インターミッション ~あるゲームクリエイターの半生~
今から四十二年前、白雪の舞う冬の日に生後間もないその赤子は発見された。
場所は東京都内にある児童養護施設の前。
赤子は粗末な麻の布で包まれていたが、そばには何も落ちていなかった。ゆえに名前はもちろん、正確な生年月日も遺伝学上の両親も不明だった。
赤子は田神大悟と名付けられ、その児童養護施設で育てられることとなった。
田神は過酷な少年期を過ごした。そのような境遇の子供の常といえばそれまでだが、彼の特異な生い立ちを揶揄うクラスメイトは多かったし、彼自身の傲岸不遜な性格も災いして、そばに寄り付く子供はいなかった。また彼は幼少期から幻聴に悩まされており、それが同い年の子供たちの目には奇異に映ったのもあるだろう。耳の奥で何かが声を掛けてくるのだと彼は言うのだが、どんな医者にかかっても原因は判明せず、精神的な問題だろうと片づけられて終わっていた。
小学校高学年になったある日、あまりにもありふれた事件が起きた。クラスの生徒たちから集められた給食費がなくなったのだ。疑われたのは当然、貧困の内にありクラスでも浮いていた田神である。証拠は何もなく、結局金も出てこなかったが、あれは田神がやったのだと信じる者は多かった。
中学、高校と田神は公立学校に通ったが似たような事件がしばしば起き、そのたびに彼は疑われることとなった。そのため彼は常に孤独の中に身を置いた。
そんな彼の心を支えたのは児童養護施設に一台だけ存在したレトロなテレビゲーム機である。卒園生の寄付品だが、新規のソフトの供給があるわけでもないため他にやる者はおらず、ほぼ田神の独占状態であった。
ゲームソフトのほとんどは理不尽なほどに難度が高かったがその分たくさん遊べたし、何よりクリアできた時の達成感はひとしおだった。セーブ機能を備えていないものが多いのも、失敗にはリスクが付随する方が面白いという彼の思想を育むのに一役買った。
やがて田神は夢を抱いた。自分もこのようなゲームを作りたい。そして誰かに――苦しみぬいた果てに――クリアしてもらいたいと。
それから田神は血のにじむような努力をした。アルバイトをして金を貯め、機材と本を買い、プログラミングを始めとするゲーム制作に必要な技術を習得した。さいわい彼は進学校でも抜きんでるほどに賢く、素質もあった。
高校卒業と児童養護施設の退所が迫る十八歳の秋。国内大手ゲーム企業であるアッカー社にゲームプランナーとしての就職が決まった。アーカー社では高卒新人のプランナー採用というのは異例であったが、彼の異様な熱意と実力に期待したわけである。
田神は一人暮らしをはじめ、四年の下積み時代を経て、二十二歳の時に据え置きハード用アクションRPG『イモータルリング』の企画書を通し、同作のディレクター件プロデューサーに抜擢された。これも異例中の異例の出来事だった。
開発中のチームの空気は地獄のようだったという。すべては専横的で妥協を許さない田神の開発方針と彼自身の傲岸不遜な性格のせいである。
しかし二年半の開発期間を経て発売されたイモータルリングは半年で国内五十万本、世界で二百万本を超える大ヒット作となり、社内のすべての不満の声を黙らせた。
開発費が倍増した続編、イモータルリングⅡは上がりすぎたハードルを悠々と超えるデキで、売り上げも前作の三倍を叩き出した。ゲーム業界に田神の名は轟き渡り、海外にまでコアなファンが生まれた。
東京ゲームショウで登壇した田神がイモータルリングⅢの開発を発表した日にはファンたちは狂喜乱舞した。
この時が彼の人生の最高潮だったと言っていいだろう。
裏では破滅の日が確実に近づいていた。
アッカー社の上層部は田神大悟を疎んじ始めていた。頻繁に彼を呼び出し、新作をより大衆受けするように低難度化しろと指示したが、彼が頑として聞き入れなかったためだ。
イモータルリングがコアなファンを獲得するに至ったのは救済措置のない高難度であるからこそであり、それを捨ててしまえば作品そのものの魅力を損ないファンから見放される。田神はそう主張した。
このどちらが正しかったのかは分からない。結果論で語ることではないからだ。
イモータルリングⅢの開発が半分にも満たないところで突如として田神はすべての役職を降ろされ、ゲーム開発とは無関係の閑職へと追いやられた。
理由は上層部と反目したからではない。前二作のグラフィック面において他社からの盗作が発覚し、それを主導したのはプロデューサーの田神であると当事者のアートクリエイターから告発があったためだ。
もちろん田神は否定した。それはアートクリエイター当人が独断でやった事であり、自分は関与していないと。
しかし上層部が聞き耳を持つことはなく、田神が開発チームに戻されることはなかった。それは事実上の解雇だった。
田神は失意の内に自ら社を去った。入社してから十一年後、彼が二十九歳の時である。
ファンたちの間ではこの盗作疑惑自体がアッカー社の上層部が仕組んだものではないかと噂された。当事者のアートクリエイターは厳重注意のみで処分が済んだためだ。真相は分からない。しかし上層部がこれを機に放出しようと決断するほど、田神が扱いづらい人材であったのは間違いがないだろう。
その後、別の者をプロデューサーに据えて完成したイモータルリングⅢは初動売り上げこそ過去二作に匹敵したもののすぐに伸び悩んだ。
