エピローグ 蒼玉の誓い
アムガルトに連れられて式場に現れたエリサベータは白い花嫁衣裳で全身を包み、その顔は厚い白のヴェールで隠れており窺う事は出来なかった。
花嫁の顔を隠すこのヴェールは真実の愛を交わすまで花嫁を穢れから守る為のもので、真に愛を誓った者だけが取り払う事が出来る。古来よりクロヴィス王国に伝わる結婚の習わしだ。
アムガルトとエリサベータはゆっくりと赤い絨毯の上を進み、レイマンと向かい合う位置で立ち止まった。
「娘の事を宜しく頼む……」
「はい……この命に代えても」
アムガルトと言葉を交わすと、彼からエリサベータのエスコートを代わり、レイマンは彼女と共に神父が立つ神前まで歩を進めた。
二人がやって来ると、神父は優しい笑顔を向けた。
この教会で式を挙げたいと、二人が教会を訪れた時に全ての事情をこの神父に話した。
話を聞いた神父は『冒瀆の呪い』について知っても嫌な顔一つ見せなかった。それどころか彼は快く挙式の件を承諾してくれたので二人はほっと安堵した。
王都の教会は『冒瀆の呪い』を掛けられたエリサベータが救いを求めた時に、彼女を穢れた者と拒絶していたので、ここでも断られるのではないかと危惧していたからだ。
その温和な神父が祝詞を唱えていく。
その祝詞に式場いる全ての者が耳を傾ける。
やがて誓いの儀式の段になった。
「汝ら、契約の神に誓うか?」
「「はい誓います」」
厳かに問いかける神父に対して、神への宣誓をする二人にはもう迷いは無い。
「それでは誓いの指輪の交換を」
神父の言葉に、彼の隣に控えていた修道女がリングピローをレイマンとエリサベータの二人の前に差し出した。
その上には青い宝石を嵌めた指輪が二つ。
二人が選んだ二人の瞳の色の蒼玉を嵌めた指輪。その指輪をお互い相手の指にはめる。
「ここに二人の愛を契約の神の名の元に真なるものと認める」
これでレイマンとエリサベータの間に誓約が成立した。
「それではヴェールを取り、互いに愛の証しを……」
神父が促すと、レイマンとエリサベータは向かい合った。
その時……
「あれは!」
真っ先に異変に気が付いたアムガルトが湖の対岸を指差して叫んだ。
そこは不吉の象徴である『冒瀆の森』。
「なに!?」
「どうして?」
「まさか!」
アムガルトが指し示した方向を見た参列者達が騒めき始めた。
数百年もの間、『冒瀆の森』の上に立ち籠めていた暗雲が、まるで苦しみのたうち回る様に蠢き始めたのだ。
荒れた湖面の様に波打ち渦巻く黒い雲は次第に薄らいでゆき、その中心部から光がカーテンの様に漏れ出て徐々に崩れていく。
その暗雲が薄れ、光が溢れ出した時に教会にいた者達は何処からか女の断末魔が聞こえてきたような気がした。
そして数百年以上もの間『冒瀆の森』を覆っていた禍々しい雲は跡形も無くなった。
レイマンとエリサベータは皆に釣られて太陽の元に晒された『冒瀆の森』を一度見たのだが、直ぐに興味を無くし顔を見合わせた。
レイマンにもエリサベータにも森も魔女もどうでもいい事だった。
今の二人にとって最も大切なものはお互いの隣にいるのだから。
レイマンはもう森には目もくれずエリサベータを見詰め、彼女の顔を完全に隠すヴェールに手を掛けた。
レイマンには呪いが解けようと解けまいと関係がない。このヴェールの下がどの様な顔に変わろうとも、それがエリサベータであれば全ては些事。
エリサベータは呪いで顔がどの様に変えられようともう惑わない。レイマンが自分を愛してくれる事が全て。
春の暖かな風が穏やかに流れる。
九年前に二人の間を吹き抜け悪戯をした風。
今度は二人を祝福するように優しく彼らを包みこんでくれた。
エリサベータの着る真っ白なドレスと真っ白なヴェールがふわりと波打つ。
レイマンは九年前を想い出す。
あの時に吹き抜けたこの風は、彼に初恋を運んだ。
エリサベータは九年前を想い出す。
あの時に吹き抜けたこの風は、彼女に恋の予感をもたらした。
二人はこの九年間を想起する。
二人の道が交わり始まった恋は、共に歩んむことで絆を育んで確かな愛になった。
もう二人に迷いは無い。
これから呪いよりも辛い苦難が待ち受けていたとしても、二人は繋いだその手を絶対に離さない。
何故なら、その手を離すことの方が辛く、悲しく、苦しいと知っているから。
だから二人は共に歩む。
これからも離れることなく。
ずっと……ずっと……
レイマンは微笑むとエリサベータの顔を覆い隠すヴェールをそっと持ち上げた……




