第二十三話 退屈なレベリング(いい休息にならないとは言っていない)
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20XX/08/27
システムメッセージ:『171443/225109』
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始まりの街アランダシルが閉鎖されて一万六千のプレイヤーがロストした日からおよそ二週間後、俺とミューは第七の試練{悪魔の大穴}に挑んでいた。
ここはかつて俺たちの前に立ちふさがった難関{青の同盟の地下迷宮}に並ぶ高難度。その上あそこのように極地法でゴリ押しすることもできない。そのため突破した者はまだいなかった。一つ前の第六試練{不死騎の要塞}が最初に踏破されたのが一月半前である点を踏まえると、ここがいかに難関であるか分かる。
「その第六のワールドファーストが僕なんだけどね。ここには本当に難儀してたから誘ってもらえて嬉しいよ」
道中で敵モンスターと戦いながらそんなことを抜かしたのはゾンである。このダンジョンもパーティ人数上限は三名。なので今回はコイツを誘うことになった。
ゾンはすでに上級職である[聖騎士]にクラスチェンジしている。重鎧に身を包み、体の大部分をカバーできる大盾を手に前衛を張ってくれているが、さすがに強い。こいつは一度他のパーティでここのボスに挑んだが突破できなかったらしく、今回はそのリベンジなわけだが、おかげで田神が施した難易度調整の数々――ゲーム時代とこの世界の差異を知っており、非常にスムーズに進めている。
「初見攻略の楽しみを奪って悪いね、ヨッちゃん」
「しゃーねえわ、命がけなんだから」
「できればミューちゃんにも事前情報なしで全コンテンツ遊んでもらいたかったよね」
「それなー。マジでそれ」
{悪魔の大穴}は魔法王国南部にあるクレーターから地下世界まで続く、限りなく深い穴のダンジョン。キリスト教風の地獄を模した構造をしており、第一圏から第九圏まである。正確にはダンテの神曲がモチーフなのだろう。
MMORPGだった時はこのダンジョンあたりからギミックやモンスターの使いまわしが増えはじめた。運営会社であるゲームメルト社の経営が厳しくなってきた時期に実装されたからだと思う。ここは魔族の一門である悪魔型のモンスターが多数出現するのだが、{青の同盟の地下迷宮}のボスであったシルヴィアと色違いのやつが使われていた。それがこの世界ではバリエーション豊富な姿で現れる。たぶんこれが田神大悟が本来作りたかった姿なのだ。
素晴らしい臨場感、素晴らしい緊張感、素晴らしい体験。やはり――命がけという大前提さえ無視すれば――この世界はゲームとして最高だ。
ダンジョンを共に進むゾンやミューもよく笑顔を見せる。きっと思いは同じはずだ。
それから俺たちは二十時間かけて第八圏まで突き進んだ。ゾンはすでに一度ここまで来て転移門を開通させてるが、俺たちのためにわざわざ付き合ってくれた。これも広義で言えば手助けであろう。
第八圏は薄暗い岩場のフロアである。【ペーパークラフト】で作ったバネを重ね置きして、そこにある大岩の一つに飛び乗る。この岩は高さが5メートルほどあるため{紅い月の夢幻城}で乗ったあの実験用具棚のように本来なら乗れないオブジェクトだ。岩の上は平らで十畳ほどの広さがある。
「いや、なっつかしいなーここも」
「ホント、昔はよく来たもんだよね」
「実家のような安心感があるよな」
ゾンと二人で軽口を叩きながら武器をしまい、岩場の上にあぐらをかく。
ついてきたミューは盾とメイスを持ったまま、きょとんとした顔で突っ立っていた。
「え。もしかして休憩ですか? ボス部屋前まで一気に行かないんですか?」
「はは、タフになったねぇミューちゃん」
休憩用のたき火を作りながらゾンが破顔する。俺も苦笑しながら、ミューに手を貸して隣に座らせる。今回ここまで休憩なしで来たが、ミューは一度も弱音や不平を漏らさなかった。本当にたくましくなったと思う。
「ここのボスはマジでつええんだよ。ゾンが一回負けてるくらいだからな。今のまま突っ込んでも負けるのがオチだ」
「それじゃどうするんです?」
「“八蛇”だ」
「ああ、レンカさんがこのあいだ言ってたやつ。なんなんです、それ」
「第八圏での蛇狩り、略して“八蛇”。レベリングだよ。必要アイテムは<(R)鱗殺しの毒玉>と<(R)トランプ>」
「はぁ。毒の方は分かりますけど、なぜにトランプ?」
「暇潰しになるもんならなんでもいいんだけどな」
喋りながら横になる。
