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第三十七話 蒼玉の悲嘆

 冒瀆(ぼうとく)の呪いをかけられたエリサベータは、失意のあまり屋敷に閉じ籠もり社交界から姿を消した。にも拘らず、彼女が『冒瀆(ぼうとく)の魔女』から呪いを掛けられて醜女(しこめ)に変えられたという噂が、瞬く間に王都中に広まった。


 傷心のエリサベータを慰めるために、ナターシャは頻繁に屋敷を訪れていたが、エリサベータの顔色は暗くなるばかり。


 ここ最近、レイマンがエリサベータの元へ来ていないと知ったナターシャは、自分の婚約者でありレイマンの親友でもあるギュンターに相談すると、彼は直ぐにレイマンの元へと赴くことを承諾してくれた。


 しかしギュンターが屋敷を訪ねてみたのだが、レイマンは不在で会うことが出来なかった。


 この時、レイマンはナターシャの非難の言葉に衝撃を受け、エリサベータと面会するよりも彼女の呪いを解く方法を求めることを優先して東奔西走していた。その為、屋敷を空ける事が多かったのだ。


 レイマンに限らずヴィーティン家の者達も方々を駆けずり回って自分たちの主人(エリサベータ)を救う方策を探していたが、その結果も(かんば)しいものではなかった。


 誰もが何も出来ず、ただただ時間だけが過ぎていく。そうこうしている内にエリサベータへの誹謗中傷が王都に蔓延した。


 良くも悪くもエリサベータはこの王都で注目されている。その為、彼女が社交界に全く顔を出さない事で様々な憶測が飛び交った。


 その憶測は好意的なものよりも悪意に満ちたものが少なくない。エリサベータの圧倒的な美貌は他者から羨望と共に嫉視も強く、清廉な精神は尊敬と共に厭われもする。その為、羨望と崇敬の念だけではなく、多くの妬みや嫉みも彼女は受けており、王都は彼女に対する黒く深い負の感情の渦を巻いていた。


 その感情は次第により攻撃的なものへと変化していき、『冒瀆(ぼうとく)の呪い』をかけられた事が王都中に広まった頃にはもはや収拾がつかない状態となっていた。


「もう王都中に私が呪いを受けた醜聞が広まっている……」


 エリサベータは憔悴しきっていた。


 屋敷に閉じ籠もり、耳を塞いでも彼女への悪意の感情は伝わってきた。それは彼女のみならずヴィーティン家への攻撃材料とされてしまっていたからだ。


 エリサベータにかけられた『冒瀆(ぼうとく)の呪い』は次第に彼女の親しい者達を巻き込み始めた。その事がエリサベータを苦しめる。


 自分が原因で愛する家族に、親しい友人に迷惑を掛けている。


 そして、何よりも最愛の人……


「今の私がレイ様の横に立ったら……」


 この顔はファルネブルク家への、レイマンへの讒謗(ざんぼう)の材料にされるかもしれない。エリサベータはそれを恐れて自分から彼に会いに行くことも出来なかった。


 愛しい人に会いたくても会えない切なさが胸を締め付ける。

 何も出来ない自分の無力にやるせなさから自然と涙が(にじ)む。


「レイ様……」


 婚約者に会えない苦しさに涙が溢れ、彼女の頬を一筋の涙が伝う。


「会いたい……」


 彼に会えないのが寂しい。

 彼の顔を見られないのが辛い。


「だけど……」


 会えばきっとレイマンに迷惑がかかる。


「それに……」


 エリサベータは鏡台に映る己の姿を見て絶望した。


 何度見直しても顔の右側は痘痕(あばた)で黒ずみ造形を変えた醜女。左の美貌がより一層その醜さを際立たせている。この不気味な顔貌に変わり果てた己の姿を最愛の人に晒すのは身を切るよりも辛い。


「レイ様……レイ様……私は……」


 会いたいのに会うわけにはいかないこの葛藤……

 愛しい彼の顔を見たいのに、己の醜悪な顔を見せたくないこのジレンマ……


「会いたい……会いたいの……」


 あの人に触れたい。

 あの人を感じたい。


 はらはらと落ちる雫を拭いもせず、エリサベータは両腕で己を抱き締めた。


 あの人に抱き締めて欲しい。

 あの人の温もりを感じたい。

 あの人の匂いに包まれたい。


 止めどもなく湧き上がる切望。


 もはや何をどうすれば分からず、エリサベータはただ嘆きの中に沈んだ。


「大好きです……愛しています……」


 涙が止め処なく流れ落ちる。


 ただただ悲嘆に暮れて、エリサベータはいよいよ自室からも出る事が殆どなくなった。


 心配したナターシャが再び屋敷を訪れたのだが、エリサベータに会うことは出来なかった。


 何故ならエリサベータは、いつの間にか王都より姿を消していたからだった……

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