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第三十話 蒼玉姫と紅玉姫

 デビュタントの会場は既に貴族達で賑わっていた。そこに、レイマンは当然のようにエリサベータをエスコートして現れた。


 レイマンは王都でも既に名士である。令嬢達の誰もが溜息を漏らす程の美貌を持ち、ナーゼルを見事に統治する辣腕ぶりで注目されている若者だ。その彼が妙齢の佳人を伴って来たことで会場がどよめいた。


「ナーゼル伯と一緒のご令嬢は誰だ?」

「同じ銀髪碧眼だから親戚だろうか?」

「なんと美しい」

「ハプスリンゲ嬢と比べても遜色ないのでは?」


 会場中の目が際立って美しいエリサベータに集まった。


──婚約をしておいて正解だった。


 エリサベータを見る若い貴族達の目には明らかに情欲が宿っている。婚約をしていなければ確実に彼女の争奪戦が始まっていただろう。あんな貴族共に彼女を奪われるのはレイマンとしては我慢がならない。


 レイマンは牽制のために会場中の知り合いにエリサベータを婚約者として紹介して回った。レイマンも必死だ。愛しい婚約者(エリサベータ)をしっかりと抱き寄せ、しつこく食い下がる貴族どもを追い払う。


 最愛の人に次から次と群がる虫を追い払うのに切りがないとレイマンが辟易しだした頃、いきなり会場の入り口方面が沸いた。


 王都で注目を集めている公爵令嬢アグネス・ハプスリンゲが入場して来たのだ。


 濡れ羽の様に艶やかな光沢のある黒髪、ルビーの如く紅い光を放つ瞳、抜ける様な白いきめ細やかな肌。見る者全てを虜にする美女。


 デビュタントでは純白のプリンセスラインのドレスに純白のイブニンググローブを身に付ける習わしだが、エリサベータはその白のイメージそのものの楚々たる美貌を見せつけた。


 だが、会場に現れたアグネスは同じ白一色の格好でありながら、似たドレスとは思えぬ程の色香で年齢を問わずに男達の視線を全て(さら)った。


 そんな周囲の雰囲気など気にも留めず、彼女は泰然とした様子でホール中央まで彼女の父ハプスリンゲ公爵にエスコートされながら進んで来る。


 そのアグネスの視線がレイマンの視線と交わる。途端にその顔にぱっと美しい花を咲かせた。男達はその咲き誇る微笑に魅了されたが、そんな男達には全く目もくれず、彼女はレイマンに視線を合わせたまま歩む。


 彼女のために人垣がさあっと左右に割れてレイマンまでの道が作られた。その道を当然のように渡るアグネスは、傲慢というよりも高貴。周囲も公爵への敬意よりもその圧倒的な美貌の威に打たれて避けざるを得ない。


 これはアグネスにとっても周囲の人間にとっても疑問にも思われない普段のこと。


 そんな完璧な美の化身が近づいて来ることにエリサベータは不安を覚えて、レイマンの腕に添えている手に自然と力が篭る。レイマンを見詰める赤い瞳に灯る情熱の炎にアグネスの気持ちを察したのだ。


「これはハプスリンゲ嬢。ご無沙汰しております」

「ナーゼル伯爵様もご機嫌麗しゅう」


 アグネスの見事な跪礼(カーテシー)。周囲から感嘆の声が漏れ聞こえる。


──ナターシャに聞いていた以上に素敵な方。


 同性のエリサベータでさえ見惚れる優美な女性。


──とても勝てない……


 彼女の筆舌に尽くし難い美しさに、エリサベータは自然とそう感じた。


 美醜に勝ち負けをつけるなど意味が無いことだ。頭では分かっている。しかし、そうしても気持ちが勝手に一人歩きする。


──レイ様を()られる!


 それは嫉妬。


 エリサベータはレイマンに恋をした。婚約者となって愛を育んだ。だからこそレイマンを失う事がとても怖くなってしまった。


──醜い……


 エリサベータにとって嫉妬は醜悪な恥ずべき感情。潔癖な所がある彼女は、そんな自分の心が(けが)れたものの様に思えて、より一層に自分がレイマンに相応しくないのではないかと胸の内にジリジリと焼付くような焦燥感が募った。


