第十七話 正ヒロインと現地妻(どちらもそうとは言っていない)
「いやー、危ないところでしたねヨシヤさん! ……とレンカさん!」
黒ネたちと死闘を繰り広げた部屋から離れるために歩きながら、ミューは自分の手柄を主張するようにニコニコ笑顔で胸を張った。
レンカはそのJKの顔に見覚えがないらしい。横目で俺に訴えてくる。
「さっき紹介するって言った奴だよ。訳あって、今は二人でギルドやってる」
「へえ?」
レンカの反応は存外、淡泊だった。ミューのネームプレートの上についてるギルド名にチラリと視線を向けただけ。
一方ミューは初めてのPVPの興奮が冷めやらぬのか、やたらとテンションが高い。
「あ、レンカさんははじめましてですね。すいません、何度か遠くからお顔は拝見してたので、なんか初対面って感じがしなくて。あたしはミュー。紹介のとおり、ヨシヤさんの所属するギルド『キラーズ』のリーダーです!」
「私はレンカ。あなたは……犯罪行為をしない?」
相変わらず感情が希薄なレンカの視線はミューの頭上の白い文字に注がれている。
「あたしはヨシヤさんと違って真っ白ですよ! 『プレイデータ』見ますか?」
「ううん、いい。……そうなんだ、ふぅん」
レンカはずいっと身を乗り出すとミューに顔を近づけた。まるで値踏みするかのように。
「うん、いいかも、現地妻ヒロインっぽい」
「おま……」
俺が絶句したのに対し、ミューはピンと来てない顔で目をぱちくりさせただけだった。頭にゲンコツをくれてやりたくなる気持ちをぐっと抑え、レンカの首根っこを掴んでミューから引っぺがす。
「アホかオメー! ミューはオタじゃねーからそんなワード知るわけねーよ! ……知らんよな?」
「はい。MMORPG用語ですか?」
「いや、ラノベ用語。……アルファ・ドラゴン・オンラインも知らないよな?」
「知りません。MMOですか?」
「ラノベ。聖典。今度あげる」
最後のは横から割って入ってきたレンカの言葉である。今度っていつだよ、この世界からいつ出られるかも分からんのに。
「ところでヨシヤさん、それ」
ミューが指さしてきたのは黒くなった俺のネームプレート。
地下一層での経緯を、かくかくしかじかと話す。ミューは終始『ふーん』という感じで聞いてたが、なぜかレンカの方は得意げで豊満な胸の下で腕組みをしていた。
「ヨシヤが私を守ってくれた。身を挺して」
「ほぉ、そうですか、それはそれは」
ミューは微妙なニュアンスの相槌を打つと、俺にジト目を向けてくる。
「『他の誰かを助けるために、自分の身を危険にさらすな』って教えはどこいったんです?」
「そりゃ助けに入ったら自分が死ぬような場合の話だ。俺がレンカを助けたのは命がけじゃねーからな。普通の協力プレイの範疇だよ。さっき俺たちをミューが助けてくれた時と一緒」
「ふーん? ほんとにぃ? レンカさんのことが特別だからってわけではなく?」
「ちげーよ! 大丈夫だって公算があったんだよ!」
「そうですか。そうなんですか」
責めるようなミューのジト目は終わらない。何か悪いことをした犯人のような気持ちになってくる。
「なーんか怪しいんですよね」
「なにが」
「なんか聞いてた話と全然違うなって。レンカさんとヨシヤさんの関係」
「知らん。黙って歩け。黒ネに【聞き耳】立てられてても知らねーぞ」
うんざりしてきたので数歩ほど先行する。
この地下二層は縦横50、計2500の部屋で構成された広大なマップ。階段がどこに出現するかはランダムだが、とりあえず真ん中らへんを目指す。理由は単純、マップの四隅に黒専用転移門があるので中心付近は黒ネに出くわす確率が下がるからだ。
