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第八話 スラムでの飲み会(治安が悪いとは言っていない)

「あたし、ここ二か月ずっとヨシヤさんを探してたんですよ。でもこの世界、二十万人もいますからね。そこそこおっきな市くらいですよ二十万て。その中からたった一人を探すんですよ。冷静に考えると無理ですよ、無理」


 第二の街ウルトの外れ、暗黒街(スラム)と呼ばれる治安の悪い区域の酒場の片隅で、女子高生[司祭(プリースト)]のミューは麦酒(エール)がなみなみと(そそ)がれた木製のジョッキを片手にそう熱弁した。

 イクオンがゲームであった頃と異なり、この世界には日本円でのみ購入可能な“課金アイテム”は一つも存在しない。そのため『発言権』を購入することで使用できた“全体チャット”も当然ない。公式掲示板やSNSなどの外部ツールもない上に、街やダンジョンのチャンネル数はゲームであった頃より遥かに多い。この状況で一人の人物を探しだすのは、確かに現実的な話ではない。


「最初は掲示板を使ったんですよ、街の各所にあるアレです。“うどん好きのYさん。〇〇時に〇〇で待ってます。Mより”って。ヨシヤさん見ました?」


「見てない。そもそもほとんど街にいなかったし」


「ですよねー。だと思ってました。あれもチャンネルまたいで表示されるわけじゃないし定期的に消されるしで、すっごい不便なんですよ。で、じゃあどうしようかって困ってたんですけど、その頃うわさで中級冒険者の証の存在を知ったんです。それで(ひらめ)いちゃったんですよ」


 ミューは豪快に麦酒(エール)を喉に流し込んで大きく息を吐くと、したり顔をしてみせた。


「逆転の発想ですよヨシヤさん。探せないのなら、相手が来るであろう場所を推測してそこで待てばいいんです」


 ミューはアルコールで少しばかり赤くなった顔を近づけてくる。この世界で売られている酒類はステータスを一時的に底上げする効果があるアイテムで、飲むと気分は高揚するし酔った風にはなるが体に害はない……らしい。

 なので未成年のコイツが呑んでいることについては目をつむる。だがパーソナルスペースを侵害されるのは許容できない。ミューの肩をぐぐっと押して距離を取る。


「よーするに俺がゾンと会うのに使ったのと同じ手だな。……ま、実際こうして見つかっちまったわけだし賢いっちゃ賢いんだが」


 自分のジョッキから麦酒(エール)を口に含み、同席しているゾンへと目を向ける。

 俺を探すというのであれば、すでにこの世界でも名が売れているコイツを先に探して、俺と会っていないかとたずねていればそれで済んだ話である。それを指摘して機嫌を損ねる気はないが。

 リラックスした感じで酒を飲むミューの姿をキモがられない程度に観察する。この活きのいい女子高生と会うのもおよそ二か月ぶりだ。前回会った時は右も左も分からないMMOド素人だったが、どうやら他の多くのプレイヤーと同じようにこの少女も世界に順応したようである。


「ずいぶんゲームを進めた(・・・・・・・)みたいだな、ミュー」


「え、わ、分かりますか?」


「装備品見りゃな。そもそも20レベルなきゃここに来れないし」


 ここ一月でこのウルトの街に到達したプレイヤーはだいぶ増えた。だがまだこの世界の人間の一割にも満たないはずだ。俺と一緒にやったあの強引なレベリングが効いたのはあるだろうが、あの後この少女が相当な努力を重ねたのも疑いようがない。

 褒められて気をよくしたのか、ミューは二杯目の麦酒(エール)をぐびぐびとやりながら体をくねらせて照れ笑いを浮かべた。


「えへへ。ほら、前にヨシヤさん『誰かに食い物にされたくないなら強くなれ』ってあたしに言ったじゃないですか。だからヨシヤさんを探すかたわら、野良のパーティ募集に参加して狩りとかメインストーリー攻略とかしてたんです。でも正直、途中からは強くなるためっていうより純粋に楽しくてやってましたけどね」


「おお! だろ!? 楽しかっただろ!? 楽しいだろ!? このゲーム!!」


「落ち着けヨッちゃん、気持ち悪いオタクみたいになってるぞ」


 ゾンは俺にツッコミを入れるついでにミューの方へと向き直る。


「あー、挨拶が遅れたね。っていうかヨッちゃんが紹介してくれるの待ってたんだけど、このコミュ障がそんなことしてくれるわけなかったね。

 僕はゾン。ヨッちゃんとはイクオンのサービス開始当初からの友人で、『ディスクアウト』っていうギルドでマスターをやってる」


「あたしはミューです。ゾンさんのことはこの世界でいろんな人から噂を聞きましたし、ヨシヤさんからもうかがってます。この世で一番信頼できる奴だってヨシヤさん言ってました」