其方(そちら)の方は?」


 アグネスはさも今気が付いた(てい)でレイマンの腕に(すが)るエリサベータをちらりと見やるとレイマンに問いかけた。


 その瞳に宿るのはレイマンへの慕情(ぼじょう)の熱と、それから来るエリサベータへの嫉妬の炎。その熱にやられてエリサベータの胸中が騒ぐ。思わず彼女は両手でレイマンの腕を掴み不安を宿した瞳で彼を見上げた。


 この世のものとは思えぬ美貌のアグネスを見るレイマンの瞳にも同じ様に熱が篭っていたらとエリサベータは不安を押し止めることが出来なかったのだ。


「ご紹介します。私の婚約者エリサベータ・ヴィーティンです」


 だがエリサベータの不安を他所にレイマンのアグネスを見る青い瞳は()いだ湖面のよういに穏やかで、特に恋慕(れんぼ)の色は見て取れなかった。


 完全に払拭(ふっしょく)できたわけではないが、エリサベータを見て優しく微笑むレイマンにほっと安堵し、エリサベータはアグネスの方へ向けていつも通りの跪礼(カーテシー)をする。


「拝顔の栄を賜り、恐悦至極にございます。私はヴィーティン子爵の娘エリサベータと申します」

「そう……ご婚約を……存じ上げず申し訳ありませんでした。それはおめでとうございます」


 アグネスがレイマンへ向かってにこりと笑うとその空間だけ大輪の薔薇が咲き誇ったよういな華やかに変化した。


「ありがとうございます。婚約してから日が浅いので知らないのは無理ありません」


 礼を述べながらレイマンは自虐的にナーゼルは田舎の地ですからとアグネスを社交辞令的に擁護した。


「そう言って頂けると心が軽くなります」


 アグネスは笑顔のままエリサベータに名乗り、アグネスと呼ぶように告げてきた。


 その笑顔には邪気はなく、最高位の女性が名を呼ぶ許しを与えるあたり、エリサベータに悪感情を持っている様には見えなかったが、彼女の目はエリサベータを値踏みするように鋭かった。


「噂通り可憐な方ね」

「恐れ入ります」

「容姿だけではないわ……所作にも貴女の誠実な内面が良く出ている」

「アグネス様の方こそ伝え聞いた以上の美しさ。その洗練された所作は私などでは到底及ばず……」


 アグネスはすっと手をエリサベータに向けて賞賛を止めた。


「世辞はいいわ。私では貴女に敵わない」

「世辞ではありません」


 エリサベータの偽らざる本心。アグネスの跪礼を見てその威に打たれた。その磨き抜かれた美貌と礼儀作法、そこには自分には無い魅力がある。


「アグネス様の尊貴な美しさには羨望を覚えます。私ではどう足掻(あが)いても太刀打ちできません」

「そう?私には貴女の純真無垢な見目が羨ましい。どれ程の地位があろうとも、どれ程の金銭を積み上げようとも得ることは叶いません」

「お互いに無い物ねだりなのですね」

「ですが私達の望みはお慕いする殿方の為のもの……その願いを叶えている貴女がやはり羨ましい」

「アグネス様……」

「貴女が取るに足りない人なら良かった。それなら私は貴女から……」


 アグネスはそう言ってエリサベータの隣に立つレイマンをちらりと見た。


「ナターシャの言った通りの方ね。予感はしていたの。貴女の事を嫌いになれないって。嫌いになれれば良かったのに……」

「私もアグネス様に魅かれているのだと思います」

「そう……ありがとう」


 アグネスは寂しそうに微笑むと辞して二人の前から離れて再び会場の華となった。


「ハプスリンゲ嬢とはいったい何の話を?」

「ふふふ、女同士の話です」


 それからエリサベータはレイマンから片時も離れようとしなかった。レイマンの方でもエリサベータを掴んで離さず、周囲で彼女を狙う者達を威嚇し続けた。


 こうしてデビュタントで二人はその仲の良さを周囲に見せつけたのだった。


 レイマンに寄り添ったエリサベータは常に幸せそうな笑みを浮かべていた。

 この美しい微笑みは見た者を次々と虜にしていった。


 この日、噂のみの令嬢であったエリサベータ・ヴィーティンの美貌は白日の下に晒され、その名は同じく会場を沸かせたアグネス・ハプスリンゲと並ぶ美姫として皆の心に刻まれた。


 この夜会から、エリサベータとアグネスはクロヴィスの双玉と称され、その瞳の色からアグネスが『紅玉姫(こうぎょくき)』と呼ばれるように、エリサベータも『蒼玉姫(せいぎょくき)』と呼ばれるようになった。

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