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第十五話 五年越しの謝罪(許さないとは言っていない)

 簡易焚火がそばで燃えるパチパチという音で目が覚めた。

 (まぶた)を開ける前に今の状況を思い出す。予感がした。できるだけそっと(まぶた)を開ける。

 案の定、目の前にレンカの整った顔があった。形のいい眉を八の字に曲げて心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。


「ちけーよ。俺がいきなり体起こしてたら頭ぶつけてたぞ」


「ヨシヤ……」


 か細い声からも心配してくれているのがよく分かった。

 レンカを押しのけ、上半身を起こす。


 俺たちがいたのは地下大河の中に浮かぶ小島だった。ここは運悪く大河に落ちてしまった者のために用意された救済ポイントで、頭上3メートルほどの高さに浮かんでいる道へと復帰するための上がり階段が島の端から伸びている。こういう小島が大河の中にいくつかあるのだ。

 メニュー画面を出して時間を確認するとまぁまぁ経っていた。おそらくけっこうな距離を流されたのだろう。あの怪物からは離れられたようだ。

 レンカの()いている[勇者(ブレイブ)] は状態異常耐性が高い。だから一足先に麻痺から回復して俺を引き上げてくれたんだろう。


「ヨシヤ。さっき、助けてくれて、ありがとう」


「さっきってどれだ?」


「……全部」


「どれだよ。まぁ複雑だったからな」


 俺がまずギルとルピ―の攻撃からコイツを庇い、その後コイツがモルディベートの攻撃から俺を助けた。次に俺が麻痺したコイツを水に落として鎧を剥いで助け、最後にコイツが気絶した俺をここへ引き上げてくれた。


「ギブアンドテイク、いやフィフティフィフティだから礼はいらねぇ……と言いてえところだが、礼を言わなきゃならねえのは俺の方なんだろうな。そもそもオメーは巻き込まれただけだ。俺がいなけりゃあいつらとの戦闘は起きなかったわけだし、戦闘が起きてなければモルディベートとも遭遇しなかっただろうし。……ありがとな」


「そういうのいいの。とにかく、ありがとう」


 相変わらず変なところで頑固な女だ。

 さっき見た夢を思い出す。


「オメーが俺に礼を言うのは二度目だな。イクオンのサービス開始当初だから、もう五年も前か」


「……うん」


 レンカは俺の黒くなったネームプレートを悲し気な目で見つめ、あの時と似たようなことを言う。


「イクリプス・オンラインに秩序をもたらす存在になれるはずだったのに」


「まーだ、んなこと言ってんのか。いい加減治せよ、その中二病」


 レンカはむっとした顔をする。

 コイツは田神大悟がイクオンの開発を始める前に書いた『アルファ・ドラゴン・オンライン』というライトノベルの病的なまでのファンだった。それだけならいいのだが、あろうことかその作品の主人公の少年[ヨシュア]と俺を同一視しているというヤバいやつであった。ヨシュアは作中で犯罪者プレイヤーたちと死闘を繰り広げるキャラなので、同じ役割(ロール)を俺にも求めているわけだ。たぶん名前が似てるからだろう。

 ちなみに[レンカ]というのは同作のヒロインの名だ。ちょうど今のコイツと同じように軽鎧をまとった女剣士で、ヨシュアとは相思相愛の関係である。


 それで思い出し、さっきパクった鎧を鞄から出して返す。


「ん。服絞ってから着るから、あっち向いてて」


「いきなり背後から襲ってきたりすんなよ?」


「するわけない」


 レンカは再びムッとした顔で非難してくる。両手を上げて謝意を示し、俺は背中を向けた。ついでなので濡れたローブを脱いで絞る。

 ビシャビシャと水音が響く中、レンカの声が背後から届く。


「ずっと聞きたかった。どうして、あの時――ギルドを抜ける時、みんなをキルしたの? 何が気に入らなかった?」


「他の奴から聞いてねーのか?」


「聞いたけど、本当のことを言ってくれてるとは思えなかった」


 鼻で笑ってしまう。確かにそうだろう。アイツらは自分たちに都合のいいようにシナリオを作り上げたに決まっている。コイツは馬鹿正直だが、馬鹿ではない。嘘をつかれてることくらいは察するだろう。


「『お前はレンカ様に相応しくない、この団を抜けろ』って言われたんだよ。他の団員勢ぞろいでな。それ自体はどうでもよかったんだが、俺からしてもあんな連中と同じギルドにいるのもうんざりしてたから、その場で退団するって宣言した」


