第二十一話 第三の街での朝(寝覚めがいいとは言っていない)
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20XX/08/14
システムメッセージ:『192078/225109』
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目覚めてすぐに今の状況を思い出すことは、もはや習慣になっていた。
ここは第三の街イースの暗黒街にあるボロ宿。一月ほど前から連泊している個室のベッドの上だ。すぐには立ち上がらず、ぼうっとした頭のまま天井の木目を見つめる。それは今見た奇妙な夢を咀嚼していたからだが、やがて異変に気が付いた。
ベッドの中に俺以外の気配がある。というか誰かが毛布の下で俺の胸のあたりにしがみついて寝ている。
飛び起きた。無論、恐怖で絶叫もした。
「うおおおおおおおおおおおおおい!!!!!」
「おはようヨシヤ。無防備だね」
反対側の壁まで退避した俺に対し、ベッドの上のレンカは上半身だけ起こしてのんきに大あくびをする。初期装備でもある麻のシャツとハーフパンツ姿だが、たぶん寝巻替わりなのだろう。少なくともひと眠りくらいはしてたようだが寝足りないらしく、目の下にはまだ深いくまがある。
「何しにきた!?」
「用事」
「いきなり来るな! ビビるだろうが! つーかフレリスのメッセージ使えよ!」
「メッセージじゃ完結しない用事だから」
端的に答えたレンカはドアへと目を向けた。
その向こう、部屋の外の廊下からどたどたと駆けてくる足音がする。
「ヨシヤさん、どうしました!?」
俺の絶叫を聞きつけたのだろう。スパーンとドアが開いて隣の部屋に宿泊しているミューが姿を現す。頭頂部に可愛い寝ぐせがついている辺り、コイツも寸前まで寝てたようだ。
ミューはドアを開けたポーズで固まったまま、ベッドの上のレンカと壁際の俺へ視線を何度も往復させた。顔がみるみる紅潮していく。
「や、ややややっぱりお二人デキてたんですね!? お、お邪魔しました!」
「ちげえってオイ! 話聞けよ!」
スパーンとドアを閉められた。
追いかける俺。
背後ではベッドでもう一度レンカがあくびをしながら、大きく伸びをする気配がした。
「で何の用だよ。白十字の団長様がわざわざこんな暗黒街によ」
なんとかミューの誤解を解いて連れて戻ると、レンカは俺の個室に設えられたテーブルの椅子でくつろいでいた。
「用事はあるけどヨシヤにじゃない」
「え、あたしですか?」
勘で寝ぐせを直しながらミューが目を丸くする。アホみたいな誤解をしたせいか、まだ顔が赤い。
「これ、約束のブツ」
レンカが差し出したのは茶封筒。ミューが受け取って中を確認すると文庫本が出てきた。本自体はイクリプス・オンラインの生産スキルで作成できるものなので珍しくはない。問題は表紙に書かれたタイトルだった。
横から首を伸ばして俺は思わずまた叫んでしまった。
「『アルファ・ドラゴン・オンライン』じゃねえか!」
「え、田神大悟がゲーム会社退職してニートしてた時に書いたっていうアレですか? ……なんでそんなものがこの世界に?」
「私が書いた。記憶を頼りに」
鼻高々に胸を張るレンカ。
ミューから文庫本をかっぱらいペラペラとめくると、確かに内容は俺が記憶している『アルファ・ドラゴン・オンライン』そのものだった。表紙の絵やら挿絵やらはまぁ素人仕事ではあるが雰囲気は出ている。頑張って描いたんだろうな、コイツが。
「私は完全記憶能力がある。だから一言一句オリジナルのまま」
「よく漫画とかで見る能力! はえー、すっごいですね」
ミューは文庫本を取り返し、表紙に描かれた剣を構えたイケメン男子高校生と俺とを何度も見比べる。レンカの奴がこの本の主人公のヨシュアと俺を同一視しているのを知ってるからだろう。名前以外似てないぞ、ぜんぜん。
「つーかレンカ、こんなもん書いてる暇よくあったな。お前も忙しいだろ」
「この間、八蛇やった時に暇だったから書いた」
「はーん、なるほど。ボスまで行ったのか?」
「まだ。黒に負けないようにとりあえずやっただけ」
俺たちの会話の意味を理解できず、きょとんと首を傾げるミュー。彼女に向けてレンカがVサインを作って見せる。
「次は二巻持ってくるからそれまでに読んでね」
「ああ、はい」
「ん? 俺に用事があったんじゃないんなら、なんで俺のベッドにもぐりこんでたんだ?」
「ミューちゃん、お腹空いたから朝ご飯くれる?」
「あ、はい」
「おい、無視か? おい」
無視された。
☆
「いただきます」
目をつむり、しっかりと両手を合わせてからレンカが食事を始める。初等部から大学まである女子校に通ってたという話のとおり育ちの良さがうかがえるが、この辺もコイツにカリスマ性を感じる奴がいる理由なのだろう。
