第十三話 高難度ダンジョン再び(苦戦しないとは言っていない)
第一の試練{パールスロート遺跡}の推奨レベルは28。
第二の試練{黒の隧道}は32。
第三の試練{紅い月の夢幻城}は37。
そしてこれから攻略する第四の試練{青の同盟の地下迷宮}は一気に飛んで46である。
ウルトの街の近郊にあるこのダンジョンがイクオン前半の最大の山場と言われるのにはいくつか理由があった。
第一にチャンネルが一つしかない。必然、他のプレイヤーと鉢合わせる可能性が高い。ひいてはPKと出くわす可能性も高い。
第二に内部地形やモンスター配置が毎日ランダムに変化する。そのため他のダンジョンのような決まった攻略法が存在しない。様々な状況に臨機応変に対応する力がプレイヤーに求められる。
第三に侵入箇所がランダムである。プレイヤーがダンジョン探索受付所に入場申請を出すと地下一層のランダムな位置に転送される。つまりパーティを組むには内部で出会うほかない。それが叶わぬ場合、職やレベルによっては延々と敵から逃げ続けるハメになる。
最後に――これが最も大きいが――地下一層を無秩序に徘徊しているレアモンスター〔狂える邪眼鬼モルディベート〕の存在がある。こいつはご褒美的ポジションであったパールスロート遺跡の〔ゴールデンカピバラ〕とは異なり、絶望と恐怖をプレイヤーに与えるためだけに配置されている。
その強さは折り紙付きであり、この段階では絶対に勝てない。〔キリングゴーレム〕のようにハメる手段もない。イクオンがゲームであったときには数多のプレイヤーがその犠牲となり、手塩にかけたキャラクターをロストさせられた。ダンジョンの推奨レベルで例えるなら、90は軽く超える存在だ。
現状では運悪く遭遇してしまったら全力で逃げるほかない。
しかし犠牲なしに逃げ切れる確率は高くない。
☆
{青の同盟の地下迷宮}にはゲームであった頃は何度も足を踏み入れた。
しかしこの世界ではまだ一度も入場していなかった。
街のダンジョン探索受付所で申請を済ませると、いつものように読み込み時間に当たる真っ暗な空間に飛ばされ、その後ムービーのような映像が俺の前で展開される。
プレイヤーに元の世界へ帰還する術を教える条件として十二の試練を与えた大賢者――修道服を思わせる黒のワンピースドレスを着用した小柄な女性が切実そうに訴える。
『{一つの月の大地}より来たりし者よ。遠く離れた{十二の月が巡る大地}と貴方たちの世界は二百年周期で接近し、重なり合います』
『それが“世界蝕”』
『魔族たちはこの現象を利用して貴方がたの世界に攻め入ろうとしています』
『お願いします、訪問者よ。世界蝕を止めるため、十二の試練を踏破してください。二つの世界の均衡を保つために。そして貴方の帰る場所を守るために』
『重ねてお願いします。猶予はもう、それほど残されていません――』
☆
大賢者の話が終わって視界が再び暗転したかと思うと、俺は白亜の石で造られた道の上に一人ぽつんと立っていた。
この{青の同盟の地下迷宮}は全三層構造。ここは地下一層のどこかだ。巨大な地下大河の上空3メートルほどの位置に浮いた白い道が迷路のように続いているエリアであり、半暗黒地帯であるため視界は俺の体を中心に半径7、8メートルしかない。その先は完全な暗闇で閉ざされている。
すぐに【聞き耳】のスキルを使うが、聞こえるのは足元で流れる大河の流水音のみ。プレイヤーもモンスターもすぐ近くにはいないようだ。
道の端から見下ろすと3メートルほど下に激しく流れる河面が見える。道幅は一車線くらいしかなく壁や手すりも一切ないため、戦闘などで落下する危険がある。一応落ちても即死はしないが、重装備だと溺れる危険があるし、そうでなくとも道の上に戻るのに時間をロスするため避けたいところではある。
「詐欺みてえな話だよな、実際」
