中一。十七万のプレイヤーを収納しても、それが均一ならここまでの人口密度にはならない。つまり田神が意図的に偏らせたのだ。戦闘を誘発させるために、人々を千五百人ずつにまとめて街のあちこちに配置した。
この推論を裏付けるように、丘を下り終えて街の外れにたどり着くと一気に人の姿が見えなくなった。初動はどうにか切り抜けられたと一息つく。
「ゲームだったら人多すぎで絶対に処理落ちしてたな、今の」
振り返って丘を見上げる、まだ戦闘は続いているらしく爆発音や悲鳴がここまで届いていた。
ロードマップの公開以来、黒は数を増したが、それでもまだプレイヤー全体の5%程度だ。よってあそこにいる黒も百人に満たないのだろうが、白にあっさりやられるとは思えない。
黒は全員PVPに備えたビルドな上に、平均的な強さは白より圧倒的に上だ。狩れる自信があるから黒になったわけだし、そもそも強くなければここまで生き残れていない。
対して白はPVPを行う覚悟さえない者も多い。それにあれだけ人が密集していると誤爆で黒になる危険性もあり、全力で戦うことはできない。
恐らく互角の勝負が繰り広げられている。あの丘でも、この街の他の場所でも。
バネを地面に重ね置きして大跳躍して、近くの二階立て民家の屋根に乗る。そこからは街の半分ほどが見渡せた。
大通りでも裏路地でも民家でも教会でも――ありとあらゆるところで戦いが起きている。《火球》の爆発が起こり、《氷波風撃》の氷嵐が吹き荒れ、狙いを外したのか空には魔導撃が打ち上げられてたりもする。そこら中から届く叫び声はあらゆる感情のものが入り乱れており、その一つ一つを聞き分けるのは到底不可能だ。
田神の思惑通り、街全体が戦場になっていた。
脳裏によみがえったのはMMORPGイクリプス・オンラインのサービス終了日のこと。あの日のアランダシルのように、今日のウルトの街は鳴動していた。
この街のどこかにミューとヴィブティがいる。いるはずだ。この街のこのchが会場に指定されている以上、ダンジョンやほかの街へ退避する術など田神は残していないはず。
メニュー画面を出してフレンドリストを表示する。メッセージの新着はない。どちらの少女に先にメッセージを送るべきか思案したが、それが無駄な悩みだとすぐ気づいた。メッセージ入力欄に使用可能までのCTが『残り15分』と表示されている。
「初回送信前からCTあんのかよ!」
田神大悟の気持ちは分かる。せっかくこんな大混乱のおぜん立てをしたのだ。簡単に仲間と合流されたくないのだろう。
アイツが何をしてくるか分からないにしても、もっと様々なシチュエーションを想定しておくべきだった。特にはぐれた場合の集合場所くらいは決めておくべきだった。しかし後の祭りだ。
どこへ行けばあの二人に会えるか考える。それは逆説的にいえばあの二人が『俺がどこへ行くと考えるか』を推測するかでもある。前にミューも言っていた。『探せないのなら、相手が来るであろう場所を推測してそこで待てばいい』と。
いくつか候補が浮かぶ。が、やはり最初にチェックしたいのは暗黒街の酒場と宿屋だ。不運なことにここからは遠く、街をほぼ横切る形になるが、行くしかない。
混乱の極地にある地上の通りにミューやヴィブティの姿がないか探しつつ、建物の屋根を飛び移りながらひた走る。
道中、下から指さしてくる者がいた。弓や魔術で攻撃を仕掛けてくる者も。だが屋根を走る俺に当てられる者はいないし、追いつける者もいない。
しかし障害となる者がいないわけではない。
十数メートル前方。俺と同じように屋根に上がって攻撃魔術を連発している男がいた。嘲笑しながら狙っているのは、下の通りで逃げ惑う白の群衆。
もちろん黒ネだ。下から反撃も飛んではいるが、男は軽々とよけている。コイツは手練れだ。
気づかれる前に先手を打つ。冒険用鞄から出した<(R)怠惰のエメラルド>を投石器で投げつける。
男は寸前に気づいたが、回避はできなかった。直撃を受けて白目を剥き、きっかり1秒だけふらついた。
