インターミッション ~ワールドファースト~
今から一年三か月ほど前――20XX年12月17日。
この日はMMORPG『イクリプス・オンライン』にとって記念すべき日となった。サービス終了が二週間後に迫る中、ついに最初のゲームクリア者が出たのだ。
“最悪犯罪者”[ヨシヤ]。
“イクオンの良心”[ゾン]。
“白き純潔”[レンカ]。
この三名。
ようするに俺と友人と仇敵である。
最終ダンジョン{天空神殿}。その最奥フロアである“世界接触予想点”でラスボス戦を終えた俺たちの前に現れたのは一人の女だった。灰色がかった髪のウルフカットで瞳の色もぼんやりとした灰。修道服を思わせる光沢のない黒のワンピースドレスを着用しており、足を隠すタイツやブーツも黒で統一していた。身長は俺の胸くらいまでしかない。首元には梟の形状の大きな入れ墨が見える。
これまでもストーリーの要所要所に現れた女だ。もちろん知っている。このゲームの最重要NPC、“魔法王国の大賢者”ユリアーネである。
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[ユリアーネ]:『よくぞ試練を乗り越えました、訪問者たちよ』
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大賢者はフロアの床から5メートルの高さに浮いたまま俺たちを見下ろして微笑んだ。
それからコイツが語った内容は――ざっくり言えば、俺たちのおかげですべてが解決したことと、そのことへの感謝。それと俺たちプレイヤーの願いである“元の世界への帰還”は近いうちに果たせるだろうということ。
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[ヨシヤ]:『近いうちってーのはアレか。サービス終了まで待てってことか』
[ゾン]:『だろうね。今あっちの世界へ戻っちゃったら、その後もゲームできたら変だからね』
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そんなチャットをしていると、大賢者が鷹揚に頷いた。
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[ユリアーネ]:『そのとおり。帰還はこの世界との接続が切れる二週間後に、ということです』
[ヨシヤ]:『うお、ビビった!』
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返事が返ってくるとは思ってなかった。どうやらこの大賢者はNPCではなく、中に人がいるらしい。
それを裏付けるように大賢者は手の甲で口元を隠してクスクスと笑うモーションをした。
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[ユリアーネ]:『こうして皆さんとお話しをするのは、最初に試練を果たしたことへの特別なご褒美です』
[ヨシヤ]:『ああ……なるほど』
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心臓がバクバクしてたが、それはゾンもレンカも同じはず。ようするに運営側もゲーム最初のクリア者が出るこのタイミングを注視していたわけだ。もはや五百人ほどしかプレイヤーが残っていないこのゲームだからこそできるサービスである。中の人はGMである田神大悟なのだろうが、そこを聞くのは野暮というものだ。
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[ユリアーネ]:『皆さんへの特別な報酬はまだあります。私への請願を一つ、許しましょう』
[ヨシヤ]:『請願? “大賢者への請願”ってやつか?』
[ユリアーネ]:『そのとおりです。この私に叶えられることならば、いかなる望みでも叶えましょう』
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これまた意外な話だった。
“大賢者への請願”はこのゲームの舞台である魔法王国の制度である。国民全員が生涯に一度だけ大賢者にどんな願いでも叶えてもらえる、というものらしくゲーム内ストーリーともいくらか絡んできたのだが、まさかその権利を自分がもらえるとは思ってなかった。
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[ヨシヤ]:『……誰も持ってないような最強の武器をくれ、とかでもいいのか?』
[ユリアーネ]:『はい。それが貴方の願いならば』
