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第二十二話 一万六千の消失(信じているとは言っていない)

「その夢うちも見ましたコン。田神さんかわいそうだったコンねぇ。涙がちょちょぎれたコンねぇ」


 イースの街の宿を出てから十六時間後。第六の試練{不死騎の要塞}のボス部屋前でたき火を囲んで休憩中に、ヴィブティが蒸し鶏をムシャムシャやりながらそう言った。空いてる方の手で涙をぬぐう仕草をしているが、もちろん泣いてなどいない。

 このダンジョンのパーティ上限は3人。なのでコイツを連れてきたわけだが。


「で、ミューたん、その夢がなにコン?」


「だからー、その田神さんとヨシヤさんって似てるよなって話だよー」


「ふむふむ、確かに被る属性はあるとは思うコン。でもうちは田神さんと直接会ってないからなんともかんとも」


 JK二人が目を向けてくる。俺は朝と同じように<(R)知恵の果実>をかじりながら黙っていた。最近の食事はいつもコレである。第三の試練{黒の隧道(ずいどう)}より後のエリアからドロップするようになるアイテムなのだが、俺のビルドで重要なINT(知力)DEX(器用)が同時強化される上に手軽に食えるので重宝している。


「そういや第四の試練の時にハルハさんが言ってましたけど、田神さんってヨシヤさんのこと贔屓(ひいき)してますよね」


「そうか?」


「だってオフ会とかいうので直接見せてもらったんですよね、田神さんの魔術。期待してるとか言われたらしいですし。なんでそんなに気に入られてるんですかね」


「さぁな。一度ぶっ殺したからかな」


「え?」


 ミューの食事の手が止まる。

 武勇伝でもないのであまり人に話したことはないが。


「イクオンの開始当初はゲームバランスがガタガタだったんだが、三か月くらいして強すぎた魔術とかアイテムが一斉に下方修正(ナーフ)されたんだ。おかげで俺の手持ち装備がゴミクズになってさぁ。それが納得いかなくて、田神がゲーム内にアバターで降臨した時にぶっ殺したんだ。蘇生(リスポーン)後にGM(ゲームマスター)権限の超パワーで百倍返しされたけど」


「……そりゃたしかに『おもしれープレイヤー』として覚えられてもおかしくないかも」


「田神はちょくちょくゲーム内に降臨してプレイヤーと交流してたんだが、俺に殺されてからは無敵属性を自分のアバターに付与しやがったんだ。大人げねえよな」


 あのオフ会の時『同類』と言われたことについては黙っておいた。俺はそうは思ってないからだ。コイツに教えればまた冷やかしを言われるだろうし。


「今もここ見てたりするんですかね、田神さん」


 ミューの目は重厚なボス部屋の扉に向いていた。第四の試練のボス部屋での出来事を思い出しているのだろうが、あの時とは状況が違う。


「アイツが見んのはワールドファーストの時だけだろ。今頃は第七の攻略に取り掛かってる連中をチェックしてんじゃねーかな。あそこは難関だし、しばらくクリアは出ねえと思うが」


 食い終わった<(R)知恵の果実>の残りの芯を焚火の中に放り投げる。そう、イースの街にたどり着いているワールド上位1%のプレイヤーの中では俺たちは出遅れ組なのだ。レンカやゾンあたりの本当のトップランナーたちは一月前にはここをクリアしていた。


「ヨシぽんたちが出遅れたのはうちをキャリーしてたからコン。申し訳ないコン」


 殊勝に頭を下げるヴィブティ。コイツに第四と第五を突破させる手伝いをしたのは確かだが、出遅れてる理由の中では些細な方だ。


「前も言ったけど俺たちゃギブアンドテイクの関係だからな。謝ることじゃねーよ。あ、それで思い出した。忘れんうちに渡しとく」


 冒険用鞄から黒い土が入った小瓶を出してヴィブティに手渡す。それを繰り返すこと五回。表面上は五個しか渡してないが最大100個重ねられるアイテムなので、五百個渡したことになっている。

