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第十九話 死のロードマップ(遵守すると彼は言った)

(ひさ)しいな、トップランカーの諸君。真なるイクリプス・オンラインの世界、楽しんでくれているかな」


 中空に現れた田神大悟(だいご)はいつもの不敵な笑みを浮かべながら、俺たちを見下ろしてそう言った。

 その顔面を地上から高速飛来した石がすり抜ける。こいつが姿を現した瞬間に俺が投石器(スリング)で投げたものだ。

 田神大悟はまったく動じず、口角を上げて目を細めた。


「くくく。酷いな、ヨシヤくん。いきなり攻撃してくるなんて」


「ざっけんな、こんなところに閉じ込めた張本人に言われたかねー。つーか効いてねえじゃねーか」


「ああ、今のボクはNPCと同じだ。攻撃しても無駄だよ」


 舌打ちをして投石器(スリング)をしまう。

 俺の隣ではゾンが<(R)遠眼鏡>で田神の姿を確認していた。


「見てごらん」


 ゾンが<(R)遠眼鏡>を投げて寄こしてきたので覗き込む。

 ――なるほど、本人だ。


「それで呼び出した理由はなにかなヨシヤくん。見事な戦いを見せてくれた礼を言えとでも?」


「ちげーよ。テメェGM(ゲームマスター)だろ。だったらプレイヤーの問い合わせに答える義務があんだろ。無駄に饒舌(じょうぜつ)な癖に肝心なとこはいっつも言葉足らずで、プレイヤーに意図が伝わってねーんだよ。だから今から俺たちの質問に答えろ」


「ふふ、なるほど。ではどうぞ、なんなりと。攻略情報は答えかねるがね」


 虚を突かれたようにプレイヤーたちは黙り込んだ。こんなあっさり話が進むとは思っていなかったのだろう。

 口火を切ったのはレンカだった。


「私たちをここに閉じ込めたのは本当にあなた?」


「いかにもそのとおりだ、“白き純潔”よ。イクリプス・オンラインのサービス終了日に約束しただろう。『そう遠くない未来に、また会おう』と」


 まるで悪びれるところがない田神の回答。

 プレイヤーの間にざわめきが広がる。そんな中、ただ一人ゾンだけは平静そのもので静かに手を上げた。


「小出しにされるのも面倒だろうからまとめて聞くよ。ここはどこで、どうして、どうやって閉じ込めた?」


「お気遣い感謝するよ、“イクオンの良心”。それらに答えるのは構わないが、その前に君の推理が聞きたいな」


「それこそ構わないけどね。僕より先に聞くべき相手がいると思うよ」


 軽く受け流したゾンは、あろうことか俺を見てウィンクしてきた。


「い、いきなり丸投げしてくんなよ!」


「だってその辺のことは僕より先にヨッちゃんが考えてたじゃないか。それにたぶん君の答えは僕と同じだしね」


 ゾンは俺の背中を叩いて、後ろに下がった。

 再びプレイヤーたちの視線が俺に集まる。今度は田神の期待の眼差しもセットだ。


 俺には正直自信がない――というより信じたくない仮説しかない。

 仕方ない。ゾンが同じ答えだというのなら責任は全部コイツに押し付けよう。そう決めて嘆息する。十数人の視線を受けているだけだが、全世界から注目されている気さえした。


「ここはどこで、どうして、どうやって閉じ込めたか。それを説明するにはまず大前提として一つの仮説を事実として認めるしかねえ。……オカルト否定派の俺としては認めたくないところだが、現在進行形でこんな世界に閉じ込められてんだから仕方がねえ。証拠はねえが、こう(・・)考えるとすべての説明はできる。

 この世界は(・・・・・)偽物だが(・・・・)この世界の(・・・・・)設定は(・・・)本物なんだ(・・・・・)


 すでに既存の常識は失われた。

 そう受け入れて声を張る。





「{十二の月が巡る大地オー・ダン・イリュアド}は実在する(・・・・)