八蛇のやり方は簡単だ。この大岩にパーティ全員で登ったのち、一分に一回、毒玉を下に落とすだけ。
ミューが大岩の淵から下を覗きこむ。5メートルほど先の地面で体長1メートルくらいの蛇型モンスターが5、6匹うごめいているのが見えるはずだ。相当に気色悪い光景だろうが、もはやその手の物には慣れたのかミューは平然としている。キリングゴーレムを見て青ざめてたのが今となっては懐かしい。
「ここの下の蛇は割と固くて物理攻撃じゃ倒しづらい。そのくせ経験値は高いわけじゃねえ。……が、高速で大量に倒せるなら話は別だ。無補給で長時間やれるならなおさらな」
「あの5、6匹を倒し続けるわけですか?」
「これ一個落としてみ。その辺からな」
<(R)鱗殺しの毒玉>を一つ手渡してやるとミューは言われるがままに落とした。せっかくなので俺もほふく前進をしてミューの隣まで行って崖下を見下ろした。地面まで落ちた毒玉は周囲に緑の煙を発しており、蛇型モンスターはそれを受けて継続ダメージを受けている。鱗殺しなだけあってまぁまぁの数字だ。
重要なのはここから。
大岩の周辺から他の蛇がわらわら集まってきて毒玉の放つ緑の煙の範囲に入っていく。まさに飛んで火にいる虫のごとく。その数は二十にも三十にもおよぶ。
「ここの蛇はダメージ受けると周囲の仲間を呼び寄せるんだが、プレイヤーがこの大岩の上にいるとなぜか岩の周辺にいる全部の蛇が集まってくんだよ」
「はえー……これ、運営側が想定した挙動じゃないですよね?」
「たぶんな。どぶさらいやら本棚やら壁ツンやら、これまでも似たようなレベリング方法はあったろ? こういう仕様の穴をついた楽チンなレベリングはイクオンの華だったから、新ダンジョンが実装されたら真っ先に探すのが恒例行事になってた。その辺全部、田神の奴が残しておいてくれてよかったよ」
そのうち最初に毒を喰らった奴らが死んで経験値が入ってくる。たいした量ではないが、ひたすら継続的に入ってくるので時間単位の効率はいい。
下の緑の煙がおさまる寸前に新しい鱗殺しを俺が落とす。これの効果時間は1分なので、落とし役はメニュー画面を出して間隔を確認しながら落とすのが基本だ。
「八蛇は効率いいんだが、この段階でやるには条件が厳しくてな。大量の腐葉土と高レベルの錬金術師が揃わんとできん。だから現時点だと他にやってるやつは少ないだろうな」
「ああ、この間ヴィーちゃんに腐葉土を大量に渡してたのって鱗殺しに錬金してもらうためだったんですね。後になったら簡単になるんですか?」
「第九の試練までいけば鱗殺しが普通にドロップするようになるから素材も錬金術師も要らんくなる。その頃やっても十分美味いんだけどな、この狩場。ああ、せっかくだから最初の一時間は玉落とし役頼む」
100個ほど鱗殺しを渡して、俺は鞄に詰め込んできた折り紙を取り出し、【ペーパークラフト】のトレーニングを始めた。
崖下を見ながら黙々と玉落としにいそしむミュー。慣れてくれば他のことをしながらでもできる作業だ。
「これいつまでやるんです?」
「八日後に血の謝肉祭だろ? そのギリギリまでだ。一応ここのボスにも挑みたいから、八日後の朝までかな」
「……なるほど。暇つぶしの道具は必要になりますね、これ」
「だろ? MMORPGだった頃はゲーム内マネー賭けて外部サイトで麻雀したりしてたんだけどな」
その頃の思い出話でもしようかとゾンの方を向き、俺は目を丸くした。音を立てないようにと、唇に指を当てるジェスチャーをミューにする。
しかし無駄だった。あぐらをかき、腕組みをして目を閉じていたゾンが瞼をゆっくりと開けた。
「珍しいな、アンタが人前で寝るなんて」
「不覚だよ。……最近少し頑張りすぎたかな」
自嘲気味に笑うゾン。その顔には疲れの色がはっきり見える。
アランダシルが閉鎖される前まで、こいつはレンカと共に一人でも多くのプレイヤーをウルトへ到達させようと奮闘していた。そして今はウルトの街の閉鎖に備えて、イースの街へ到達できるように他のプレイヤーを手助けしている。
俺には理解できない行動だし、真似もできない行動だ。しかし人として敬意を払わないわけではない。お人よしもここまでいけばたいしたものだとさえ思う。
「長丁場なんだ。とりあえず何時間か寝ろよ、ゾン」
「そうですよ。最初はあたしたちが玉落とし役しますから」
「ふっ、悪いね二人とも。じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」
ゾンは横になり、マントを被った。
ミューは俺と目を合わせると冒険用鞄から『アルファ・ドラゴン・オンライン』の一巻を取り出して読み始めた。前にレンカからもらったやつだ。あいつはここで八蛇をした時にあれを書いたらしい。黒に負けぬように先行してレベリングしたという話だが、あいつに取っては貴重な息抜きの時間になったことだろう。