 ミューが半眼になってそれを指さした。


「{魔神島}クリア報酬の腐葉土じゃないですか。植木鉢で使う分が揃った後も何十回も潜って取りまくってきたやつ。そんなにヴィーちゃんに渡して何してもらうんです?」


「ヴィブティなんだからそら錬金だろ」


「出た、ヨシヤさんの言葉足らずの悪い癖! そういうところだって言ったじゃないですかー! ちゃんと説明してくださいよ!」


 めんどくせえなぁ。


「あ、めんどくせえなぁって顔してる」


「めんどくせえなぁって思ってるからな」


「はぁ、じゃあまぁいいですけど。……この後使うわけじゃないですよね?」


 ミューは不安そうなに眉を曲げてボス部屋の方を指さした。

 魔法王国(マナオラ)の北には魔族の一門である不死騎(デュラハン)の国がある。鉄の国(タクトス)というのだが、このダンジョン{不死騎の要塞}はそこの最前線基地だ。扉の向こうで待ち構えるは要塞の主である〔宿将バルムンク〕。なかなかの難敵であり、ゲームであった頃俺はコイツに五回ほど(やぶ)れている。


「あたしたち、勝てますかね?」


「たぶんな。推奨レベルにゃ遠いが、第七まで先行してる連中から先の装備も買えてるし、田神が施した調整内容も教えてもらってるし。ここの難易度はそこまででもねえよ」


 ゲームであった頃にきつかったのはワールドファーストを狙っていたからだ。自分がなると実感するが、やはり後発組は難易度が大きく下がる。金とコネさえあればの話であるが。


「ヤバいのは次の第七なんだよ。いや、それ以降もだいたいヤバいんだが。……いい機会だし、表でも作るか」


 鞄から紙を取り出し、ペンを走らせる。

 そこに目を落としてミューは顔をしかめた。


 ここまでの試練の中で最高難度だったのは第四である{青の同盟の地下迷宮}で難易度Aだ。この第六は難易度B。そして次の第七試練は難易度A。第九、第十一、第十二はS以上である。


「後半にヤバいの固まりすぎでは?」


「イクオンを終盤まで続けてた異常者どもを満足させようとした結果だな」


「……最後まで生き残れるか不安になってきました」


「安心しろ。お前がロストしたら立派な墓建てて毎日カレーお(そな)えしてやるからな」


「縁起でもないこと言わないでくださいよ!」


 ミューがキックをケツに入れてくる。同パーティなのでダメージはない。喉を鳴らして笑いながら逃げる俺をミューはもう一発蹴るつもりか追いかけてきた。


「あのぉ……楽しそうなところすいませんが、そろそろ行きませんか? 回復もしましたし」


 たき火の片付けを終えたヴィブティがおずおずと手を上げる。

 おっしゃるとおり。





    ☆





 〔宿将バルムンク〕は不死騎(デュラハン)なだけあって非常にしぶとく、そのうえ《瞬間転移(テレポート)》で後衛を狙ってくるよう田神によって上方(アッパー)調整をかけられていたが、どうにかこうにか倒すことができた。

 要塞の屋上に出る。ここはパールスロート遺跡のように上へ登っていくダンジョンだったのだが、あそこほどの高さはない。とはいえ高層ビルの十階ほどには相当するだろう。


 今は真夜中。日付が変わる寸前だ。屋上の端から目を凝らせば地平線に街の明かりが見える。魔法王国(マナオラ)の最北端に位置するアランダシルの街の明かりだ。

 この高さの地平線までの距離はどんなもんだったかなと思い出してみるが、この世界が地球と同じ大きさとは限らないし、そもそも地平線というものを正確に再現してるとも思えない。

 本物(・・)の{十二の月が巡る大地オー・ダン・イリュアド}はどうなのだろう。田神の公開していた設定集では地球と大差のない大きさの惑星のはずだったが。


「いまいちピンと来ないんですよね。侵略されてるって話」


 ミューが俺の隣に並んでアランダシルの明かりを見つめながら、つぶやいた。


魔法王国(マナオラ)が魔族に侵略されてるって設定の話か?」


「いえ、リアルの方(・・・・・)です。今頃私たちが住んでいた世界でも世界蝕(ワールド・イクリプス)が起きてて、本物(・・)の{十二の月が巡る大地オー・ダン・イリュアド}の魔族に攻め込まれてる……っていうあの話。本当に現実(リアル)じゃそんな大騒動が起きてるのかなって」


