第十八話 難敵ではないボス(死者が出ないとは言っていない)
このダンジョンのボス〔狂える悪魔のシルヴィア〕はその名のとおり俺たちが想像する“悪魔”に近い風貌をした美女だ。浅黒い肌に一対の角、コウモリのような翼と自在に動く細い尾を備えている。プレイヤーが接近すると黒い槍と尾で苛烈な攻撃を仕掛けてくるが、近場にプレイヤーがいなくなると部屋全体をカバーするほどの広範囲魔術を使う。
地下一層を徘徊していた〔狂える邪眼鬼モルディベート〕と対をなす存在だが、シルヴィアはそれほどの難敵ではない。いや正確には十分強いが、ボス部屋に入場人数制限がないため今回のような極地法ではまず問題にならない。
しかし俺たちは適正レベルに満たない上に装備も不相応。まともに攻撃を喰らえば前衛職でも二発で沈む。後衛職なら一撃もありえる。勝てるには勝てるだろうが、犠牲なしでかは分からない。
参加者たちの緊張感は十分にあった。
そして戦闘は始まった。
舞台は第二文明期に造られた祭殿跡。このダンジョンはずっと地下に潜ってきたがここだけは地上まで続く吹き抜けになっており、空が見える。
敵の正面を引き受けたのはやはりゾンとレンカの二人だった。殴られ役であるゾンは大盾を構えて攻撃のほとんどを引き受けつつ、挑発系のスキルを的確に回して敵対心をキープしている。レンカはその横で[勇者]固有の強力な攻撃スキルのコンボを放ち、メインのダメージソースになっている。
他の前衛職は隙を見て敵の側面や背面から攻撃を仕掛け、俺を含めた後衛職は後方から火力を出す。神聖魔法が使えるミューやハルハは補助魔法と回復で支援を行う。
ここまで来る連中なだけあって全員動きがいい。戦闘は予想以上にスムーズだった。
そんな感じでタコ殴りを続けること十数分。
ふと誰かが呟いた。
「HP、多くないか……?」
言葉にせずとも参加者の大半が同じように感じていただろう。ボスの頭上にあるHPゲージの減りが明らかに遅い。ゲームであった頃のコイツならもう倒せていてもおかしくないのに、まだ半分しか削れていない。
――奇妙なほど忠実にイクリプス・オンラインを再現しているこの世界で、コイツだけ仕様が違うなんてことがありうるのか?
そう思った瞬間、突如としてシルヴィアが耳をつんざく絶叫を上げた。気絶効果で全員の動きが一瞬ストップする。
『発狂タイプ』。
HP減少をトリガーに行動ルーティンが変化するモンスターをそう呼ぶ。だがゲームであった頃のコイツは終始行動が変わらないタイプだった。やはり仕様が変わっている。
一同が動揺する中、俺は周囲へ首を巡らせていた。もしコイツが『発狂タイプ』なら今の咆哮で終わりなはずはない。
「後ろだッ!」
俺達を包囲するように8体のモンスターが追加で出現していた。いずれも黒肌の単眼巨人であり、人間ほどのサイズの斧槍と大盾で武装している。背中には三対六枚の光の翼を備えており、頭上には〔守護悪魔〕というモンスターネーム。
ボスの攻撃が再開する。
それを大盾で受けながら、ゾンがすぐさま指示を出した。
「二人一組で取り巻きを倒してくれ! ボスは僕とレンカちゃんで抑える!」
一同は即座に指示に従って動き始めた。俺もミューと合流して一体を受け持つことにする。
この手のギミックは何パターンかに分かれる。
1.ボスを倒せば取り巻きも消える。
2.取り巻きを倒し切らないとボスが倒せない。
3.ボスと取り巻きは連動していない。
いずれにせよ取り巻きを放ってはおけなかった。
「森の女神アールディアよ! 我らに加護を!」
ミューが声高らかに祈りを捧げると俺たちの体が純白のオーラで包まれた。アールディア信仰の固有神聖魔法による物理防御強化だ。
〔守護悪魔〕はその隙を見逃さず、左手の斧槍を予備動作なしで振り下ろした。ミューは円盾でかろうじてそれを防ぐ。しかし完全には受けきれず、いくらかのダメージがミューの頭上に表示された。
俺はミューの後ろに隠れながら投石機で石を放ち、いかにも重そうな大盾を持つ敵の左腕を狙った。しかし大したダメージは出ないし、盾を取り落としたりもしない。弱点部位がないタイプなのか、狙う場所が悪いのか。