それはゾンに取っても同じこと。溜まった疲れが取れるまで安眠してもらうべく、俺とミューはそれからしばし黙り込んだまま各々の暇つぶしに没頭した。
☆
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【イベント告知】
血の謝肉祭 09/05 22:00 ~ 09/06 04:00
※イベント開始時刻には街にて待機することを推奨
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毎日2回、日付が変わるタイミングと朝7時に残りプレイヤー数を伝えるシステムメッセージが送られてくる。そこに十日ほど前からこの告知が追加されるようになっていた。
その後半部分を見て、ミューが今更首をかしげる。
「血の謝肉祭。……謝肉祭ってなんでしたっけ」
「カーニバルのことだよ、ミューちゃん。謝肉祭って書いてカーニバル。元はキリスト教のお祭りで、肉食を断つ時期に入る前に思いっきり肉を食べてハメを外すっていうやつなんだけど、今はもう肉食を断つ風習は廃れてて、カーニバルだけが残ってるっていう」
「はえー、さっすがゾンさん、なんでも知ってる」
八蛇開始から数時間後のことである。すでにゾンは起きていた。それほど長く眠ったわけでもないのに、もうすっかり万全な様子で生産スキルの訓練にいそしみながら一分に一回、崖下に毒玉を落としている。
「イクオンはサービス開始が9月15日だったから、毎年その日から大きなイベントをしてたんだ。それの名前が“血の謝肉祭”」
「どんなことしてたんです?」
「年によってまちまちだったけど、戦闘関連の物がほとんどだったね。なにせ血の謝肉祭だから」
そこでまたゾンが毒玉を一つ下に落とした。
「毎年やってたのは『PVPランキングイベント』だね。期間中のPVP勝利数を競わせて、順位に応じて報酬がもらえるってやつ。あとよくやってたのは『魔族の襲撃イベント』。街にモンスターが出現するようになってみんなで討伐するイベントなんだけど、これがなかなかに苛烈でね。超強い巨大モンスターなんかも出るから毎年ロストする人がちょこちょこいたんだ。だからこの時期に備えて罪貨を集める人もいたし、この時期だけログインしないなんて人もいた」
「めでたい周年のイベントでプレイヤーの数減らしてどうするんですか……?」
「ま、イクオンだからねぇ」
こう言われるのにも慣れたらしい。ミューは何も言わず、岩場の上に並べた六つの植木鉢の半分に<(N)カレー>を注ぎ始める。上級職への転職に必要な実を育てるためのあの植木鉢だが、一日一度は栄養を与えなければいけないので今回は持参してきたのだ。植木鉢も所持すればアイテム化して冒険用鞄に収納できる仕様なのである。俺も同じように育てているが、実が成るのが先か謝肉祭の日になるのが先かは微妙なところだった。
「ヨッちゃん、今年は何やると思う?」
「分かんねえ。ゲームだった頃の周年イベントを踏襲するかもしれないし、完全新規のもんかもしれねえ。……イベント期間が6時間だけってのが気になるな」
「ゲームだった頃は二週間だったからね」
「いずれにせよレベリングしとくに越したことはねーわな。つーか、それもあってこのタイミングで八蛇ができるようにずっと準備をしてきたわけだが」
これからの8日間で俺たちのレベルは53か54まで上がるだろう。現時点のワールドトップクラスのはず。血の謝肉祭がどんなイベントであろうとだいぶ有利に立ち回れるわけだ。
俺たちの話を聞きながら腕組みをして何やら考え込んでいたミューが手を上げる。
「あの。ひょっとして、宿屋での無敵を解除するって可能性あります?」
「あるな。逃げ場ゼロにされる可能性は大いにある。『街にて待機することを推奨』ってのもダンジョンにいるやつを街に強制送還する予告じゃねえかな。ここみてえに比較的安全に過ごせる場所がダンジョンにゃあるし」
「街全体を強制的に戦場にする、と」
「田神大悟ならやりかねねえ。だが、もしそれが当たっててもそれで終わりじゃねえだろうな。アイツについて断言できるのは必ずプレイヤーの予想を超えてくるってことだ。特にこの世界の田神大悟はな」
「あー、なんか狂人って感じでしたもんね田神さん。薬物でもキメてんのかって感じ」
「そこまでは言ってねえが」
だがまぁ言いたいことはそういうことだ。リアルのオフ会で会ったドモり癖のあるあの男より、この世界のあのGMはさらにタチが悪い。すべての黒幕というRPにはまり、悪乗りしているようでもある。
