表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/50

第二十九話 冒瀆の森

 レイマンとエリサベータの婚約から数ヶ月、遂にエリサベータのデビュタントである。彼女を王都へ送る為にレイマンはヴィーティン領まで迎えに来ていた。


「レイ様!」


 正面玄関(エントランス)でレイマンを出迎え、破顔したエリサベータは白を基調にしたエンパイアラインのドレス姿。白は清廉な彼女をより清楚に見せた。


「わざわざお迎えに来て頂きありがとうございます」

「可愛い婚約者の為ならなんでもないさ」


 レイマンは近づいて来たエリサベータを軽く抱きしめると両頬に優しく接吻する。


「私、本当に嬉しくて……」

「そこまで喜んで貰えたら婚約者冥利につきるよ」

「それにエスコート役まで買って頂き感謝の言葉もありません」

「何を言うんだ。エリサのエスコート役は誰にも譲らない。これは婚約者の特権だ」

「特権ではなく義務なのでは?」


 レイマンの物言いが可笑しくエリサベータはくすくすと笑った。


「エリサを見たら男達の申し込みが殺到しそうだからね」

「まあ!私のエスコート役などお父様以外には申し出ませんわ」


 そう言っていられるのも今のうちだとレイマンは思っている。デビュタントの後は、エリサベータは間違いなく注目の的になる。これから彼女へ殺到する男達の事を考えるとレイマンは気が重くなる。


「エリサを他の男共に見せたくはないな。できればこのままずっと領地に閉じ籠めておきたい」

「レイ様、それは幾らなんでも猟奇的に過ぎます」

「そうかな?エリサを見た男なら誰でもそう考えるさ」


 内心渋々であったが、レイマンは表面を取り繕って少し(ふざ)けた口調で語りかけながら、エリサベータに上着を掛けて馬車へと誘った。


 デビュタントは社交界シーズンに先駆け、冬がやっと終わった初春に執り行われる。北方のヴィーティンはまだまだ風が冷たく寒さが身に染みる。二人だけの車内でエリサベータは寒そうにレイマンに寄り添い、レイマンは身を寄せてきた彼女を温めるため肩をそっと抱き寄せた。


 レイマンが御者台の方の小窓から馬車を出すように指示を出すと、直ぐに車輪がゆっくりと回り始める。それに合わせて馬車が緩やかに動き出した。


 車輪がガラガラと音を立て、レイマンとエリサベータを乗せた馬車はヴィーティン領から王都へ繋がる街道を走る。


 窓から見える景色が流れていく。レイマンにとって初めて見る眺望。残雪で山頂から中腹まで真っ白な山々、森の木々の枝は剥き出しで寂しい。まだ、生命の息吹が弱く、その木の雪が残る幹の陰から小動物達が覗く姿が時折見える程度であった。


 春先の北の地はまだ寂しい景観を晒していた。森を切り開いた街道の中に入り、馬車の窓から見えるのは流れる木々だけ。


 そんな代り映えのしない眺めの中、きらりと光りがレイマンの目に入った。次第に木々の間からきらきらと(またた)く光景に暫く見入っていると森が切れ、湖が姿を現し湖面に反射した陽光がレイマンの目を刺激する。


「小さいが綺麗な湖だね」


 そんなレイマンの呟きを拾って、エリサベータはレイマンの肩に預けていた頭を起こして彼が見ている窓の外に目を向けた。


「あっ……ケーリッツ湖ですね。はい……そう……ですね」


 歯切れの悪いエリサベータにレイマンは(いぶか)しみ、エリサベータの顔を窺えば、表情が少し曇っているように感じた。


 レイマンが視線を車外に戻せば、その小さな湖畔にひっそりと(たたず)む教会が目に入った。そして、その教会の裏手に見える湖の対岸に平野が広がり、その奥にある森が見えたのだが、その異様にレイマンは眉を(しか)めた。


「あれは?」


 この湖の周辺は雲一つない晴天でありながら、遠くに見えるその森の上空だけ何故か暗雲が立ち込めていたのだ。


 何処か不気味で、不吉な印象を与える黒い雲の塊に、レイマンは言い知れぬ不安が胸で騒めく。


「あれは……『冒瀆(ぼうとく)の森』です」

「あれが……」


 エリサベータの告げた名前にレイマンは眉を(ひそ)めた。それは彼も知る有名な森であったからだ。とても悪い方向で。


 この『冒瀆(ぼうとく)の森』には、名前の由来となった『冒瀆(ぼうとく)の魔女』が住んでいる。御伽噺(おとぎばなし)にも出てくるその魔女は、遥か昔この国が興る前からその森に住んでいたらしい。


 数々の昔話にも登場しするこの魔女はとても恐ろしい存在であった。今もまだ(わか)い姿を保つ彼女は漆黒の髪と深淵の瞳という不吉ながらも美しいく、しかし恐ろしい魔法と呪いの力を使うという。


 曰く、美しき令嬢達を『冒瀆(ぼうとく)の呪い』をもって次々と醜女(しこめ)に変えて、数々の不幸をばら撒いた。

 曰く、数多の英雄、勇者が『冒瀆(ぼうとく)の魔女』を討ち果たさんと森へと分け入り、帰って来た者は誰もいなかった。

 曰く、魔女の暴虐を静める為に王が発布し、国を挙げて森へ軍を差し向けたが、兵達(つわもの)の大半が森の土へと還った。


 彼女については、この国の有史前から土着している人々の口伝も伝えられている。白き救世の魔女は王侯貴族達の裏切りにあい、復讐に燃える『冒瀆(ぼうとく)の魔女』となったと……


 だからだろうか、彼女は時折、森から出て来ては美しい令嬢に呪いを振り撒くのである。しかし、森に手を出さない限りはそれ以外の事をしないため、『冒瀆(ぼうとく)の森』は禁忌の領域として誰も手を出すことがなくなった。


「近づかぬが宜しいでしょう……」

「そうだな……」


 デビュタントへの気の重さもあるのだろうか。

 レイマンには冒瀆(ぼうとく)の森の上にかかる黒い雲の塊が不吉な前触(まえぶ)れのように思えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