第二十七話 友人達の激励
挑発的な鋭い目でレイマンを見据えながら登場した少女。その夕陽を思わせる赤い髪は軽く波打ち、瞳は新緑を思わせる深い碧色、切れ長の目は瞳の色と相まって理知的で美しくもある。
しかし、同時に意思と気の強さも表していそうだ。
実際にナターシャ・スタンベルグ男爵令嬢はとても気が強い令嬢だ。レイマンは既に爵位を引き継ぎ伯爵となっているのだが、この気が強い男爵令嬢は全く物怖じしないのだ。
「ナターシャ、こちらレイ様のご友人でギュンター・フォン・エッケルディーン様よ」
「ギュンターとお呼びください。美しいレディ」
「私はナターシャ・スタンベルグと申します。ナターシャとお呼び下さい」
ギュンターはエリサベータの時と同じようにナターシャに騎士の淑女への挨拶を済ますと人好きのする優しい笑顔を向けた。
「しかし僥倖でした。ここで噂のナターシャ嬢にお会い出来るとは思いもよりませんでした」
「噂?」
初耳といった感じのエリサベータにナターシャは少しばつが悪そうな顔をした。
「ええ、王都ではナターシャ嬢のデビュタントは語り草でして」
「ギュンター様!ここでそのお話しは……」
「何?親友の私は聞いていないわよ」
彼女はこの春にデビュタントで起こした事件についてはエリサベータには話しておらず、レイマンにも口止めしていたのだ。
「エリサは知らなくていいの!」
「おや?隠す事もないでしょう。素晴らしい武勇伝ですよ」
「皮肉ですか?」
ナターシャは楽しそうに笑うギュンターを一睨みしたが、興味を持ったエリサベータの懇請にギュンターはすぐさま応じてナターシャがデビュタントで起こした『赤髪令嬢デビュタント事件』と命名された、今現在において王都で最も人気のある噂を披露した。
「まあ!ナターシャらしいわ」
ギュンターの面白可笑しく話すナターシャの武勇伝にエリサベータはくすくすと笑った。
「もう!笑い事じゃないわよ。おかげで王都中に暴力令嬢のレッテル貼られちゃったわ」
「いいではないですか。デビュタントでは拍手喝采だったと聞いておりますよ」
「ギュンター様まで!」
ナターシャは恥ずかしそうに朱に染めた顔を両手で覆った。
「ファルネブルク侯爵とその嫡子は評判が悪く嫌われ者ですから」
「ですが私の方も令嬢にあるまじき行いとも言われていますでしょ?」
「まあ一部には……ですが私の父などはそれでこそ貴族の矜持と褒めそやしておりました。此方に出発する前には当家の嫁に貰うぞと息巻いていましたよ」
ギュンターの衝撃的な発言にレイマンはぎょっとした。
「なんだと!ギュンターそれは本当か?」
「ああ、親父の事だから本気だろうな」
「何を呑気な!ナターシャは確かに見ての通りの美人だが、気の強さは間違いなく王国一だぞ」
「気が強くて悪うございました。ですが一年も日和っておられるレイマン様には言われたくありませんわ」
「ぐっ!」
レイマンが彼女を苦手とする理由がこれだ。
エリサベータへの婚約をどのように申し出るか悩んでいたレイマンは、彼女の親友ナターシャに助言を乞うた。しかし、レイマンは未だに婚約を申し込めず、そのことでナターシャにいつも詰られていた。
「全く……ご友人まで巻き込んで。いい加減に覚悟を決めたらどうです?」
レイマンはもちろん、呼ばれた理由を知っているギュンターも苦笑いしたが、唯一話しが分からないエリサベータは困惑の表情で小首を傾げた。
「何のお話しですか?」
「レイマン様が早く恋人と二人になりたいという話しよ」
「こ、恋人!?」
エリサベータはナターシャの言葉に頬を朱に染め、火照った頬に両手を当てた。言動は大人びているエリサベータだが、どうにも色恋沙汰の感性だけは育たなかったようで、自分の気持ちもまだ理解できていない様子であった。
親友であるナターシャはそんな彼女がどうにも歯痒い。
「わ、私とレイ様の関係は……」
「あら?私は誰とは言ってないけど」
「あ!?」
いよいよ顔を林檎の様に真っ赤にしてエリサベータは俯いた。普段自分以上に大人びている歳下の親友の初心な態度にナターシャの顔はにやにやだ。
「おいレイ」
その様子を観察していたギュンターは肘でレイマンの脇を小突き耳打ちした。
「十分に脈があるじゃないか」
「そ、そうか?」
「誰が見てもそうだぞ。これは絶対に断られないから、頑張って婚約を申し込んでこい」
「だ、だが……」
「レイ……エリサベータ嬢は間違いなくハプスリンゲ公爵令嬢と双璧をなす美姫だ。来年のデビュタント後には数多の高位貴族から婚約の打診が来るぞ」
「そ、それはそうだが……」
煮え切らない親友にギュンターは溜息を吐いた。
「エリサベータ嬢!」
ギュンターは仕事は辣腕の癖に恋に臆病な親友の背中を押すことにした。
「何でしょうかギュンター様?」
「レイが大事な話しがあるそうです」
「お、おいギュンター!」
レイマンは慌ててギュンターを止めに入ろうとしたが、逆に体格の良い騎士志望の少年に軽く抑え込まれてしまった。
「私も少しナターシャ嬢に話しがありますので、お互いに二人になりませんか?」
「私とですか?」
「まあ!ギュンター様それは……」
エリサベータは先程のナターシャへの婚約打診の話しを思い出し、嬉しそうにナターシャの方に顔を向けた。当のナターシャはエリサベータとは逆に困惑顔だ。
「ナターシャ嬢。少しお付き合い頂けますか?」
ウインクするギュンターに少し考える素振りをしたナターシャだったが、レイマンとエリサベータの二人を見てギュンターの意図を悟ると得心顔に変わった。
「そういう事でしたら」
差し出されたギュンターの腕にナターシャはそっと手を添えた。
「エリサ、お庭の四阿を借りるね」
「分かったわ。ツェツィアにお茶を用意させるわ」
「レイ、エリサベータ嬢をデートへお連れしろ」
「な、なぜ?」
てっきり自分を援護してくれると思った親友から突き放されて、レイマンは当惑顔を隠せない。
「レイは余裕を与えるとうだうだと余計な事を考えて却って日和そうだ。こういうのは勢いでやった方がいい」
「二人きりの方が緊張しそうなんだが……」
「お前はそれぐらい追い詰められないと告白など無理だ」
それだけ言い残すとギュンターはナターシャをエスコートして二人の前から退出した。
エリサベータはギュンターとナターシャの縁談に思いを馳せにこにこ顔であったが、レイマンは伝説にある凶悪なドラゴンにでも追い詰められたかの様に顔面蒼白になっていた。