[ヨシヤ]:『いや。うーん』
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正直ラスボスを倒した後にそんなもんもらっても嬉しくはない。
かなりの難題だ――と悩みながら他の二人の出方をうかがっていると、レンカが俺を指さした。
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[レンカ]:『ヨシヤをロストさせて』
[ヨシヤ]:『おい! ふざけんな!』
[レンカ]:『考えてもみて、ヨシヤ。サービスが二週間しか残ってないのだから、もうヨシヤの罪は漂白しきれない。だからもう一からやりなおすしかない。新キャラ作って清い体でこの世界の終わりを迎えるべき』
[ヨシヤ]:『やなこった。おい、俺の願いはコレだ。コイツの願いをナシにしてくれ』
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俺がレンカを指さし返すと、大賢者はまたクスクスと笑った。
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[ユリアーネ]:『ではその二つの願いは相殺ということで共に無効とします。……それ以外で叶えてほしいことはありますか?』
[ヨシヤ]:『うーん』
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どうせあと二週間でサービス終了するということもあるにはある。が、そもそも今現在俺は多いに満足しており、これ以上に望むことなんて思いつかなかった。
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[ヨシヤ]:『特にねえ、かな。強いていや――メタい話でわりぃけど――どうにか予算確保して続編作ってくんねーかなってくらいだけど、無茶だよなぁ』
[ゾン]:『ボクもそうだね。こうして遊ばせてもらっただけで充分だ。一番の願いはもう叶ってる』
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ゾンが俺に同調して、レンカもそれに続いて頷いた。
厚意を無碍にされた形だが大賢者はむしろ嬉しそうだった。
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[ユリアーネ]:『分かりました。皆さんがそういう人たちでよかった。いえ、逆説的ですが、そんな皆さんだからこそ最初の踏破者となれたのかもしれません。では最後にささやかな褒美として、こちらを授けましょう』
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俺たち三人のキャラネームの上に表示されていた称号が置き換わる。
『ワールドファースト』
高難度コンテンツを最初にクリアしたメンバーを指すMMORPG用語だ。
これは嬉しい。
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[ユリアーネ]:『それでは素晴らしき訪問者たちよ。{十二の月が巡る大地}で過ごす残り僅かな時間を悔いなきよう楽しんでください』
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最後にそう言い残した大賢者ユリアーネは空のさらなる高みへ昇っていき、姿を消した。
彼女が消えたその場所――空の頂では“世界”に大穴が空いていた。穴の向こうでは黒や青や緑、濁った暗色の帯が無数にうねり、無秩序に荒れ狂って流れている。それが世界の狭間に広がる魔力の海の姿であることを俺たちはもう知っていた。
それだけではない。あれが世界蝕と呼ばれる現象により空いた穴であることも、あの海の向こうに俺たちの世界{一つの月の大地}があることも俺たちは知っていた。
☆
「そんなわけで俺たち三人が『ワールドファースト』って呼ばれてるわけだ。正直恥いけどな。この世界だとイクオンプレイしてなかった連中にまでそう呼ばれたりするし」
暗黒街の酒場でギルドを結成する約束をした後も、俺はミューとゾンと共にダラダラと駄弁っていた。イクオンをクリアしたときのことに話が及んだ理由は覚えていない。けっこうすでに飲んでいるからだ。
飲んでいるのはミューも同じである。木製のジョッキで麦酒をグビグビやってるが、あれが何杯目かは覚えていない。こいつ、もしリアルに戻ったときに酒飲みたくなったらどうするんだろうとも思うが、俺が心配するようなことでもないか。
