第十一話 恐ろしいボス(強いとは言っていない)
大ホールへ降りた俺たちは貴婦人と騎士のブロンズ像イベントを無事にクリアし、館の裏庭へと出た。
ここからルートは二つに分かれる。
片方は館の中に戻り、ボスである紅い月の伯爵が待つ謁見の間へ向かうルート。
もう片方は伯爵の四人の客将が住む別館へ向かうルートである。
今回俺たちが向かったのは別館ルートだ。
別館でもルート分岐がある。四人の客将のどれに挑むか決めるのだが、今回俺たちが行くのは〔魔道錬金術師ジェイミル〕のところだ。それぞれの客将エリアには入場条件があり、ジェイミルの潜む地下実験室に行くには【錬金術】のスキルレベルが高いプレイヤーが必要となる。
「そこでうちの出番ってわけコンね!?」
厳重な封印が施された扉を蹴破りながら、ヴィブティが両手を狐の形に変えて例のキメポーズを取る。かび臭い空気が流れ込んでくるのと同時に姿を現したのは、薄暗い地下へと続く石階段。ここから一時間ほど進んだ先にジェイミルの秘密実験室がある。今の扉は【錬金術】がレベル8以上のプレイヤーでなければ破れない扉だったわけだが。
「ここから先は全人類未踏の地コンね!?」
「たぶんな。このレベルの錬金術師がそう何人もいるわけねえし」
「ワールドファーストってことコンね!?」
「この世界においてはな。俺はゲームのときに何度も来てるけど。……つーかジェイミルを倒して無事に戻れねえとダメだぞ。ワールドファーストって普通、コンテンツの最初のクリア者のこと指すんだから」
俺の言葉に何かを感じ取ったのか、ミューが顔をしかめる。
「強いんですか、そのジェイミルさん」
「昔はイクオン全体でもトップクラスに恐ろしいボスだって言われてたよ」
「た、倒せますかね」
「さーな」
大丈夫だろうとは思う。しかし緊張感は持たせておいた方がいい。
「万が一俺やヴィブティがやられそうになっても無理に助けようとすんなよ? 共倒れが一番怖いんだからな、このゲーム」
「分かってますよ! 『他の誰かを助けるために、自分の身を危険にさらすな』でしょ」
「そ。俺もアンタが窮地に陥ったら見捨てるからな」
「大丈夫です! もしそんなことになっても助けを求めたりしません!」
「頑張れよ」
覚悟を決めた様子のミューを尻目に、ヴィブティにチョイチョイと手招きをする。
無言のまま寄ってきたヴィブティ。そのケモミミにコソコソと耳打ちをする。
ヴィブティはロールプレイの顔を引っ込めて頷いた。
「分かりました」
うーん、やっぱり頼りになるかもしれない、この狐。
☆
一時間後、〔魔道錬金術師ジェイミル〕のボス部屋でミューはギャン泣きしながら走り回っていた。
「た、助けてくださいヨシヤさーん!」
「助けは求めないってさっき胸張ってただろうが」
「前言撤回するからー! 助けてー! なんでもするからー!」
泣き叫びながら相変わらずミューは部屋の中を走り回り、手にしたメイスをぶんぶん振り回している。
あれはミューが自分の意思でやっているわけではない。今のあのJKはゲーム内で言うところの“混乱”のバッドステータスに陥っている。この世界での“混乱”は体が勝手に動いて周りのプレイヤーを手当たり次第に攻撃してしまうが意識は平常時のまま、という状態のようだ。
ちなみに俺とヴィブティは部屋の片隅にある実験用具棚の上に腰掛け、ミューの奇行を見下ろしている。棚は十分な高さがあるので、ここはミューの索敵範囲外だ。
なぜこのような状況になっているかと言えば、すでに俺たちにボコられて床に這いつくばっているローブ姿のヒョロガリ吸血鬼――〔魔道錬金術師ジェイミル〕が死に際に使ってきた《魔蝕蟲》という魔術をミューが喰らったからである。
「《魔蝕蟲》は絶対に発動する上に、トドメを刺した奴に必中だからな。ボス戦の後、とどめを刺した一名と残り二名の戦いが始まる――これこそがジェイミルを最も恐ろしいボスの一角足らしめていたギミックなんだ」
「か、解説してないでなんとかしてくださーい!」
「安心しろよ。それ時間経過で治るから」
「ど、どれくらいでですかー!?」
「一時間だ」
「長すぎませんかぁ!?」
「そういうゲームだから」
「……あ! ヨ、ヨシヤさん、こうなること分かってましたね!? 分かってて、あたしにとどめ刺させましたね!?」
「そりゃまぁな。俺かヴィブティが混乱したら遠距離攻撃できちゃうから、この無敵エリア使えないじゃん」
