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第二十話 世界は悪意に満ちる(希望がないとは言っていない)

「ふざけるな! 試練のダンジョンはまだ八個も残ってるんだぞ! 半年かけて四個しかクリアできてないのに、あと半年でその倍もクリアしろってのか!」


 プレイヤーの一人が吐き捨てた。先ほど消えた田神大悟にぶつけるべき文句だが、気持ちは分かる。この世界が命がけであると確定したこと、タイムリミットがあと半年であること、ここから先はゲームであった頃よりさらに難易度が上がるであろうこと。それらを総合すれば絶望的な気分にもなるだろう。

 そいつの叫びを皮切りにその場にいた十名強のトッププレイヤーたちは口々に文句を並べ始めた。


 ある程度の量の<罪貨(カルマ)>を確保してロストの危険から遠のいて数か月。知らず知らずのうちに死の意識は薄れて、普通のゲームとしてこの世界を楽しんでいた。そこに冷や水をぶっかけられた気分だろう。

 そう、文句の一つも言いたくなる――。


「おかしい! 絶対におかしいですわ!」


 ツインテールを振り乱して叫んだのはハルハだった。ひときわ大きなその声に一同は水を打ったように静まり返った。

 ハルハの血走った目は俺へ向けられていた。コイツの怒りの対象はこの場から消えた田神ではなく、俺だった。


「害虫! どうして田神大悟を呼び出せると思った!?」


「答える義理はねえが……いいさ、答えてやる。アイツは去年のアキバのオフ会でこう言ってた。『ダンジョンが初踏破される時にはいつも見学してた』ってな。だから今回のこの大規模攻略のことも監視してると思ってたし、プライドの高いアイツのことだから俺の挑発を無視できねえだろうとも思ってた」


「……違う! お前は田神大悟と癒着(ゆちゃく)してるんですわ! だから呼びかければ出てくることを知ってた! お前は黒幕側の人間で、最低な悪人なのですわ!」


「はぁ?」


 “癒着(ゆちゃく)”。自身は白のまま黒と連携して悪事を行い、甘い汁を吸う連中を指すイクリプス・オンラインの用語だ。しかしゾンやレンカが俺とワールドファーストになった時にもそう呼ばれたことからも分かるとおり、だいたいの場合それは実体とかけ離れたただの誹謗中傷だった。

 怒りに満ちたハルハの表情からはどんな意図でそう口にしたかは分からない。本気で言ったとは思えないが、断言はできない。すでにこの少女が正気を失いつつあることを俺は知っていた。


「お姉さま、やはりあの男も殺すべきです。黒は一人として見逃してはなりません」


 ハルハはまるで別人のように表情を変えてレンカにすがりつく。

 すぐさまレンカは首を振った。


「この世界では、そうする気はない」


「でも! 明らかにおかしいじゃありませんか! 田神大悟もあの男を贔屓(ひいき)してました! つながりがあるのは明白ですわ!」


「そんなことは――」


 レンカは困惑の目で俺を見た。

 ハルハも視線を俺に戻したが、それは明確な殺意をはらんだものだ。ゲームであった頃にチャットで殺意を向けられていたのとは意味が違う。この世界は命がけであるという田神の言葉を聞いた上でコイツは、ゲームのキャラクターを殺害(ロスト)させる殺意ではなく、人としての俺を殺す気でいる。


「お前なんて黒に殺されればよかったんだ」


「死なねえよ。レンカは殺されそうだったけどな」


「ハッ。お姉さまが死ぬはずがないですわ」


 ハルハは鼻で笑って首を振った。そんなことは起こらない、何があってもレンカは死なない、そう確信しているように。


 『ヤられる前にヤる』が俺の信条(モットー)だ。だが『ヤられたらヤりかえす』心構えもある。

 いじめられていたというコイツの境遇には同情する。生まれつきの悪人ではないだろうし、この世界に毒されたのもあるのだろう。だが今は間違いなく悪人だ。このままにはしておけない。

 戦闘で決着をつけられればどれだけ楽かとも思う。


 だが、今は言葉でコイツを殺すしかない。


癒着(ゆちゃく)か。お前の方からその言葉を聞くとは皮肉なもんだな」


「……は? なんですの?」


癒着をしてるのは(・・・・・・・・)お前の方だ(・・・・・)って言ってんだ。数か月以上前からお前はヤギヌマに(・・・・・)情報を流していた(・・・・・・・・)。それであいつの一派に大勢の白を殺させたんだ」