 プレイヤーたちはしんと静まり返る。答え合わせをする立場のゾンと田神はにやけ顔を崩さない。

 心臓が早鐘のように鼓動を繰り返す。両手の指先が震える。


 あっている(・・・・・)のだ。


「やっぱ……そうなんだな? {十二の月が巡る大地オー・ダン・イリュアド}も魔法王国(マナオラ)も、勇者も魔族も魔術も魔法も――それに『世界蝕(ワールド・イクリプス)』という事象も、なにもかも実在(・・)するんだな」


「ああ、そのとおり。素晴らしいよ、ヨシヤくん」


 田神は感嘆の声を上げたのち、話の続きを促すように尊大に手振りをする。その瞳孔は感極まったように小さく震えていた。

 大きく息を吸い、話を続ける。


「仮説の起点だが、まずこれまでの俺たちの常識――科学(・・)の範疇では説明できない事象が起きているのは疑いようがなかった。だとすればWhere(ホウェア)How(ハウ)――ここがどこ(・・)どうやって(・・・・・)の部分はこう考えてもいいだろうと思った。

 『田神大悟は魔術師であり、ここは奴の魔術で作り出された空間で、俺たちプレイヤーは魔術によって連れて来られた』と。……ここまではあってるな?」


「あっている。ボクは魔術師だ。それも一つの世界を作り上げるほどのな」


 田神大悟は誇らし気に胸を張る。


TIPS(ティップス)にもあるが世界蝕(ワールド・イクリプス)の前後――二つの世界が接近する時期は、魔力(マナ)が流入するため我々が住んでいた{一つの月の大地(アン・レリュアド)}でも魔術が使えるようになる。そして今回の世界蝕(ワールド・イクリプス)は去年と今年の間、年を(また)ぐ瞬間だった。だからあのタイミングでこの世界のサービスを開始したわけだ。世界が重なる瞬間こそが大規模魔術を使うのにもっとも都合がいいからね。

 本来ならMMORPG『イクリプス・オンライン』のサービス終了と同時にこの世界を稼働させるつもりだったんだが、資金の都合でサービス期間を短縮せざるを得ず、結果一年の空白期間ができてしまったというわけだ」


 その空白期間に行われた秋葉原でのオフ会。あそこでコイツが俺に見せた手品もどきも魔術(・・)だったわけだ。あの時コイツはグラスを宙に浮かせてからこう言った。『もう少しすればもっと面白いことができるようになる』と。

 やはりあれが大きなヒントだった。

 田神はあの時、世界蝕(ワールド・イクリプス)の時期がまだ遠いからごく小規模な魔術しか使えないと嘆いていたわけだ。

 それにしても。


「いったいどんな魔術を使ったら、世界なんてもんを作れるんだ?」


「《共同幻想魔術(ファンタズム)》という大魔術だよ。多人数の感情を(たば)ねて共通の幻想事象を現実に具現化する術で、分類としては君も使っている呪術の最上位種になる。かつて現実世界でMMORPGとして存在したイクリプス・オンライン――その作中舞台の記憶やイメージを君たちプレイヤーは持っているだろう? それらを統合して一つの強固な実存として現出させたわけだ」


「はーん、だからゲームだった頃に入れなかった場所にはこの世界でも入れないし、ゲームだった頃のバグも全部残ってるわけか」


「そのとおり。もっとも術者であるボクはこの世界の管理者権限(アドミニストレーター)を有しているからバグも修正しようと思えばできるんだ。アレも味だと思って残してあるがね。

 さっきのボスの挙動がゲームの頃と違ったのは、ボクが修正したからだ。極地法に弱すぎたから、ボス部屋に入った人数に応じて途中から行動を変えるようにした。悔しいが、この第四の試練以降は資金繰りが厳しくなったせいで満足いく開発ができなかったところが多くてね。その辺はすべてこの空白の一年の間にしっかり調整しておいたから、君たち二周目のプレイヤーにも充分に楽しんでもらえるデキになっていると自負している。期待してくれ」


