第十話 大規模PVP(参加するとは言っていない)
{紅い月の夢幻城}は第三の試練のダンジョンであり、ウルトの街から遠く離れた深い森の中にある。
推奨レベルは『37』。
パーティ人数上限は三名。
魔族の一門である〔吸血鬼〕の拠点の一つであり、紅い月の伯爵なる人物の領地――というのがゲームでの設定だった。
イクオンの序盤の山場ともいうべき難易度と長さを誇るダンジョンなので、現段階でクリアできる見込みはない。そもそも第二の試練{黒の隧道}をクリアしたのが先週なのだ。レベルも準備も足りてない。
それでもここへ来たのは先行者利益を得るためである。これまでのエリアではドロップしなかった優秀なアイテムがここでは手に入る。それを他プレイヤーに先んじて手に入れようというわけだ。
「ま、同じこと考える奴は多いだろうけどな。この段階でここに来るやつはだいたい手練れだ。気をつけろよ」
街からの転送先である森の入り口で、同行者のJK二人に俺は釘を刺した。
二人は揃って笑顔で頷く。同世代が一緒だからか、なんか緊張感がない。
そんなこんなで始まるダンジョン攻略。
長い森林エリア、自然の地下洞窟、騎士館の地下牢、城壁と門塔、そして血のように紅い月の見える中庭と、このダンジョンは長いだけあって進むにつれて雰囲気も変わっていく。
序盤は動物系、魔法生物系の敵が中心だが、中盤に差し掛かると〔吸血鬼〕もちらほら出現するようになる。〔吸血鬼〕は自らの血液を武器に変えて攻撃してくるのだが、生成する武器の種別によって動きが変わる上、とがった犬歯で吸血攻撃まで仕掛けてくる難敵だ。
こちらは[司祭]、[魔術師]、[錬金術師]。前衛一人、後衛二人のややバランスの悪いパーティだが、この長丁場に限っては最適解である。
器用さ特化投石[魔術師]である俺は遠距離からMP消費なしでそこそこの火力を出せる。
[錬金術師]は持久戦のエキスパート。大量の回復用ポーションを持てるし、なんなら途中で調合することもできる。正直強いジョブとは言えないが、このクソ長いダンジョンでは輝く。
[司祭]は回復とタンクを担える。どちらも必須の役割だ。ここでは火力特化の戦士や勇者などより、よほど活躍できる。
ここ二か月の特訓の成果か、ミューの動きはなかなか様になってきていた。初めて会った時は小心者すぎてこの世界に向いていないと思ったものだが、案外才能があったのかもしれない。罪貨に余裕があるので死の恐怖が薄いというのもあるだろう。
ヴィブティもなかなかどうしていい動きをしていた。視野が広く、スキルや魔術を使うタイミングも的確だ。イクオン未プレイ勢という言葉が嘘でないのならば、この少女も才能があったのだろう。
特に危うい場面も訪れずに中庭を抜け、伯爵の居館の主城門前までたどりつく。ここは見通しがいいからPKに急襲もされないし、モンスターの巡回頻度も低いので一息つくのに最適だ。
焚き火を起こしてHPとMPを回復しながら食事をとる。ダンジョン突入から小休止もせずにここまで来たが、疲れた顔をしているのはミューだけだった。
「か、過労死しそう……」
「なんだ、たかが十時間くらいで。ヴィブティを見ろよ。割と平気そうにしてるぞ」
「まだまだいけますコーン!!」
両手を狐の形にしておどけるヴィブティ。ふざけたRPだと思っていたが、ここまで徹底されると頼りがいすら感じる。
ミューは体育すわりをして泣きそうな顔で干し肉をかじり、恨めし気に俺を睨んできた。
「前衛職はメンタル削れるんですよ! ヨシヤさん、後ろから石投げてるだけじゃないですか!」
「そうだけどよ」
「そもそもここ、敵の殺意高すぎませんか!? ちょっと音立てただけで、めちゃくちゃ集まって来るんですけど!」
「相手が魔王派の魔族だからなぁ」
「魔王派の魔族ってなんで殺意高いんですか!?」
「『魔族じゃない人間は全部劣等種』みたいな思想らしいからな。ま、この先のダンジョンは魔族いっぱい出てくるからミューもそのうち慣れるだろ。頑張れ頑張れ」
適当にミューをなだめながら、ヴィブティの帽子から突き出たふさふさのケモミミを眺める。俺の視線に気づいたヴィブティは携帯ハンバーガーをムシャムシャ頬張りながらそのケモミミをピクピク動かした。