ユーザーからも不評の声が大きかった。特に過去二作のファンからは続編として認めたくないという声すら上がる惨状だった。グラフィックをはじめとする技術面では進化が見られたが、ゲームの面白さの決め手となるプロデューサーによる調整や味付けが田神のそれより明らかに劣っており、イモータルリングⅢは黒歴史の烙印を押されることになった。
シリーズはそれ以降、凍結状態となる。
版権はもちろんにアッカー社ある。田神には続編はおろか関連作すら作る権利はなかった。
田神は同業他社への転職を試み、そのすべてで難色を示された。彼の盗作疑惑が影響したのもあるが、彼を雇ってアッカー社に目をつけられるのを恐れたのもあるだろう。もちろんここでもやはり彼の開発に対するスタンスや性格が敬遠されたのは否めない。
個人製作や同人など、企業に入らずともゲームを作る方法はある。田神もそれらの道を模索した。しかし彼の広大な構想を形にするにはやはり膨大な開発費が必要だった。
数十億もの予算を投入して完成させたイモータルリングⅡ。あれに匹敵するようなものを作るすべはもう一つもないかと思われた。ましては超えるものともなれば――。
絶望の中、田神は出版社からの声かけに応じてライトノベル『アルファ・ドラゴン・オンライン』を上梓した。イモータルリングとは異なる世界観の作品であったが、根底を流れる田神節は健在であり、シリーズのファンからは受け入れられ、それなりの売り上げとなった。しかしこれも僅か三巻で打ち切りとなる。ゲームの開発資金にできるほどの儲けにならなかったのもあるが、何より田神の心がまるで満たされず、むしろ強烈な渇きを覚えたためだ。
やはり自分にはゲームしかない。ゲームを作りたいのだ。
別の媒体で表現を行った結果、むしろそれを再確認させられた。
だがゲームを作る方法はもうない――。
考えるほどにドツボにはまり、絶望の底から抜け出せなくなった。田神にはまともな友人はおらず、助言をしてくれる仲間もいなかった。幾人か見知らぬ業界人が声をかけてはきたが、いずれも彼の知名度を利用して金儲けがしたいだけの悪人で、彼の資産を奪っていくだけだった。
退社から二年後、彼の足は自然と自宅マンションの屋上へ向かっていた。
寒風吹きすさぶ冬の日のことである。赤子の頃に児童養護施設の前に捨てられたあの日のように白雪が辺りを舞っていた。
こんなところへ何をしに来たのか田神は自分でも分かっていなかった。
夢遊病患者のような足取りでフェンスを乗り越え、下を見下ろす。
四車線道路を行きかう車とその脇の歩道を歩く人々の群れ。
その喧噪がまるで遠い異世界のことのように田神には思えた。
頬の横を通り過ぎた雪に釣られて顔を上げる。
見えるのは鉛色の曇天。
いや――。
空の最も高いところに彼は見た。
ともすれば見落としかねないほどの微小な穴がそこに空いていた。
その先には暗色の帯の濁流が荒れ狂っているのがわずかに見える。
そしてその先――魔力の海の彼方に浮かぶもう一つの世界が接近していることを田神ははっきりと幻視した。
つながった。
幼少期の頃から続く耳の奥の幻聴の正体を田神は理解した。あれは異世界からの声だったのだ。
腹の底から力が湧いてくるのを感じた。生涯で感じたこともないような万能感が彼を包む。それが魔力であることを彼は誰から教わるでもなく確信していた。
田神は自分ができることを自覚した。
それと自分が今からすべきことを。
それから田神は人が変わったように精力的に活動を行い、強引ともいえる手法で出資者を得た。一年後には自分をCEOとしたゲームメルト社を設立、完全新作MMORPGイクリプス・オンラインの開発を開始する。
久しぶりの――しかも未経験であるMMORPGというジャンルでの開発は決して順風満帆とはいかなったが、田神が焦ることはなかった。その日が近づくにつれ、己の力が高まっていくのを感じていたからだ。
イクリプス・オンラインは四年の間サービスを行った。
それから一年の空白期間を経たのち、二十二万の魂を取り込み、仮想の小世界が誕生した。
田神はその世界の支配者であり、その世界は彼そのものとも言えた。
世界蝕で元いた世界はぐちゃぐちゃになるだろう。
証拠もなく彼を盗人だと疑ったクラスメイトも、彼を陥れたアートクリエイターもアッカー社の上層部もすべて死ぬかもしれない。だがそれはどうでもよかった。万能の力を手に入れたが復讐など微塵も考えてはいなかった。
元居た世界などどうでもいいのだ。あそこはしょせん偽物にすぎない。本物は自分の作り出したここにある。己のすべてを掛けたこの世界の行く末を見届けることができれば死んだって構わない。
彼は本気でそう考えていた――。
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【田神大悟の来歴】
18歳:国内大手ゲーム制作企業アッカー社にプランナーとして入社。
22歳:アクションRPG『イモータルリング』の企画書提出。同作のプロデューサー兼ディレクターに就任。
24歳:『イモータルリング』発売。国内外で高い評価を受ける。
27歳:『イモータルリングⅡ』発売。前作を超える売り上げと評価を受ける。
29歳:盗作騒動。アッカー社を退社。
30歳:ライトノベル『アルファ・ドラゴン・オンライン』を執筆。
32歳:ゲーム制作企業ゲームメルト社を設立。同CEOに就任し、MMORPG『イクリプス・オンライン』の開発を開始。
37歳:『イクリプス・オンライン』サービス開始。
41歳:『イクリプス・オンライン』サービス終了。
42歳:《共同幻想魔術》発動。
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