「僕はレンカちゃんと協力してウルトの街に安全地帯を作るつもりだ。どんなイベントで来るにせよ、大勢でいればいくらか安全だからね。もう長距離の《瞬間転移》を使える黒も出てきてるし、油断はてきないけど」
「はーん? 俺たちを誘おうとしたりすんなよ、そのシェルター」
「分かってるよ。断られるのは目に見えてるし」
ゾンはくつくつと喉を鳴らして笑う。
こいつのギルド『ディスクアウト』はさらに数を伸ばし、今では五千人規模になっているという。寄らば大樹の陰とも言うし、そうなるのは想定の範疇ではあった。烏合の衆だろうが、寄り集まっていれば攻撃しにくいのは確かだ。
予想外だったのはレンカの白十字の動きだ。ハルハという事実上の副長を最悪の形で失ったあのギルドの名声は地の底へ落ちた。その結果、多くの離脱者が出て解散の危機に陥ったらしいのだが、最近はまた数を盛り返しているという。なんでも『イクリプス・オンラインに秩序をもたらす』というレンカの崇高な理念に本気で共感した奴らが結構な数志願してきているらしい。たぶん今のこの世界の混沌具合に正義感を刺激された連中なんだろうが、マウントを取るのを目的に薄っぺらい正義を振りかざしていた旧メンバーどもよりかはいくらか役には立つだろう。
「ヨッちゃんたちはどうするんだ?」
「イースの街の宿屋でひきこもる。ヴィブティも誘ってな。どんなイベントが来るにせよ、人が少ないところが一番安全ってのは結局変わらねえだろうから。巨大モンスター討伐イベントをスルーすんのは残念だが仕方ねえ」
俺はこいつやレンカのように見ず知らずの人間を何千人も護ろうなんて殊勝なことは考えてない。だが関わった二人の人間くらいは護りたいとは思うし、護れるだろうという自信もあった。
あくまで田神大悟のイベントが俺の予想を――予想以上には超えてこないことが前提ではあったが。
☆
それから8日後、9月5日の早朝。俺たちは八蛇を切り上げて九圏へ降り、ボスをどうにか撃破した。ここのボスにも田神の“調整”が施されており、かなりギリギリでのクリアになったが、クリアはクリアだ。
八蛇をしてる間に先を越されることもなかったので、俺たちがワールドファーストを取ったことを示すシステムメッセージがワールド全体に流れた。
「これでアンタは二連続でワールドファーストか」
「八蛇の素材を用意してくれた二人とヴィブティちゃんのおかげだよ。この借りは返すよ、必ずね」
「アンタが強くなりゃ回りまわって俺たちの得にもなる。これもギブアンドテイクさ」
二人で握りこぶしをぶつけ合う。仲間の挨拶であるハンドシェイクだ。
ゾンは続いてミューとも同じことをすると最後に一度だけ空を見上げた。ここを見ているであろう田神大悟へ視線を向けたのだろう。
「死ぬなよ、二人とも」
そう言い残してゾンは帰還用転移門でウルトへ帰っていく。
俺たちも転移門へ入り、イースに帰る。
今日はいつものように酒場で打ち上げをするわけにはいかない。夜には周年イベントが控えている。十分な休息と準備をしなければならない。
そして運命の――9月5日の夜が来る。
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【ヨシヤ】
LV:53
クラス:[呪術師]
HP:210
MP:439
筋力:20
知力:49
器用:104
敏捷:33
意志:50
幸運:9
【ペーパークラフトLV12】【呪物作成LV8】【園芸LV8】
武器:<(SSR)サクの杖+4>
足:<(SR)音無しの靴+4>
腰:<(SR)罪人の黒衣+5>
胴:<(R)血塗られたブラックローブ+8>
頭:<(SR)グリフィンの風切り羽+6>
盾:<(N)突起盾+7>
装飾:<(SR)ミレウス石の首輪+4>
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【ミュー】
LV:53
クラス:[戦司祭]
HP:570
MP:315
筋力:65
知力:25
器用:29
敏捷:29
意志:83
幸運:42
【料理LV11】【たき火LV3】【食料採集LV8】【薪割りLV9】
武器:<(SR)ブッチャーズメイス+5>
足:<(SR)ホーリーレギンス+5>
腰:<(SR)ホーリーケックス+5>
胴:<(SR)森の祝福のローブ+7>
頭:<(SR)アールディアの聖冠+6>
盾:<(SR)熟達の円盾+4>
装飾:<(SR)抹消者の首飾り+6>
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