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第四十四話 再開、そして……

 エリサベータは大きな鞄一つ手に持ち、修道院へ向かう為に馬車に乗ろうとしていた。


「エリサ……本当に行くのか?」


 父アムガルトに別れを告げると返ってきた引き留める言葉。


「どうしてエリサがこんな目に……」


 母マレジアがエリサベータに縋り付き泣き出した。


「お父様、お母様……もう決めた事です」


 無理に笑うエリサベータにヴィーティン夫妻は悲痛な顔を浮かべた。


「このままでは皆に迷惑が掛かります。お父様にも、お母様にも、領地の臣民にも、そして……」


──レイ様……


 最愛の人を想い浮かべれば心が痛む。


 エリサベータは自分の両親に、愁顔(しゅうがん)を向けると深々と頭を下げた。


「お父様、お母様、育てて頂いた御恩をお返しできない不出来な娘をお許し下さい」

「何を言う!お前を助けられなかった不甲斐ない父を許してくれ……」


 アムガルトは堪らず涙を流した。


 彼もまた愛娘を救おうとしたが、国王の権力さえ及ばぬ『冒瀆(ぼうとく)の魔女』に、一地方の領主でしかない子爵如きではどうする事もできなかった。


「エリサ……エリサ……」


 マレジアは泣き崩れ、ただひたすらに娘の名前を呼び続けた。


 自分の身をこんなにも案じてくれる父と母の姿に、エリサベータの目にも涙が溜まる。しかし、涙を流せば愛する父と母に心労を掛けることになる。


 エリサベータはぐっと涙を(こら)えて、長くここに留まってはいけない早く去らねばと心を決めた。


「それでは今までお世話になりました」


──未練は見苦しい……


 エリサベータは決心が鈍る前にと、急いで馬車に乗り込もうと踏み台(ステップ)に足を掛けた。


 その時エリサベータの耳に自分の名を呼ぶ声が届いた様な気がして、その動きを止めた。


 タタッタタッと馬が疾駆する音が、ヒヒーンと鳴く馬の(いなな)きと共に近づいてきた。


「開門!開門してくれ!」


 屋敷の門前で馬に(また)がり叫ぶ男。


 綺麗な白銀の髪に涼やかな青い瞳。

 王都の令嬢達を騒がせる美貌の貴公子。


 レイマン・ファルネブルク・ドゥ・ナーゼルの姿がそこにあった。


「レイ様!」


 王都から(ほとん)ど休まずに来たのか、馬はもう息も絶え絶えで体力を使い果たしているようだ。その馬を操っていたレイマン自身も草臥(くたび)れた様子が窺えた。


「エリサ!」


 レイマンは自身も体力を使い果たしているだろうに、疲れて伏せた馬から飛び降りてエリサベータへ向かってよろよろと駆け寄った。


「レイ様……」


 会いたくて会えなかった最愛の人。その愛しい人が目の前にいる。必死になって自分に近づいて来てくれている。


「本当に……」


 エリサベータも覚束(おぼつか)ない足取りでレイマンへと歩んだ。


「エリサ……会いたかった」


 そのレイマンの言葉にエリサベータの心は喜びで満たされた。レイマンも同じ気持ちでいてくれた。そのことが悲しみと寂しさで張り裂けそうだった胸を、喜びと嬉しさで一杯にしてくれた。


「私もです……私も会いたかった……」


 エリサベータは辛抱できず、レイマンの胸に飛び込んだ。

 レイマンの温もりを感じたくて、包まれたくて。


 レイマンは堪えきれず、エリサベータを己の胸に掻き抱いた。

 エリサベータを失いたくない、離したくない、そう叫ぶように。


「エリサ……ああ、エリサ!君に会えなくて胸が張り裂けそうだった」

「私も……レイ様に会いたくて、会えなくて、寂しくて、切なくて、苦しくて……」


 二人はお互いの背に両腕を回し、力一杯抱きしめた。


 レイマンの温もりを、匂いを、鼓動を、レイマンの全てを感じたい、レイマンの全てに包まれたい。その想いに突き動かされて、エリサベータはレイマンの胸に顔を埋めた。


「レイ様!レイ様!レイ様!私……レイ様に会いたくて……胸が辛くて、苦しくて……心が壊れてしまいそうで……」

「エリサ!私も君を失ったら思うと気が狂いそうだった……」


 側にいたい、声を聞きたい、温もりを感じたい、離れたくない、離したくない、失いたくない……お互いの想いは重なっていた。


 重なっていたから、あらん限りの力で抱きしめ合った。


 しかし……


──駄目よ離れなきゃ!