「なにを、バカな」


 ハルハはまた鼻で笑った。その態度は平静そのもの。むしろその隣のレンカの方が動揺している。

 他の連中は思いがけない展開にざわついていたが口を挟む勇気がある奴はいないようだ。

 都合がいい。話を進める。


「疑い始めたのは二か月半前、四月の半ばか。{(あか)い月の夢幻城}でお前は自分とこの団員を含んだ三十人規模で極地法をしてた。そこで騎士と貴婦人のブロンズ像イベントで隊を分けた際に、大ホール側に残った十人がヤギヌマが率いる黒に襲撃されて全滅した。お前を含む二十人――倉庫側へ行ってた連中が戻ってくるのは紙一重で間に合わなかったな。

 お前は気づかなかっただろうが、あんとき俺は大ホールの天井裏にいて一部始終を見てたんだよ。そんで妙に()()()()()()()()と思った」


「あ」


 唖然と口を開けたのはミューだった。

 あの時俺が『タイミングがよかったな』と言ったのに対し、ミューは『どこがいいんですか、やりたい放題やられた後じゃないですか』と憤慨して返した。あの時俺が言ったのは、倉庫へ行っていたハルハたちが戻ってきたタイミングのことではなかったのだ。


「ヤギヌマたちが逃げるのが妙に()()()()()()()()と思ったんだ。お前らが紙一重で間に合わないタイミングだったわけだからな。

 だが、真相が分かればなんのこっちゃねえ。あんときヤギヌマは【聞き耳】もしねえでメニュー画面出したまま突っ立ってたが、ありゃ待ってたんだ。倉庫へ向かった連中が大ホールへ戻ってくるタイミングを知らせる、お前からのメッセージをな」


 一息だけ入れて言葉を続ける。いちいち反論を聞くつもりはない。


「ヤギヌマといや、このダンジョンの二層でも似たようなことが起きたな。二層に降りてきたばかりの俺とレンカがヤギヌマたちに襲われたんだがアレも偶然じゃなかったんだ。なぁレンカ、あんとき俺はミューに現在地の座標を送ったが、お前は誰に送ったんだ?」


 レンカは茫然としていたが、隣にいるツインテールの少女へ、目は向けた。


「お前が送った座標がヤギヌマに横流しされたわけだ。だからあいつらはあんなに早く俺たちのところへ来やがったんだ。不運で片づけられるような確率じゃなかったしな。

 あんときのヤギヌマの反応も今思えばおかしかった。俺がそこにいると知ってるような口ぶりだった上に、レンカが一緒にいることに驚いてなかったからな」


「待って、ヨシヤ。……確かにヤギヌマの反応はそう、だったけど。……でもおかしい。ハルハがそんなことをする理由がない」


「理由? 決まってんだろ。お前を独占するためだ。俺や白十字の他の団員を抹殺してな」


 そこで話を手で制してくる者がいた。ゾンだ。


「おかしくないか? 黒に他の団員やヨッちゃんを襲わせるのは百歩譲って分かるにしても、独占欲の対象であるレンカちゃんまで巻き込むなんてありえないだろ。まさかレンカちゃんには手を出さないようにヤギヌマと契約してたとでも?」


「ちげーよ。そんな契約、ヤギヌマの方が受けるはずがねえ。ただコイツは妄信してただけさ。さっき自分で言ってただろ。『お姉さまが死ぬはずがない』ってな」


「まさか」


 ゾンはとても信じられないような様子でハルハを見た。

 俺としてもそこの部分がありえないと思っていたから半信半疑だったのだ。

 だが、それも先ほどまでだ。


「さっき俺が死んだのはコイツが戦ってた〔守護悪魔(メフィスト)〕の光の翼に跳ね飛ばされたからだ。MPKモンスタープレイヤーキルだな。そん時に確信した。

 コイツが俺を殺したのはまだレンカがボスと戦ってる最中だったんだ。いくら俺が憎くても普通そんなときにMPKモンスタープレイヤーキルするか? (いと)しのお姉さまに加勢するために全力で目の前の〔守護悪魔(メフィスト)〕を倒そうとするのが普通だろ。だが、そうはしなかった。

 つまりコイツはレンカがボスにやられることなど絶対にないと本気で信じてたんだ。……理解はできねえが、納得はできる。コイツはやっぱりレンカへの妄信と独占欲でできてんだよ」


 いつだかにミューに言った言葉を思い出す。

 『イクオンを最後までプレイした連中なんてどいつもこいつも異常者である』。


「四か月前にアランダシルの街で爆破テロが始まったな。路上で寝てる連中を標的にしたやつだ。アレもお前がヤギヌマに情報を流してやらせたことだろ。そんでその黒幕が俺だという嘘の噂を流したのもお前だ。俺があの日にあのチャンネルに行ったことを知ってるのは白十字の連中だけだから、そもそもこの濡れ衣に関しちゃ容疑者の数は少ねえんだ。