攻撃に反応して守護悪魔の単眼が俺に向けられる。すぐさまミューが【咆哮】のスキルで敵の敵対心を引く。
その間に俺は石つぶての第二弾だ。今度は敵の背中にある三対六枚の光の翼を狙った。だが石はエフェクトすら出ずにすり抜けてダメージ表示も出ない。あの翼はただの飾りなのか、あるいはどれか一枚が当たりか。
いや。
「ヨシヤさん! きっと眼ですよ、眼!」
「分かってんよ!」
先に言われ、ムッとしながら次弾を放つ。
石は寸分たがわず敵の単眼に命中した。派手な効果音と共に表示される明らかに大きなダメージの数字。こういう分かりやすすぎる部位が弱点ということはイクオンでは滅多になかったが、ここでは“あえて”らしい。
巨人は苦悶の声を上げると、大盾を持ち上げて単眼を覆い隠した。結果これまで守ってきた胴体がガラ空きになる。
「ミュー! 今だ!」
「分かってますって!」
今度はミューがムッとしながらトゲ付きメイスで渾身の連打を叩きこむ。
殴れたのは盾を体のガードに戻すまでの僅かな間だが、かなりのダメージを稼げた。これがこいつの攻略法だ。俺は大声で敵の弱点部位を他の連中に周知した。
あとは今の流れを繰り返すだけだが、言うほど簡単な作業ではない。敵の火力はボスと遜色なく、クリーンヒットをもらえば一、二発で沈められる。集中を保ち、時に敵の攻撃を喰らって回復することを挟みつつ、少しずつダメージを与えていく。
そして敵の動きにも慣れ、そろそろ討伐できるのではないかと思えてきた頃、異変は起きた。〔守護悪魔〕が突然大盾を捨て、両手持ちにした斧槍を思い切り振り下ろしたのだ。
――コイツも発狂タイプ。
ミューは素晴らしい反応で飛びのいた。しかし斧槍が叩いた地面から全方向に広がった衝撃波は躱せなかった。
吹っ飛ばされてきたミューを体を張って受け止める。
何か励ましの声を掛けようとしたが、その前にミューは自分の足で立った。その瞳は敵を見つめたまま。戦意は微塵も萎えていない。
「押し切りましょう!」
叫んでミューは駆けていった。その方針には賛成だ。敵は胴体がガラ空きになり攻撃し放題。こちらの回復リソースはもう尽きかけ。短期決戦以外に道はない。
ミューが果敢に胴体を殴る。俺は後方から遠距離攻撃で援護する。
敵が倒れるのが先かこちらがやられるのが先か。まったく読めない熾烈な攻防が続く。
そこで突然〔守護悪魔〕の背中の光の翼がゆらりと動いた。六枚の内、上の二枚が背中を離れて、初見ではおよそ反応できない速度で俺を目がけて飛んでくる。
「飾りじゃないのかよ!」
完全に不意を突かれ、はね飛ばされる。
HPは奇跡的に一桁だけ残った。だが立て続けに次の二枚の翼が飛んでくる。立ち上がる暇もない。
四つん這いの姿勢で翼の軌道を目で追いながら俺は次の弾を装填していた。
ここが勝負どころだ。
「気にせず殴れ!」
叫びながら放つのはヴィブティに作ってもらった宝石の一つ<(R)憤怒のガーネット>。これは命中させた相手の敵対心を上げる効果がある。後衛の俺が使うのはよほどの場合だけだが、今がまさにそのよほどだった。
身を投げ出して紙一重で翼をかわす。同時にガーネットがヒットして〔守護悪魔〕が怒りの目を俺に向けた。残った二枚の翼もこちらに飛んでくる。
同時にミューが両手持ちしたメイスで敵の懐にフルスイングを見舞った。
最後の一撃はクリティカルヒットになった。
〔守護悪魔〕が断末魔の咆哮を上げながら消えていく。
俺にヒットしかけていた最後の翼は、すんでのところで消失していた。
すぐさまボスのシルヴィアを見た。HPはミリも減っていない。ということは取り巻きを倒すたびに割合ダメージが入るタイプではない。
……いや、おかしい。守勢に立ってるとはいえゾンやレンカもいくらかは殴り返している。なのにミリも削れていないということは、やはり何かギミックがある。恐らくあのボス単体では完結しないギミックが。
では取り巻きすべてを倒すとボスが即死するパターンか? どうも違う気がする。
ボス部屋全体を見渡す。
あの性格の悪いGMが仕込みそうなギミックはなんだ?
