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第四十五話 蒼玉の瑕疵

 レイマンが手にする木箱の中には布が敷き詰められ大切に安置されていたのは……



 光りを浴びて青い輝きを放つ美しい……



 大きな蒼玉(サファイア)だった。


 

 その綺麗な青い石の輝きを見て、エリサベータは驚きで大きく目を見張った。


「これは……この蒼玉はもしかして!」

「約束しただろ。結婚を申し込む時にこの蒼玉を贈ると」


 それは婚約を申し込んだときに市場で手に入れた瑕疵(かし)のあった蒼玉。

 レイマンはエリサベータに綺麗に傷の無くなった蒼玉を差し出した。


「私と結婚してくれ」

「で、ですが私はこんなに醜く……レイ様に相応しくはありません」


 エリサベータはレイマンを直視できず顔を背けた。


「エリサは美しいままだ。例え顔がどんなに変わろうとも君の心は変わらない」


 そのエリサベータの両頬を両手で挟み、彼女の顔を自分に向けて青い瞳を見詰めた。


「しかし、この顔では社交に出ること叶いません」

「必要ない」


 迷いなく即答するレイマンにエリサベータは困惑した。


「侯爵の身でそれは……」

「家督ならヴェルリッヒに譲った。私はもはやナーゼルの一領主に過ぎない」

「レイ様!」


 レイマンの衝撃的な発言にエリサベータは息を呑んだ。


「エリサは醜くなった自分は私に相応しくないと言ったね。じゃあ、逆に問おう。侯爵を継げなくなった私はエリサに相応しくないかい?」


 エリサベータはポロポロ涙を溢しながらふるふると頭を振った。


「違うのです……違うのです……私は……」


 エリサベータの瞳から次から次へと流れる大粒の涙はどんな真珠よりも輝いていて儚い。


「私は心まで醜い女なのです。この顔になってから、レイ様を奪られたくなくて、失いたくなくて、他人を羨み、妬み……私はレイ様に相応しくない酷い女です」

「それを言うならハプスリンゲ嬢の提案を蹴った私も酷い人間だ。彼女の提案を受ければ君を呪いから解放できたかもしれなかった……」


 レイマンの顔が悲痛に歪む。


「私のエゴだと分かっている。本当はエリサの呪いを解くべきなのだ。それが君の為だと分かっている。だけど君の横に私以外の誰かが立つ事に私は耐えられない!」

「私も……私もです!例え呪いが解けてもレイ様が隣に居ないのは嫌です!」

「お願いだエリサ。ずっと私の側にいてくれ」

「私もレイ様のお側にいたい!ですが、瑕疵(かし)あるこの身ではレイ様にご迷惑が……」


 エリサベータはもう(こら)えきれず涙を流した。


「エリサは何も変わっていない。傷で蒼玉の輝きが失われていなかった様に、エリサも呪いでその輝きを失ってはいない」


 レイマンは両手でエリサベータの両頬を包み少し顔を持ち上げる。

 彼女の目からは悲しみに満ちた涙がはらはらと流れ落ちていった。


「やはり変わっていない。エリサの瞳の奥にある輝きは美しいままだ」

「レイ様……」


 レイマンは両手でエリサベータの両頬を包み、エリサベータの変わらぬ青い瞳を見詰めた。


「私にはエリサだけなんだ。エリサが好きだ!」

「私も、私もレイ様だけ。レイ様が全てです……好きです。大好きです!」


 二人の視線は熱く絡み合う。

 ただ二人だけの時間、ただ二人だけの世界。


「エリサの瑕疵(かし)ごと、君の全てが欲しい!エリサの全部を愛している!」

「レイ様……私も愛してます。他の誰よりもレイ様を愛しています」


 エリサベータの悲しみだけの色に染まっていた涙を愛おしそうに指で拭うと、レイマンは彼女の唇に優しく自分の唇を重ねた。


 その唇も半分は艶やかで柔らかく、半分は固くかさかさに干涸びていたが、エリサベータのものであればレイマンにとっては何でも良かった。


 二人は一度離れると、鼻先がつくくらい間近で見詰めあった。


「エリサ……愛している。何処にも行かないでくれ」

「レイ様……あっ…んっ!」


 レイマンはエリサベータを欲した。

 その激情を抑える事はできなかった。

 だから一度離した唇をレイマンはまた重ねた。


「んんっ……レイ様……私もずっと一緒にいたい……」


 再び離れたエリサベータの口から漏れ出る本音。レイマンは衝動を抑えきれずエリサベータの細い腰に、小さな頭に手を回して、その華奢な体を掻き抱いた。


「これから二人でずっと一緒にいよう」

「あっ…ん…」


 レイマンが唇を(ついば)む度にエリサベータの口から喘ぎ声が漏れる。


「ん…」


 レイマンアはエリサベータの唇を(むさぼ)った。


 何度も何度も……


 やがてレイマンはエリサベータを解放すると、美しい彼女の蒼玉を覗き込んだ。


「エリサ、君をもう離したくない……いや、二度と離さない!」

「レイ様……私も……私もレイ様から離れたくありません」


 エリサベータは顔を上気させてレイマンを潤んだ瞳で見詰めた。


 その表情は嬉しさ、喜び、愛しさ……そういったレイマンに対する恋慕で染まっていた。レイマンはその顔を見て彼女への愛おしさを抑えきれず、その衝動を言葉として発した。


「愛しているよエリサ。私と結婚してくれ!」

「はい……はい……」


 きらめく涙を流しながらこくこくと頷くエリサベータ。


「ずっとレイ様のお側にいます……いさせて下さい」

「エリサ!」


 再び二人が強く抱擁を交わす。

 突如、わっと、ヴィーティンの屋敷が拍手喝采で湧いた。


 二人が驚き周囲を見回すと、ヴィーティン子爵夫妻を始め、家人達までもが感涙に顔をくしゃくしゃにしながら祝福していた。


 レイマンとエリサベータは皆にずっと見られていた事に少し恥ずかしくなった。

 誤魔化すように二人は顔を見合わせて笑いあった。


「婚約を申し込んだ時の事を思い出したよ」

「ふふふ、私もです」


 レイマンは手にした蒼玉をそっと差し出した。


「エリサ!この蒼玉を受け取ってくれるね?」

「はい!喜んでお受け致します」


 皆が優しく見守る中、エリサベータは美しく輝く蒼玉を満面の笑顔で受け取った。

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