「実感湧かねえってか。ま、実際に自分の目で見たわけじゃねえもんな」


 ミューが今言ったような話もこの世界では広まっていた。しかし、その辺のことを気にしているプレイヤーはほとんどいない。異世界からの侵略なんてのはスケールがデカすぎて想像が及ばないからかもしれないし、たとえそれが真実だとしても自分たちのやることに変わりはないから、そもそも考えないようにしてるのかもしれない。まずこの世界から帰還しないことには命も繋げないのだ。その先のことに思案を巡らせる余裕のある者は少ないのだろう。

 ミューは俺に向けて人差し指を立てて見せる。


「それともう一つの意味でも侵略なんてされるのかなって思うんですよ。このゲームの設定読む限り、魔族ってそこまで多くはないですよね? 地球の人口とか科学力とか考えたら、侵略するなんて到底無理なんじゃ?」


「うーん、どうだろ」


 その辺のことは俺も考えたことがある。が、結論は出ていない。


「うちはありえなくもない、と考えてるコン」


 屈みこみ、同じように地平線を眺めていたヴィブティが静かな声で割って入った。ロールプレイは続けているが、その言葉と瞳には深い知性がうかがえる。


世界蝕(ワールド・イクリプス)は二百年周期。魔族はそのたびに侵攻しては失敗して撤退するってのを繰り返しているコン。今回はその辺の反省を生かして、十分にこちら(・・・)の情報を下調べしているはずコン。こちら(・・・)へ来てからどう攻めるか充分に計画を練っているはずコン」


「大賢者もそんな感じのことは言ってるな。だが戦力差があるのは変わらんだろ」


「そこも考え方次第コン。魔術や魔族の固有能力をフル活用してゲリラ戦に徹すれば、十分に渡り合えるはずコン」


「はーん? ……一理あるな。《瞬間転移(テレポート)》で重要施設に突然現れて、《火球(ファイアボール)》で大規模破壊してくる。しかも銃弾くらいじゃ致命傷にならねえタフなのもいる。ってなると、確かにこっちの既存技術じゃ対処できねえ。膠着状態くらいには持ち込めるかもな」


 人狼(ウェアウルフ)吸血鬼(ヴァンパイア)邪眼鬼(ゴルゴン)悪魔(ディアブロ)不死騎(デュラハン)――これまで出てきた魔族は多種多様だが、いずれも個体の力は人類よりはるかに高い。そいつらが連携したら、どんな無茶苦茶をされてもおかしくはない。


「それとヨシぽん。魔族はこちら(・・・)の科学を使えることも忘れてはならないコン。魔族の侵略に対してこちら(・・・)が一枚岩になるとは限らないコン。ならず者国家やテロ組織、終末思想のカルト宗教……そういうところが保持している大量破壊兵器を魔族に供給したらどうなるか。考えるだけでも恐ろしいコン」


「《瞬間転移(テレポート)》してぶちこむのはなにも《火球(ファイアボール)》じゃなくてもいいわけか。……確かにな。今頃とんでもないことになってる気もしてきたな、現実世界」


 もっとも、とんでもないことになるのはこの世界も同じだ。


「……そろそろだな」


 別にここからそれを眺めようと思っていたわけではない。だが雑談をしている内に日付が変わる時間になってしまった。田神大悟が公開したロードマップの最初のイベントの日だ。

 一月前から毎日システムメッセージで予告はされていた。この日の0時にそれは行われると。




 俺たち三人の前にディスプレイが表示された。いや、恐らくこの世界のほとんどのプレイヤーの前に表示されている。



 映ったのは様々なプレイヤーの姿。


 アランダシルの街の片隅で、初期装備と大差ない格好でうずくまり震える人々。

 序盤のダンジョンで絶望的な顔で泣き叫んでいる女性。

 どこかのボス部屋で狂乱し、(いさか)いを起こしている数名のパーティ。


 映像は次々と切り替わる。

 それは第二の街ウルトに到達できていないプレイヤーたちだった。

 危険を恐れ、最後の最後まで一度もダンジョンへ行かなかった者もいた。最後にケツに火がついて攻略を始めた者もいた。

 いずれにしてももう遅い。


 今朝レンカが疲れきった顔をしていたのは、こういう連中に手を差し伸べて一人でも多くウルトへ到達させようとここ一月半ずっと活動していたからだ。とはいえ自分の攻略やレベリングもあるし、力の限界もある。全員を救うことなど到底できなかった。たぶんやるだけやって体力の限界になって俺のところへ来たのだと思う。