――閃く。
「レンカ!」
俺たちが倒した〔守護悪魔〕のドロップ品を【投擲】する。
受け取ったレンカは目を丸くしたが、意図は察してくれたようだ。すぐにそのアイテム<(SR)守護悪魔の残滓>を使用する。
レンカの直剣が白く光り輝く。守護悪魔の光の翼を纏ったかのように。
凛々しい気合の声と共にそれでレンカが斬りつけると、剣を包んでいた光がより眩く輝いて、シルヴィアの残りHPが大幅に削れた。あと7回ほど同じことを繰り返せばちょうど削り切れるくらいに。
7というのはちょうど残りの取り巻きの数と同じだ。
勝った。
ギミックが解けた。それでほんの一瞬気を抜いた。
ゆえに次の攻撃にはまったく反応できなかった。
真横から飛んできた光の翼にはね飛ばされる。一桁しか残ってなかった俺のHPは当然ゼロになる。
視界の端でハルハがほくそ笑むのが見えた。今喰らった光の翼はアイツが戦っている別の〔守護悪魔〕が放ったものだ。アイツを狙った光の翼をアイツ自身は躱したが、その延長線上に俺がいたのだ。
『MPK』。
モンスターを利用して他プレイヤーを殺傷する行為をそう呼ぶ。これはイクオンに限らず、多くのMMORPGで犯罪行為に当たらない。故意か否かシステム側が判別できないからだ。もちろん今のようなケースはプレイヤーでも判別するのは難しい。
しかし俺が誇れる数少ない特技――例の勘が告げていた。
有罪だ。ハルハはわざとやった。自分の立ち位置を調整し、俺のいる位置に光の翼が飛ぶように仕向けた。
悪意をもって、やったのだ。
そしてもう一つ確信した。あの少女がこれまで犯してきた大罪を。
☆
イクリプス・オンラインでは死亡すると六十秒の蘇生待ち状態に入り、その間は所持アイテムを強奪される危険がある――というのは俺がミューに初めて会った日に語ったことだが、この世界でそれを自分の体で体験するのは初めてだった。
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[ヨシヤ]:はーん、こんな感じか。
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声は出せない。だがこの状態でも念じればチャットは送れる。ゲームであった頃も助けを求めるためのチャットは送れたからその仕様が再現されているわけだ。
体の感覚としては金縛りに近い。首から下は眠っているのに脳だけ覚醒しているあの状態だ。目をつむっているはずだが視界は確保されていた。まるで瞼を貫通して光が届いているかのようだ。眼前に赤いゲージが表示されているが、あれが蘇生までのタイムリミットだろう。
「ヨシヤさん、今助けますから!」
ミューの声はすぐそばからしたのにやけに小さく聞こえた。俺の横に両ひざを突き、冒険用鞄から虎の子の蘇生アイテム<(SR)女神の雫>を取り出している。
所持アイテムから<罪貨>が一枚失われ、そして突然視界が真っ暗になる。閉じた瞼がきちんと機能するようになったからだと気づいた時にはもう俺は体の自由を取り戻していた。
上半身を起こす。なるほど、復活はこんな感じか。
「はぁー、死ぬかと思ったぜ」
「縁起でもないこと言わないでください!」
「<罪貨>あるから大丈夫だっての。ま、助けてくれてありがとな」
周囲の状況を確認しながらミューの頭をぽんぽんと撫でる。
やっちまった。
ヤバい。無意識にやってしまったがマジでヤバい。頭から血の気が引くのが分かる。こういう時マジで『サッ!』って音するんだなと妙に冷静に考える。
恐る恐る横目で見ると、ミューは頬を赤くしてうつむき、硬直していた。
これはどっちだ? セーフか? ギルティか?