ミューが作った朝ご飯――今日は和食でみそ汁、鮭の塩焼き、ごはん、漬物、卵焼き――それらをちょこちょこ口にしてから、レンカは向かいに座って食事をしてるミューに親指を立てて見せた。
「美味しい。上手だね、ミューちゃん」
「えへへ、ありがとうございます。【料理】スキル、12まで上がったんですよ」
「すごい。ところで話には聞いてたけど」
レンカが首を九十度曲げて俺を見る。この部屋にあるテーブルの二脚の椅子を占拠されてしまったため、俺は窓際で一人立ったまま<(R)知恵の果実>をかじっている。
「ヨシヤ、ホントにミューちゃんが作ったもの食べないんだね」
「そうなんですよー。わけわかんないでしょ?」
「いや、私には理解る。ヨシヤは童貞を拗らせてる。これはその一環」
「ヨシヤさんが童貞を拗らせてるのは分かるんですけど、それがハンガーストライキにつながる理由は分からないんですよ」
「私には理解るよ、ヨシヤ」
レンカが手を伸ばして肩を叩いてくる。狭い部屋なので届くのだ。
「童貞童貞言いやがって。てめぇらだってどうせ処女だろ」
「私たちは誰も攻略できてない難攻不落のダンジョン。ヨシヤは最初のダンジョンも攻略できてないクソ雑魚冒険者」
ダメだ、分が悪い。こういう話は打ち切るに限る。
レンカに背を向け、窓の外を眺める。見えるのは第三の街イースの街並み。ここは魔法王国南部に位置するイース辺境伯領の中心地で、魔族や拡散魔王の勢力圏とも近い――という設定だ。商業都市アランダシルや古都ウルトより剣呑な雰囲気が漂っており、武器庫や魔術砲といった戦争の気配を感じさせるオブジェクトがそこかしこにある。
現段階でここまでたどり着いているプレイヤーは全体の1%程度だ。残りの9割はウルト止まりで、1割ほどはまだアランダシルに残っているらしい。人数が少ない街ほど安全なので俺たちは今はここを拠点に活動しているわけだ。
トップランカー百名規模の極地法で第四の試練{青の同盟の地下迷宮}を攻略し、GM田神大悟と質疑応答をしたのが一月半前。どう広まったかは知らんが、あの時の会話内容は今では世界中のプレイヤーに知れ渡っており、その影響でこの世界は新たな段階に入っていた。
結論から言えばプレイヤーがロストする頻度が大幅に高くなった。以前は日に百五十人程度だったのが、今ではその倍の人間が毎日この世界から姿を消している。
理由はいくつかあるが、『これから順番に街が閉鎖され、その時点で先の街へたどり着けていない者は即ロストする。そしてこの世界における“ロスト”とは現実世界での死をも意味する』――そうGMが明言したことが一番大きい。
もちろん命がけであると確定したことは、ダンジョンに挑む恐怖を増加させはした。だが座していれば数か月後に死が待っているという恐怖の方が相対的に大きく、人々は結局自己の生存のために攻略に力を入れざるを得なくなった。
クリアした誰かが『大賢者への請願』で解放してくれる可能性を信じる者もいないではない。だがどちらにせよ、その誰かがクリアするまでは街の閉鎖に巻き込まれないよう攻略を進めなければならない。
そんなわけで人々がダンジョンに潜る頻度が増えた結果、ロストする者も増えた。また生き残るために黒へと身を落とした者も増え、PVPの発生頻度も増した。“命がけの世界”と判明したことは犯罪者に二の足を踏ませる効果もあったようだが、それも最初だけだった。極限状態に陥ればモラルは簡単に無視される。この世界が“ゲーム風”であり、痛みや流血が少ないことも犯罪へのハードルを下げているのだろう。
「明確なタイムリミットができたってのはでけえよなぁ」
窓を開け、空を見上げながら独り言ちる。天頂に空いた蝕の穴は田神と話したあの日よりもいくらか広がっている。あれが広がり切った時が世界が重なる時だ。その日までは残り四か月半。
一年半前、MMORPGであったイクリプス・オンラインがサービス終了したあの日もこの穴は空に空いていた。ゲーム画面の中の話だが。
「そういえばヨシヤさん。あたし、今朝また田神さんの夢見たんですよ。田神さんのくらーい人生がすごいダイジェストで流れるやつ」
「ああ、あれな。俺も見た。なんなんだろうな。この街来たプレイヤーがランダムに見るみてえだけど」
振り返りレンカへ目を向けると、コイツも見ているらしく首を傾げた。
「田神大悟が自分で見せてる? それともこの世界を作るのに使った《共同幻想魔術》とかいうののバグ?」
「さぁな。でも田神大悟に哀しき過去って感じの内容だろ。自分の意思で見せてたら相当悪趣味だと思うが」
「実際、田神大悟は悪趣味。その上、性格が悪い。でも天才」
レンカは鼻息を荒くして、テーブルの上に置いてある単行本を指さす。コイツとゾンのどっちがあのクリエイターの強火のファンなのだろうかとふと思う。
