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閑話② 騎士公子と勝気令嬢

 ナターシャはギュンターの組んだ腕にそっと手を添えてヴィーティン邸の庭を並んで歩く。


 ギュンターとナターシャは身長に大きな差がある。当然その歩幅も大きく違うのでギュンターはナターシャの歩の速度に注意しながらゆっくりと足を進めていた。


──ふふふ。随分と紳士なのね。


 そのギュンターの思い遣りにナターシャも気が付いていた。それもその筈、ナターシャのいつもの悪癖が出ていたのだ。


 彼女はわざと少し遅く歩いていたのだ。しかし、ナターシャの心証では、ギュンターはおそらく彼女の悪戯に気がついている。それでもギュンターは怒るどころか柔和な微笑を全く崩さないのだ。


──随分と跳ねっ返りだとの話は事実のようだな。


 一方ギュンターの方でもナターシャの態度を量っていた。彼女が意地悪をしていることは気がついていた。それが自分を試すものだとも感じ取っていた。だが、腹は特に立たなかった。(むし)ろ小気味よくもある。相手の行動にどう返すかを考えると楽しくもあった。


 どうやらギュンターとナターシャは波長が合うようだった。


 やがて庭にある四阿(しあ)に到着すれば、先に来ていたエリサベータの侍女ツェツィアがギュンターとナターシャの為に準備をしてくれていた。


 ツェツィアは二人の姿を確認すると深々と頭を下げた。


「ツェツィア?」


 顔馴染の侍女の行為にナターシャは戸惑った。


「お二人には我が主人(あるじ)の為にお心遣いを賜り感謝の念に堪えません」

「やめてよ。私はただあの二人を見ているといらいらするから(けしか)けただけよ」


 ツェツィアの礼にナターシャは少し顔を赤くしながら悪ぶってツェツィアの前を横切ってさっさと四阿のテーブルに着いた。ツェツィアがそんなナターシャの照れ隠しにくすくすと笑うとナターシャはばつの悪そうな顔をした。


「ツェツィア、お茶を用意してくれる?」


 ツェツィアは笑いを堪えながら言われた通りにお茶の準備を始める。その遣り取りにギュンターはおやっと意外に感じた。


──このご令嬢は思ったよりも他人から好意をぶつけられる事に慣れていないようだ。


 本来なら赤髪は女性としては余り好まれないのだが、ナターシャの場合は人目を惹くのに役立ち、且つ彼女には良く似合っていた。瞳は理知的で大人びた印象を与える碧色(みどり)。ナターシャは間違いなく美人だ。それもかなり目立つ美人だ。


──褒められるのに慣れていると思ったのだが。


 ナターシャは今まで直感的に人の言葉の裏にある悪意を察知しては速攻で叩き潰してきた。その為に彼女の気の強さが西方一帯の貴族の間では知れ渡っており、彼女を畏れて他意の無い褒め言葉など家族か友人くらいからしか貰った事がなかったのである。


 そのせいもあり、ナターシャは意外にも真っ直ぐに褒められたり感謝されたりする事に慣れていなかったのだが、今日初めて会ったギュンターに彼女の直感力など分かりよう筈もなかった。


──レイの奴は王国一気が強い令嬢だと言っていたが、なんだ存外に可愛いじゃないか。


 ギュンターがナターシャの前に座るとツェツィアが二人にお茶を用意する。


「ありがと」


 ツェツィアに礼を述べてお茶を口にするナターシャをギュンターは観察していた。


──先程のレイとの遣り取りやデビュタントの騒動から彼女が気が強いと言うのは本当の事だろうが、決して高飛車ではないな。芯が強いと言うべきだし、(むし)ろ思い遣りのある女性の様だ。


 最初に見せた悪戯心や先程の照れ屋の一面、今の様な使用人にも例を述べる何気ない気遣い。ギュンターはナターシャに興味を抱き始めていた。


 本来、彼は容姿の美醜にそれ程こだわりは無かった。貴族でありながらも騎士として振る舞う自分を受け入れてくれる度量のある令嬢であればそれで良かった。だからこそアグネスにもエリサベータにもその美しさは認めても心が動く事は無かったのだ。