「それでどうしてキルまでしたの」


「あいつらが先に俺を殺そうとしたんだ。だから先手を打ってPKした」


「……ヤられる前にヤったってこと?」


「信条だからな。何度も教えただろ」


 背後で水音が止まる。レンカの気配が近づいてきて、横から顔を覗き込んでくる。


「ごめんなさい。知らなかった」


「いいさ、説明しなかった俺も悪いしな。昔からの悪癖なんだ。ガキの頃から誤解されてろくでもない目に合ってきた。だから、いつの間にか誤解を解く努力をしなくなっちまった」


「……許してくれるの?」


「俺は謝るやつには優しいんだ。つか着替えの途中だろ。はよ着ろ」


 たぶん今この女は全裸だ。そちらへ目を向けないようにめっちゃ頑張っているが、かなりしんどい。新雪のように白い首筋から肩にかけてが視界の端っこに見えている。マジしんどい。

 心拍数が上がるのを感じつつ、エアうどん()ねで心を落ち着かせる。


 しばらくした後、声をかけられて振り向くと、レンカは元の軽鎧姿に戻っていた。先ほどこの女に【窃盗(スティール)】を使った時のことを思い出し、顔をしかめる。


「つーかオメーなんで<罪貨(カルマ)>一枚しか持ってねーんだ」


(くば)った」


「誰に」


「アランダシルで困ってる人に」


「……どうせそんなこったろうとは思ったけどよ。ゾンでもそんなことしねーぞ」


「おかしいかな?」


「たりめーだろ。命がけかもしれねーこの世界でそんなことすんのは異常者だけだ。……でもその潔癖なくらいの正義感は嫌いじゃねー。俺が嫌いなのはファッション正義でPKKやってる連中だけだからな」


 もう一度舌打ちをして、自分の冒険用鞄から<罪貨(カルマ)>を一枚取り出しレンカの手に握らせる。


「それは誰にもくれてやるなよ。一枚じゃ強奪(ルート)されたら即死だからな」


 レンカは俺の目を見てコクンと頷き、俺が渡した<罪貨(カルマ)>を大事そうに見つめた。

 なんだかずいぶんと懐かしい気分になった。そういや二人でプレイしてたゲームの最初期はこんくらい素直な奴だった気がする。子犬みてえな奴だと思ったのをよく覚えている。

 メニュー画面を出して指で操作をする。表示させるのは{(あか)い月の夢幻城}クリアで解放された項目『プレイデータ』。


「見ろ」


「いい。信じてる」


「いいから見ろって」


 ぐいっと肩を抱き寄せ、強引に見せる。

 そこには俺――[ヨシヤ]がこの世界で行ってきた様々な情報が載っている。倒したモンスターの数、宿屋に止まった回数、ダンジョンをクリアした回数などなどだが、俺が見せたい項目はけっこう下の方にあった。


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 PK:0

 ロストさせた人数:0

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 レンカは不服そうに口を尖らせる。


「信じてるって言ったのに」


「この世界で最初に会ったときは『殺した?』って聞いただろうが!」


「その時はその時。さっきは信じてた」


 反論は受け付けないとばかりにレンカは(まぶた)を伏せた。

 それからたっぷり時間をかけてから目を開けた。


「ねえ、ヨシヤ。私たち、どうしてこんな世界に閉じ込められてると思う?」


「少なくともアルファ・ドラゴン・オンラインとは違うだろうな。あれは元が五感まるごとダイブするVRゲームで、プレイヤーたちがゲーム世界に閉じ込められた理由も作中の科学で説明できる範疇だっただろ」


「科学じゃないなら、なに?」


「その真逆。オカルトだよ。信じたくねえけどな」


 レンカは一ミリも表情筋を動かさず、その綺麗な瞳を俺に向けたまま説明の続きを待っていた。


「推測はある。根拠もある。ただ確証はない」


「教えて」


「構わねえけど、ちょい待てや。ここのボスを倒したら確かめられるはずだから」


 レンカは相変わらず表情をピクリとも動かさなかったが、何も言わずにコクンと頷いた。

 メニュー画面を出し、コイツとパーティを組む。

 これもあの頃以来だなと、ふと思った。

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・Tips

【〔狂える邪眼鬼(ゴルゴン)モルディベート〕】

ウルトの街近郊に存在する第二文明期の遺跡『青の同盟の地下迷宮』。

その地下に眠る秘宝を狙って入り込んだ魔族の冒険者がモルディベートである。


遺跡の罠にかかった彼女は地下一層から出られない呪いにかかって発狂した。

それ以来、遺跡に侵入した冒険者を無差別に殺害している。

モルディベートの仲間は彼女の呪いを解くために遺跡の深部へ向かったが――。

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