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第十四話 再びの黒(悪事を働いたとは言っていない)

「くそっ!」


 とっさにレンカを突き飛ばす。

 レンカを狙っていた二本の直剣(ロングソード)が軌道を変え、俺に(せま)る。


 一撃なら耐えられる計算だった。

 しかし二撃は分からない。体勢を崩している今はカウンターヒットになるので即死さえありえる。


 体勢は戻せない。【受け流し(パリィ)】もできない。

 できるのは装填済みの投石器(スリング)で先制攻撃することだけ。


 石を顔面に食らったギルが転倒し、同時にルピ―の剣が俺をモロに捉える。 


 『Counter! 85Damage!』


 想定以上の数字が頭上に出た。体に走った痛みは軽微。ルピ―が剣を再び振り上げる前に俺は右手を男に向けた。


(はじ)けろ!」


 【短縮詠唱】をかけた《大気炸裂(エアボム)》の魔術だ。

 急激に膨張した空気が男二人の体を道の奥へと吹き飛ばす。たいしたダメージは出ない魔術だが、間合いを開けるのには重宝する。


 体勢を立て直したレンカは一瞬俺を(にら)んだが、すぐに状況を理解した。怒りに燃える瞳を男たちに向け、魔力を帯びた直剣(ロングソード)を抜き放つ。

 だがそこで硬直してしまった。相手二人が白字だからだ。


「体張って牽制(けんせい)しろよ! それくらいならできるだろ!」


「そ、そっか」


 レンカは剣を構えてルピーの前に立ちはだかった。あちらはもう黒になる覚悟を決めているが、黒になればレンカが参戦する。それは避けたいところだろう。


「死ね、ヨシヤ!」


 殺意を(あら)わにしてギルが剣を手に突撃してくる。

 動きは相変わらず悪くない。しかし俺は感情的になった相手にはすこぶる相性がいい。

 振り下ろしてくる剣に目押し(・・・)の要領で突起盾(ターゲットシールド)を横から叩きつける。【受け流し(パリィ)】が完璧に決まり、ギルは大きく体勢を崩した。


「じゃあな」


 側面へと回りこみ、再び《大気炸裂(エアボム)》の魔術を発動させる。

 体勢を崩したまま喰らったギルは成すすべもなく吹っ飛び、今度は道の下を流れる地下大河へと落ちた。

 水は激流。流されていく。重鎧を着こんでいるので、あのままでは溺死しかねないが、それは俺の罪にはならない。ここの大河落としはイクオンがゲームだった頃から使われている有名なテクニックだった。


「く、くそ! 覚えてろよ!」


 相方の脱落を見たルピーは前回と似たような捨て台詞を吐いて、背中を見せて逃げていく。その姿はすぐに俺の視界を外れて暗闇に消えた。

 追いかけるか僅かに迷った。


 レンカと視線が交錯する。

 互いに口を開き、何かを言いかける。


 頭上に目をやる。けっこうな回数の攻撃をしてしまったが、俺のネームプレートはギリギリ灰字で留まっていた。これならまだ漂白できないこともない。

 まぁいいかと投石器(スリング)を納める。レンカも剣を納めた。


「いきなりクソみたいなアクシデント喰らったな。……あの狐の占いが当たったってことか? オカルトは信じたくねえんだけどな」


 俺が独り言を漏らし、レンカが怪訝な顔で首を傾げた、その瞬間。

 道の奥から身の毛もよだつような叫び声が届いた。


「う、うわあああああ!!!」


 二人揃ってそちらを向く。

 視界の限界の向こう、暗闇の中からルピーの姿が再び現れた。


 ――長い爪を持つ大きな手に首を掴まれ、宙づりにされている。


 手の主はルピーに続いて音もなく現れた。

 黒絹のベールで顔を隠した身の丈三メートルはある女。この{青の同盟の地下迷宮}に潜む怪物〔狂える邪眼鬼(ゴルゴン)モルディベート〕だ。


 邪眼鬼(ゴルゴン)の視線には毒がある。

 魔族の異端たるこの女のそれは『浄化の毒』。


 ルピーは拘束を逃れようと怪物の腕を両手で何度も殴りつけている。しかしビクともしない。窒息させられているのか、ルピーの頭上には継続(スリップ)ダメージの数字が表示され続けていた。

 モルディベートが空いている手でベールを()けて、黒い瞳をあらわにする。


 ルピーが絶叫を上げた。その体から銀色のオーラが沸き立ち、蒸発していく。

 あれは<罪貨(カルマ)>だ。近距離(・・・)でモルディベートの視線を受けた者は<罪貨(カルマ)>を浄化させられる。

 つまりは死ぬ(・・)


