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第四十六話 湖畔の教会

 今日もヴィーティン領は快晴であった。


 レイマンとエリサベータはヴィーティン領の湖の教会に来ていた。

 あの『冒瀆(ぼうとく)の森』を望む小さな湖畔の教会である。


 今日、二人はここで結婚して夫婦(めおと)となる。


 空を見上げれば澄み切った青い大空に雲は一つもない。

 それは二人の心の(あらわ)れであるのかもしれない。


 もはやレイマンにもエリサベータにも結婚への迷いは無い。


 だから二人は『冒瀆(ぼうとく)の森』の近くの、この小さな湖畔の教会で結婚式を挙げることに何の不安もない。


 もう何者にも二人を引き裂く事は出来ない。例え再び『冒瀆(ぼうとく)の魔女』が襲来して、エリサベータを如何様に変えようとも自分達は手を取り合う。それを表明する為に『冒瀆(ぼうとく)の森』を望むこの教会を選んだのだ。


 教会のすぐ横の湖の(ほとり)に設置された教台の上で神父が二人を待っている。

 二人は挙式を屋外で執り行う事にしてもらったのだ。


 その教台に立つ神父の背後の先には『冒瀆(ぼうとく)の森』が見える。

 その森の上空だけが、数百年晴れたことのない黒い雲が立ち籠めていた。


 だが、恐ろしく不吉なその光景も、二人の心を挫くことはもう出来なかった。


 レイマンが全てを捨てたとしても、エリサベータは彼と共に歩むと心に誓った。

 エリサベータの呪いが解けずとも、レイマンは彼女と添い遂げると心に誓った。


 二人はもう恐れない。

 本当に怖いのはお互いがいなくなることだから。

 だから何が待ち受けていても、二人が共に歩めるならば、共にその苦難を乗り越えられるだろう。


 レイマンは一人で式場を見て回った後、その光景を一瞥したが特に表情も変えず教会の中へと入って行った。教会の一室を花嫁の部屋(ブライズルーム)として、エリサベータは母マレジアと侍女のツェツィアの手を借りて衣装に着替えているはずだからだ。


 部屋をノックし入室の許可を貰ってレイマンは花嫁の部屋(ブライズルーム)の中へと足を踏み入れた。


「レイ様!」


 最愛の人の姿を見て喜びの声を上げるエリサベータ。


「準備は万端のようだね」


 愛しい人の花嫁姿に相好を崩し、レイマンは彼女を軽く抱き寄せると二人はお互い左右の頬に軽く接吻を交わした。


 彼女は全身を白で統一した清純な花嫁衣装に身を包んでおり、その顔はやはり呪いで奇怪な面相のままである。だが彼女の笑顔を見て、レイマンは彼女が世界で一番綺麗な花嫁であると確信した。


──誰が何と言おうとエリサがこの世で最も美しい。


「ナーゼル伯爵。そろそろヴェールの準備を……」

「え……あ、はい」


 横からマレジアに声を掛けられ、レイマンは名残惜しそうにエリサベータから離れた。


 このクロヴィス王国では、母親が顔を完全に隠すヴェールを花嫁に被せる風習がある。誓いが終わるまで他者から顔を隠す目的のこのヴェールは、被ると文字通り顔が外から全く分からなくなる。


 エリサベータはマレジアの手によって白のヴェールを被せられ、その『冒瀆(ぼうとく)の呪い』を受けた顔は完全に隠れてしまった。


「エリサ……それでは先に会場へ行っているよ」

「はい、レイ様……後ほど」


 ヴェールで表情が全く見えないのだが、エリサベータがふっと笑ったようにレイマンには思えた。


 花嫁の部屋(ブライズルーム)を出るとレイマンは儀式場へと先に向かった。

 花嫁であるエリサベータは後から父親のアムガルトがエスコートして来ることになっている。


 式場に到着するとヴェルリッヒがレイマンを待ち受けていた。


「兄上!やはりファルネブルクは兄上が継ぐべきです」


 彼の開口一番がこれである。

 ヴェルリッヒは未だに納得がいかないと、むっとした表情を作っていた。


 そんな弟にレイマンは苦笑いを浮かべた。


「ヴェル、それはもう何度も話し合っただろう?」

「だけど……僕は諦めきれません!」

「私は爵位よりエリサを選んだんだ」

「姉上と結婚した上でファルネブルク侯爵となればよいではないですか!」

「それは親族が許さないだろう」

「姉上の何がいけないと言うのです?姉上に何の(とが)瑕疵(かし)があるというのですか!」


 兄を崇拝する弟(ヴェルリッヒ)からすれば、呪いを受けた姉(エリサベータ)との愛を貫く実兄(レイマン)の姿は美談にしか見えない。


「あいつら父上が横暴に振る舞っていた時には何の手助けもしなかった癖に!」


 ヴェルリッヒは(さえず)る雀など蹴散らせばいいのだと思っている。


「エリサを王都へ行かせたくはないんだ」

「……」


 それでもと、不貞腐(ふてくさ)れた顔をするあたりヴェルリッヒはまだ子供だった。


「ヴェルリッヒ、あまり無茶を言うものではないぞ」

「そうそう。先のことは後で考えればいいの」


 拗ねるヴェルリッヒを宥めるようにギュンターとその婚約者のナターシャの二人が訪れた。


「今日は晴れの日よ。今は二人を祝福することを優先しましょう」


 ナターシャがくしゃくしゃとヴェルリッヒの頭を撫でる。


「はい……申し訳ありません兄上」


 渋々ながらもヴェルリッヒは鉾を納めた。


「二人とも来てくれてありがとう」

「親友の結婚式だ。他の何を置いても来るに決まってるだろ」

「誰が何と言おうと私はエリサを祝福するわ」


 朗らかな表情のギュンターとくすりと悪戯っぽく片目を瞑るナターシャの祝福。


「ありがとう」


 ずっとレイマンとエリサベータの味方でいてくれた二人に、レイマンは心から謝意を述べた。


「そう言えば表でハプスリンゲ公爵家の馬車を見たんだが……」

「ハプスリンゲ公爵の?」

「招待は……」

「いや、していないが……」


 ギュンターの報告にレイマンは首を捻った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 トントン!トントン!


 花嫁の部屋(ブライズルーム)で式場までのエスコート役のアムガルトを待っていると、ノックと共に突然アグネスが姿を現した。


「ご機嫌よう」

「アグネス!」


 部屋に入って来たアグネスはにこりと笑うとエリサベータの側へと寄った。


「ご結婚おめでとう」


 驚くエリサベータをアグネスは優しく抱きしめて祝福した。


「どうして?」

「あら、友達を祝福するのはおかしいかしら?それに忘れてしまった?私は貴女の事は嫌いになれないと言ったでしょう」


 エリサベータを見詰めるアグネスの瞳は寂しげではあるが、とても澄んでいた。


「レイマン様の事は好きです。だからと言ってエリサに不幸にはなって欲しいと思ってはいないわ」

「アグネス……」

「確かにレイマン様とは結ばれたかった。だけど……」


 アグネスの顔がぱっと明るくなった。


「レイマン様がエリサを見捨てなかった事が私は何よりも嬉しいの。私達がお慕いした方はやはり素敵な方だったわ」

「アグネス……ありがとう」


 途端にアグネスの顔が綻んだ。


 エリサベータはこの世界で最も優しく、美しい花を見た。

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