ミューはすっかり座ってきた目を向けてくる。
「なんとなく噂に聞いてはいましたけど、最強のプレイヤー三人を指す言葉ってわけじゃないんですね」
「そ。{天空神殿}は大規模攻略必須のダンジョンでな。今の話の時もラスボス部屋突入時点では二十人くらいはプレイヤーがいたんだよ。そんなかで最後まで生き残ったのがたまたま俺たち三人だったって話。……ま、コイツやレンカは間違いなく最強クラスのプレイヤーだったから、たまたまってわけでもねえかもしれねえが」
横で酒を飲んでいるゾンを親指で指す。リアルでもそうだがコイツはいくら飲んでもまったく顔に出ない。強めの蒸留酒のグラスを傾けているが今も素面そのものだ。
「僕たちがクリアしたことはすぐにシステムメッセージでワールド全体に流れたんだ。全チャがお祭り騒ぎみたいになって面白かったよ。ヨッちゃんなんてチートだなんだってめちゃくちゃアンチに叩かれてたし」
「あんとき叩かれたのはアンタもだろ。レンカに比べりゃマシだったけど」
「よりにもよってヨッちゃんと一緒にクリアだからねぇ。運がないよね、レンカちゃんも」
ゾンと二人、肩を叩きあって爆笑する。
そんな俺たちをミューがパーの形の手を突き出して制止した。もう片方の手でジョッキを口につけた格好のまま数秒フリーズして、それからようやく今のやりとりの意味を理解したらしい。ゾンの方に確認をする。
「『なんであんな奴をクリアさせてんだ!』ってお二人が叩かれたってことです?」
「そういうこと。僕は白黒気にしないって信条で知られてたしヨッちゃんとも仲がいいのは有名だったからそんなでもなかったけどね。レンカちゃんは罪人殲滅を掲げてたから、普段のイデオロギーはどこいったんだって苦情が来まくったって話」
「はえー。ゲームなのにそんな厄介クレーマーみたいな人いるんですねぇ」
「黒と組んで悪さをする白を『癒着』って言うんだけど、これの被害者は相当多くてね。黒そのものより毛嫌いしてる人もいたくらいだよ。だからそういう反応も想定内ではあった」
そう言うゾンは自嘲気味な笑みを浮かべていた。こいつ自身もよく癒着と呼ばれていたからだろう。直接的に悪さに加担したことは一度もないはずだから冤罪であるが。
「実際、癒着ってのはなかなかに恐ろしい存在なんだ。野良募集で他の白とパーティ組んで、狩りをしてる最中にこっそり黒に情報を流してそこを襲撃させたりとかね。それで後から分け前をもらうんだ」
「そんなことされたら絶対防げないし、誰が癒着かもわかりませんねー」
「あるいはそんな手のこんだのじゃなくても白の回復役と黒が組むだけでも凄い厄介だしね。イクオンでは黒に対する回復行為は犯罪に当たらないから」
「ははぁ癒着の人はずっと白のままだから、襲撃されてる側の人たちは手出しできないわけですね。確かに厄介だなぁ」
「この世界でも黒と仲良くする白は許せないっていう人は大勢いるだろうし、ミューちゃんもヨッちゃんと行動を共にするようになったら絶対色々言われると思うよ」
「だーいじょうぶですよ! ぜんっぜん大丈夫! その辺もう覚悟できてますから何言われても平気です! 覚悟ガンギマリですよ!」
このJKの呂律が若干怪しくなってきた気がする。ガンギマリなのはアルコールの方じゃないだろうか。この酒場の横が宿屋なので、仮に今誰かに襲撃されても大丈夫だとは思う。
「しっかしサービス終了二週間前までクリアする人が出ないってすごいゲームですよね。他の人はちゃんとクリアできたんですかね」
「できてねえよ。イクオンを最後までプレイしてたのはざっと五百人ってとこだけど、最終ダンジョンをクリアできたのはその内の一割、五十人ってとこだった」
「え、九割の人はクリアできないままサービス終わったんですか!? ゲームとしてどうなんですかそれ!?」
「そういうゲームだから」
ミューは初めて会った二か月前の時のように異常者を見るような目を俺に向けてくる。
しかし実際その点について運営にクレームは一件も来なかったらしいのだ。ラストダンジョンが難しすぎるというクレームは。
「イクオンは……なんつーかホントに尖ったゲームだったから、それにハマる連中も変な奴が多かったんだよ。特にイクオンを最後まで続けてた連中なんてのはな」
「ゾンさんはフツーに見えますけど?」
「見かけに騙されるなよ。むしろイクオンプレイヤーの中で一番の異常者はコイツだぞ」
俺が指を突き付けるとゾンは心外だとでもいう風に肩をすくめた。相変わらずのムカツクくらいのさわやかイケメンである。
「コイツがクソデカギルド運営しつつ、自分のレベルもワールドトップクラスを維持して、その上にこんな暗黒街の酒場まで顔出せる理由が分かるか?