先ほどのムービーの感想を一人ごちる。元の世界への帰還がどうのという話だったのに、いつの間にか世界を救うだのなんだのに話がすり替わっている。プレイヤーとしては大賢者以外に頼れる相手がいないので、依頼を断ることもできない。ストーリーの根幹部分にプレイヤーの選択の余地を入れて分岐させるわけにもいかなかったのだろうが、かなり理不尽な展開である。
当時はそう思ったものだが、今は違う。俺はこの後どういう展開になるかすべて知っている。大賢者がプレイヤーを騙したわけではないことも。
「ミューのやつはどう思ってるかな。……くく」
ほくそ笑みながら、手首に巻いた黄色いバンドに視線を落とす。これは俺が【ペーパークラフト】のスキルで製作したものだ。今回の攻略隊の参加者全員にゾン経由で同じものを配布している。魔紙と呼ばれる耐熱、耐水の紙が素材になっており、同じ製作者が作ったバンドに近づくとそれに反応して淡く発光する性質がある。今回のように参加者の顔と名前を覚えきれない規模の極地法で仲間を識別するのに役立つわけだ。
この地下一層は妨害ゾーンでもあり、フレンドやギルド員にメッセージを送受信できない。可能な限り早く誰かに合流したいがそこは完全に運なわけだ。この地下一層で誰かと合流する確率を少しでも上げる――それが俺が大規模攻略隊を編成した理由の一つだった。
このダンジョンは道中に出現するモンスターも相当に手ごわい。今のレベルで一人で戦うのは自殺行為に等しかった。
運がいいことに俺のバンドは特定の方向に向かってわずかに発光していた。感知範囲はそれほど広くない。かなり近くに攻略隊の仲間がいる。
バンドが光る方向へ慎重に歩いていく。道の先、視界の限界の向こうから鎧の発する金属音と足音が聞こえてきた。あちらも気づいているだろう。
足を止めて待っていると、暗闇の向こうからすぐに足音の主が姿を現わした。
「げ!」
声を出したのは俺だけだった。向こうは露骨に顔をしかめただけ。
一瞬の硬直の後、俺は後ろに跳んで距離を取っていた。一方、現れたその相手――白き純潔のレンカは鞘から剣を抜き放っていた。
「待て、おい! なんで臨戦態勢に入るんだよ!」
「……お互い様」
いつもの小声で言われて気づいたが、俺も投石器に手を伸ばしていた。完全に無意識である。ゲームであった頃は出会った瞬間に攻撃しあっていた仲なのだから無理もない。
だが今は一応、敵ではない。
「くそっ。なんで百人もいる中から最初に出会うのが、よりにもよってこいつなんだ。……って、おい、待てや! 無言で立ち去ろうとすな! 攻略隊が出会ったら、それが誰だろうとパーティ組むって話だったろーが!」
踵を返したレンカに慌てて駆け寄って、引き留める。
レンカは振り返った。辟易した顔で。
「ヨシヤとは嫌」
「俺だって嫌だっつーの! 嫌だけど我慢してやるっつってんだ!」
「偉そうで嫌」
「分かった! 俺が悪かった! 最強無敵のレンカ様、パーティ組んでください! おら、これでいいか!?」
「バカにしてる感じが嫌」
「注文の多い勇者様だなぁおい! ……いや、ちょっと待て」
大声でわめいてから気が付いた。真顔になってレンカを手で制す。
こいつが現れたのとは逆方向の道の先。そちらを顎で示す。この間アランダシルの街で会ったときに気づいていたが、どうやらこいつは【気配感知】のスキルを取っていない。
「気配がする。二人だ」
小声で教えてやると、レンカはハッとした顔で手首に巻いたバンドに目を向けた。発光しているのは俺の方向だけ。つまりこの新たな気配は攻略隊以外の人間だ。
黒である可能性は高くない。荒れてきたとはいえ、奴らはまだまだ少数派だ。
事実、暗闇の向こうから現れたのは黒ではなかった。穏便に済みそうな相手でもなかったが。
「お、お前!」
「ヨシヤ!」
現れた二人の男は同時に俺の顔を指でさした。その頭上には[ギル]と[ルピー]の白い文字。この世界に取り込まれてすぐの頃に{人狼の密林}でミューと共に俺の前に現れたあの二人の[戦士]だ。