「ひ、人でなしー!」
「……事前に説明しといてもよかったかなとは思うけどよ。ミューが引き受けるのはどうせ変わんないだろ?」
「気持ちの問題ですよぉ!! 自分の体を自分で動かせないってホント恐怖体験なんですよ!?」
「うーん。そうか。そうかも。ごめんな」
そういうギミックが待っていると教えたらミューが緊張するかも、という俺なりの優しさで本人には黙っていたのだが、どうやら要らぬ気づかいだったらしい。次から気をつけよう。
「ゲームだった頃、最初にここを攻略した時は馬鹿正直に混乱した奴と戦ったんだよ。イクオンは混乱状態のパーティメンバーへの攻撃行動は犯罪にならないからな。こういうもんかと思って普通に倒して、蘇生した。
混乱が一時間で治るってのはけっこう後になってから分かったことでな。そのうちトドメ刺す奴が武器を外すのがセオリーになって、あとは一時間他の二人が耐えるようになったんだ。
で、さらに後になってから開発されたのがこのギミック」
俺は折り紙を取り出し、【ペーパークラフト】のスキルでバネを作る。ぼよよんと伸び縮みするアレだ。
「このバネは床に設置するとジャンプ台として機能するアイテムでな。飛距離はたいしたことないからお遊び程度のもんなんだが、上手く重ねて置くと効果が重複して垂直方向に高く飛べるバグがあるんだ。それを利用して本来登れないオブジェクトであるこの実験用具棚の上に退避して一時間をやり過ごすわけだ。ボス戦始まるとこの部屋出れないし、他には無敵エリアないからな」
「だから解説してないでなんとかしてー!」
「なんとかと言われましても。あ、ちなみにこのバネグリッチを利用するとパールスロート遺跡の入り口から屋上まで一気に跳べるようになったりするぞ。あんま長距離跳ぶと落下ダメージ判定が入るからできるようになるのはサービス終盤からだけどな。これ豆知識な」
「そういうのもいいからー! ……う! き、気持ち悪い!」
ミューはメイスを振り回していない方の手で口を押さえる。その両目の瞳孔がぐるぐると回っているのはここからでも視認できた。《魔蝕蟲》の被害者に出る典型的な症状であり、ゲームだった頃もキャラクターのグラフィックに反映されていたが――この世界でもあるんだ、アレ。バネのバグもそうだが、ホントに無駄なところまで再現されてるな。
さすがに気の毒になったのか、ヴィブティが俺の脇を突ついてくる。
「ヨシぽん、ヨシぽん、どうにかしてあげられないですコン?」
「……さっき言ったとおり、PKしてから蘇生すれば一時間待たずに治るけど」
「ぴ、PKされるのは嫌ですー! 他の方法ないんですかー!」
ミューがランニングしながら叫んでくる。
分かる。蘇生してもらえるの分かってても殺されるのは怖いよな。罪貨も減るし。俺だって貴重な蘇生アイテムをこんなとこで使いたくないし。
……いや、待てよ?
閃く。
攻撃行動というワード。それとさっきのヴィブティとの会話がヒントになった。
「そういう仕様って可能性はある、か? ……田神大悟はそういうの好きなタイプだしな」
「そういうのってなんですコン?」
「絶対回避できない理不尽を押し付けるんじゃなくて、まずわかんねーような攻略法を用意して、それに気づくプレイヤー現れないかなーってニヤニヤしながら見守ること」
どうせ暇だし、と思いながら冒険用鞄から<(R)エメラルド>を一つ取り出す。何か月か前にミューと一緒にキリゴー狩りをしたあの{宝石鉱山}で手に入れたアイテムだ。宝石は魔力の高濃度な結晶であり【呪術】や【錬金術】などの媒介となる――というのがイクオンでの設定だった。
「ヴィブティ。これ遺物化できるか?」
「もちろんできるコン。……でも、あれって対人だと一瞬しか効果がないって聞いたコン?」
「よく知ってんじゃねえか」
宝石は錬金系の【遺物作成】というスキルをかけると【投擲】用のアイテムになる。エメラルドの場合、睡眠のデバフを付与する<(R)怠惰のエメラルド>となる。これがモンスター相手にはそこそこ使えるのだが、ヴィブティの言うとおりプレイヤーには一瞬しか効果がない。モンスターと効果時間を同じにするとPVPで強力すぎるからだろう。
しかし一瞬ありゃ十分だ。ヴィブティが手早く生成してくれた<(R)怠惰のエメラルド>を受け取り、肩を回して温める。
「ちょっと下降りてミューの敵対心取ってくれや」