「ちょ、馬鹿! 本人に言う奴があるか!」


 慌てた俺を見て、ゾンがけらけらと笑う。


「ヨッちゃんとはキリングゴーレム狩りをしただけだって聞いてたけど、けっこう仲がいいんだね、ミューちゃん」


「お二人こそ。仲いいんですね」


「ま、それなりにね。もう五年以上の付き合いだよ。僕に限らず、このチャンネルの暗黒街(スラム)に出入りする連中はみんな、ヨッちゃんとはこんな感じさ。ヨッちゃんはこんな性格のくせになぜかここの中心人物でね。……なぁ、みんな!」


 ゾンが酒場の中を見渡してジョッキを掲げる。

 すると周りの席で飲んでいた大勢のプレイヤーが声を上げ、同じようにジョッキを掲げて応えた。それからなぜか湧き上がる『ヨ・シ・ヤ! ヨ・シ・ヤ!』というバカみたいなコール。

 なんか恥ずかしくなって、俺は身を縮こまらせた。


 中心だったかはともかく、ここにはゾンのように俺に対して普通に接してくれる奴らがいくらかいる。どいつもこいつもろくでもない奴ではあるが、仲間ではあるし友人でもある。ゲームであった頃はその半分くらいが罪人(クリミナル)だったが、さいわい――もちろん信じてはいたが――みんな、この命がけとも言われる世界では黒字(ブラック)にならずに通していた。

 無意味に盛り上がる酒場の空気を見て、ミューが何やら納得顔で頷く。


「なーんだ。やっぱりちゃんとお友達がいたんですね」


「やっぱりってなんだよ。やっぱりって」


「いえ、実はあたしがヨシヤさんを探していたのには理由がありまして」


 両手の手のひらを合わせて照れ臭そうに笑うミュー。

 なんか嫌な予感する。


「私も自分のギルドを作ろうと思うんです! それでサブマスターをヨシヤさんにやってもらおうと思いまして!」


「おお、ヨッちゃんとギルドか! それはいいね!」


 どういうわけか先に反応したのはゾンだった。

 俺は思いっきり顔をしかめていた。なんかまぁそんな感じの話じゃなかろうかと覚悟してたような気もする。


「ミュー。アンタ、ギルドがどういうもんか分かってんのか?」


「当たり前じゃないですか。あたしももう二か月もこの世界にいるんですから。簡単に言えば部活みたいなものですよね」


「……間違っちゃねえけどよ。あんまメリットあるもんじゃねえぞ。それこそゾンのとこみたいにギルド内で狩りとか攻略するなら別だけど」


 ゾンの方を親指で指す。


「こいつんところに入るんじゃダメなのかよ」


「ダメです。あたしはヨシヤさんとギルドをやりたいんです。一緒にゾンさんのところに入るならいいですけど」


 俺は苦い顔のまま首を横に振る。こいつのところに世話にならないのは以前誘われたときに決めている。

 ミューは席から腰を浮かせ、再び俺の方にずいっと顔を近づけてきた。


「ヨシヤさんはあたしの頼みを断れないはずですよ」


「はぁ? なんでだよ」


「ギブアンドテイクですよ! さっき、ヨシヤさんがPKKの人に脅されているところを助けてあげたじゃないですか!」


「ああー、あの悲鳴ね。ありゃそっちが勝手に助けただけだろ。別に俺は頼んでない。だからお礼も言わない」


 得意げだったミューの顔がみるみると(しお)れていった。どうやらそれしか俺に頼むための材料がなかったらしい。いつだかのように泣きそうな顔で俺の腕を掴んで懇願してくる。