 ああ、今気づいたが黒の連中がレンカがいない隙に大勢で広場を襲撃して<中級冒険者の証>を手に入れたのも、お前が情報を流したからか? もしそうならその日、コイツもアランダシルの街を空けていたと思うが……どうなんだ?」


 視線で問うとレンカは固まったまま、ただハルハを見るだけだった。否定ではない。

 ハルハはただ激しい屈辱に耐えるように顔を真っ赤にして肩を震わせていた。


「馬鹿げたこじつけですわ! どれもこれも憶測ばかり! 一つの証拠もなしに、よくもそんな侮辱を――」


「証拠はある。なんなら今すぐ証明できる」


 自分のメニュー画面を出す。それから一つ操作を行い、ある画面を表示させる。


「フレンドリスト見せてみろよ。そこにヤギヌマの名前がないならシロだ」


 ハルハが固まった。

 しんと辺りが静まり返る。


「お前の命令に従う義理はないわ」


「命令じゃねーよ。潔白を証明する簡単な方法を教えてやってるだけだろ」


「お前がイカれた妄想で疑っているだけですわ! そんなもの相手にする気はない!」


「そうかい。ならいいさ。俺はな(・・・)


 そう、俺は証明してもらわなくとも構わない。

 だがハルハの隣に立つ女は違った。


「ハルハ、見せて」


 レンカの言葉に、ハルハは絶望的な顔で首を振った。それはもう答え合わせのようなものだった。


「なら代わりに答えて。五年前――ヨシヤが白十字騎士団を脱退したあの日、先に攻撃しようとしたのはハルハたちというのは本当? ヨシヤに『団を抜けて』と言ったのは本当?」


「お姉さま、それは……!」


 ハルハは追い詰められたように後ずさりをした。その意図は理解できている。

 ハルハはメニュー画面を出した。――それがフレンドリストを見せる気になったわけではないことも理解できている。


-------------------------------------------------------------------------------

 システムメッセージ:『プレイヤー:【ヨシヤ】に1,000,000Gの賞金がかけられました』

-------------------------------------------------------------------------------


 それは全プレイヤーの目の前に表示された。

 俺の頭上の黒いネームプレートが血のように赤いオーラを(まと)う。

 『賞金首』。このダンジョンをクリアしたことで解禁された新機能だ。賞金はそのプレイヤーをロストさせた者に支払われるため、()けられたプレイヤーは必然、他者から狙われやすくなる。またそれ以外にも蘇生時の罪貨(カルマ)消費量が増加するなどのデメリットもある。

 やってくれたな。


「お前は絶対に許さない……絶対に!」


 絶叫と共にハルハが駆け出して、ボス部屋奥の帰還用転移門(ゲート)へと飛び込んだ。

 引き留めるためにレンカが伸ばした手はまるで間に合わない。その手を下すこともできないまま立ち尽くすレンカの姿を、俺は何も言わずに見ていた。





    ☆





癒着(ゆちゃく)か。いよいよ混沌としてきたね、この世界も。この先どうなっていくのか僕にも読めないな」


 騒動からしばらく、他のプレイヤーたちも転移門(ゲート)へと消えていく中、ゾンがぽつりとそう漏らした。


「今回お前んとこのメンバーを黒がPKしたのも、遠因はハルハってことになるが?」


「そうだね。もしどこかで出くわしたら落とし前はつけてもらうつもりだけど――できたら解決は君に任せたいね。彼女はまだ()なわけだし」


 ゾンはいまだ立ち尽くしたままのレンカを一瞥(いちべつ)したのち、転移門(ゲート)へ入った。

 残るはたった三人のみ。


 その一人、ミューが後ろ手を組んで下から俺の顔を覗き込んでくる。


「ヨシヤさん、あの子が逃げるの分かってましたよね?」


「そりゃな。でもどうせ仕留めきれねえよ。アイツは白だから攻撃できるのは俺だけだからな」


「またまたぁ。レンカさんの前であの子を攻撃したくなかったからじゃないんですか?」


「……まぁな」


 レンカがハッと顔を上げて、俺を見る。

 ミューが柔和(にゅうわ)な微笑みを浮かべた。


「ヨシヤさんのそういうところ、好きですよ」


 顔が赤くなった。なったと思う。

 照れ隠しにそっぽを向く。


「勘違いすんな。レンカの前で白攻撃するとうるさいから自重しただけだ」


「はいはい、そういうことにしておきます」


 それにキルする勇気はあってもロストさせる勇気はないから、とは口には出さない。その選択が迫られる日が近いことを薄々予感してはいたが。


「ありがとな、ミュー。……マジで」


「なにがです?」


 ミューがきょとんとする。このJKはさっきの話の途中からずっと俺のそばで気配を消すように控えていた。たぶんハルハが激高して俺に襲い掛かってきたら、盾になってくれる気だったのだろう。そのことへの感謝だったのだが、説明するのはさすがにダルい。


