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第八話 ヴィーティン子爵

「ナーゼル伯爵は(くだん)の廃公子を養子にしていたのか……」



 隣領ナーゼルの領主カランツ・ナーゼルから、アムガルト・ヴィーティンに書簡が届いた。


 手紙にはレイマンを養子にしたこと、彼にナーゼルを継がせること、そして今後の交流を兼ねてエリサベータと彼を引き合わせたい旨が(したた)められていた。


「彼とエリサベータの顔合わせか」


 さて、カランツは何を考えて提案してきたのか。

 本当に唯の領地同士の交流なのか、レイマンの交友関係を広げたいのか、それとも……


 アムガルトは思案した。


 エリサベータは目立つ娘だ。


 まだ九歳と幼いのだが、近隣には既にその美貌が知られている。もしかしたら、カランツのこの打診は将来エリサベータを彼の伴侶にしようと目論んでいるのではないか?


 少し考え過ぎだろうかとも思ったが、決してあり得ない話でもない。


「レイマン・ファルネブルクか……」


 いや、今はレイマン・ナーゼルだったなと訂正する。


 過去にアムガルトは宮中でレイマンと会ったことがあり、その事を思い出していた。


 レイマン・ナーゼルは元々ファルネブルク侯爵の嫡子。アムガルトの目から見ても才気あふれる少年であった。だが、驕る素振りもないその振舞いを見て、このまま育てば清濁合わせ持つ立派な貴族になれそうだと思えた。


 実はアムガルトは彼を気に掛けていた。注目していたと言っても良い。エリサベータの相手として……


 アムガルトはエリサベータを溺愛していた。


 エリサベータは将来は絶世の美女になるだろうと確信させる程の麗しい少女だ。


 しかし、彼女は美しいだけの少女ではなかった。聡明で、才智に優れている。しかも、その才智の源泉は仁愛であり、まっすぐ育った人柄は清廉(せいれん)で潔癖。


 臣民が苦しむ姿に心を痛め、庶民を救うのに逡巡がない。貴族の令嬢としてありえない程に優しく育った。それは嬉しいことだし、アムガルトとしても愛娘のこの美質を大事にしてやりたい。


 だが、とアムガルトは心配もする。


 貴族たちの世界は清濁がない混ぜになって混沌としている。この美質は逆に貴族社会では住みにくい性質であると。


 彼女が地方の小さな領主の子爵令嬢で終わるなら問題はなかった。しかし、彼女は親の贔屓(ひいき)目抜きにしても間違いなくこの国一番の佳人となる。そうなると高位の貴族たちが娘を放っておかないのは明白だ。何時かは高位の貴族に娶られてしまうだろう。


 だが、才気はあっても清廉すぎるこの娘は、魑魅魍魎が跋扈(ばっこ)する王都で果たして無事にいられるだろうか。


 アムガルトのこの懸念はもっともなことである。


 そんな心配をしていたアムガルトの目に留まった令息がレイマン・ファルネブルクである。彼ならあるいはとアムガルトは考えていたのが、領地に戻って来たアムガルトの耳にレイマンの廃嫡の噂が届いて落胆したものだった。


 だからアムガルトの元にカランツから(もたら)された話は、渡りに船であった。


──(むし)ろ好都合。


 ヴィーティン家は子爵位である。侯爵の嫡男よりも伯爵の嫡男の方が釣り合いが取れる。それに、ナーゼル領は隣領で、エリサベータを遠くに嫁がせずに済むのも、娘を溺愛しているアムガルトの琴線に触れた。


 早速アムガルトはカランツに『諾』の返事を送るとエリサベータを呼んだ。


 やって来たエリサベータに事の経緯(いきさつ)をアムガルトは意気揚々と説明した。



「ナーゼル伯爵様の御子息と顔合わせでございますか?」



 彼女は愛する父の話しに頬に右手を添えて不思議そうに小首を(かし)げた。

 娘の愛らしい姿にアムガルトは相好(そうごう)を崩す。



「ああ、ナーゼル伯からお願いされてね」

「ですがお父様。ナーゼル伯爵様に、お子様はいらっしゃらないと聞いておりますが」



 九歳の童女とは思えない聡明な受け答え。隣領とは言え、同年代で他家の情勢も知っている令嬢がどれ程いるだろうか。



「エリサの言う通りだ。伯は数年前に事故で御子息を失っておられる。だが、一年前に養子を迎えられた」


 少し浮かれ気味のアムガルトにエリサベータは少し思案する素振りを見せた。


「ナーゼル伯爵位はファルネブルク侯爵様の所有されているもの……その養子の方はもしかして王都で噂の廃公子なのですか?」



 アムガルトは舌を巻いた。この子は本当に九歳児なのだろうかと、自分の娘ながら少し空恐ろしさを感じる。領地から出たことのない少女がどうやって王都の噂を知ったのか。



「ああそうだ。今はレイマン・ナーゼルと名乗っている」

「そうですか」


 考え込んだエリサベータの姿に娘は乗り気ではないのかとアムガルトは焦った。


「早計であったか?嫌なら今からお断りしても……」

「いえ、嫌ではありません。ただ……」



 その美しい相貌を曇らせる娘に、廃嫡された子息に忌避感があるのかと、アムガルトは己の浅慮を呪いたくなった。



「私は王都のご令嬢の様に垢抜けてはおりません。レイマン・ナーゼル様は御母堂を亡くされ廃嫡までされた身。その傷心やナーゼルの地での無聊(ぶりょう)をお慰めするのに私では力不足ではありませんか?」



 アムガルトは苦笑いした。これ程の受け答えができる同年代の貴族子女がいったい何人いることか。



「エリサに無理なら、この辺りの貴族子女に可能な者はいないさ」



 この言葉でエリサベータのナーゼル行きが決まった。

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