 そんな彼が目の前の令嬢の美しさに魅かれている。だが果たして彼女の美しさは外面だけのものだろうか。それよりももっと別の魅力をギュンターは感じた。


 その正体が分からないから観察し、だからこそ余計に彼女を意識してしまう。


「あの二人は上手くやってるかしら」

「まあ、なるようになるでしょう。レイは色恋沙汰にはどうにも優柔不断ですが、本来のあいつは見た目によらず豪胆ですから」

「だといいんですけど」


 頬杖を突きながら憮然とした表情を浮かべるナターシャを見て、ギュンターはナターシャを可愛らしく思った。結局この娘は表では悪ぶってもお人好しなのだ。


「レイの心配も分かりますが、せっかく二人でいるのに別の男の話は野暮ですよ」

「え!?あ!それは……」


 ギュンターの言わんとするところをナターシャは理解してさっと顔に朱がさした。


「先程の話はご冗談だったのでは?」

「父は本気でしたよ。おそらく今頃は貴女のご実家に当家から婚約の打診が入っていると思いますよ」

「そ、そうなんですか」


 レイマンを二人きりにさせるための方便と思っていたナターシャは顔を引き攣らせた。


「俺も最初は面識の無い令嬢を噂だけで判断するのは如何なものかと思ったのですがね……」

「実物を見てさぞ落胆なさったでしょ」

「落胆?どうして?」

「だってこんなお転婆令嬢はお嫌でしょ?」

「ぷっ!くっくっくっ……」


 気丈な令嬢だと思われているナターシャが、意外にも自分の性格を気にしていたのかと思うと可笑しくなってギュンターは笑い出した。


「笑うなんて酷い方」

「失礼しました。悪気はないのです。ただ……」

「ただ?」

「貴女の事がとても気に入りました」


 ギュンターは笑いを収めると真剣な顔をナターシャに向けた。


「ナターシャ嬢がお嫌でないのなら婚約の件を前向きに検討して頂きたい」


 その申し出にナターシャは驚きで目を瞬かせる。


「エッケルディーン家はクロヴィスで知らぬ者の居ない名家ではありませんか。私の様な田舎の男爵令嬢で、可愛げもない女など相応しくはないでしょう」

「おや?随分とご自分を卑下なさるのですね。レイは王国一強気だと言っていましたが……とても可愛らしい方だ」

「か、可愛い……」


 途端にナターシャの顔は紅潮し、熱くなった頬を両手で覆った。


 直接的な賛辞をぶつけられる事に慣れていないナターシャは慣れていない事に反応に戸惑う。その恥じらう姿がギュンターにはとても愛らしく思えた。


「貴女はとても美しい。ですがその綺麗な外見以上に貴女の人柄がとても素敵だと感じました」

「ギュ、ギュンター様」


 ナターシャはいよいよ顔を真っ赤にして顔を隠してしまった。


──ああ、もう滅茶苦茶に可愛い!


 どうにもこれが恋らしいとギュンターは自覚した。


──俺もレイを笑えないな。


「あまり揶揄(からか)わないでください」

「そんなつもりは無いのですが……」


 ギュンターは愛らしナターシャの姿にもっと彼女の恥じらう姿を見たくなってしまった。


「貴女に会って、とても自分が幸運な男だと実感しました」


 ギュンターは席を立つとナターシャの傍で片膝をつき大仰に手を差し出した。


「貴女の赤い髪は燃える様に情熱的で美しく、俺の心もその炎に焦がされそうです」


 ナターシャの見事な赤髪を一房すくい軽く口づけをしたギュンターはもじもじする彼女に嗜虐心を煽られ、ここでやめておけば良かったのだが調子に乗ってしまった。


「貴女の新緑の如き(みどり)の瞳の前にはエメラルドも(かす)むでしょう。どうか俺だけをその輝きの中に映して欲しい」


 じっとナターシャの綺麗に輝く碧眼(みどり)を自分の明るい緑の瞳で見詰めたのだが、ナターシャは先程までの羞恥で悶える姿が嘘の様に、すっと表情が消えた。


「あら随分と熱烈な告白ね。とても嬉しいのですが……」


 ナターシャは直感的に相手の悪意などを感じ取る。ギュンターの悪戯心を鋭敏に感じ取った彼女は先程までの熱が一気に冷え込んだのだ。ギュンターは遣り過ぎた事を自覚したが、時すでに遅しであった。


「ですが、ギュンター様の緑の瞳には私以外の女性達も映されていそうね」

「い、いやそんな事は……」

「ギュンター様との婚約の件はもう少し見定めてからにさせて頂きます」


 ギュンターは両手を挙げて降参した。


 さて、この美しくも手強い令嬢をどのように堕とすか。ギュンターは顎に手を遣りながら思案していた。

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