後ろではレンカとミューが何やら雑談を話し始めたが、注意する気力は湧かなかった。まぁ【聞き耳】で気づくのが敵とは限らない。味方が合流しに来てくれるかもしれないし。
☆
「はえー、じゃあヨシヤさんとレンカさんって最初はペア狩りの相棒だったんですね! で、白十字も二人で興したと」
「うん。現在除名中だけど」
「現在じゃねーよ。二度と戻る気ねーから永遠だよ。イテッ! おい、蹴るな!」
ケツを押さえて振り返る。犯人であるレンカが憮然として頬を膨らませている一方、ミューはとんでもないことを聞いてしまったと言わんばかりに口に手を当てていた。
「ややや、やっぱりヨシヤさんの元カノさんじゃないですか!」
「全ッ然ちげーよ! 恋愛脳やめろや! だいたいコイツと一緒に遊んだのなんて一月だけで、それもゲームの中の話だぞ! 今みたいな生身風じゃなくて映像だぞ、映像!」
「でもヨシヤさんは男キャラでレンカさんは女キャラだったんですよね? だったらそういう感情が芽生えてもおかしくなくないですか? 若き男女が一月も一緒にいたら!」
「じゃあアンタと俺はどうなんだよ。三か月も一緒にいるのになんも芽生えてねえだろ」
ミューの勢いがピタリと止まる。顎に手を当て、真顔で。
「ぐうの音も出ないほどの正論ですね。あ、五年前と違ってヨシヤさんがもう若くないからかも」
「アラサーだけど二十代だから十分若いわ! だいたいアンタもそのうちこの歳なるんだからな! 年寄り笑うな行く道だって言葉知らんのか!?」
「……ヨシヤさん、あたしのことはいまだにアンタって呼ぶのに、レンカさんのことはコイツとかオメーって呼ぶんですよねー」
「だから!? だからなんだ!? いいか、おい、そもそもな!」
俺はまたレンカの首根っこをひっつかんだ。抵抗もせずにボケーっとしてるその顔を指さす。
「俺はあんとき、コイツのことネカマだと思ってたんだ! だからそういう感情は皆無だったんだよ!」
「ネカマってなんです?」
「操作キャラは女だけど中身は男ってやつだよ。オフ会でコイツと顔合わせて中身も女だったって知ったのは白十字脱退後だ」
「一緒に遊んでた時はずっと男扱いしてたってことですか!? さ、最低!」
「しょうがねーじゃん。リアルの性別と逆のキャラ使ってる奴なんて珍しくなかったしよ。それに相手が操作キャラどおりの可愛い女の子だと思う方がキモいだろ」
「それは確かに」
またミューは急に冷静な顔になって頷く。緩急の激しい奴だ。
俺に首根っこを掴まれたまま、レンカが指をさしてくる。
「私あの頃、ヨシヤは絶対ニートだと思ってた。だいたいいつもログインしてたし」
「ちゃんと働いてたわ! いや、現在進行形で働いてるわ!」
「何の仕事?」
二人に興味ありげな視線を向けられる。
俺は急速にトーンダウンした。
「や、仕事っつってもバイトだけどな。割とシフトの融通が利くんだ」
「アルバイトってどんなのです?」
「そりゃ、その……お花屋さんとか」
「お花屋さん……」
ミューの顔つきが険しくなる。似つかわしくないと思ってるのだろう。傷つく。やめて欲しい。
「だいたいいつもログインしてたってんならレンカの方がそうだろ。俺は不登校のガキだと思ったんだぞ」
「確かに私は当時、不登校だった。壮絶ないじめが原因」
「えっ。ご、ご苦労なさったんですね」
気の毒そうに眉をひそめるミュー。
レンカは追加の説明をする気がないらしい。仕方なく俺が言葉を継ぐ。
「勘違いするなよ、コイツがいじめにあってたわけじゃねえからな。ある日学校で見知らぬ後輩がいじめにあってる場面に出くわして、その場でいじめっこどもをとっちめたら、力加減ミスって全員病院送りにしちまったんだとよ。んで停学になって、そっから学校行くのがめんどくなったってだけらしい」