その1秒が命取りになった。
下から飛んできた《大気炸裂》の魔術で男が吹っ飛ばされて屋根から落ちていく。地上にいた白の集団が落ちてきた男に群がり、殺し、そして強奪を始める。あれだけの人数にやられたら助かる見込みは薄い
俺のせいで一人の人間がロストした――かもしれない。
しかしそのことを引きずっていられる状況ではなかった。
今の奴や俺を見て気づいたのか、屋根に上がってくる者がちらほらと現れた。バネ以外にも方法はいくらかあるのだ。そいつらを時にはスルーし、時には屋根から叩き落とし、走り続けることおよそ十分、ようやく俺は暗黒街にたどりついた。
地上へ飛び降り、酒場のスイングドアを蹴って中へ入る。広い店内では数十名の白と黒が乱戦を繰り広げていた。その激しさは入ってきた俺に目を向ける者がいないほどだ。
店内に目を走らせるが、ミューやヴィブティはおろか知人の姿もない。
「ああん? ヨ、ヨシヤじゃねえか!」
「なんだと!?」
声は交戦している双方の陣営から上がった。戦闘がピタリと止まり、店内全員の視線が俺に向く。次の声も両陣営から一斉に上がった。
「殺せ!」
「うるせえバーカ!」
中指を立てて煽ると同時に<(R)発煙筒>を投げ込み、《岩石壁》の魔術で出入口に蓋をして即座に逃げる。聞くに堪えない罵声や怒鳴り声が背後から届くが無視する。
酒場はハズレ。次は隣に建つ黒ネ御用達の宿『死にぞこないどもの寝床』に駆け込む。チャンネルは違うがイースに拠点を移すまでは俺やミューもここに連泊していた。普段であれば招待状がないと受付NPCに止められるのだが、今は街全体からNPCが姿を消しておりフリーパスだった。
宿屋の中は意外にも閑散としていた。一人だけ黒のプレイヤーがいたが、俺の姿を見ると悲鳴を上げて逃げていった。個室のドアがどれも乱雑に開けられたままので、ここはすでに戦闘が行われた後なのかもしれない。
二階に駆け上がってかつて俺が宿泊していた個室を覗き、続いて隣のミューの個室を覗く。
誰もいない。
読みが外れたか。あるいはまだ二人が到着していないだけか。
分からない。そろそろかと思い出してメニューを表示させると、メッセージ機能のCTがちょうどあけていた。
ミューとヴィブティ。どちらにメッセージを送るか、あらためて考える。
開け放たれた窓から紅い宝石が飛び込んできたのはまさにその瞬間だった。
大爆発が巻き起こり、黒煙が部屋を覆いつくす。俺は寸前に身を投げ出して部屋の隅まで退避したが少なくないダメージを受けた。ゲーム内オブジェクトである部屋や家具はもちろん破壊されない。
外から跳躍してきた何者かが窓枠に飛び乗る気配がした。
黒煙に映ったのは小さな少女のシルエット。
ミューではない。ヴィブティでもない。
俺が予想した少女ではあったが記憶にあるようなツインテールではなかった。たしかクレオパトラカットとかいうやつだ。
「髪型変えたんだな。レンカに振られてイメチェンか? なかなか似合ってんじゃねーの」
「黙れ害虫。……殺しますわよ」
白十字騎士団の元ナンバーシックス――狂信者ハルハが憎悪と殺意をむき出しにした瞳でそこにいた。
その頭上のネームプレートの色は“黒”であり、賞金首の証である血のように赤いオーラをまとっていた。
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【ハルハ】
LV:55
クラス:[十三使徒]
HP:680
MP:275
筋力:82
知力:34
器用:37
敏捷:45
意志:68
幸運:23
【薬草採取LV7】【酒造LV7】【裁縫LV5】【供物作成LV7】
武器:<(LEGEND)悪魔の背骨>
足:<(SR)ウィズの聖靴+4>
腰:<(SR)ウィズの腰鎧+4>
胴:<(SR)魔将の革鎧+7>
頭:<(SR)茨の冠+5>
装飾:<(SR)暗黒神の十字架+6>
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