「アイツが天才なのは俺も認めるけどよ。毎度毎度言葉足らずなんだよ。学生の頃の冤罪だとか盗作疑惑だとかも言葉を尽くしてりゃどうにかなってたかもしれねえじゃねえか。それにこの世界でも脱出する方法言わねーし、ロードマップの公開もおせーから、まともに攻略しようとする奴らが少なかったんだろうが。ゲームさせてえんなら必要な情報はもっと出すべきだろうが。こんくらいでも伝わるだろって他人に期待しすぎなんだよ」
女二人は顔を見合わせる。同時に同じことに気づいたかのように。
「今気づいたんですけど、言葉足らずの冤罪体質ってまんまヨシヤさんでは?」
「それ」
「ってことは今のヨシヤさんの発言は完全にブーメランなのでは?」
「それね」
二人に視線を向けられ、俺は黙り込んだ。
あ、こういうところで言い返さないのが悪いのか? ――と気づきはしたが、長年かけて培われた性格はそんな簡単に変えられるものではない。
「そこで育ててたんだ」
食事を終えたレンカが隣に来て、窓の外に身を乗り出した。そこには窓枠にくっつく形でフラワースタンドが据えられており、小さな芽が出た植木鉢が六つ並べて置いてある。これ自体はそこらの雑貨屋で売ってる普通のアイテムだが、中の黒い土は三週間ほど前に第五の試練{魔神島}をクリアしてゲットした<(SR)闇の腐葉土>という貴重品だ。
<(R)マナポーション(大)>を鞄から出して三つの植木鉢に振りかける。パールスロート遺跡の空中庭園で手に入る月光花の種をこの土で育てると、そのプレイヤーがついてる職や育成中に与えたアイテムに応じて様々な種類の果実がなる。その果実が上級職へのクラスチェンジに必要なのだ。
「私も今、家で育ててる」
「やっぱ[天意勇者]狙いか?」
「うん、使い慣れてるから」
「ま、それが安パイだよな」
「一回実が成るところまで行ったんだけど別のだった。ゲームの頃と同じ手順踏んでるのに」
「いくらかランダム要素はあるみたいだからな。頑張れよ」
使う果実に応じて就ける上級職は変化する。よって目当ての果実が出るまで粘るのが基本だが、どんなアイテムを与えればどの果実がなるかは完全には解明されていない。MMORPGであった頃は{魔神島}を攻略する段階までたどり着くのに丸二年ほどかかっており、それまで続けていたプレイヤーは三千人程度だったからだ。特に[天意勇者]みたいなレアな職の果実はサンプルが少なすぎて確実な手順は確立されていなかった。
「こっち、ミューちゃんの?」
「そうですそうです。あたしは一周目だしランダム要素を楽しもうと思うんで狙いとかないんですよ。何が出るか今から楽しみです」
レンカが指さした残り三つの植木鉢にミューが<(N)カレー>をぶっかける。料理スキルの鍛錬過程で出た余りものだ。こいつは他にも余った食べもんを気の向くままにぶっかけている。
……ろくな果実が育つとは思えない。
「そういえばヨシヤさん、お花屋さんでバイトしてるんですよね。なぜ、お花屋さん?」
「花が好きだからだ。花はいいぞ。人間と違って喋らないからな」
「や、病んでる」
ミューはドン引きした顔をしている。俺だって植物の芽にカレーぶっかける奴にはドン引きである。
☆
「どこかいくの?」
食後、ベッドに再び横になったレンカが出支度を始めた俺とミューを見て言った。
「第六の試練行くんだよ。まだクリアしてねえからな」
「ふぅん。頑張ってね」
レンカはそっけなく言うとうつ伏せになって枕に顔を埋めた。
「お前金払ってねえんだからこの宿だと無敵効果ないぞ。じぶんとこ帰れよ」
「ミューちゃんの隣の部屋取ってあるよ」
「じゃあその部屋で寝りゃいいだろうが!」
「ここで寝る」
レンカは話は終わりだと言わんばかりに頭まで毛布をかぶってしまう。
ミューが俺の腕を引っ張る。
「まー、行きましょうよヨシヤさん。レンカさんも疲れてるんですよ」
「しゃーねえなぁ。今日だけだぞ」
嘆息して部屋を出る。ここであいつを追い出すほど俺も無粋ではなかった。レンカがクソほど疲れている理由を俺はもちろん知っていた。
――最初のタイムリミットが迫っていたからだろう。
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・Tips
【超越の実】
<(SR)闇の腐葉土>に<(SR)月光花の種>を植えると実る果実。
第六の試練の報酬である<(SSR)上級冒険者の証>と共に上級職への転職に必要となる。
育てた者の職や育て方で異なる実がなり、実に応じて就ける上級職は異なる。
一人が一度に育てられる種は三つまでで、生育期間はおよそ一月から一月半ほど。
なお上級職に転職すると職に応じた固有装備品を入手できる。
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