 画面が分割され、数え切れないほどの視点から、数え切れないほどの人々を映し出す。

 恐怖と絶望に満ち溢れた映像。

 目を逸らしたい気持ちを堪えて、俺はそれを凝視していた。


 そして時はきた。

 映し出されていたすべての人が全員同時に灰となって崩れ落ちた。

 灰はあたりに霧散し、姿を消す。まるで最初から何もなかったかのように。


 ロストしたのだ。


 続いて地平線に灯っていた明かりがふっと消えた。

 アランダシルの街そのものが消えたのだ。




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 20XX/08/15

 システムメッセージ:『176030/225109』

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「……一万六千か」


 それだけの人間が今ロストした。

 これは想定より多いのか少ないのか。田神大悟はどう考えているのだろう。


 ヴィブティは口をつぐんで灯りの消えた地平線を見つめている。その表情から内心はうかがい知れない。

 ミューはしゃがみ込み、震えて目を閉じていた。目端には涙を浮かべている。


「どんな悲しい過去があろうと、こんなことは許されませんよ。こんな大勢の人の命を奪って――」


人の命(・・・)ってのは田神がそう言ってるだけだろ。この世界が命がけだなんて証拠は何もねえ。実際今ロストした連中の中にはその辺を信じずに最後まで動かなかったやつもいるじゃねえか」


「それは……そうですけど。え、ヨシヤさんまだその辺疑ってるんですか?」


 ミューは(まぶた)を開けて不思議そうな顔を俺に向けた。


「イクオンを長くやってた連中ほどアイツの言うことを真に受けねえよ。田神は実装詐欺の常習犯だしロードマップを守らないこともしょっちゅうだったからな」


 この辺は一周目と二周目の感覚の差だろう。話したところでしょうがない。


「どっちゃしろ消えた奴らに同情してる余裕はねえぞ。明日(あす)は我が身だ。一月半後にゃウルトの街、三か月後には俺たちが今いるイースだ。イースの次の街――フリートラントへ行くにゃ第九の試練をクリアしなきゃならねえ」


「……三か月であと三つクリアしなきゃいけないってことですね」


「四か月半であと六つってことでもある。今年の末にゃこの世界全体が終焉を迎えるらしいからな」


「まだ折り返し。こんなとこで泣いてる場合じゃないですね」


 ミューは涙をぬぐって立ちあがった。決然とした顔だ。初めて会ったときの気弱な少女の面影はもうない。


「あたし、田神さんにガツンと言ってやりたくなりましたよ。絶対に生き残って、あのニヤけ(づら)にメイスをフルスイングして、説教してやります」


「その意気だ」


 ミューがふっと息を吐くように笑う。

 じっと俺の顔を見て。


「田神さんとヨシヤさんは似てるって言いましたけどやっぱり違いますね。ヨシヤさんだったらこんなことしませんもんね」


「まーな」


 俺もふっと息を吐くように笑った。


 今朝見た夢を思い出す。

 田神大悟は人生のどの場面でも孤独だった。

 俺とアイツの差はそこかもしれない。

 だから俺は絶望しない。


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【試練のダンジョン難易度表(ヨシヤ作)】

第一の試練 {パールスロート遺跡}:推奨レベル28:難易度C

第二の試練 {黒の隧道(ずいどう)}:推奨レベル32:難易度C

第三の試練 {(あか)い月の夢幻城}:推奨レベル37:難易度B

第四の試練 {青の同盟の地下迷宮}:推奨レベル46:難易度A

第五の試練 {魔神島}:推奨レベル50:難易度B

第六の試練 {不死騎の要塞}:推奨レベル54:難易度B

第七の試練 {悪魔の大穴}:推奨レベル62:難易度A

第八の試練 {白き(まなこ)の姫の墳墓(ふんぼ)}:推奨レベル67:難易度B

第九の試練 {果てなき水底(みなそこ)の都}:推奨レベル76:難易度S

第十の試練 {獣の牙城(がじょう)}:推奨レベル82:難易度A

第十一の試練 {邪竜の山嶺(さんれい)}:推奨レベル90:難易度SS

第十二の試練 {天空神殿}:推奨レベル99:難易度SSS

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