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第三十二話 ファルネブルクの嵐

 馬車を急がせ王都に到着したが、馬車の窓から見える街中を行き交う人々の様子に変化はなかった。


──無理もないか。庶民には貴族のお家騒動など気にする意味などないのだから。


 彼らにとって貴族の当主の事など、ましてや自分の住む領地の領主でもない限り影響は殆どないのだから、関心など持ちようもない。


 やがて馬車は王都のナーゼル邸へと到着した。


「レイマン様」


 玄関先で出迎えてくれたのは、既にこの屋敷の家令となったエドガルトであった。


「よく報せてくれたエド」

「とんでもございません。この程度の事は家令としては当然の務め」


 レイマンの謝辞にエドガルトは胸に手を当てて頭を下げた。


「事態は緊迫したものではあるだろう……が、まずはヴェルに挨拶しておこう」


 そう主人(あるじ)が余裕の態度をするのは、家人に狼狽する姿を見せない為のものであると直ぐに理解したエドガルトは薄く微笑んだ。


「それが宜しいかと。ヴェルリッヒ様も随分と寂しい思いをされているご様子ですので」

「それは……済まない事をしてしまったな」


 決してヴェルリッヒの事を忘れていたわけではないのだが、エリサベータの事で頭が一杯であったことは否定できず、レイマンは少し罪悪感を抱いてしまった。


 二人で並んで歩いた先は屋敷の庭の方であった。


 ディノが手入れをしているのだろう、屋敷の庭はナーゼルでも良く見かけた花々が綺麗に咲き誇っており、その中にヴェルリッヒがカティナとディノの二人と談笑しているようだった。


「兄上!」


 レイマンの姿を目敏く見つけたヴェルリッヒは喜色を露わに近寄ってきた。レイマンはそんな彼の脇を抱えて持ち上げた。


「ははは。随分と大きくなったな」

「あ、兄上!僕はもう子供ではありません!」


 ヴェルリッヒは顔を赤くして抗議した。


「すまない。ヴェルももう13歳になったのだったな。立派になった」

「まだまだです。僕もいつか兄上の様な素晴らしい人物になれるよう頑張ります!」


 ヴェルリッヒはファルネブルク家で過ごしていた頃は殆ど監禁されていたに等しく、かなり微妙な立場に立たされていた。その為、窮地を救ってくれた兄レイマンを崇拝し英雄視していた。


 皮肉にも父親への悪感情がこの兄弟の絆を深める結果となっていた。


「兄上はどうして王都に?」

「ファルネブルク家の件でな……」


 敬愛する兄に会えて歓喜していたヴェルリッヒの表情がみるみる暗くなっていった。


「義母上の不義の事ですか……」

「ああ、これから騒がしくなる。恐らく義母(あのおんな)異母兄(あのおとこ)の処断だけでは済まないだろう。ファルネブルク家はこれから逆風に立ち向かわなければならない」

「へっ!いいざまさ。シュタイマンのヤツぁ散々好き放題やってきたんだ。当然の報いさ」

「そうですよ。レイマン様やヴェル様にした仕打ちの報いを受ければいいんです」


 口の悪いディノと憤慨するカティナに相変わらずの二人だとレイマンは苦笑いした。


「そう単純な話ではないぞ。ファルネブルク候もゲオルクも敵を作り過ぎた。政敵からの攻撃は避けられまい。そしてファルネブルクが窮地に立てばヴェルリッヒにも累が及ぶ可能性が高い」

「そんな!ヴェル様には何の関係もないじゃないですか!」

「ヴェルは未だにファルネブルク家の次男だ。現ファルネブルク侯爵が今回の件で咎を受ける可能性は低くない。そうなるとヴェルも縁座で裁かれるだろう」

「そんな!」

「それにナーゼル家も無関係ではいられない」

「な!何故ですかい!?ナーゼルには全く関係がありませんぜ」

「ナーゼル伯爵位は義父上カランツが前ファルネブルク侯爵の爵位継承の折りに味方したことで分家として賜った爵位だ。本来はファルネブルク家の爵位の一つなんだ。ファルネブルク家への罪科によっては所有する領地や爵位の幾つかを失うことになるだろう」

「つまり、シュタイマンの野郎が生贄にナーゼル伯爵位を差し出すかもしれねぇってことですかい?」

「酷い!自分の過失の癖に!」


 ディノもカティナも顔を赤くして怒りを露わにした。


「だから私が王都に来たのだ。ファルネブルク家に吹き荒れるだろう嵐を乗り切るために……」


 このレイマンの予測は正しかった。この王都に『ファルネブルク家の嵐』が訪れたのだ。


 まず最初の逆風は当然シュタイマンの後妻とその息子ゲオルクを(なぶ)った。


 ファルネブルク侯爵家の簒奪(さんだつ)未遂。封建主義の強いクロヴィス王国で貴族家の乗っ取りは最大級の重犯罪だ。当然のこととして彼らは死罪となった。


 そして、レイマンの予測通り問題はこれだけに止まらなかった。この原因を作ったファルネブルク侯爵にも累が及んだのだ。彼の驕慢(きょうまん)な性格が多くの政敵を作っており、これ幸いとばかり多くの者達がファルネブルク家に対して攻勢にでたのだ。


 一時はこの件で王家よりファルネブルク家断絶の可能性まで示唆されたのだから、一族の者達だけではなくファルネブルク家と関わりのある貴族達も戦々恐々となったのは言うまでもない。これにより僅かにいた味方も蜘蛛の子を散らす様にシュタイマンの元から逃げ去った。


 シュタイマンが失墜するのはレイマンとしては全く構わなかったのだが、縁座で自分やヴェルリッヒまで巻き添えになったり、シュタイマンがまた暴挙に出てナーゼルなど所有爵位を犠牲にして生き延びようとされたりしては堪らない。


 事前にエドガルトに指示を出して渡りをつけていた親族達と連絡を取り合い、彼らを纏めて政争に身を置いた。


 その彼の尽力がファルネブルク家を救った。


 まず一族総出で詰め寄られたシュタイマンは責任をとって引退。次いで対外的な交渉や王家との話し合いを経て、シュタイマンの引責と彼の後妻、ゲオルクの処刑をもってファルネブルク家の件を手打ちにした。


 空白になったファルネブルク侯爵位は前ナーゼル伯爵カランツを後見としてレイマンが継承者となって執務を取り仕切る事で一族を納得させたのだった。


 これよりレイマンはもともとのナーゼルの統治とファルネブルク侯爵の代理を兼務することになった。近い将来に彼は正式にファルネブルク侯爵を名乗ることになるだろう。


 その為、レイマンは仕事に忙殺されて、いよいよナーゼルへ帰還できなくなってしまった。しかしそれは彼にとって大きな問題ではない。彼にとっての懸念は他にあったのだ。


「一年だ……」

「はい?」


 レイマンの突然の呟きに、執務を手伝っていたエドガルトが何事かと聞き返した。


「一年でこの執務に決着をつける!」

「そんな無茶な!」


 主人(あるじ)のあまりの暴言にエドガルトは思わず言葉を崩して悲鳴を上げた。


「そうしないと、いつまで経ってもエリサに結婚を申し込めん!」


 彼にとっての最重要なのは愛しい婚約者との結婚の件だけであった……

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