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第四十一話 騎士公子の煽動

 ギュンターは王都のファルネブルクの屋敷に戻ったレイマンを訪ねていた。


「このままでいいのか?」


 温厚な彼にしては珍しく語気が荒かった。


 やっと奔走する親友を捕まえてみれば、彼の元にはヴィーティン家から婚約解消の申し出が来ており、レイマンは茫然とそれを眺めて立ち尽くしていた。ギュンターはそんなレイマンを叱咤し激励しようと思ったのだ。


「このままエリサベータ嬢と婚約を解消してもいいのか?」


 親友ギュンターの言葉に、普段は爽やかな目元が険しくなった。


「いいものか!いいわけがない……だけど」


 いつになくレイマンは語気を強めて否定しながらも、最後は言葉も気勢も弱々しくなる。


 ヴィーティン家からの婚約解消の申し出。それだけなら突っぱねればよいだけだった。しかし(まず)いことに、ファルネブルク家の親族からもエリサベータとの婚約を取り止めるように圧力が掛かった。


 まだ正式にファルネブルク侯爵を襲名していないレイマンにとって、親族を敵に回す事は侯爵の座を諦めるに等しい。


 そんなレイマンの逡巡する様子にギュンターは小さく嘆息を漏らした。


「だったら何故ここでうじうじしている」

「私はただエリサの呪いを解く方法を探しているだけだ!」


 イライラしているレイマンは声を抑えきれず激しやすい。そんなレイマンの様子をギュンターは落ち着いた碧の瞳で静かに見詰めていた。


「エリサの呪いさえ解呪できれば全てが解決するんだ」

「解ければな……だが呪いは彼の『冒涜の魔女』のもの。そう簡単に解呪はできんだろう?」

「エルフの秘薬か聖女の力があれば……」


 それは方々(ほうぼう)を走り回ってレイマンが探していたもの。


「確かにそのどちらかがあれば魔女の呪いもなんとかできるかもしれんが……」

「今、探しているところだ!」

「どちらもそうそう見つかるものではあるまい。手遅れになるぞ」


 ギュンターは溜息をついた。レイマンは優秀な男だが、肝心な所で臆病になる気質があるとギュンターは見ている。行動するのに準備や理由を必要としてしまうのだ。


「それとも貴様は、エリサベータが醜くなって結婚を躊躇ったか?」


 ギュンターは少しレイマンを煽る事にした。


「違う!例え呪いが解けずとも、私の伴侶はエリサ以外には考えられない」

「本当にそうか?」


 激しく憤り、強い視線で射抜いてくるレイマンにも、ギュンターは全く動じず冷ややかに対応した。


「ナターシャから聞いたぞ。呪いは随分と彼女を酷く変容させたと。醜悪に変わった彼女に耐えられなくなったのではないか?」

「何を言うか!エリサは美しい女性だ!顔が呪いで醜く変えられようとも彼女の心を穢せるものは何もない!」


 レイマンはバンッと机を強く打ち付けると勢いよく立ち上がった。


「どうする気だ?」

「家督をヴェルリッヒに譲る」

「待てレイ!」


 部屋を出て行こうとするレイマンの腕をギュンターは咄嗟に握った。


「何故止める。(けしか)けたのはお前だろ?」

自棄(やけ)や勢いだけなら止める。それはお前もエリサベータも不幸にする。真にエリサベータと一緒になりたいのか今一度自問してから決断しろ」

「するまでもない」


 レイマンは不敵に笑った。


「お前……」

「ギュンターがせっかく私の為に悪役を買ってくれたのだ。失望はさせんさ」


 レイマンにはギュンターが自分を(わざ)と煽っている事は分かっていた。この親友はレイマンの背中を押してくれたのだと。


「全くお前は……レイ、お前がファルネブルクを捨てても俺の友情は変わらん。何かあったら必ず力になる」

「ああ、私はギュンターの友情を疑った事はないさ」


 それからのレイマンの行動は早かった。


 兄を崇拝するヴェルリッヒが家督移譲に猛反対したが、レイマンはそれを説き伏せると、今度は立ち塞がる一族の了承を力尽くで捥ぎ取った。


 こうして準備を整えたレイマンが屋敷を飛び出そうとした時、エドガルトが意外な客の来訪を告げた。


「レイマン様。アグネス・ハプスリンゲ様が重要な用件とのことでお見えです」

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