{十二の月が巡る大地}の魔族は一枚岩ではなく、人間との融和派と魔王派がおおむね同数いるらしい。プレイヤーが魔族に種族変更できるのはその辺が理由だ。
リンゴそのまんまな見た目のアイテム<(R)知恵の果実>をかじりながら、城門の向こうにたたずむ紅い月の伯爵の居館を見上げる。この建物は魔王派魔族の根城の一つだ。つまりイクオンの舞台である魔法王国を侵略している連中の拠点の一つ。
入り組んだ構造と悪意に満ちたトラップ、そして殺意を増した魔族たちが俺たちを待っている。
ここからが本番である。色んな意味で。
☆
「止まれ」
【聞き耳】スキルを使って先行していた俺は数歩後ろの二人を手で制した。
場所は伯爵の居館二階の天井裏。と言っても立って歩ける程度には高さのある場所で、機能的には中二階に近い。周りにはでっけえ蜘蛛の巣やら壊れた拷問器具やらがある。
振り返るとJK二人がきょとんとした顔で立ち止まっていた。大声を上げないようにとジェスチャーをしてから床に空いた穴を指さす。人が通れるくらいの大きさの穴だ。
「PVPだ。白が黒に襲われてる」
「え! た、助けないと!」
「でけえ声出すなよ。下に【聞き耳】使ってるやつがいたら、聴かれる距離だぞ」
ミューは慌てて両手で口をふさぐ。
三人揃ってその穴から下を覗き込む。見えるのはこの居館でもっとも大きな部屋、“大ホール”だ。床までは十数メートルはある。
そこでは十名ほどの白と、その倍ほどはいる黒が激しい乱戦を繰り広げていた。これだけ大規模なPVPをダンジョン内で見るのは珍しい。が、俺はこういう光景を予想していなかったわけでもない。
ミューにとっては青天の霹靂だったらしい。ぽかんと口を開けて乱戦へ目を向けている。
「ど、どうして白も黒もあんなたくさんいるんですか……?」
「白の方は『極地法』だな。複数パーティが手を組んで攻略するのをイクオンだとそう呼ぶんだ。別パーティと一緒だと同士討ちもあるしいいことばかりでもねえんだが、こういう適正レベルじゃないとこでトレハンするのにゃ有効な手だ。
実際は白はこの三倍はいるはずだぜ。あれ見てみ」
指さしたのは大ホールの窓際に立ち並ぶ貴婦人のブロンズ像。
「パーティの誰かがあの像の手を握ってると、地下の倉庫の扉が開くっつーギミックがあってな。んで他のメンバーが倉庫まで行って、そこで手に入る騎士のブロンズ像をここまで持ってきて夫人像の前に置くと先に進めるようになるっつーわけ」
「一時的にパーティが分断されるわけですか」
「一対二にな。騎士像は持ってると鈍足のデバフがつく上に、入手から一時間経過するか所持者死亡で消えるめんどくせえアイテムだから、倉庫へ行くのを二人にするのがセオリーだ」
「はぁ、だから今の三倍いたはずだと。……今は残りの人たちは倉庫に行ってるわけですね」
「そう。たぶん十パーティくらいでの極地法だったんじゃねーかな。で、その情報をどっかから聞いた黒はこの大ホールに残る連中をごっそり狩るために、それ以上の人数を集めて潜んでたってわけだ。
元々ここはゲームだった頃からそういう狩りができるPKの聖地だったんだよ。獲物が分断されるから襲いやすいし、ここの少し手前にゃ罪人限定の転移門があるしな。倉庫へ行った連中が騎士像を持ってくるまでは使える出入口が一か所しかないから、逃げるのも難しいし」
「はえー、なんかここでヤれって公式が意図してる感じですね」
「田神大悟の性格の悪さが透けて見えるポイントだな」
そんなわけで俺はこの屋根裏を通るルートを選んだわけだが、正解だったようだ。こちらのルートは直で大ホールへ行くより手間がかかるが、他のプレイヤーに出くわす危険性は低いし、大ホールへ降りる前にこうして安全確認ができる。
ミューは祈るように両手を組んで、戦闘を見守っている。
「おい、約束忘れてねーだろうな?」
「わ、忘れてませんよ! 『他の誰かを助けるために、自分の身を危険にさらすな』でしょ」
「覚えてんならいい。……それにな、どうせ俺たち三人が行ったところで結果は変わんねえよ。ロストする奴はいねえだろうしな」
たぶんな、とは言わない。そんなことを言えばミューは今にも飛び出していきそうだ。