 俺はその光景に目を奪われていたが、どうにかレンカの手首を掴むことはできた。あろうことかこの女はあの怪物に立ち向かおうと走り出しかけていた。


「馬鹿野郎、どこまでお人よしなんだ!」


「で、でも……」


「でももクソもあるか! もうあいつは助からねえ! 逃げるぞ!」


 レンカを引きずるようにして走りだす。

 一度だけ振り返る。モルディベートは床の上を滑るようにして恐ろしい速度で追いかけてきていた。その向こうでは床に倒れたルピーの体が灰のように崩れ落ちている。

 ――ロストしたのだ。


「ヨシヤ!」


 今度は俺がレンカに突き飛ばされた。助けられたのは直感で分かった。

 前方に転がる俺の頭上を恐ろしい熱量の光線が通過していく。モルディベートが飛ばしてきた高度魔術だ。当たれば間違いなく即死だった。


 上半身を起こす。

 すぐそばにレンカが倒れていた。ピクリとも動かない。モルディベートの遠距離視線の効果『麻痺毒』が回ったのだ。


 モルディベートはもう目前。

 掴まれれば終わりだ。


 一か八か。

 レンカの体を押して大河へ落とす。


 怪物の視線が俺に向く。麻痺毒の蓄積を表すゲージが目の前に出る。これが一杯になるとレンカのように動けなくなる。

 しかし構ってはいられない。転がるようにして俺も大河に飛び込む。

 流れは速いが軽装の俺はどうにか泳げる。底の方へと必死に潜水する。


 5メートルか6メートル行ったところだろうか。


 鎧の重みで沈んだレンカの姿が見えた。体の自由を失ったままだが意識はあるらしく、瞳は俺へと向いている。

 手を伸ばしてレンカの胸に触れ、スキルを使う。


 【窃盗(スティール)】。


 レンカの軽鎧が消失し、その下のインナー姿に変わる。鎧は俺の冒険用鞄に直接入った。

 レンカの腰に腕を回してしっかりと抱きしめ、今度は水面を目指して泳ぎだす。

 だが、そこで俺の身体の自由は失われた。麻痺毒が回ったのだ。モルディベートの視線は水中にまで届く。


 全身が弛緩(しかん)する。

 口内に水が流れ込んできて今度は酸欠状態のステータス表示が目の前に出た。

 継続(スリップ)ダメージでHPが減っていき、意識が遠のく。


 完全に意識がなくなる――その寸前に目に入ったのは俺を脇に抱えて泳ぎ始めるレンカの必死の形相と、【窃盗(スティール)】によって黒くなった俺の頭上のネームプレートだった。






    ☆






 夢を見た。

 イクリプス・オンラインのサービス開始当初の夢。ディスプレイの中に映し出されていた{十二の月が巡る大地オー・ダン・イリュアド}をおっかなびっくり冒険し始めた頃の夢。




 あるダンジョンで捨て台詞(ゼリフ)を吐いて逃げていく一人の黒ネがいた。

 その背中を見送ってから、俺は振り向いた。


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 [ヨシヤ]:『よう。あぶねーところだったな』

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 話しかけた相手は初期装備の剣を握りしめて硬直していた。たぶんプレイヤーに襲われたのは初めてだったのだろう。

 [戦士(ファイター)]の女で頭上には[レンカ]のネームプレート。もちろんその文字色は白く、俺のネームプレートも同様だった。

 助けたのは余計なお世話じゃなかったようだと安堵しながら、俺は相手のネームプレートを指さした。


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 [ヨシヤ]:『それ、アルファ・ドラゴン・オンラインか』

 [レンカ]:『!! 知ってるの?』

 [ヨシヤ]:『そら知ってるだろ。特にこのゲームやってる連中はよ』

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 相手の口ぶりにどこか天然の気配を感じつつ、苦笑する。

 実を言えばこのゲームで他のプレイヤーと話したのはこれが初めてだった。俺がコミュ障なのもあるが、元々田神大悟がプロデューサーであることだけが理由で始めたゲームだ。誰かと慣れあうつもりは毛頭なかった。


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 [レンカ]:『助けてくれて、ありがとう』

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 たどだどしいチャットでの謝意。こいつは善人(・・)だと俺の勘は告げていた。

 自キャラの名前の元ネタが通じたのが嬉しかったのか、レンカは目を輝かせた――というのは錯覚だろう。当時は生身の体ではなく、ゲーム内でクリエイトしたアバターだったのだから。


 それから二週間ほど[レンカ]と俺は毎日イクリプス・オンラインの世界の中で冒険をした。レンカはだいたいいつでもログインしていた。登校拒否の高校生かなんかだろうと俺は推測していたが、人のことを言える立場ではないのでリアルのことは聞かなかったし、聞かれなかった。

 初めての相棒との冒険の日々が楽しくなかったと言えば嘘になる。天然気味な相棒のチャットの様子から、相手も同じように感じているだろうと俺は思っていた。




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 [レンカ]:『ギルドを作る』

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 俺たち二人の待ち合わせ場所になっていたアランダシルの裏路地で、その日レンカは急にそんなことを言ってきた。