「お願いだからー! 常識的な範囲内でならなんでもするからー!」


「……いやまぁ確かにさっきは助かったから、多少の頼みなら聞いてやらないでもねぇけどよ。他の事じゃダメなのか?」


 ミューはぶんぶんと首を左右に振る。

 どうやら決意は固いらしい。


「そもそもなんで俺なんだよ。俺のこと探してたってんならゲーム時代の俺の悪評も聞きまくっただろ」


「聞きました。めっちゃくちゃ聞きました。別に調べたわけでもないのに聞きまくりました。けど、どうも全部が全部本当だとは思えなくて」


 落ち着きを取り戻したミューは自分の席にまた腰を下ろした。


「ヨシヤさん、PK(プレイヤーキル)をたくさんしてたんですよね」


「正当防衛だけどな、全部。最初に罪人(クリミナル)になったのもヤらなきゃヤられる状況だったからだし。でもゲームのシステム上はPK(プレイヤーキル)だな」


「詐欺もしてたとか」


「したよ、そりゃあ。でもそれはイクオンじゃ規約違反じゃなかったし名前の色とも関係ない」


「バグを利用して、あくどいことをしまくったとか」


「それもした。山ほどした。でもイクオンではそれも規約違反じゃねーから」


「ユーザー主催のイベントをいくつもぶち壊したとか」


「そりゃデマだ。別の黒ネがやったことがいつの間にか俺がやったってことになってたんだよ」


「“暗黒街の元締め”、“極悪非道”、“最悪犯罪者”――そんな感じに呼ばれてたとか」


「その手の異名はクソほどあったなぁ。もっと酷い蔑称(べっしょう)もあったけど」


 今となっては懐かしいが、よく誹謗中傷されたものである。定期メンテが延長するたびに『ヨシヤが悪い』と全体チャットで連呼するのがある種のミームとして定着していたりもした。

 ミューは確信に至ったように頷くと、酒場の中を見渡した。


「やっぱりそんな悪いことはしてなかったんですね。そうだと思いました。もしヨシヤさんが噂通りの人だったら、あたしのこと助けてくれなかったと思うし、こんなにたくさん友人がいたりもしないと思います」


「……ま、確かに俺は世間で言われてるほど悪人じゃねーよ。それは認める。でもわざわざ組む必要はねえだろ。俺が悪人じゃなくても悪評が流れてるのは事実なんだ。俺と同じギルドに入ってるってバレたらアンタまで迫害されるぞ」


「それくらいはもう覚悟の上です。あたし、決めたんですよ」


 ミューは女給(ウェイトレス)のNPCに麦酒(エール)のおかわりを持ってこさせると一息で飲み干した。なんだか目が据わってきたような気がするが大丈夫だろうか。


「ヨシヤさんって危なっかしいんですよ。だから放っておけないんです」


「ああ? 俺はあのクソマゾゲームのイクオンを最後まで生き延びた男だぞ。それも最多賞金額でだ。生存力は人一倍だぞ」


「そういう危なっかしさじゃなくてですね。そりゃ一人で生きてる分には平気そうなんですけどね。助けてもらったあたしが言うのもなんですけど、ヨシヤさんって困ってる人を見過ごせないから、そのうちそれが(わざわ)いして身を滅ぼしそうなんですよ。だからあたしみたいなのが必要だと思うんですよ」


「はぁ?」


 何言ってんだコイツと唖然としていると、横でゾンが手を叩いて爆笑した。


「あっはっは! そりゃあ言えてるね! ヨッちゃんは自分に敵対的な奴にはめっぽう強い癖に、自分を頼ってくる奴にはどうしようもなく弱いから」


「そうかぁ?」


「無自覚なのがまた危ういね。うん、やっぱりヨッちゃんはミューちゃんと組むのがいいと僕は思うよ。きっといい相方になってくれる」


 俺はなおも疑わしい気持ちでミューへと視線を戻す。


「で? 俺がどっかの困ってる奴を助けて窮地に陥らないようにアンタが監視してくれるってわけか?」


「違います! どうせ助けるなら楽な奴を助けろってことです。あたしは足手まといにならないように精一杯頑張りますから、あたしを助けてください。つまり船をその場につなぎとめるための(いかり)みたいなもんですよ」


 分かるような分からないような例えを出して、ミューは両手を広げる。


「あたし、よく友達に言われるんですよ。積極的な癖に流される性格してるって。自分でもそう思うんですけど、ヨシヤさんに助けてもらって、この世界で二月暮らして、このままじゃいけないって思ったんです。これからは自分の意思に従って生きようって決めたんです。

 じゃあ自分は今どうしたいんだろう、自分はこの世界でどう生きていきたいんだろうって考えたとき、ヨシヤさんに恩返ししたいなって思ったんです。で、恩返しをするにはどうするのが一番かって考えた結果がこれです」


 恩返しの方法がもう一度助けてもらうこと――というのはなんだか釈然としないが、確かに理には(かな)ってはいる。俺がいずれ人助けで身を滅ぼすとかいう前提条件が正しいと仮定すればの話だが。