「ええ……可哀そうな境遇なのかと思ったら真逆じゃないですか。豪の者じゃないですか」
「コイツ、リアルじゃゴリラみてえな腕力してるからな。イテッ! おい、つねるな!」
脇腹に激痛を覚え、反射的にレンカを離す。
レンカはしれっとした顔で。
「ちなみにその時いじめにあってたのがハルハ」
「は!? マジで!?」
「マジ。私が高校二年生でハルハが小学五年生の時だった。イクオンのサービス開始する寸前くらいのこと。うち、初等部から大学まである女子校だから」
「はぁー、リアフレとは聞いてたがそんな関係とは知らんかったな。いや、しかし色々納得いったな」
当時小学生だったハルハがなぜこんなゲームを始めたのかとか、なぜコイツを妄信レベルで崇拝してるのかとか、レンカをなぜお姉さまと呼ぶかとか。一気に伏線回収された気分だ。
「あの、レンカさんってヨシヤさんを殺したがってるんですよね?」
「うん」
「それは……黒だから? それともギルド脱退時の恨みで? ゲームの頃のヨシヤさんの悪評がだいたいデマだったり不可抗力だったりするのは知ってますよね? 詐欺とか自衛のPKはしてたそうですけど」
「もちろん知ってる。私がヨシヤを殺す理由はそのどれとも違う」
レンカは一度瞼を伏せ、それからより眼力が増した瞳を俺に向けてくる。
「ヨシヤは、私に負けたら漂白して団に戻るって約束してくれたから」
「してねえ。そんな約束絶対してねえ」
「した。退団の時『殺してみろよ。そしたら考えてやる』って言った」
「そうだよ、そう言ったんだよ。『考えてやる』って言っただけで、戻る約束は一切してねえ」
「詐欺」
「ええはい、ヨシヤさん、あたしもそれはちょっとどうかと……」
レンカがむっとした顔をして、ミューが気の毒そうな顔で擁護する。
我ながらちょっと酷いかなとは思うが、実際問題あの団には死んでも戻りたくない。
レンカに右手を握られる。両手でグッと。
「戻って」
「やだ」
振り払おうとするが、レンカの方が力が強いのでビクともしない。この世界ではリアルの肉体性能は反映されないが、STRに差がありすぎる。
そんな俺たちの様子を見てミューがこそこそと耳打ちしてきた。
「あの、元カノじゃないっていうのは納得しましたけど。……どうみてもヨシヤさんのこと好きじゃないですか、レンカさん」
「ちげーんだよ。コイツのはそういうんじゃねえんだよ。その辺はまた今度説明すっから、もういい加減攻略に集中しろ。高難度ダンジョンだぞ、ここ」
嘆息する。
マジなトーンで言ったのが効いたのかレンカとミューは顔を見合わせ、コクンと頷いた。
それから地下二層の探索に本腰を入れたが運が悪く、次の下り階段を見つけるまで六時間かかった。その間モンスターとの戦闘は何度もあったが、バランスのいい三人パーティとなったことで地下一層の時よりも危なげなく切り抜けることができた。
相変わらず他のプレイヤーとは出くわさない。恐らくもうほとんどは地下三層へと進んでいるのだろう。
そう推測したのだが。
☆
地下三層はまた雰囲気が変わり、苔むした遺跡風になる。構造は相変わらずランダムだが、事前にゾンからメッセージでボス部屋の位置を教えてもらっていたので比較的楽に踏破できた。
他のダンジョンもそうだが、ボス部屋の前には割と安全な大部屋がある。通路から俺たちが姿を見せると、そこで焚火をしながら休憩を取っていた二十名ほどのプレイヤーが一斉に立ち上がり、ざわついた。そいつらが視線を注いでいるのは黒くなった俺の名前。
「お姉さま! よくぞご無事で!」
ツインテールの女子高生[ハルハ]がレンカに駆け寄り、その胸に抱き着く。されるがままのレンカは相変わらずの無感動な顔でハルハの頭をぽんぽんと撫でた。
「ハルハ、よく生き残ったね」