黒ネの連中はおそらく【強奪】スキルを強化している。もし最低限の<罪貨>しか持ってない奴がいたとしたら、ロストしてもおかしくはない。
<(R)遠眼鏡>を取り出して戦闘を観察する。遠目からでも分かっていたが、やはり旗色は圧倒的に白が悪い。すでにヤられて強奪を受けてる者もいる。
そもそも数で負けているし、ビルドがPVP向けかどうかの差もある。しかし何よりコンディションの差がデカい。俺たちがここまで無補給で来たように白側は激しく消耗している。一方黒は街から転移門で来たばかりで元気満々だ。
「覚えとけよミュー。PVPってのは襲う側が圧倒的に有利なんだ。タイミングを好きに選べるわけだからな。そんでもって歴の長い黒ほど美味しいタイミングを熟知している。この“狩り”を主導してんのもゲームだった頃に相当長くやってたやつだろう」
話しながらその人物を探す。この段階でここまで来ているだけあって黒の連中も見知った名前が多い。そしてだいたいは中級職になっていた。一月ほど前、レンカがアランダシルから出払ってる隙に、黒が徒党を組んで白十字のところを襲撃して<(SR)中級冒険者の証>を手に入れたという噂は聞いていたが、本当だったようだ。
「いた」
白ネの唯一の退路である大扉の前に陣取り、にやついた顔で戦闘を眺めている男がいる。無精ひげを生やしたアラフォーくらいのやつだ。その姿に見覚えはないが、キャラクターネームはよく知ってる。
そいつはメニュー画面を表示して腕組みをして突っ立っているだけ。戦利品は後で分配する手はずなのだろう。
「……[ヤギヌマ]か」
「知ってる人ですか?」
「有名な黒ネだよ。黒ネの中でも過激派っつーか見境ないタイプというかガキっつーか、まぁすんげえ嫌われもんだ。強奪とか関係なくPKしたり、露天にテロしたりな。とにかく他のやつに迷惑かけるのが生きがいって感じのやつ」
「ヨシヤさんのお友達とかではない?」
「友達どころか、俺を殺したがってるやつ第二位だな。なんか知らんが一方的に俺のこと恨んでて顔合わせるたびに襲ってくんだよな、アイツ」
正直会いたくなかった人間第二位でもある。ちなみに一位はどちらもレンカだ。
ミューは疑わし気なジト目を向けてくる。
「知らないうちになんかしちゃったんじゃないですか……?」
「ホントに身に覚えがねえんだよ。一回ロストさせたことはあったけど」
「絶対それじゃないですか!」
「いや、ロストさせる前からずーっと恨まれてたから違う理由だと思うぞ。……逆に俺がアイツを恨む理由はいくらでも思い浮かぶんだけどな。ユーザー主催イベントの荒らしとかアイツがやったくだらねえ悪事の数々が、なぜか俺がやったことにされてすっげー迷惑してたんだ」
と、そこでローブの袖を引っ張られた。それまで黙って聞いていたヴィブティにだ。
「ヨシぽん、ヨシぽん。どうやってその人、ロストさせたコン? イクオンって中盤を過ぎれば充分な量の<罪貨>が用意できるから、そう簡単にはロストしないはずコン」
「ああ……【窃盗】で<罪貨>を盗んだ上で殺したんだ。んで、さらに<罪貨>を強奪してゼロにした。絡まれすぎていい加減ウザくなってたからな。でもアイツ、一からキャラ作り直して粘着してきてなぁ」
「戦闘中の【窃盗】って盗むアイテムは選べない仕様だったはずだコン。たまたま<罪貨>を盗れたってことコン?」
「んにゃ戦闘中でも好きなもん盗めるグリッチがあんだよ。めちゃくちゃムズいから俺以外にやってるやつ見たことねえけど」
「ほえー」
自分から聞いてきたわりにヴィブティは興味なさそうに相槌を打つ。【窃盗】は[盗賊系]の地味スキルでだいたいのプレイヤーには無縁の話だから、さもありなんだが。
「オイ、クズども潮時だ! ズラかるぞ!」
階下で動きがあった。ヤギヌマの指示で黒が一斉に強奪を止め、大扉から引き上げていく。
それから一分後、大扉が再び開いて今度は二十名ほどの白ネが慌てた様子で大ホールへ駆け込んできた。地下の倉庫へ行ってた連中だろう。やられた連中がフレンドリストからメッセージを飛ばして救援を求めていたのだ。
大ホールに残っていた白ネの中で立っている者はもういない。蘇生待ち状態で倒れているのが半分ほどで、残りはすでに最後にいた街の教会へと戻されている。