 エリサベータの冷静な部分がレイマンとの別れろと告げる。

 それが、最愛の人を守るたった一つの手段だから。


──離したくない!離れたくない!ずっとお側にいたい!レイ様の胸の中にずっと!ずっと!ずっと!


 エリサベータのレイマンへの強い想い。


──だけど……


 しかし、それを押し留める彼への想い。

 エリサベータは両手でレイマンの胸を押し退けると、二、三歩距離を取った。


「最後にお会いできて良かった」

「最後?」


 エリサベータは無理矢理に笑顔を作った。


「私はこれから国外れの修道院へ向かいます」

「エリサ!!!」


 これ以上レイマンの顔を見ていては決心が鈍る。

 視線を外す様にエリサベータはレイマンに背を向けた。


 レイマンは彼女のその拒絶に大きな衝撃を受け、動く事ができなかった。

 エリサベータの心はもう自分には向いていないのではないかと、弱気になりそうだった。


「お帰り……ください……うっ、うう……」


 突き放そうとしたが、(たま)らずエリサベータは嗚咽(おえつ)を漏らす。


 その微かに聞こえる泣き声と、僅かに覗く頬に流れる雫に、レイマンは失いかけた勇気をもう一度呼び起こした。


「エリサは私の事が嫌いか?」


 レイマンの問いに背中を見せたまま、エリサベータはふるふると首を振る。


「エリサは私と別れたいのか?」


 その問いにエリサベータは、はっとレイマンに顔を向けてしまった。

 ぼろぼろと涙を流す顔を見せてはいけないと思ってもレイマンから視線を外すことができなかった。


 左右の造形が変わった顔。

 見るものに嫌悪感を催させる異相。


 エリサベータの変わり果てた容貌に、しかし、レイマンは澄んだ瞳だけは変わらないと確信した。


「エリサに話がある」

「お話?」


 レイマンは頷いた。


「ここへ来る前にハプスリンゲ嬢の訪問を受けた。彼女は一つ提案を持ってきた」


 レイマンはそう言うと小さな木箱を取り出してエリサベータに見せた。


「ハプスリンゲ公爵家の所持している家宝の中に『エルフの秘薬』がある」

「『エルフの秘薬』!?」


 あらゆる病を治癒し、あらゆる呪いを解くと言われた伝説の万能薬。エリサベータもその存在は知っていた。


 この忌わしい呪いを解くことができるかもしれない、エリサベータにとって希望の薬。


──それではこの箱の中は!?


「『エルフの秘薬』を譲り渡す事はできないが、私がハプスリンゲの継嗣(あとつぎ)となれば君に渡してもよい。それがハプスリンゲ嬢の提案だ」

「それは!」


 つまりエリサベータの呪いを解くには、レイマンがアグネスと結婚するということ。

 エリサベータの呪いが解けても、彼女の隣にレイマンが立つことがないということ。


 嫌!嫌!そんなの絶対に嫌!


 エリサベータの心は拒絶の叫び声を上げた。


──レイ様が隣にいないなら、呪いが解けても何の意味も無い!


 それならいっその事このまま修道院へ入った方がまだましだ。

 そうすれば少なくともレイマンが誰と結婚しても近くで見ることはないのだから。


 この時になってエリサベータはデビュタントでのアグネスの言葉の意味を、その気持ちを理解した。


 彼女はかつて言った。

 私達の望みは全てレイマンの為だと。

 レイマンの想いを得られなければ、この美貌には何の意味もないのだと。

 全くその通りだったと、今のエリサベータなら理解できる。


──アグネスの悲しみも、苦しみも……そのお気持ちを全く理解していなかった。私はなんと浅はかなの。


 暗い想念がエリサベータの心を支配する。


 こんな醜悪な自分よりも、アグネスの方がレイマンには相応しいのではないか?


 あの美しく気高い、貴族として瑕瑾(かきん)の無い素晴らしい令嬢の方が……


 エリサベータの心は絶望と悲嘆で塗りつぶされた。


「アグネス様と……ご婚約されたの……ですか?」

「私が愛しているのはエリサだけだ。君だけを幸せにしたい」


 レイマンはエリサベータに愛を告げると、小さな木箱の蓋に手を掛けた。


「これを受け取って欲しい」


──嫌!そんな薬いらない!!!


 エリサベータは心の中で絶叫した。


 それはエリサベータにとって呪いを解く希望の薬であると同時に愛しい人を失う絶望そのものでもあった。


 レイマンが蓋を取り払う。


 その木箱の中には布が敷き詰められており、大切に安置されていたのは……

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