「そもそもだな。最初に会ったときのあれは助けたわけじゃない。ギブアンドテイクだって言っただろ。恩返しなんて必要ない」


「ヨシヤさんはそう思っていればいいです。これはあたしの気持ちの問題です」


 流されない性格になるぞと宣言していたが、これではむしろ頑固の域である。

 どうしたものかと悩んでいると、ゾンがミューへと助け船を出した。


「いいんじゃない? ヨッちゃんがギルド名をずっと非表示にしておけば、それほど問題も出ないだろう。それなら僕やここにいる他のみんなともそんな変わらないしね」


 それはそうかもしれないが、問題は他にもある。


「言っとくけど、俺がサブマスなんてやってたら他の奴は入ってこないぞ?」


「分かってますよ。最初から二人きりのギルドのつもりです」


 どうやら決意は本当に固いらしい。

 断る理由を必死に探す。だがこれと言って思い浮かばない。俺と組むデメリットはさっき言ったとおりだが、メリットももちろんある。俺と組んだ場合とそうでない場合、果たしてこの少女の生存率はどちらが上か。計算して分かるものではないが。


 認める。ゾンの時もそうだったがギルドに誘われて嬉しくない奴はいない。相手がいかにも学校でモテそうな女子高生ならなおのこと。一回り近く歳が離れているし、別にそういう目で見ているわけではないが――。


 こうやって悩んでいると、流される性格をしているのは実は俺の方なんじゃないかとも思えてくる。


 こういう時はあれだ。エアうどん()ねだ。

 空想上の小麦粉の塊を()ねて、波打つ心の水面を落ち着ける。


「ゾンさん。なんでヨシヤさんってこういうとき、うどん()ねるんですか?」


「香川県出身だからだよ。あそこの人はみんなそうなんだ。ヨッちゃんは今は東京在住だけどね」


「へぇ。え、ゾンさんも? あたし神奈川です、東京寄りの。みんな近いし、無事に元の世界に帰れたら打ち上げしましょうよ!」


「お、いいね!」


 そんなミューとゾンのリア充トークが耳に届くが、無心になっているので反応しない。


「ふぅ……」


 大きく嘆息して、色々と諦める。

 よし、この女子高生が流される性格をやめるというのなら、俺も一緒にやめてやる。

 俺が流されるのは、これが最後だ。


「三つ約束しろ。『他の誰かを助けるために、自分の身を危険にさらすな』。『危険なときはヤられる前にヤれ』。それと……『やるからには俺と組まなかった場合より生存率が上がるようにビシバシ鍛える』から絶対に音を上げるなよ」


「や、約束します! ……えっと、つまりOKってことですか? OKってことですよね?」


 また上半身を近づけてくるミュー。

 観念して頷いた。


「ああ」


「やったー!」


 ぱあっと輝くミューの顔。

 うきうきしながら両手を差し出してくる。


「よろしくお願いしますね、ヨシヤさん!」


「ああ、よろしく、ミュー」


 片手を差し出して握手をする。

 最初に会った日にもこんな感じに握手をしたが、あの時は別れの挨拶だった。

 今はその真逆だ。


 ゾンがニヤニヤ笑いながら肩を叩いてくる。


「よかったじゃないか、ヨッちゃん。ギルドもイクオンの楽しみの一つだよ。君がそれを放棄してることを僕はずっともったいないと思ってたんだ」


「ちっ。……俺が困惑してるの見て楽しんでるだろアンタ。性格わりぃな」


 悪態をついてしまったものの、実のところそれほど悪い気はしていなかった。

 それはミューがこれ以上ないくらい喜んでいるからだろう。


 これが現役女子高生の力なのか――それとも彼女個人の力なのかは今はまだ分からない。


 ともかく、こうして俺のイクオンでの第二の生活は一周目とは異なる方向に大きく()れることになったのである。






    ☆






 偶然か、はたまたこれも必然か。

 始まりの街アランダシルの宿屋が宿泊料を一斉に値上げしたのと、街中で寝泊まりするグループを標的にした大規模爆破テロが起こったのはどちらもこの日だった。


 この二つの事件により残る二十万のプレイヤーは一人の例外もなく、この世界を攻略していくことを余儀なくされた。


 これがこの世界の始まりの終わり。

 そしてこれまでとは比べ物にならない頻度でプレイヤーがロストしていく“中期”の始まりであった。


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・Tips

暗黒街(スラム)

アランダシル以外の各都市に存在する貧民街。

盗賊ギルドや賭場があり治安が悪い。


宿屋、鍛冶屋、冒険者の店、ダンジョン探索受付所など主だった設備は存在するが、表街とは異なり衛兵を呼ぶことができない。

そのため罪人(クリミナル)も大手を振って歩くことができる。

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