あの時のことがよほど屈辱だったのだろう。二人は即座に武器を構えて、むき出しの敵意を向けてきた。恨みを晴らすためなら黒字になるのも辞さない、そんな敵意を。
「ヨシヤ。……知り合い?」
直剣を右手でだらりと下げたまま、レンカが横目でたずねてくる。前方の二人の男と俺を半々くらいで警戒している様子だ。
俺も横目でレンカを見て答える。後ろ手で投石器に石をセットしながら。
「この世界に来て最初に会った奴らだ。俺の名前見て躊躇なく襲ってきたから、返り討ちにしてやったけど」
そこで思い出し、にやりと笑う。
「そういやあんとき、レンカやゾンにも顔が利くとか言ってたなぁ? ってことはお前の知り合いじゃねえのか、レンカ」
「見覚えない」
レンカは怪訝そうな顔で小首を傾げた。
そこでようやく二人は気が付いたようだ。俺の隣にいるのがあのレンカであることに。
「ア、アンタ、白十字の団長か!? あのPKKギルドの!」
「なんでそんな極悪プレイヤーと一緒にいるんだ! まさか癒着か? 黒と癒着してたのか!?」
何気なく口にした言葉だろうが、それがもたらした反応は大きかった。
レンカが鬼の形相で男たちを睨む。突き刺すような殺気に気圧されてギルとルピーが一歩、二歩と後ずさった。
俺も思わず後退しかけた。
レンカが歯噛みして声を絞り出す。俺と癒着扱いされたのがよほど気に入らなかったのか、珍しく饒舌に。
「確かに、ヨシヤはどうしようもないくらい最低な極悪プレイヤーだった。けど今は白。癒着には当たらない。あなたたちとヨシヤの間にあったことはどうでもいい。ただ、白が白を襲うのを看過はできない。もしやるなら、先に手を出した方を攻撃する」
「……そうか。へへ、安心してくれ。俺たちにそいつを襲う意志はねえ。そっちがやってくるなら別だけどよ」
ギルとかいう方の男がへらへら笑いながら、剣を鞘に納める。
馬鹿正直なレンカはその言葉を信じたようだ。殺気を引っ込めて男たちに背を向ける。
しかし俺は騙されない。こいつらはまったく諦めていない。必ず隙を突いて襲ってくる。
このダンジョンに来ている以上、こいつらもそれなりのレベルに達しているのだろう。しかし俺とレンカの二人で負ける気はしない。
問題はこの場にいる全員が白字である点だ。
最初に手を出した奴は灰字になる。白字が灰字を攻撃する分にはペナルティはないから、先制攻撃した方だけが馬鹿を見るわけだ。
ヤられる前にヤるのが俺の信条。だがレンカの前で再び灰字に戻るのは得策ではない。それに初期装備の上にレベル1だった{人狼の密林}での時と違い、今の俺ならこいつらの攻撃を一度喰らう程度では死にはしない。
まず一撃だけもらい、それから反撃で倒す。そのためにわざと隙を作る。
「じゃ、用ねえみてーだから俺も行くぜ。他で見かけてもちょっかいかけてくんなよ」
そう告げて、男たちに背を向けて歩きだす。
レンカも憮然とした顔で二人を一瞥してから、俺に続いた。
一歩、二歩、三歩――。
背後で男たちが動く気配がした。
予想通り。
ほくそ笑んで振り返る。
そして誤算に気が付いた。
男たちが狙っていたのは俺ではない。
無防備すぎるレンカの背中だった。
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【レンカ】
LV:42
クラス:[勇者]
HP:456
MP:280
筋力:60
知力:31
器用:39
敏捷:29
意志:32
幸運:36
【書物作成LV4】【釣りLV8】【絵画LV5】【食料採集LV5】
武器:<(SSR)ローレンティア・レプリカ+3>
足:<(SR)勇者のブーツ+5>
腰:<(SR)ホーリーキュイス+5>
胴:<(SR)ブレスドブレスト+6>
頭:<(SR)ホーリーサークレット+5>
装飾:<(SR)始祖勇者の象徴+4>
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