単純だよ。ずーーーっと寝ないで生活してるからだ。睡眠時間が少ないとかじゃなくて、マジで一睡もしないんだよ」
「うっそだー。嘘ですよね、ゾンさん」
「嘘じゃないけど誇張表現かな。立ったまま目を閉じるだけで脳の疲れが取れる特異体質なんだ。空き時間にちょこちょこ目を閉じてるから、トータルすれば一日2時間は寝てるよ」
「……マグロみたいですね」
冷や汗を垂らしながらミューが呟いた感想は五年前に俺が呟いたのとまったく同じものだった。イクオンの暗黒街でコイツと出会ってからリアルの話をするようになるまでどんくらいかかったかなぁとふと思う。
「コイツはリアルでもクソエリートでな。十五だか十六だか……とにかく今のアンタくらいの歳でアメリカのボストン大学を主席で卒業してて、今は日本の内閣うんたらかんたらってとこで働いてるんだとよ。意味わかんねえだろ?」
「はえー、最近流行りのスパダリってやつですかね」
「そう、こち亀の中川みてえなやつだ」
「すいません、こち亀って一度も読んだことないから分からないです」
「……そうか。あれの連載終わったのも、もうずいぶん前か」
目頭を押さえる。こういうジェネレーションギャップを感じるたびに心臓が締め付けられる。いまだに慣れない。苦しい。
「あの、話を戻すんですけど。大賢者さんって、試練を全部終えたら元の世界へ帰る術を教えてくれるとかって話じゃありませんでした? なんで試練全部終わったら元の世界へ帰れるってことになってるんですか?」
「ん、ああ。……言っていいのか? 普通にネタバレだけど」
「あーー!! やっぱいいです!」
「そうしとけそうしとけ。聞いたところでこの世界で有利になるもんでもねえし」
慌てて耳をふさいだミューを見て、思わず苦笑が漏れた。
同じような顔をしたゾンがこっそり耳打ちしてくる。
「ミューちゃん、ストーリーも楽しんでくれてるみたいで何よりだね」
「まったくだ」
考察しがいのあるストーリーもイクオンの醍醐味である。このJKにはぜひネタバレを喰らわずに堪能してもらいたいところだ。
「二人でなにコソコソ話してるんですか?」
「いや、なんでもないなんでもない」
二人揃って笑顔になって両手を振って誤魔化す。
ミューは一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに鼻歌でも歌いだしそうな上機嫌な様子に戻った。
「あー、あとで図書館行ってムービー見直してこようかな。これまでのやつにもけっこう伏線っぽいことあった気がするし」
ゾンと視線を交わしてほくそ笑む。自分たちと同じ沼にハマる新規を見て喜ばない奴はいない。
「しかしよ、ゾン。このゲームにハマるのは異常者説が正しいなら、コイツもそうだってことになるよな」
「なるね。でも言わないほうがいいね」
「そうだな」
「二人とも、またなにコソコソ話してるんですか?」
「いや、なんでもないなんでもない」
またも二人揃って笑顔で誤魔化す。
新規が沼にハマる様子をまた見られただけでも、この世界に来た意味はあったかもしれない。
そんなことを考えてしまう俺はやはり異常者なのだろうか。
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・Tips
【大賢者ユリアーネ・アシェク】
三百年前に起きた“勇者の聖戦”で活躍した英雄の一人。
始祖勇者から授かった“叡智の聖印”の保持者。
現在は冒険の主な舞台となる魔法王国で宮廷魔術師を務めており、
勇者側勢力の最重鎮として魔王側勢力との戦いを指揮している。
知名度の割に謎の多い人物であり、その容姿も不明である。
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