分からない。二人揃って固まってしまう。
ボス部屋の奥の方ではまだ戦闘が続いている。しかし取り巻きはおおむね倒し終えており、後は消化試合だ。
実際すぐに戦いは終わった。
第四の試練が踏破されたことを伝えるシステムメッセージがワールド全体に流れる。その後、そのメンバーとして現在このボス部屋で生存しているプレイヤーの名前が流れる。
大量の経験値が入り、俺の頭の中でレベルアップのファンファーレが響いた。イクオンではパーティが別でも貢献度に応じて経験値が入る仕様になっている。ただしボスのドロップ品はトドメを刺したパーティ――今回で言えばレンカのとこで自動的に分配される。
ミューは頬を赤くしたまま勝利に湧く向こう側に目線を向けていたが、ふと吹き抜けの先に広がる空を見上げ、唖然と口を開けて俺の袖を引いてきた。
「ヨ、ヨシヤさん、あれ……」
「ああ、よく見とけ」
俺はミューより先に空を見上げていた。
ゲームであった頃もこのタイミングでイベントが始まった。イクリプス・オンラインの核心ともいうべき、あの現象のイベントが。
☆
空のもっとも高いところに穴が空いていた。
その穴の向こう側では黒、青、緑といった暗色の帯が無数にうねり、氾濫した河の濁流のように無秩序に荒れ狂って流れていた。それが世界の狭間に存在する魔力の海の激流であることは俺たち訪問者はすでに大賢者から聞いていた。
“世界蝕”。
俺たちが住んでいた世界{一つの月の大地}と、ゲームの舞台であった世界{十二の月が巡る大地}が二百年周期で重なる現象。その前兆が始まったのだ。
目を凝らせば魔力の海の彼方に煌々と輝く小さな光の玉が見えた。あれが{一つの月の大地}だ。
実際に二つの世界が重なるまではまだいくばくかの猶予がある。それまでに俺たちが十二の試練を踏破すれば“世界蝕”は止まり、故郷の世界を魔族の侵攻から護ることができる。つまりはこのイベントの意義はタイムリミットの提示であり、緊迫した状況であるとプレイヤーに伝えることだった。
もっともゲームであった頃の話で言えばタイムリミットはサービス終了であり、俺たちプレイヤーはそれまでに最終ダンジョンをクリアすればよかった。
だから今回のこのイベントも風味でしかないといえばそれまでなのだが――。
☆
結局ボス部屋に突入した二十名強の内、生き残ったのは半分ほどだった。取り巻きが召喚されてからは乱戦になったので、起こしてもらえなかった奴がけっこう出たらしい。その点では俺はまだラッキーだったと言える。
この部屋に突入する前と同様、ハルハが俺を睨んできている。憎々し気なその表情は『そのまま死ねばよかったのに』という内心を如実に物語っていた。俺が蘇生待ち状態になったあの時、もしもその場に他の人間がいなかったら、アイツは迷うことなく俺から<罪貨>を強奪したことだろう。
重要なのはここからだ。正直ボス戦よりも気が重い。エアうどん捏ねをしたいところだが、そうもいかない。
どう切り出したものかと悩んでいると後ろから肩を叩かれた。レンカだ。
「んだよ」
「ヨシヤさっき言ったでしょ。ここのボスを倒したら私たちがどうしてこの世界に閉じ込められたか確かめられるって」
「……ああ、あれか」
知らぬ間に他の連中も俺に興味の視線を向けていた。何せもう生き残りは十名ちょいしかいない。話していれば全部聞こえる。
ゾンもこちらを見ていた。感心した様子で腕組みをして。
「やるねヨッちゃん。確かに今なら確かめられるかも。その手は思いつかなかったな」
「すぐに察しがつく時点でこえーんだよ。他の奴らは一ミリもピンと来てねーぞ」
レンカが頬を膨らませて催促するように脇腹を突いてくる。
嘆息して頭を振る。順番が前後するがまぁいいか。
「直接聞きゃいいんだよ。俺たちをここに閉じ込めた本人にな」
「……本人? 犯人が誰だか分かってるってこと?」
「言ったろ、確証はねえよ。でもお前も――お前らだって見当はついてるだろ?」
周りを見渡す。今度はむしろピンと来てない奴の方が少なかった。
そうだ、イクオン既プレイ勢なら誰もが考えてはいたはずだ。
空を見上げる。
その辺だろうと当たりをつけて。
「出てこいよ。見てるんだろ?」
「ああ。もちろん」
返事は俺の視線の先から届いた。
「久しいな、トップランカーの諸君。真なるイクリプス・オンラインの世界、楽しんでくれているかな」
その語り口は流暢かつ傲岸不遜で、あのオフ会で見せたようなどもりは微塵もない。不惑を超えた歳でありながら、その外見はせいぜい大学生にしか見えない。
くたびれたワイシャツを着込んだ痩せぎすの男――田神大悟が虚空から姿を現わした。
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・Tips
【世界蝕】
魔力の世界{十二の月が巡る大地}と
科学の世界{一つの月の大地}が二百年周期で重なる現象。
この期間の前後は魔力が流入するため{一つの月の大地}でも魔術が行使可能となる。
また通常は多大なコストのかかる世界間移動もこの期間であれば低コストで可能。
そのため世界蝕が起こるたびに、{一つの月の大地}は{十二の月が巡る大地}の侵攻を受けてきた。
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