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 [ヨシヤ]:『へえ、いいんじゃね? じゃあさっさと次の街行ってパールスロート遺跡ってのを攻略しねえとな。それでギルド機能が解放されるらしいから』

 [レンカ]:『ヨシヤ、ハンドバンド作って』

 [ヨシヤ]:『なんで?』

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 レンカは理由を答えてくれなかったが、ともかく俺は【ペーパークラフト】で言われたとおりのものを作ってやった。

 それを自分の腕に巻き、レンカは満足そうな顔で見せてくる。


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 [レンカ]:『とりあえず、これが仲間の証』

 [ヨシヤ]:『正式にギルド作れるようになるまでの繋ぎ(・・)ってことか』

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 レンカは指をチョキの形にした。


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 [レンカ]:『二つ』

 [ヨシヤ]:『もう一個作れって? もう誰か入ってくれるやつの当てがあるのか?』

 [レンカ]:『ヨシヤと私の分でしょ?』

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 きょとんした顔をするレンカ。逆にこちらがきょとんとしてしまう。

 一度も『入る?』と聞かれてないし、一度も『入る』だなんて言ってないが、別に断る理由もない。もう一個作って自分の腕に巻く。


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 [ヨシヤ]:『ギルド名はどうすんだ?』

 [レンカ]:『白十字騎士団』

 [ヨシヤ]:『またアルドラネタかよ。ま、いいけど』

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 レンカはにやりと笑う。元ネタが通じたのが嬉しかったのだろう。




 白十字騎士団はあっという間に人が増えた。レンカはそれほど精力的に勧誘活動を行ったわけではないのだが、口数が少なく端的で、それでいて意志の固いこいつの話しぶりにカリスマ性を感じた連中がいたらしい。コミュニケーションが苦手なただのガキじゃねえかと俺は思っていたが。

 またレンカのリアルの知人であるという[ハルハ]もこの頃に入団した。初対面から妙に俺に刺々しく、仲良くなれそうもないなと第一印象で思ったのを覚えている。

 しかしギルドリーダーはレンカだ。好きな奴を入れればいい。そう考えていた。

 白十字のメンバーは全員白であり、活動内容は黒を狩ることだった。それ自体は嫌いじゃなかった。PVP(対人戦)は好きだったし、自分が選んだビルドがたまたまそれに合っていると気づけもしたので気分は悪くなかった。活き活きとゲームをプレイするレンカを見ているのも楽しかった。

 しかしそんな時間はそれほど長くは続かなかった。




 白十字が結成されて二週間、つまりはレンカと出会って一月が過ぎた頃、ギルドのたまり場となっていたアランダシルの広場でレンカは俺を糾弾した。


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 [レンカ]:『どうして!』

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 俺の周りには蘇生待ち状態の団員が数名転がっており、順番に街の教会へと転送されていた。レンカが駆けつける前にはもっと大勢転がっていたのだ。たぶんコイツもそれは察している。

 レンカの視線は俺の頭上の黒くなったネームプレートに注がれていた。


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 [ヨシヤ]:『俺は悪くねえ』

 [レンカ]:『どうして殺したか聞いてるの!』

 [ヨシヤ]:『説明する気はねえよ。めんどくせぇな』

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 そういえばと思い出し、腕につけたハンドバンドを引きちぎる。


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 [ヨシヤ]:『抜ける。もううんざりだ』

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 レンカは絶望的な顔をした。


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 [レンカ]:『ヨシヤ、あなたはイクリプス・オンラインに秩序をもたらす存在になれたのに……』

 [ヨシヤ]:『お前のその世迷言(よまいごと)も聞き飽きた』

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 動揺丸出しのレンカの様子を見て、なぜか笑いがこみあげてきた。

 コイツのどこにカリスマ性なんてものがあるのだろう。


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 [ヨシヤ]:『お前もヤるか? 黒を駆逐して世界に秩序をもたらすんだろ』

 [レンカ]:『漂白して、団に戻って』

 [ヨシヤ]:『やなこった。言うこと聞かせたいなら俺を殺してみろよ。そしたら考えてやる』

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 レンカは数秒逡巡(しゅんじゅん)したのち、覚悟を決めた顔で突撃してきた。

 負ける気は、まったく、しなかった。


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・Tips

窃盗(スティール)

モンスターやプレイヤーから所持アイテムを奪う盗賊系(シーフ・クラスタ)の固有スキル。

奪えるアイテムはランダムであり、

成功率は使用者のDEX(器用)と対象アイテムのレアリティに依存する。

ただし相手が睡眠や溺水などで行動できない場合、確実に成功する。


大ぶりなアクションであるため命中させるのは難しく、

モーション中に攻撃を喰らうとカウンターヒットとなるため注意。

同一対象に続けて行うには1分のCT(クールタイム)が必要。

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