「合点承知ですコン!」
ノリ良く答えて、ヴィブティがタンスの上から飛び降りる。ターゲットを探していたミューは即座にそちらに向かって走り出し、メイスを振り上げた。
俺は跳躍してミューの背後へと着地、同時に【投擲】スキルでエメラルドを投げつける。
対人における<(R)怠惰のエメラルド>の効果時間は60フレーム。つまりジャスト1秒。喰らった方は眩暈が一瞬する程度だろう。
宝石が命中し、ミューがふらつく。
その瞬間、左手でミューの背中に触れ、あるスキルを発動する。
瞬きも許されぬほどの刹那。
目の前に何かが表示され、そして俺は選んだ。
「おー、すげえ! あった、あったぞ!」
次の瞬間、俺の左手にはミミズとムカデのあいのこのような気色の悪い虫が握られていた。
混乱が唐突に治ったミューは走ってた勢いそのままにヴィブティにつっこんだ。二人揃って転倒して壁に激突する。
絡み合うようにして床に倒れたまま、ヴィブティが困惑顔を向けてくる。
「ヨ、ヨシぽん、いったいなにをしたコン?」
「【窃盗】だよ。《魔蝕蟲》の混乱効果はひょっとすると、騎士のブロンズ像の鈍足みてえにアイテムの所持効果なんじゃねえかと思ったんだがビンゴだったわ。
……あ。消えた」
俺の手の中から気色の悪い虫が消え、ついでに床に転がっていたジェイミルの死体も消えた。
つまるところ《魔蝕蟲》というのは、同名のデバフアイテムをプレイヤーに押し付ける魔術で、そのアイテムに死亡時消滅属性がついてたからPKでも混乱が治っていたわけだ。時間経過で治っていたのも、騎士のブロンズ像と同じく1時間の所持制限があったからだろう。
「あー……ミュー大丈夫か?」
「だ、だいじょばないです……うげえぇ……」
ミューは四つん這いになって涙をボロボロ流しながら嘔吐していた。他の代謝や排泄のないこの世界でも涙と嘔吐はなぜかある。その辺の基準はよく分からない。
ヴィブティはミューの背中をさすっている。
さすがに俺も可哀そうになってきた。近寄ってミューの前に屈みこむ。
「いや、ホント悪かったな……生身の体だと混乱でこんなことになるとは思ってなかったんだ。帰って休んだら、なんか美味いもん食おうな。……吐いた後に食事の話ってのもなんだが」
「は、はい、助けてくれてありがとうございました、ヨシヤさん、ヴィーちゃん」
ミューは口元をぬぐって涙目のまま頷いた。瞳孔がぐるぐるしてたのもおさまっている。
手を差し出す。ミューは俺の手を握って立ち上がったが、ふと硬直した。それから握ったままの俺の手をまじまじと見てくる。先ほどコイツの背中に触れた左手を。
「あれ? 結局ヨシヤさんが言ってた【窃盗】で好きなアイテム盗めるグリッチってなんだったんです? 使い……ましたよね。あたしが持ってるたくさんのアイテムの中からたまたま《魔蝕蟲》を引き当てたわけじゃないですよね」
「グリッチっつーかだいぶ力技だけどな。さっきヴィブティが戦闘中の【窃盗】は狙うアイテムを選べないっつってたが、ありゃ厳密にはちげえんだ。狙うアイテムのリストが超高速でスクロールするから狙えないってのが正しい。
逆説的に言えば、目押しさえできれば好きなもんがパクれるわけだ」
「めおし?」
「元はパチスロ用語だからJKにはあんま馴染みのない用語だわな。……パチスロは……分かるよな?」
ミューは眉間にしわをよせつつ、デカいレバーを右手で引くようなジェスチャーをした。たぶん海外のカジノにあるスロットマシンと混同しているのだろう。それもだいぶ古風な台と。
「その辺の認識はどうでもいいや。とにかくああいうリールが回転するのを、狙った位置で止める技術を“目押し”って言うんだ。俺は昔からこれが得意でな」
「反射神経がいいってコト?」
「いや、反射神経はあんま関係ない。求められるのは動体視力とタイミングを図る力かな。正直自分でもどうしてこんなことができるのかは分からねえんだが」
ろくな取り柄のない俺だが、二つだけ自慢できる特技がある。その片方がコレだ。【受け流し】ビルドにしている理由でもある。
「この【窃盗】で好きなもんがパクれる――かもしれないグリッチな。黒ネの仲間に教えてみたこともあるんだが、俺以外に習得できた奴は一人もいなかった。1コマ1フレームだからパチスロの倍くらいの速度あるし、アイテム総数は相手次第だから一周押しするのも大変っつーことで、難しいのは分かるんだが」