救援に来た連中は惨状を目の当たりにして愕然と立ち尽くした。そんな彼らに激を飛ばす者がいる。黒髪をツインテールにした十代半ばくらいの少女だ。
「まだ助かる者もいますわ! 急いで!」
その声で我に返った集団は倒れた者たちの回復へ動きだした。どうやらあの少女がこの集団のリーダーのようだ。
思わず渋面になってしまう。コイツも見たくない名前だった。
「[ハルハ]かよ。今日は厄日だな」
「お知り合いですか?」
「ギルド名見ろよ」
ミューに指さしてみせたのはツインテール少女の頭上。
「白十字!」
「あそこの古参団員だよ。ナンバーシックスだったかな? たぶんアイツも俺を殺したがってるやつ同率二位」
「あの人にはなんで恨まれてるんです?」
「あいつはレンカへの妄信と独占欲だけで生きてるような奴なんで、その辺で色々な。……しかしヤギヌマは想像通りの外見だったけど、ハルハは意外だったな。女だとは思ってたけど、ミューと似たような歳とは」
つまりイクオンのサービス開始当初は小学生だったことになる。言動がガキっぽいとは思ってはいたが、まさか本当に子供だとは。
恐らくこの白ネたちの“極地法”はハルハが企画したものだったのだろう。他のメンバーも半分くらいは白十字で、残りも協力関係にあるギルドの連中だった。
そのうち階下で行われていた蘇生作業が終わり、お通夜のような空気で全員引き上げていく。さすがにこのまま先へ進む気はないらしい。どうせ帰るなら貴重な蘇生アイテムを使ってまで起こす必要もなかった気もするが、そこは街へ転送される場合の<罪貨>消費量との差にもよるので一概に間違いとも言えない。
ここまでの道中は十数時間かかるが、帰りはショートカットが開通しているので一時間くらいで済む。
とぼとぼと帰っていく連中の後ろ姿を見ながら、ふと思う。
「妙にタイミングがよかったな」
「どこがいいんですか! やりたい放題やられた後じゃないですか!」
「いや、そうなんだが。一分差ってことは大ホール出たとこの廊下で黒ネの連中とニアミスしたってことだからな。ホントに紙一重だったな」
「……もしそこで黒とカチあってたら、どうなってたと思います? お互い同じくらいの数ですけど」
「戦闘になるだろうが、すぐ近くに黒用の転移門があるからな。形成不利になればすぐに引き上げられるから、黒に負ける要素がない」
「はえー。なるほど」
この大ホールで戦闘になっていれば話は別だ。ヤギヌマがそうしていたようにハルハたちも大扉を封鎖することができる。そうなれば黒ネを一網打尽にできたかもしれない。
黒も白も去り無人となった大ホール。静かになったそこを見下ろしてから、ミューがどこか気が抜けたような顔を向けてきた。
「どうします? あたしたちも一旦帰ります?」
「まさか。今が一番安全に攻略できる好機じゃねえか。黒ネもPKKもしばらくは来ないのが確定したからな」
「ああ、そうですね……」
ミューが自身の頬を叩いて、気合を入れなおす。
やはりコイツもなかなかたくましくなってきた。
そんなわけで縄梯子を下ろして、大ホールへ降りる。妙なところで時間を食ったが、PKとPKKが共倒れしたのを確認できたのは悪くない。
その時俺はそう思っていたのだが――まさかこの出来事が未来を大きく左右することになろうとは。
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・Tips
【魔族】
第三文明期に世界のすべてを支配した真なる魔王。
彼の血肉には比肩する者のないほどの膨大な魔力が宿っており、その寵愛を受けた女性たちにもまた魔が宿った。
それが魔女である。
魔女の中には魔王の子を産んだ者がいた。
魔王の死後、別の男との子を産んだ者もいた。
そこから連なる、魔王の力を受け継ぐ子孫達。
それが魔族である。
現在は真なる魔王が始祖勇者に討たれて始まった第四文明期。
魔族の一部は勇者側勢力と融和したが、
一部は魔王信仰を続けており、世界を再び手中に収めんと画策している。
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