 プレイヤーたちから悲鳴に近い声が上がった。

 俺も複雑な表情をせざるを得ない。コイツが調整(・・)したのなら、絶対に難易度が下がることはない。


「さて、ヨシヤ君の話の途中だったな。最後のWhy(ホワイ)――なぜボクが君たちを閉じ込めたのか。どう考えてるか聞かせてもらえるかな」


「これはここに閉じ込められてすぐに思ったことだけどな。……田神大悟、アンタは生粋(きっすい)のゲームクリエイターだ。つまりこれもゲームなんだろ。アンタが本当に作りたかったのはこの世界の方であって、現実世界のイクリプス・オンラインはその試作(パイロット)版だったんだ。

 この世界の臨場感はVR技術なんか目じゃねえからな。もしこんなもんが作れるなら、ゲームクリエイターであるアンタが利用しないはずはねえ」


 田神大悟は禍々(まがまが)しく口角を上げる。目論見(もくろみ)通りだとでもいうように。


「やはり君にはここも(・・・)楽しんでもらえているようだね、ヨシヤくん」


「……そりゃあな。ゲームとしちゃおもしれえよ。二周目といえどな」


「くくく、その様子だと自分で分かってるようだ。今の君の説明では不十分だということを」


 歯噛みする。図星だった。


「ヨシヤくん、君のご想像のとおりだ。ゲームは真剣に遊んでこそ楽しい。そして真剣に遊ぶためにはリスクが必要だ。最高のリスクを用意できるからこそ、ボクは君たちをここに閉じ込めたんだ。

 今こそ君たちの最大の関心事に答えよう。君たちのその体は現実世界の君たちの(アニマ)を元に生成したものだ。ゆえにその体がロストすることは君たちの本当の()を意味する。

 つまり、この世界は命がけだ(・・・・・・・・・)

 『されど(なんじ)、なによりも死を恐れよ』。最初に提示したこの雄弁なメッセージで伝わると思ったのだが、意外にも(うたが)っているプレイヤーが多いようだからここに明言しておこう」


 田神はまだ俺に視線を向けていた。俺がまさにその疑っているプレイヤーの一人だと知っていたのだろう。

 嘘をついているようには見えない。


「言葉足らずだとヨシヤくんに指摘されたが、確かにそれはボクの欠点だ。ちょうどいい。この世界のリスクをすべてのプレイヤーに今一度実感してもらうためにも公開することにしよう。

 これがこの世界の今後のロードマップだ」


 田神が指揮者のように手を振るうと俺たちの前にそれ(・・)は表示された。いや、恐らくはこの世界に残るすべてのプレイヤーの前に。



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 [システムメッセージ]:『ロードマップ』

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 8月15日 アランダシルの街の閉鎖

 9月1日 サービス開始五周年記念イベント『血の謝肉祭』

 9月30日 ウルトの街の閉鎖

 11月15日 イースの街の閉鎖

 12月31日 全サービス終了

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 ロードマップ。すなわち運営計画表。

 今後こういったコンテンツの実装を行うからこれからもプレイを続けてくださいという意図で、MMORPGの運営が定期的にプレイヤーに提示するものだ。イクオンでもそういったものはあったが、もちろんこんな内容ではない。


 全員がその表を凝視して黙り込む中、最初に反応したのはミューだった。


「あ、あの、街の閉鎖って? 閉鎖されるとどうなるんですか?」


「おお、ミューくん。可愛い超新星(スーパールーキー)。君とは初めましてだったね。質問に答えよう。閉鎖されると二度とその街には入れなくなる。そしてその時点でそこより先の街にたどり着いていないプレイヤーはすべてロストする。

 諸君はこのダンジョンをクリアしたことで第三の街であるイースまでたどり着いた。だから少なくとも11月半ばまでは生き延びることができるわけだ。意外と(ゆる)い仕様だろう?」