 レンカのもとへ歩いて行く。普段感情が希薄なこの女が目端に涙を浮かべていた。それでも言うべきことは言わなくてはらない。


「もし次にアイツが俺に殺意をむき出しにしてきたら、その時は自重する気はねえ。ヤられる前にヤるつもりだ。いいな?」


「……うん」


 舌打ちをしてレンカの涙を指で拭ってやる。なんでこんなことを俺がせにゃならんのだと思いながら。


「ありがとう、ヨシヤ」


「礼を言われるようなことはしてねえよ。……いいか? お前もヤられる前にヤれよ」


「うん」


「それじゃ行きましょ、レンカさん」


 ミューがレンカの手を引き、転移門(ゲート)へと歩いて行く。

 そしてその姿が消えて、ただ一人、俺だけが残った。





    ☆






「まだ見てるんだろ?」


「ああ、もちろん」


 虚空に向かって呼びかけると返事はあった。

 先ほどと同じ場所に田神大悟が姿を現す。


「追加で質問させてくれ。最終ダンジョンで――ラスボス戦の後に追加のイベント――例えばアンタが真のラスボスとして立ちはだかるなんて展開はねえんだろうな?」


「もちろんないとも。そんなチープな展開はね」


「もう一つ。今回の件はアンタの単独犯か?」


「そうだ。イクオンの開発や運営の他のメンバーは何も知らない。異物となるからプレイヤーとしてもこの世界には呼んでない」


「……確かにそういうのがいるって噂はこの世界で聞いてねえな」


「そうだろうとも」


 田神大悟は相変わらず嘘をついているようには見えない。だからこそ異常(・・)だった。

 他に聞いておくことがあるか考えたが浮かばない。

 いずれにしても、そう、俺が考えたところで特に意味はないことのはずなのだ。この世界の謎(・・・・・・)なんて。


「ラスボスを倒せば、またアンタに会えるな?」


「ああ、その時を楽しみにしているよ。……やはり君は面白い。先ほどの余興もなかなかよかった。再び君がワールドファーストになれるのか、期待して見させてもらうよ」


 田神大悟は不敵な笑みを浮かべて消えていく。

 奴が浮かんでいた場所の先――(しょく)によって穴があいた空をもう一度だけ見上げ、俺は転移門(ゲート)へ向かって歩き出した。





    ☆





 こうしてこの世界の前期が終わり、後期が始まる。

 のちにプレイヤーたちは口を揃えて言った。

 『前期は平和そのものだった(・・・・・・・・・)』と。


 命がけの世界で不和と悪意は加速度的に膨張していく。

 田神大悟は本当に世界の謎をすべて明かしたのか?

 その奥に潜むものはないのか?

 世界蝕(ワールド・イクリプス)――{十二の月が巡る大地オー・ダン・イリュアド}と俺たちの現実(リアル)が重なる現象は本当に起こるのか?

 だとすれば現実(リアル)に帰還できたとしてもその先には――。



 この仮初(かりそめ)の世界は悪意に満ちていく。

 だが、それだけではない。希望はある。


 他人を踏み台にしてでも生き残るという初日の決意を忘れてはいない。

 しかしそれと相反する気持ちが自分の中に生まれつつあることに気づかないほど、俺は鈍感ではなかった。


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【ワールド・アーカイブ】

01/01 サービス開始

01/24 第一の試練{パールスロート遺跡}第一踏破者出現

04/08 第二の試練{黒の隧道}第一踏破者出現

06/01 第三の試練{紅い月の夢幻城}第一踏破者出現

06/30 第四の試練{青の同盟の地下迷宮}第一踏破者出現


残りプレイヤー

『206411/225109』

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【作者からのお願い】

この第二十話で前半終了でございます!!!

明日以降も毎日更新しますが、ちょうどキリのいいところですので、

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してもらえると作者がとても喜びます!!!!!!!

感想、レビュー、リアクションなんかもめちゃ嬉しいです!!


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巻き込まれた20万人に閉じた話だと思ってたらそれよりずっと話の規模が大きいな……
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