「……ちょっと何言ってるのかよくわかんないですけど。ヨシヤさんしか使えないグリッチなら、さっきみたいな《魔蝕蟲》の対処は他の人にはできないってことですか?」
「んにゃ、ジェイミルにトドメ刺す奴が直前に所持品全部パーティメンバーに預ければ、目押しせんでも確実に盗めるだろ」
「あ、そっか!」
「これゲームだった頃には発見されなかったグリッチだな。あとでゾンに教えたろ。くくく……悔しがるぞ、あいつ」
「後から来る人たちがあたしみたいにゲロ吐く目に合わないためにも、広めてもらいたいものです」
「【窃盗】取得前提のグリッチだから、広まるかは微妙だなぁ。かなりの死にスキルだし……」
なにはともあれ戦いは終わった。
さっきまで俺たちが腰かけていた実験用具棚を三人の力を合わせて横から押す。するとこのルート最後の部屋“ジェイミルの私室”の姿が露わになった。
ベッドやらなにやらが置かれた平凡な部屋の中央にはテーブルがあり、そこに金ぴかの窯が一つ鎮座している。今回の俺たちの目的のブツ<(SSR)上級錬金釜>である。
こうして俺たちは〔魔道錬金術師ジェイミル〕討伐のワールドファーストとなった。ミューにとっては苦い思い出になってしまったかもしれないが。
☆
「ヨシぽん、ミューたん、ありがとうだコン! これでうちは錬金術の更なる高みを目指せるコン!」
ウルトの街に帰還してすぐ。ヴィブティはニコニコ笑顔で小躍りしながら、金ぴかの釜を頭上に掲げた。
生産スキルの中盤以降のレベル上げには特殊な道具を要求される。あの<(SSR)上級錬金釜>は錬金術系スキルの必須アイテムなのだ。
「礼はいらねえよ。ギブアンドテイクだからな。……しかしずっと気になってたがミューのあだ名、ミューたんなんだな」
ミュータントみたいだなと思いはしたが口には出さなかった。大人なので。
「俺みたいな投擲ビルドは[錬金術師]に絶対お世話になるからな。なんでも融通するから、これからもよろしく頼むぜ」
「こちらこそだコン! うちとヨシぽんはもうマブダチだコン!」
ヴィブティが強引に手を握ってきたので、苦笑をして握り返す。それから忘れずにフレンド登録を行う。
そしてヴィブティは手をぶんぶん振りながら、彼女の宿の方へ去っていった。俺でさえ若干疲れを感じる強行軍だったのに、結局最後の最後まで元気な奴だった。タフさだけならゾンにも匹敵するかもしれない。
彼女の方へ手をひらひら振りながら、ミューが横目で聞いてくる。
「ヨシヤさん、ゲームだった頃も同じビルドだったんですよね? [錬金術師]に絶対お世話になるって、昔はどうしてたんですか?」
「そん時はそん時でやってくれてたやつがいたんだよ。でもこの世界で再会したら、もうやりたくないって言われた。【錬金術】系は生産スキルの中でも一、二を争うほどスキル上げの訓練がマゾいからな」
メニュー画面を出し、【錬金術】のスキル上げに必要な訓練を見せる。
「これ一個やるたびになっげえミニゲームやらされんだ。【ペーパークラフト】とか【料理】の比じゃねえ。俺も絶対やりたくねえレベル」
「はえー、貴重な人材ってことですね」
「そう。ひょっとするとこの世界の行く末を左右するレベルの貴重な人材だ。ゾンなんかとも協力してしっかり育てていかねえとな」
そういう人材と引き合わせてくれたこの少女にも感謝をするべきかもな。と思っていると、ミューは先んじて下から俺の顔をのぞき込んできた。得意げに、にっこり笑って。
「ヴィーちゃん、いい子だったでしょ」
「まーな」
ここで否定するほど俺も子供ではない。が、『あのロールプレイもなんか段々癖になってはきたしな』とは口には出さなかった。
なんていうか癪だから。
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・Tips
【魔蝕蟲】
寄生操作型の高度呪術。
また、それにより生み出される魔術生物。
対象となる人物の魂の瑕に寄生させ、術者の意のままに操る。
主に魔族が他国を内部から侵略するのに使うものである。
寄生された者に自覚症状はなく、自分の意思で行動していると錯覚する。
誰が寄生されているかは瞳孔に現れる特有の症状のみを頼りに探す必要があり、非常に困難である。
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