「はい、大変でございました。それはいいのです。いいのですが」
ハルハは表情を豹変させて俺の方を向く。
せっかくそそくさとその場を離れていたのに無駄になった。
「害虫が黒ネになっています! なぜあのようなのとご一緒に来たのですか!?」
「説明する。不可抗力だった」
それからレンカは滔々と話し始めた。ハルハだけでなく部屋の全員に聞こえるように。口数の少ないやつではあるが、必要十分な情報量はあった。
「私が白に襲われたところを助けるためにヨシヤは動いてくれた。システム上、黒くはなってはいるけどモラルに反する行為をしたわけじゃない。この後も問題行為は起こさない。私が保証する」
「わたくしは反対です!」
案の定ハルハは納得しなかった。他のプレイヤーたちは不安げな視線を俺に向けながら、ひそひそ話をしている。ゲーム時代の悪評が影響しているのは明らかだ。
そんな連中を見渡し、ゾンが手を上げた。
「僕も問題視するつもりはない。そもそも黒禁止を条件に提示してきたのはそこのレンカちゃんだけだ。いまさら黒が混じったところで文句はないだろ?」
この二人にこう言われて口答えできる奴はいない。それにせっかくここまで来たのにクリアせずに帰る奴がいるわけがない。
目線だけでゾンに感謝を示す。アイツの口角が上がったから伝わったはずだ。
「それじゃ準備をしてくれ! 五分後に突入だ!」
ゾンは一つ手を叩いて発破をかける。途端に周囲は慌ただしくなった。
俺はミューを連れてゾンのところへ歩いて行く。
「よぉ、俺たちが最後なのか? 他の連中は?」
「途中離脱だよ。黒ネに襲われたのは君たちだけじゃないってことだ。うちの団員もやられたよ」
そう口にするゾンは苦笑いを浮かべてはいたが、目には怒りの色がにじんでいた。うっすらとはいえ、この理知的なイケメンがこういう感情を見せるのは珍しい。
大部屋の中で支度を行う面々を数えつつ、その名前を確認する。ここまで来るだけあって、やはり知ってる名が多い。
「二十人強か。こんだけいりゃボスは楽勝だろうけどな」
「まだ一波乱ありそうだよね。こういう勘はイクオンでは外れたことがない」
「ああ」
苦笑しながら同調の首肯をする。俺も準備をするかと冒険用鞄に手を突っ込むと、後ろからミューに袖を引かれた。
「あ、あの、ヨシヤさん。なんか睨んでくる人いるんですけど……」
「ほっとけ。目ぇ合わせるな」
うんざりしながら頭を振る。部屋の端から俺たちを睨んでいるのはもちろんハルハだった。ボス戦中に襲ってきたりはしないだろうが、何か問題を起こすとすれば筆頭はあのガキだ。
白十字は今回の最大勢力だったが、レンカとハルハ以外のメンバーはこの部屋までたどり着いていない。やはり黒ネにやられたのだろうか。
「……波乱か」
誰にも聞かれぬようにぽつりと呟く。
ヴィブティの見立て占いでは道中でもボス部屋でも変わった出来事が俺に降りかかると出ていた。
『あれ、絶対に吉兆じゃなかっただろ』と俺は心の中であの狐に毒づいた。
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【ハルハ】
LV:35
クラス:[狂信者]
HP:430
MP:155
筋力:48
知力:20
器用:22
敏捷:22
意志:43
幸運:18
【薬草採取LV5】【酒造LV7】【裁縫LV5】
武器:<(R)ヘビィモール+7>
足:<(R)バーサスバスキン+5>
腰:<(R)バーサスレギンス+5>
胴:<(SR)魔将の鎖帷子+5>
頭:<(SR)茨の冠+4>
装飾:<(SR)暗黒神の十字架+4>
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