 田神大悟はくつくつと喉を鳴らして笑う。


「最後の拠点となる街『フリートラント』はサービス終了時に閉鎖される。つまり今年の末にこの世界に残っているすべてのプレイヤーはロストするわけだ。

 ……ああ、安心してくれ。それまでに最終ダンジョンをクリアすればその者は元の世界へ帰還できる」


 それはこの世界が始まって以来すべてのプレイヤーが抱いていた最大の疑問への明確な答えだった。


 どうすれば元の世界へ帰還できるのか。


 一人でもクリアでもすれば全員が解放されるのではないか。多くの人間が抱いていたそんな淡い期待は粉々に打ち砕かれた。

 だが希望はある。俺はかつて似たようなシチュエーションで願い(・・)を口にした日のことを思い出していた。


「最初にアンタは表示したな。『賢者の試練を乗り越えし冒険者に望みの報酬を』って。ってこたぁゲームだった時と同じように、ワールドファーストには『大賢者への請願』が許されるってことだな?」


「そのつもりだ。リスクにはそれに見合う報酬が必要だからね」


「だったら『この世界に残っている全員を今すぐ解放しろ』って願いもアリだよな」


「もちろん。……しかしヨシヤくん、今回はゲーム内での願いでなくとも構わないのだよ。帰還したのちの、現実世界での願いでも構わない。あらゆる望みを叶えてみせよう。物でも力でも名声でも誰かの心でも、どんなものでも与えてみせよう。ボクは本物の魔術師なのだから」


 田神大悟は傲慢極まる笑みを浮かべ、喉を鳴らして笑う。話すだけ話して満足した様子がある。恐らく質疑応答の終わりを告げるために口を開いた――が、それを遮るようにゾンがもう一度手を上げた。これを確認せずには終われないという風に。


「元の世界へ帰還する方法を教えてくれたのはけっこうなんだが……そもそもだ。今、現実はどうな(・・・・・・)っているんだ(・・・・・・)? 半年前――僕たちがこの世界に来たその日に現実で(・・・)世界触(ワールド・イクリプス)が起きたんだろ? 平穏無事なわけはないよね」


 田神は興冷めした様子で鼻を鳴らした。その問いの答えをゾンがすでに持っていると察したのもあるだろうが、単純にその問い自体を面白く感じなかったらしい。

 それでもきちんと答える。


「それもゲーム内で語られている通りだよ。本物(・・)の{十二の月が巡る大地オー・ダン・イリュアド}に住む魔族たちはずっとその日を待っていた。二百年越しの悲願を果たす日をね。だから今頃はきっと侵略の真っ最中だろう。あるいはすでに終わっているかもしれない。

 いずれにせよ、ボクに取ってはこの世界がすべて。()のことはどうでもいい」


 プレイヤーの間にどよめきが広がる。

 田神はそれをつまらなさそうに見下ろしていた。本当に、とことん興味がないように。


「さて、今回の質疑応答はこのくらいにしておこうか。イクオンがただのMMORPGだった頃は開発が遅れ、提示したロードマップどおりに実装できなかったこともままあった。だが安心してほしい。この世界では必ず先ほどのロードマップ通りにサービスを展開すると約束する。

 だからあと半年、存分に楽しんでくれたまえ。この真なるイクリプス・オンラインを」


 その言葉を最後に、田神大悟の姿が(かす)んで消えた。

 後にはただ、想像以上に厳しい現実を突き付けられて口をつぐんだプレイヤーたちだけが残された。


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・Tips

共同幻想魔術(ファンタズム)

最上位の呪術。

多人数の感情を束ね、共通の幻想事象を現実に具現化する。


効果の規模は対象人数に比例し、

十万人以上ともなれば小規模の異世界を形成することも可能。

使用には通常の呪術以上に高濃度な魔力の結晶が媒介として必要である

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